ひぐらしのなく頃に 決 【影差し編】   作:二流侍

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■影差し編【Ⅵ-Ⅱ】

 放課後になって、僕らは知恵先生から少しだけお話がしたいのですと呼び出された。授業終わり、全く進むことのなかったドリルを片付けた僕らは職員室に向かう。その足取りは重く、いつものように会話があることもない。お互いに気を使ってしまう時間、みんなが下校してしまった放課後だからこそ、重々しい空気はヒシヒシと肌で感じられた。

 

「今日、北条鉄平さんから連絡がありました。『迷惑をかける子供たちを指導してほしい』そう言われました」

 

 知恵先生は僕たちを叱らず、諭すような言い方で内容をまとめていた。あの人の性格上、きっと罵詈雑言を聞き続けたに違いない。先生の少し疲れた顔を見ると、申し訳ない気持ちになってしまう。

 

「ごめんなさい」

「あなた達が北条さんの家に行くことは予想していました」

「そう、ですか……」

 

 先生は僕たちを庇ってくれたのだろう。僕たちが悪さをしていないと信じてくれているから、今も怒っていないのだ。それはすごく嬉しくもあり、そして申し訳ない。これは僕たち……いや、僕が勝手に決めたことだから。

 

「先生、鉄平さんは何か他に言っていたかな……?」

「いいえ、それ以外については触れていません。あとは北条さんの欠席の話だけですから」

「沙都子ちゃんの声は、聞こえましたか?」

「……いいえ」

 

 北条さんの声を聞くことが出来るならいいのに。その時は北条さんがいなかったのか、それとも北条さんが喋れない状況だったのか。北条さんの様子が気になる。

 ――――バンッ!!

 その音に萎縮するほど驚かされた。前に立つ前原君がいきなり職員室の机に叩きつけたのだ。叩きつけたその手は小刻みに震えており、それが伝播するように前原君全体の身体も震わせていた。

 

「くそッ、どうしてこうなっちまうんだよ……!!」

「圭ちゃん……」

「俺たちは、何も出来ないっていうのかよ!」

 

 違う、そうじゃない。前原君は僕を信用して、託してくれた。何も出来ないんじゃない。出来ていたのに、僕に任せたのだ。だから、責任は自分にある。あの時手を上げて行動しようとした、僕自身に。

 

「孝介くん……」

 竜宮さんが僕の肩を叩いてきた。

「なに、そんな心配そうな顔してさ?」

「大丈夫かな、かな?」

「……」

 

 色々な解釈が出来る質問に、僕は何も答えることが出来ない。僕に対してなのか、それとも北条さんに対してなのか、それともみんなに対してなのか……。目の前の光景をもう一度眺める。まるでその場面そのものが目に見えない大きな障害に思えた。

 本当ならここに北条さんがいたはず。古手さんの隣にいて、きっと今みたいに寡黙にならず、会話が飛び交う明るい雰囲気が出来ていたのだろう。

 甘かった。たった一つの口約束で全てが上手くいくなんて考えていた。北条鉄平という人物を信じようとしていたのもあったかもしれない。北条さんの言葉をもっと気に掛けるべきだったのかもしれない。だけど全てがもう遅い。

 この責任は僕にある。どうにかしないといけない。

 

「僕は大丈夫だよ。ちょっと悔しい気持ちはあるけどね」

「そう、なんだ……。詩ぃちゃんは大丈夫?」

「はい。少しは、落ち着きました」

 

 気丈に振る舞おうとした彼女の声は震えていた。きっと昨日のように激高したりしないのは、北条さんのことを信じているからなのだろう。

 

「……詩音はとても強いのです」

「古手さん辛くないの?」

「……みぃ。大丈夫なのです」

 

 みんな大丈夫だと言う。元気だとか、いつも通りとかではなく、大丈夫。言葉とは不思議なもので、大丈夫と言う言葉からじゃプラスの意味で受け取ることが出来ない。

「皆さん。北条沙都子さんは私が責任を持って対応します」

 雰囲気を知ってか、それ以上先生は言及しようとせず、たった一言だけまとめた。でも、助けるや取り戻すではなく、対応しますと言われても気持ちが晴れるはずがない。先生としては精いっぱいの努力をすると言っているけど、それはたぶん、僕がしようとしていたことと何も変わらない。

 それだと、意味がないのだ。

 

「知恵先生」

 

 職員室の扉の方へと首をひねる。そこには目を細めて僕らを眺める校長先生がいた。

 

「はい、何でしょうか?」

「祭りの準備に少しだけ人手が必要だということです。すみませんが、手伝ってもらえないですか?」

「分かりました。少し待ってもらえますか?」

 

 祭りと聞いて思い出す。そういえばもうそろそろ祭りがあったんだっけ。名前は確か、雛見沢祭りだったか。

 

「明日は綿流し祭りか……」

「あ、綿流しだったっけ……」

 

 普通に間違えた。……しかし祭りのこととか、そんな話したことあったかな。すぐに思いついた気がする。

 

「そういえば孝ちゃんと圭ちゃんは綿流し祭り初めてだよね?」

「あ、うん。そうだよ」

「綿流し祭りはうちらの村では唯一と言っていい大規模イベントなんだよ。綿流祭四凶爆闘があるしね」

「え、何その戦闘技?」

「戦闘技じゃない……とは言っても、戦いなのは間違いないんだ。本当なら、みんなでやるんだろうけど」

 

 そのあとに言葉を続けることはなかった。つまりみんなとは村全体という訳ではなくて部活でやるというものなんだろう。前原君もそれを察したのか、それ以上内容について聞こうとはしない。

 知恵先生は話を区切るように椅子から立ち上がる。僕ら一人一人を見ながら、彼女は書類を胸に抱くのだった。

 

「じゃあ、話はここまでにしましょう。くれぐれも、相手の方を困らせるようなことをしないように」

「それは、北条さんの家には行ったらダメってことですか?」

「そういうことです。次はこんな風に諭すだけでは済まない場合もあります」

 

 彼女はそう一言添えて職員室を後にした。残された僕らは互いに顔を見合わせる。そう、どうするかの話だ。

 口火を切ったのは竜宮さんだった。

 

「私は行った方がいいと思うかな。沙都子ちゃんのことをほったらかしには出来ない。このままだと沙都子ちゃんの実が持たないよ」

 

 その言葉に前原君が頷く。

 

「俺もそう思うぜ。きっと沙都子は戦っている。なら、俺たちも協力しないと」

 

 二人とも同じ意見だったことに対して、園崎さんは首を横に振った。

 

「私は……反対だね。今は動くべきじゃないと思う」

「魅音! 動くべきじゃないとか言ってたら手遅れになっちまう!」

「私だって別に待ってろなんて言わない。ただ、今日はやめとくべきじゃないかって思うんだ」

「どうしてかな、かな?」

「確たる証拠、疑わしい証言もないのは本当で、いま私たちがやっていることは憶測に過ぎないってこと。あくまで周りの眼からすればね。そうなると行動していっても敵を作るだけだよ」

 

 知恵先生が動けないように。相手はまだ何か行動を起こしているという証拠や証言はない。それをないままに僕らが動けば、悪いのはどちらか。いくら過去があっても、それは過去であり、今していることとは関係ないのだ。

 それを園崎さんは危惧していた。このままでは私たちに味方してくれるという人がいなくなるということに。

 

「……周りを味方につけるってことですね、お姉」

「そう、署名活動に近いことかな。それを意見書として教育委員会とか児童センターに提出すれば、黙っていることはなくなると思う。以前は駄目だったけど、今度は私たちからも話しかけていくことでプレッシャーを与えるんだよ。だから協力者を集めて、自分たちが行動しやすいようにしてくれるようにすべきだよ」

「それが確実だと言えるなら、私はお姉に賛成です。沙都子はまだ負けてない」

「確かに、このまま行っても難しいのは分かっているが……」

 

 色んな意見が飛び交う。園崎さんの冷静な今後の方針。前原君の仲間への想い。竜宮さんのリスクの考慮。詩音さんの確実性。

 その中で、一人だけ何も発しない人がいた。割り込もうとせず、対岸の火でも見ているかのような無言。それはある意味この空間の中で異質とさえ思えてしまった。

 

「古手さん。古手さんは何か意見とかないの?」

「……」

 

 古手さんの双眸が僕の顔を捉える。まるで不思議なものでも見るかのようなそれは、少しだけ興味がなかったようにも見えてしまった。

 

「……沙都子が助かる方法が考え付かないのです」

「何でもいいんだよ。何ならみんなの意見の中で同意出来るものが一つでもあるならさ」

「……全て賛成なのですよ。でも……ボクは考え付かないのです」

 

 考え付かない。まるで自分は何も分かっていないと言っているようにも聞こえた。

 

「……篠原は、何かあるのですか?」

「僕は、北条さんに会いたいかな。ただ何かをしたいんじゃなくて、悩みを聞きたいだけ。先生の言葉も無視できないし、それしか今は出来ないと思うからさ」

「……篠原は、優しいのです。優しすぎるのです」

 

 古手さんはこちらから背を向けた。それは彼女としての意志なのか。その意図を読み取ることは出来ない。だからと言って回り込んで顔を覗きこむのは何か違うような気がした。

 

「孝介!」

「え、何?」

「村の人たちの協力を得るために色々と駆け回ってみようと思う」

 

 どうやら話はまとまっていたようだ。内容から察するに、園崎さんの意見を採用したということか。

 確かに前原君たちのやり方は昨日とあまり変わらない。それよりは少しでも変化が起こせる可能性があるやり方にしたらいいだろう。僕も園崎さんの意見には賛成だった。

 

「分かった。今から動き出せばいいんだね」

「そういうこと」

「それじゃあ! 今日の部活は誰が一番多くの協力者を得られるかを競争しようぜ!」

 

 部活、それを久しく聞いた僕は少しだけ嬉しく感じた。

 

「圭ちゃん。部長である私を無視して内容を決めるなんて良い度胸だねえ」

「へッ! 魅音はずっと部活活動を停止させてたじゃねぇか。この際俺が一位を取って部長の座を奪い取ってやるぜ!」

「あっはっは、分かったよ。なら今回の罰ゲームはとっておきのものを用意しようかねえ」

「もちろんだ! その方が燃えるし、なかったら身体も鈍っちまうぜ」

「はぅ……本当にやるのかな、かな?」

「新人の圭ちゃんにここまで言われたからねー。部長として引き下がるわけにはいかないね」

「……部長の意地なのですよ」

「でも綿流祭四凶爆闘があるかな。それにこういう時にやるのは違うような……」

「こういう時だからです。因みに私も部員ではありませんが、罰ゲームには協力しますよ」

「それある意味楽だよね……」

 

 みんなの想いを語り、方針が固まると少しだけいつものテンションが戻ってきていると思えた。竜宮さんだけはこの雰囲気は反対のイメージだが、僕らがいつまでも凹んでいては何も出来ない。詩音さんの言う通り、こういう時だからこそ、いつも通りの内容で頑張るのだ。前原君はそれを理解した上で言ってくれたのだろう。

 そして……この部活内容、僕はみんなよりも頑張らないといけない。この事態を起こしたのだから、責任は僕にある。そんな僕が最下位を取るわけにはいかない。

 

「じゃあ今から明日の7時まで。各自で協力者を募ること! 結果は明日校舎前で発表します! 罰ゲームはそうだねえ。祭りに関係する内容で行こうかな」

 

 部活とはいえ、あくまで本質にあるのは北条さんの救出。そのための協力者を募り、大人が動いてもらうようにすること。

 それだけは忘れずに、僕らは部活動を始めるのであった。

 

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