空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
「これでトドメだ! イカスヒップ!」
*
噴水広場の大立ち回りが終わり、「よっ、マルクト帝国の恥さらし!」と響く大佐の合いの手を聞きながらも、気付けば俺は乙女さながらに胸の前で指を組み、きらきら輝く目で陛下を見つめていた。
身をていして国民を守る。……これだ!
「かっこいいです! たいちょおー!」
「ハッハッハ、なんなら惚れてもいいぞ。まあ俺は男は嫌だが」
笑う陛下にどしーんと勢いよく飛びついた。
そしてヒーローに恋した少女のごとく頬を紅潮させながらも、動きだけは軍隊仕込みの体育会系さでがしりと陛下に抱きつく。
そのとき胴に押し付けた頬が感じ取った違和感。
あれ、と思い陛下を見上げた。
「へい、」
すると陛下はイタズラっぽい笑みを浮かべて、口の前に人差し指を立てた。少し離れたところにいる大佐たちにはその動作は見えない。
とっさに口をつぐんだ俺は、青の瞳を見返して首をかしげた。
……シーって?
なんだかよく分からないけどとりあえず頷いてみせると、彼はまたニッと笑ってから俺をひっぺがして、助けたお姉さんのほうへ向かう。
「お嬢さんにお怪我がなくて何よりです」
ところでお暇でしたらこの後、と流れるようにナンパへと移行しようとした陛下に、当のお姉さんは天然なのかそれともかわしたのか、宮殿前に急がないと、とさっくり言葉をさえぎってみせた。
しかし話を聞けば宮殿前で御落胤を名乗る少年が演説をしているらしいとのことで、どうやらハプニングが思わぬところで本来の目的と結びついてくれたようだ。
いつもの調子で陛下がもてるか否かからいつのまにかガイをからかう話になっているみんなと共に、ひとまず宮殿前へと向かうことにした。
「……何故ピオニー九世は愚かにも預言を廃絶に追い込んだのか。すなわち、それは彼が預言に選ばれた皇帝ではないからだ!」
宮殿前には、そこそこの人だかりが出来ていた。
その中心で声も高らかに弁舌を振るっているのは、商店のおばさんから聞いた特徴をそのままにする少年。陛下よりすこしくすんだ金色の髪が陽に照らされてぴかぴかと光っている。
……なんか……。
そのとき胸のうちからこみ上げたものを、隣の大佐がさらりと代弁してくれた。
「なんだかあちらの方がいかにも皇子然としていますね」
「だ、だめですよ大佐! 確かになんとなく陛下より威厳ありますけど、国民から金品を巻き上げるようなお人じゃダメです!」
自分も似たようなことを考えていた手前、少々心苦しさを感じつつも、残ったマルクト兵士魂でなんとか反論する。
そうだ、たとえ気品たっぷり風格しっかりでもそんなひとが皇帝になるのはうれしくない。
「おまえたち! ここで何をしている!」
騒ぎを聞きつけてやってきた憲兵たちが声を荒げて警告すると、少年の傍で控えていた男性がずいと前に出てきて、無礼者、と彼らを怒鳴りつけた。
ガイと大佐によれば、あの男性は反皇帝派のシュタインメッツ伯爵というらしい。
言われてみれば多少見覚えがあるような気がするが、大体がしてふつうの貴族の人が軍に来ることなんかないから、軍で働いている俺と彼に接点があるはずもない。
へえ、と曖昧な相槌を打つしかない俺の耳に、憲兵へさらに言い募るシュタインメッツ伯爵の声が届く。
「こちらのお方をどなたと心得るか!」
そこから続いた話によるとあの少年は陛下の兄上であるフランツ様のご子息とのことだが、フランツ様も奥方様もすでに亡くなっていて、間にお子さんはいなかったらしい。
ではフランツ様と誰との子なのか、という疑問より、俺は先ほどからきりきりと痛む胃が気がかりだった。そっと腹部に手を添える。
だって、だって。
「私は帝国より伯爵の称号を与えられているシュタインメッツ家の当主である。何を持って兵士風情が、我が言葉を疑うのか!」
ああ言われると兵士は弱い。というかもう頭が痛い。
響き渡る叱責に涙目になる俺を見て、大佐があきれたように息をつく。
「……なに己を重ねて落ち込んでるんです」
「でも大佐、あれは、あれは兵士的にきついですよ……!」
不審者として拘束したいところだけど、相手は貴族。
貴族と兵士の間に横たわる断崖絶壁はアブソーブゲートより深く、バチカルより高いのだ。
やがて証拠の品とするものを持ち出して、民衆の扇動をはじめた彼らに、アニスさんがこのままだと暴動につながりかねませんと眉をひそめた。
それに陛下は今までの軽さを潜めさせると、大人の顔で笑みを浮かべる。
「暴動など起こさせないさ。行くぞ」
ガイが止めようとするのも構わず、陛下は騒ぎの中心へ乗り出していった。俺たちもすぐそれに続く。
「皇帝が何故このような場所に……!」
驚くシュタインメッツ伯爵と少年にここは俺の宮殿の庭だ、と先ほど罪人部屋で聞いたのと似たような講釈をする。
いくら自分の宮殿でもふつう皇帝はこんなとこうろうろしないんですよ、とそれこそ説きたくなるのを我慢して俺はまた遠い目をした。
そこで大佐がまた真顔でぽんと肩をたたいてくれる。はい、諦めが肝心なんですね。
「貴公らが持つ、亡き兄フランツの形見、預からせていただこう」
「……我が父を亡き者とし、皇帝の座を簒奪した男に証拠の品を渡せるか!」
御落胤だという少年は猫が毛を逆立てるように声を荒げる。
すると陛下は顎に手を当てて、ふむ、とつぶやいた。
「よし、説得だリック」
「え!?」
突如としてふられた役目にびくりと肩を震わせる。
目を皿のように開いて見返した陛下は、至極まじめな顔をしていた。
え、えーと、えーと。
「そ、そんなことじゃ立派な皇帝とは言えませんよ!」
いきなり前に出た俺を、彼らはなんだこいつという胡散臭げな目で見る。
それにまた脳が全力で回転し始めた。段々顔が熱くなってくる。
「ここここうていへいかは、かくも懐深く慈悲深く、ワカメとトウフが物をいうんです! こちらにおわすは先の副将軍ピオニー・ウパラ・マルクト九世陛下! 執務からはいつも逃げて隠れてますが逃げも隠れもしません! ぜったいに! メイビー!」
「……陛下」
「おお、楽しんだ。行ってこいジェイド」
そんないさめるような大佐の声と、満足げな陛下の声が聞こえたのは、俺が説得を開始して三十秒たったころだった。
*
あの後、ジェイドさんの説得により彼らから証拠の品を預かって、さらに確かな確証を得るためにもフランツ様とあの少年……リース様の髪を音素検査に掛けることになった。
それの結果を待って、三日後に謁見の間にて発表されることになったのだが、その検査をする音素学の権威というのが。
「ええ、ええ! 私には分かっていましたよ。私の取り調べはあなたでなければ出来ない、だからあなたはきっと戻ってくると!!」
牢屋越しにきらきらと拳を握る男の姿に、俺とアニスさんは半眼で顔を見合わせた。
ちなみにガイは証拠の品を参謀総長に渡すため、陛下は罪人部屋に来る直前に宮殿へ強制送還されたため、ここにはいない。
前に立つ大佐の服のすそをちょいと引く。
「なんでディストなんですか~。オレ、一日に二回もこいつに会いたくなかったですよぉ」
「私だって出来れば一生会いたくありませんでしたが?」
潜めた声で話しかければ、大佐に物凄く輝いた笑顔を向けられて、本能的にすばやく敬礼を返す。
大佐の言った音素学の権威、とはディストのことだったらしい。
まあフォミクリーを作ったのはディストでもあるわけだし、それも嘘じゃないけど。
それにしても事態が事態とはいえ、ジェイドさんに「あなたの力が必要なんです」と言われているディストがすこし羨ましく、俺はきゅっと眉間にしわを寄せた。