空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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ガイ、ジェイド視点


Act48 - ひとつきのおわり

 

 

「信じてくれるまで、か」

 

 すぴよすぴよと奇怪な寝息を立てながら眠りこける青年を前に、ガイは口元に笑みを乗せて息をついた。

 

「……だそうだ。どうする? 旦那」

 

 そしておそらくリックからは死角であっただろう位置で、柱に背を預けて立つ男に視線を向ける。

 またいつものくえない笑顔で一蹴するのかと思いきや、ジェイドはいつにない真顔でこちらを見やった。

 

 しかしいつだって掴めない男の稀にみる真顔は、へたな笑顔より人間くさく、感情に溢れているような気がした。

 

 僅かに居心地の悪そうなたたずまいもまたおかしくて、思わず小さく声をあげて笑えば、ジェイドもそこでようやくいつものように苦笑して、肩をすくめた。

 

「別に気配を消していたわけでもないのに、これだけ近くにいる人間に気づかないというのは軍人として問題ですねぇ」

 

「おっと。らしい反応になったけど、話はそらさないでくれよ」

 

 遠回りなら十分しただろう。ジェイドも、リックも。

 もうそろそろ真正面から向き合っていいはずだ。第一こっちだって付き合いきれない。

 

「そろそろ観念したらどうだ?」

 

 こんな、不器用すぎる“親子”になんて。

 

 何のことはない。結局リックも不器用なんだ。

 しつこく追い続けているかと思いきや、肝心なところで遠慮する。

 

 さっきの言葉を、ただそのままジェイドに伝えてやればいいだけなのに。

 

 相手が何も言わないのをいいことに肩を震わせて笑う。

 さすがに怒るかと笑いの合間に窺い見たジェイドは、珍しいことにまたひとつ苦笑を零しただけだった。

 

 するとジェイドはおもむろに身を起こし、こちらまでゆっくりと歩いてくる。

 そして眠ったままのリックの脇で膝をつくと、青の手袋に覆われた手の平をすっとその額の上にかざした。

 

 間もなく赤色の譜陣が床に広がり、すぐ融けるように消えた。

 

 譜術に明るくないガイでも見える音素の粒が舞い上がるように空気中に馴染んでいくのを見送ってから、視線をジェイドに戻す。

 

「今のは何をしたんだ?」

 

 譜術訓練の一環なのか、もしやまさかのとどめかと、わりと洒落にならない想像に慌てて見下ろしたリックは、相も変わらず安らかな寝息を立てていた。

 

「いやですねぇ、いくら私でも意識のない人間にトドメは刺しませんよ」

 

 意識あったら刺すのか。

 そう瞬時に考えるも口に出すと自分の首を絞める気がして黙殺する。

 

 ジェイドはハッハッハと軽く笑った後、ふいにその笑みを柔らかいものに変えて、上にかざしていた手をぽんとリックの額に置いた。

 

「ご褒美、ということにしておきますか」

 

「ご褒美?」

 

 ガイの疑問には答えずに、ジェイドは乗せた手を動かして、ほんの僅かにリックの頭をなでると、すぐさま立ち上がって歩きだす。

 

「あ、リックを運ぶのはお願いしますねぇ?」

 

 途中振り返ってそう言ったジェイドの食えない笑顔に、へいへい、と半眼で返事をしながらリックの腕を肩にかけ、立ち上がる。

 

 

 

 ひと気のない軍部の廊下。

 ジェイドの少し後に、リックを担いだガイが続いて歩く。

 

「さっきのがご褒美って、何だったんだ?」

 

 そこで改めて聞き直せば、前を行くジェイドはひょいと肩をすくめた。

 

「譜術訓練終了のですよ。ええ、楽に躾けられる手段だったんですがねぇ。これから不便になります」

 

 一見ちっとも繋がっていない会話に眉をひそめかけて、ふと考える。

 譜陣。楽に躾ける手段。これから、不便。

 

 ぴんと頭の中のとっかかりが弾けたような気がした。

 そしてリックの体を支え直しながら、なるほど、と呟く。

 

「……しかし別に譜術が使えなくたって普通に注意すればいいんだから、訓練は続けられるだろ?」

 

「基本的な事はあらかた叩きこみました。この後は本人次第ですよ。まあ助言くらいならやぶさかでもありませんが」

 

「素直じゃないねぇ」

 

「おや、ガイラルディア伯爵はブウサギ小屋を領土にしたいと?」

 

「わ、悪かった! 俺が悪かった!」

 

 すっかりいつもどおりのジェイドに慌てて首を横に振る。

 

 輝く笑みひとつ残して前を向いたジェイドの後ろ、全力で胸を撫でおろしながら、またリックを抱え直した。

 

 

 

 

「むぉ……ジェイドさぁ~ん~……」

 

「はいはい、ジェイドさんですよーっと」

 

 リックの寝言にガイが笑ってそう返しているのが聞こえる。

 

 肩越しにちらりと背後をうかがえば、リックの口の端から垂れるよだれが服につきそうなのが気になっているらしいガイと、ばかみたいに幸せそうな顔で眠る子供の姿が目に映った。

 

 いよいよよだれが付いたのか軽い悲鳴を上げたガイが四苦八苦している音を背後に聞きながら、ジェイドは小さく笑みを浮かべて、呟く。

 

「観念、ね」

 

 先ほどガイに向けられた言葉を思い返し、息をついて窓の外を見た。

 

「そんなものとっくにしてますよ」

 

 薄い硝子越しに見た空には、おそらくあの子供ならこの目のようだと形容するのであろう、鮮やかな夕焼けが広がっている。

 

 

 

 そして、あの外殻大地 降下の騒ぎから、もうすぐひとつきが経とうとしていた。

 

 

 




空白のひとつき編、終了。


>「いくら私でも意識のない人間にトドメは~」
フーブラス川でのアリエッタの件は華麗にスルーな大佐。だって大佐だもの。
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