普段はシャッター街となっている商店街。しかし今夜ばかりは通りは屋台の白熱電球に照らされていた。そこそこの人混み。心地よい喧騒。通りの突き当たりには大きな鳥居。がらんがらんという鈴(正式名称はなんと言ったであろうか)の音。続いて手を叩く音。それは、リズムを合わせようとしているのか、していないのか、パラッ、パラッとばらけた。
「さて、お参りも済んだことだ。何にしようか」
「あれ、何お願いしたか聞かないの?お姉ちゃん」
「そういうのはあまり気軽に人に聞くものでもないだろう?」
「そうかな。私たち姉妹だよ?」
「だからこそだと思うんだ」
「そうなのかなぁ」
私、西住まほと妹のみほは、夏休みということでそれぞれの住む学園艦から地元熊本に帰省していた。
今年の4月から、みほがそれまで私と共に通っていた黒森峰から大洗女子に転校していたこともあり、このように二人で夜を過ごすのはかなり久しぶりだった。
「あ」
屋台の並ぶ通りを歩いていると、みほが一つの屋台に目を留めた。側面には丸い文字で「めあごんりこぼ」と書いてあった。
「ボコりんごあめだ!」
みほは目を輝かせる。見ると、りんごに二つのぶどうがクマの耳の様にくっつき、さらに包帯を巻かれたクマの顔(もしかしなくても、着色料だ)が描かれたものが売られていた。
私は、それが些か近寄りがたい様相を呈していることには特に言及せずに値段を尋ねようとするが。
「あああっ、ボコたい焼きだ!」
みほの視線は別の方向に移っていた。その先にはクマと鯛が絶妙に気持ち悪く融合したキメラがケースの中に所狭しと並んでいた。所謂食品サンプルというやつである。一番右のサンプルは頭部がぱっくりと割れており、中から白いわたの様なものが飛び出していた。
ボコられグマのボコ。喧嘩っ早く、どんな奴にでも勝負を挑んでは完膚なきまでにボコボコにされ、(性懲りも無く)何度でも立ち上がる。
みほはそのキャラクターが大好きだった。「大好き」の前に「病的なまでに」をつけてもいいのではないかと思うほどに。ボコ関連のことならば大凡彼女は知っている。どのくらいかというと。
「すごいんだよ。あのお菓子のデザイナーはあの有名な
このくらいである。
みほが小学5年生の時にハマりだしたころは突っ込んだりしたものだが、もう慣れていた。
「そうなのか、それはすごいな。で、どっちに並ぶんだ?」
みほはハッとして辺りを見回す。どちらの屋台にも(なぜか)長蛇の列ができている。かなり時間がかかりそうだ。この様子だと、どちらか一方、ということになるだろうか。右、左、右、左と迷子の様に視線が泳ぎ、ついにはこちらに顔を向けてきた。な、なんて顔をしているんだお前は。こんな顔をされてはどうにもたまらない。
「わかった。手分けしよう。みほはりんごあめ、私はたい焼きの方に並ぶから。向こうのベンチが並んでいる場所で集合だ」
するとみほの顔がパアアアアッと明るくなり。
「うん、ありがとう!お姉ちゃん!」
キメラ焼きの長蛇の列に並ぶ最中、私は際限なくふつふつと頭の中から湧き上がる考えをどうにかしようとしていた。戦車道のことである。
西住流の体現者。私はそう呼ばれてきた。日本の戦車道の一翼を担う一大流派、西住流。それを受け継ぐことができる者であることに、もちろん誇りを感じていた。皆私を天才だ、神童だと言った。別にいい気分にも、悪い気分にもならなかった。西住流を継ぐ。後世に伝える。ただ一つの使命。それさえ達成すればよかったのだから。他人のいうことにいちいち反応する道理はない。
しかしみほはどうであったか。みほは、全く関心を持たれなかった。みほ?ああ、神童まほの妹さんね。あの、内気そうな。とりあえず戦車に乗らせておけばいいんじゃないか。まほさんの、西住流の顔を汚さない程度に戦車道ができればいいだろう。西住流の内外問わず、その様な声が平気で聞かれた。
でもお母様は違った。お母様は私だけでなくみほにも西住流に従うことを強いた。
お母様と周囲の人間の認識の差。それが中学生になったみほにいじめをもたらした。みほは、お母様の教えに忠実に従おうとした。西住流らしくあろうとしていた。周囲はそんなことを求めていなかったから、何を生意気な、となるのも当然。
私といえば、みほのいじめには気づいていなかった。あっ、なんということだ。私は!みほの!いじめに!気づけなかったのだ!
みほの危機に何も気づかぬまま、私が中学3年生の秋、黒森峰中等部戦車道部の隊長の時に紅白戦を実施した。白組は私が隊長。赤組はみほが隊長だった。みほの隊長としてのデビュー戦だった。私は挨拶の時みほに、ほんのちょっとした励ましのつもりで、自由にやればいい、お前のやり方で立ち向かってきなさい、と言った。結果は白組の勝利。皆当たり前だと言った。しかし私は興奮していた。みほのあの作戦。あの動き。私の知らない戦車道がそこにあった。間違いない。
その日、私はみほを高く評価した。皆の前で褒めちぎった。それはもう嬉々とした表情で。隊長、あんな顔できたんだ、と言われるほどに。あああっ、これでは!よりにもよって!私が!みほを!処刑したも同然ではないか!
いよいよ、みほのいじめは深刻になった。いい気になるな。あんなものは邪道だ。隊長の贔屓だ。生意気な。生意気な。
第62回戦車道高校生大会決勝。その日になって初めて、私がみほに何をしてきたのか、気づくことになった。皆みほを罵倒していた。もはや私に隠そうともせずに。
……。
馬鹿すぎる。
絶望的に、馬鹿すぎる。
4年間、私はみほの何を見ていたのだ。
何が西住流を継ぐだ。何が後世に伝えるだ。妹一人守れない人間が?笑わせる。
挙げ句の果てにである。一年後、私は決勝戦で何を感じた?素人率いるみほに撃破されてどう思った?
”これで、償えたのかな”
ふざけるな。死ね。
此の期に及んでお前は自分のことしか考えていないのか!
今日だってそうだ。お前は神社で何をお願いした?
”西住流の繁栄。黒森峰の繁栄。それと…みほと私とを仲直りさせてください”
死ね。死ね。死ね。
「……さん」
死ね。死ね。殺す。
「……さん?」
殺す。殺す。呪ってやる。
「お客さん!」
はっ。
「……お代」
「あっ……はい。すみません。ふたつぶん…」
「ふたつはダメだよ」
「えっ」
「一人一つだよ。書いてあるでしょ」
「あっ……すみません」
キメラ焼きを持ってベンチの並ぶスペースに行くと、すでに着色ペイントりんごをなめているみほを見つけた。持っているりんごは一つだけだった。向こうも一人一つだったのだろうか。
いや待て。私は『ふたつ買って来てね』とは言っていなかったじゃないか。『私も欲しい』とすら言っていない。というか、私は欲しかったのか?着色りんごが?そもそも、なぜみほが私の分まで買って来てくれる前提で考えてるんだ?
「お姉ちゃん?」
「あ、ああ、みほ、お待たせ。ほら、キメ…ボコたい焼きだ」
「ありがとうお姉ちゃん。じゃあ、一口貰うね」
キメラ焼きを手渡す。
「はい、お姉ちゃんこれ」
「お、おう」
着色りんごを手渡された。
さて。これはどういう意味であろうか。食べていいという意味であろうか。キメラを食う間持っとけという意味であろうか。その判定のために、着色りんごの状況を観察する。耳を表すぶどうふたつはすでにもぎ取られている。悪趣味なクマの絵柄は滲んでいる。これはすなわち、この面は舐められていることを示していた。これを舐める?ダメダメ。姉妹だからノーカン?だからこそダメなんだ。脳内の論理回路が答えを出力する。これは後者だ。粛々と、着色りんごのお守りをするのだ。待てよ。『一口貰うね』とはなんだ。それはキメラ焼きが私のものであるという前提があって初めて成立する発言ではないか。であるならば、着色りんごを渡されたのは「交換しようよ」という意味を持ちうる!やったー!しかぁし!それでもやはり待てぇ!これはどう考えてもみほの唾液にまみれている。だって滲んでいるじゃないか顔が。ん?裏側は?裏側は大丈夫だったりしないか?セーフティーゾーンではないか?いやそうに違いない!よっしゃ裏側からせめてやるぜああああでもそうするとみほが私の唾液を
「はい、美味しかった」
「おう」
おかえり、キメラ焼き。
「はい」
「ありがとうお姉ちゃん」
さようなら、着色りんご。
ふう。危機(?)は去った。
先ほどの発言により、キメラ焼きは私のものであることが保証されている。気兼ねなくいただくことにしようか。
と、手元のモノを見ると。
下半身であった。クマの二本の丸っこい足。股の間から鯛の尻尾が生えている。形状が形状なので、綿菓子はほとんど入っていない。生地だけだった。
「なあみほ」
「なに?」
「一口って言ったよな」
「うん」
「一口って言ったよな」
「うん」
「一口って言ったよな」
「うん」
「……」
「……」
「そうだな…一口だな…」
南無三。お前は何をしているんだ。責めているみたいじゃないか。お前はなぜそんなに綿菓子に執着しているんだ。
「……」
言わんこっちゃない。黙っちゃったじゃないかみほが。どうする。どうするまほ姉貴。話題。話題転換が必要だ。話題。話題。話題。
その時、視界の端に現れたのは。
「ああっ。みほ、ボコの顔はめパネルだぞ!」
「……」
「しかもあれは…劇場版『火刑台の上のジャンヌ・ボコク』で劇場公開後2日でカットされ、地上波にもDVD・BDにもついにのせられることのなかった伝説の流血シーンじゃないか!」
「……」
「ボコシリーズで血が流れたのは後にも先にもあのシーンだけだったんだぞ」
「……」
「なあ、お姉ちゃん勉強したんだぞ。
「……」
「すまない。さっきのは責めてるみたいだったな。そんなつもりじゃなかったんだよ。許してくれ」
「……」
「ごめんね。わかんない。お姉ちゃん馬鹿だからわかんない。みほに何をしてあげればいいのか」
「……」
「ねぇ顔はめパネル行こうよ。写真撮ろうよ。撮ってみんなに自慢しようよ。ねえ顔はめパネル。顔はめパネル。顔はめパネル。かおはめぱねる。かおぱめはねる」
かおぱめはねる?
カオパメ跳ねる
ぎゅいいいいいいいいいいいいいん