空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act47.2 - あなたに手紙を送ります(後)

 

 

 あの日、大佐に譜術を教えてほしいと頼んでからすでに何度目かになる譜術訓練。

 大佐は忙しい執務の合間を縫っては俺に手ほどきをしてくれた。

 

 最初のように鍛錬場に誰もいないという事こそ無くなったものの、俺と大佐が現れると皆さんそそくさとどこかへ行ってしまわれるので、訓練時にはやはり貸し切りのような状況となり、俺は大変のびのびとした訓練をさせてもらっている。

 

 そう実にのびのびと。

 

「……おーい、リック~」

 

 上から聞こえてきた声に重たい瞼を持ち上げると、さかさまになったガイの引きつった笑顔がぼんやりと見えた。

 いや、さかさまなのは俺が、鍛錬場のど真ん中に大の字で転がっているからなのだが。

 

「……ガイ」

 

「あ、ああ」

 

「……オレ、今、どうなってる……?」

 

「……正直なところ言わせてもらうと、水気を帯び損ねたオタオタみたいになってるなぁ。まぁとりあえず生きてるみたいで何よりだが……いや、本当に生きてるか?」

 

 水気のないオタオタというと要するにボロ雑巾のようだということだろうか。

 生きてるか、の問いに関しては、胸を張って生者というには今の自分は若干怪しい。

 

 どうして世間一般で天才と呼ばれる人たちがあまり教師にならないのか、この数週間で俺はよく分かった気がした。

 だって合格基準がものすごく高い上に、教え方にも容赦がない。ほんと無い。泣きそうなほど皆無だ。ていうか泣いた。

 

「ガイ、オレ……今日はお花畑でユリアさまにおでん作ってもらったよ……」

 

「そうか、俺はたまにお前を遠~く感じるぞ。一応聞いておくけど味はどうだった?」

 

「……ナタリア的な……」

 

「分かった。悪かった。もう聞かない」

 

 でもお隣にいた銀髪のお姉さんが作ってくれたカレー、すごく美味しかったなぁ。あの味をいつか自分で再現したい。

 

「ところでどうしてガイがここに?」

 

 まだ起き上がるだけの気力がないので、ガイには悪いけど仰向けに寝転がったまま会話を続けさせてもらう。

 するとガイも気にした様子はなくその場に腰を下ろし、ああ、と苦笑を浮かべた。

 

「旦那に仕事上の伝言があって探してたんだよ。そうしたら本部の人がここだろうって教えてくれてさ」

 

 また軍部の女性陣にでも捕まって仕事を任されたのだろうか。

 このとおり根っから人が良い上に、先輩や宮殿のメイドさん達いわく「からかいがいがある」とかでよく色々頼まれているから。

 

 ガイ、ガ、ガル、ガ……伯爵なのになぁと気の毒に思いつつも、そんなガイが俺は好きだった。

 うん。今なお本名覚えられてないけど本当なんだよ。

 

 

 でも大佐に用事があったというガイがまだここにいるということは、大佐はすでに戻ってしまったんだろう。俺の意識がお花畑にとんだ時点で訓練終了だったはずだ。

 

 まずい俺もそろそろ仕事に戻らないと、と思いつつも動かない体に焦っていたら、ふいにガイがしみじみと息を吐いた。

 

「にしてもお前、本当よくしつこくジェイド大好きでいられるなぁ」

 

 こんな目にあっといて、と続けたガイは彼いわく水気を帯び損ねたオタオタのようらしい俺を見下ろして言う。

 ガイの定番の表情となりつつある苦笑気味な空色の目を見返して、俺はそっと笑みを浮かべた。

 

「ガイは、なんでオレがジェイドさんを好きなんだと思う?」

 

 すると空色がきれいに見開かれ、数秒間の沈黙が落ちる。

 

「なんでって」

 

 彼が困ったように首を傾げた。

 リックがイコールでジェイドだったから考えたこともないと顎に手をあてて唸る姿に、またひとつ笑みを零して目を伏せる。

 

 その向こうに想うのは、迷うように顰められた赤だった。

 

「ジェイドさんはさ、オレがジェイドさんを好きなのは、ヒヨコのすりこみみたいなもんだと思ってるんだ」

 

 “最初に見た”“絶対的な存在”に、生きるためすがりついたのを、好意と勘違いしているだけだと。

 

「だからあの人はいつもオレにチャンスをくれる」

 

「……何のだ」

 

 少しかすれたようなガイの声に、瞼を押し上げた。

 そこですごく真摯な色をした目とかちあって、苦笑する。

 

「自由になる、チャンス」

 

 今度かすれたのは俺の声だったかもしれない。

 意味を計りかねたのか、ガイが眉をひそめる。

 

「逃げるなら今だって言うみたいに、変な隙、作ることがあるんだ」

 

 自分の元を離れて、全てを忘れて、自由に生きていけばいい。

 そうすることが出来るんだぞと言うように、不自然に作られる距離。

 

 『あなたは残っても構わないんですよ』

 

 俺はそれがいつも腹立たしかった。

 いつも腹立たしくて、いつだってもどかしくて。

 

「なかなか信じてくれないんだよなぁ」

 

 そして、いつもいつも、哀しかったから。

 

「“さいしょ”はあったのにさ」

 

「リック、」

 

 笑みはそのままに、腕を持ち上げて目の上に乗せる。

 そうすれば真っ暗になるはずの視界には、どうしてか色が落ちていた。

 

 青っぽい軍服と、金茶の髪と、後悔が滲む赤。

 

「“この人のそばにいたい”って気持ちの生まれたさいしょは、別にあるのに」

 

 それは、俺が世界の始まりに見た色だった。

 

 

 しんと静まり返った鍛錬場の雰囲気を感じて、俺はすぐ深く息を吸った。

 その息を吐く勢いで元気に起き上がる。体のあちこちがギシギシしたけど今は無視だ。

 

 そして突然の行動に驚くガイを振り返り、にぱりと笑う。

 

「だからさ、オレ、ジェイドさんが信じてくれるまで言うんだ」

 

 するとガイは緩く微笑んで、小首を傾げた。

 

「……何てだ?」

 

 その問いに俺も笑みを深めて返す。

 

「ジェイドさんが、大好きですよって!!」

 

 ガイが零した小さな笑い声を聞いてから、また冷たい床に倒れこむ。

 

 さっき無理やり起き上がった反動か一気に力が抜けるのを感じたかと思うと、だんだんと視界が狭まっていくのが分かる。 眠い。

 

 ああもう寝ろ寝ろ、と口元に手をあてて笑うガイの穏やかな声が頭上から降ってきた。

 

 許可を貰えば どんと眠くなってくるのが人の常。

 さらに狭まる視界の中、ぼんやりと、ルークに出した手紙の返事が戻ってこないことを思い出した。

 

 届いてないのかな。

 それとも、返事を書くのが照れ臭いのかな。

 

 ねぇルーク。会えたら話したいことがいっぱいあるんだよ。

 

 心配かけてごめんとか、外殻降下成功の事とか、ジェイドさんの好物だからってやり始めたカレー作りだけど、気がついたら本気で趣味に変わってたっぽいとか。

 

 

 いろいろ話をしたいよ。

 ルークは元気にやってるのかな。ちゃんとキノコも食べてるかな。

 

 しっかり、笑ってるかな。

 

 

 きれいな赤色の髪を脳裏に描くうちに、俺の意識はすとんと柔らかな闇の中へと落ちて行った。

 

 

 

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