悲鳴嶼行冥が少し救われたら   作:ガンダムハンマー

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第壱話 襲来

 

 

 

 

怖かった。

 

ただ自分の心を埋める感情は『恐怖』という生物が原初から持つ一つの本能。

 

 

 

目の前で繰り広げられる惨状、無残にも食い散らかされたとしか表現できない殺され方をされた自分たちの家族、そして家族をそんな目に合わせた異形。そして

 

 

人でありながら、その異形を一方的に殴り続ける父親(悲鳴嶼行冥)の姿があった。

 

 

 

 

 

数刻前

 

 

 

 

 

私の名は紗代(さよ)。親はいない。自分が今よりも小さいときに、死んでしまったそうだ。なので、親の顔はわからない。でも、私にとって父と呼べる存在、そして家族と呼べる存在がいる。

 

悲鳴嶼行冥、彼こそが私にとって、いや私たちにとって父のような存在だ。この時代において珍しい高身長、そして肉付きはよいとは言えないがしっかりした体。特質する点は彼は目が見えていないという点だ。

 

彼は身寄りのない子供を自分の寺で引き取って育てていた。

 

盲目であるが故かはわからないが、行冥は人の外見ではなく心、内面をみて接する。心から子供たちを理解しようとし、お互いを信頼していた。だからこそ、みんな血は繋がっていなかったが互いを助け合い、行冥が父、そしてほかの引き取られた子供たちが兄弟姉妹として。本物の家族のように暮らしていた。

 

 

この家の思い出は、藤の香りとともにあった。いつも寺の周りに藤の花の香が焚かれていたからだ。疑問に思った私は行冥に聞いてみたのだ。

 

月のない夜だった。寺に住む者が一人、日が暮れても帰ってこないことで多少慌てた雰囲気だったが、そんな中でも行冥はいつも通りお香を焚いていた。そのタイミングで思い切って聞いてみた。

 

「なんでいつもお香なんて焚くの?」

 

余りしゃべらない性格だとは自他認めていた。なので、行冥は自分の意志で言葉を話してくれた私をうれしそうな表情とともに返事をした。

 

「ちゃんと理由があるのだ、紗代」

 

そうして行冥が話してくれた内容は、昔ばなしみたいだった。

 

 

 

昔々、人を食ってしまう鬼がいました。

 

 

それは村の人が全員いなくなってしまうほど、鬼に食べられてしまいました。

 

 

そしてついに、高名な剣士様が村で死んでしまった人々のために立ち上がりました。

 

 

剣士様は、不思議と光る刀と、藤の花で鬼を退治しました。

 

 

 

そんな話だった。

 

村の人が食べられてしまう話の下りで、泣きそうになってしまったが、山仕事で凸凹になってしまった行冥の手が私をなでてくれた。

 

「その村がこの辺りにあったらしい。だから、鬼が来ないようにこの藤の花のお香を焚くのだ」

 

藤の花のお香を焚くのにはちゃんと理由があったのか。そう思い、先ほど聞かされた昔話を思い出し、ぶるりと体を震わせる。

 

また頭をなでられる。

 

「さあ、鬼が来ないうちに部屋に戻ろう。もう晩御飯もできている」

 

そういって寺の中に戻る私、続いて立ち上がった行冥の顔をみやる。

 

いまだに返ってこない少年、獪岳(かいがく)を心配するように、寺の周りに広がる森の方を向く。

 

「私、あの人嫌い」

 

「そんなことは言ってはいけない」

 

獪岳はとても自己中心的な少年だった。ほかの子供たちよりも体が成長しており、力があり、年上という立場からさんざん偉そうに威張り散らしていたせいだ。いじめっ子は、いじめた相手の反応を楽しむとはよく言ったもので、特に話すような性格ではない私の反応は面白くなかったようで、私が狙われるようなことはなかった。

 

あんな男でさえ受け入れている行冥はやはりすごいな、そうなことを考えながら寺の中に入っていった。

 

 

 

そうして、晩御飯を獪岳のいないまま食べ進めていた時。藤の花の香りが消えた。

 

 

 

ちょうど行冥は、一番下の子が晩御飯のおかず、品のことで駄々をこねており、藤の花の香が消えてしまっていることに気が付いていないようだった。

 

(どうしよう、伝えた方がいいのかな)

 

先ほど聞いた昔話のせいで、たかがお香の香りが消えただけだったが、どうしようもなく不安になった。

 

毎日お香を焚いていたのだ。もしかしたら本当に鬼がやってくるかもしれない。

 

行冥に伝えよう。

 

そう決心して駄々っ子につきっきりになっている行冥に伝えようとしたとき

 

 

ドゴォ!!

 

 

雷が落ちたような大きな音とともに寺の扉が吹き飛んだ。

 

 

あまりの出来事に、声を上げることすらできなかった。

 

そして、破壊された扉のあった出入り口のふちに、鋭い爪の生えた手がかけられた。

 

「ひう………」

 

無意識に声が漏れていた。何かがのどを塞いでしまったようで、いつも通りの呼吸ができない。頭がくらくらする。

 

 

四人が真っ先にのどを噛み千切られて死んだ。

 

 

異常を察知した行冥が、私たちの前に立ち、庇うように手を広げた。

 

漂う血の匂いから、既に手遅れだったことを悟り、血がにじむ程手のひらをを握り締めた。

 

 

これが鬼なのだと直感で感じた。

 

 

初めて対面する『死』という状況を直視する。

 

全身の血が凍り付いたと錯覚するほどの寒気に襲われた。

 

行冥の肩越しに見えたそれは、異形だった。

 

行冥よりもはるかに大きい肉体。絵物語に語られるような見開かれた鋭い目、轟々と燃える炎のように不自然に揺れる髪。そして極めつけは、頭部から生える一対の角。

 

「こんなに楽に入れるとはなぁ。あの小僧のおかげだぜ」

 

「小僧?」

 

いきなり子供を殺されたというショックも当然あるが、目の前の化生が何と言っているのかわからなかった。

 

「あのガラの悪そうな小僧だお、お前の子供だろう?」

 

獪岳のことだ。

 

「最近はめっきり(人間)が手に入らなくてなぁ…………ここには前から目を付けていたんだぜ。ただな」

 

そこで行冥も、藤の花のお香が消えていることに気が付いた。まさか、と顔をこわばらせる。

 

「このにおいが大っ嫌いでな、全く近づくこともできなかったわけだ」

 

「確かに私は今日も香を焚いたはず……………………まさか!?」

 

そこで私もあることに気が付いてしまった。

 

『こんなに楽に入れるとはなぁ。あの小僧のおかげだぜ』

 

そしていまだに姿を見せない男児、獪岳。

 

「あの小僧、殺して喰ってやろうかと思ったんだがな、顔面涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして俺に『寺にいる九人の人間を喰わせる代わりに、俺だけは殺さないでくれ』って言ってきたわけだ。ハッハッハッハ、これを笑わずにいられるか人間。息子に裏切られ、今から殺されるってのはどんな気持ちだ?」

 

よほど面白かったのか、腹を抱える鬼。

 

その話を聞き目の前の状況が現実であると正しく認識した私たち。ついに我慢ができなくなり、恐慌状態に陥った私以外の三人の子供が寺から逃げ出そうと立ち上がり、走り出した。

 

「お前たち、待て!!」

 

「逃がさねぇよ」

 

行冥の言いつけを守らず進む三人。鬼はその一言とともにその姿を暗闇に紛れさせる。

 

何処に行ったのか、行冥が見失ったその瞬間に窓から、玄関から逃げ出そうとした三人は喉を搔き切られて絶命した。

 

当然だ。目も見えない、身長の、体の置き差に見合わない細い体。そんな人物が自分たちを守ることはできないのだと子供たちは判断したのだ。その結果、私と行冥()以外の家族はみんなこの短い時間で死んでしまった。

 

私は、腰が抜けてしまっていたのか、それとも行冥を信じたのかはわからないが、彼の背中の後ろに居続けた。

 

「さて、あとはお前たちだけだな。安心しろよ、すぐにあいつらに合わせてやるからな」

 

「まて、獪岳は、お前のいう小僧はどうした?」

 

「あ?殺したよ。ただ、俺に飯を提供してくれたからな、すぐには殺さなかったさ。腹を思いっきり裂いてやったよ。夜明けと同時くらいには死ぬんじゃないか?まあ、別に一人いないくらいどうってことないぜ、なんせここにはこんなにも飯があるんだからな」

 

その一言で、行冥の雰囲気が瞬きの合間に変わった。

 

 

私も殺されるんだ、

 

 

そうつぶやき瞼を閉じた。

 

結局のところ、私も盲目であり頑丈でない体の行冥が本当に私を守ってくれるとは信じ切れていなかったのだ。

 

ギシ

 

寺の床がきしむ音がする。

 

「さぁ、お前たちはどう殺してやろうかな」

 

また一歩、一歩。玄関先にいた鬼はどんどんと私たちに近づいてくる。

 

ああ、殺されるんだ。そう思い一層強く瞼を閉じる。しかし、切り裂かれる痛みは襲ってこなかった。代わりに聞こえてくるのは、何か大きな音が地面にたたきつけられる音。そして、初めて聞く気色の悪い音と、先ほどまで話していた鬼の声のする悲鳴だった。

 

恐る恐る目を開く。そこには

 

 

 

無残にも食い散らかされたとしか表現できない殺され方をされた自分たちの家族、そして家族をそんな目に合わせた異形。そして

 

 

人でありながら、その異形を一方的に殴り続ける父親(悲鳴嶼行冥)の姿があった。

 

 

 

行冥は自分の額を横一文字に切られ、血がこぼれ続けているのも気にせず、鬼を一方的に殴り続けていた。

 

あの細く見えた腕からは想像もできない力で鬼の顔面を殴り続ける。

 

殴る

 

殴る

 

殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る

 

途中まで顔面の傷の再生をしながら、余裕があるように見えた鬼も次第に生傷を増やしながら逆に命乞いを、許しを請うように叫び始めた。

 

しかし、行冥は殴るのをやめない。

 

これをやめれば殺されると直感で感じていたからだ。

 

行冥の顔を見る。恐怖と憎悪と怒りと言葉にできないどす黒い感情を混ぜたような表情を浮かべ、血と涙が混じった液体を滴らせながら行冥は吠える。

 

 

守らなければ

 

 

せめて紗世だけは

 

 

そして次第に鬼の顔は原形をとどめないほど壊れた。しかしまだやめない。

 

ああ、もうどれほど刻が過ぎたのだろうか。

 

そしてようやく暗闇がわずかに白く、明るくなる。あれほど長く感じた夜がようやく終わるのだ。

 

太陽が顔を出し、その光が行冥と鬼を照らす。

 

「グワァァァアアアアアアアアア、あ、熱い、篤い暑いアツいィィィィイイイ!!」

 

どこにそんなに叫ぶ力が残っていたのかと思うほどの雄たけびを上げ、鬼は灰になって消滅(・・)した。

 

私と行冥に残されたのは、どうしようもない絶望感、そして消すことができない心の傷だけ。

 

壊れた絡繰り(からくり)のように意味をなさない言葉を吐き続ける行冥の背中に縋り付き、大声で泣いた。

 

 

 

 

 




鬼滅の刃、アニメ最高ですね。

悲鳴嶼さんの声も個人的にはばっちしだと思いました。

アニメは弐期とかもあるのか?どこまでアニメでやるのか?など疑問もありますが、楽しみですね。




評価・感想いただければ幸いです。


では

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