空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

106 / 197
ルーク視点


インターバル
Act48.2 -(第二幕をあげる前に。)


 

 

 これで全て終わったのだ。

 

 緩く長く続いた地面の揺れがようやく治まったところで、ルークは無意識のうちに詰めていた息をゆっくりと吐き出した。

 

 気づけば先ほどローレライの声が響くと共に起きた例の頭痛も、大地同様の静まりを見せていた。

 

 床につけていた膝を上げながら、その声が告げた言葉の意味を考えようとした時、隣で外殻降下を見守っていたジェイドが素早く身をひるがえしたところで、はっとして目を見開く。

 

「リック……!」

 

 そうだ、終わってはいない。

 まだ何も。

 

 もつれる足を動かして、パッセージリングから少し離れた場所にいる仲間達の元へ走り寄る。

 

 辛そうに表情を歪めたガイの脇から慌てて覗きこめば、そこには横たわる一人の仲間。

 ヴァンとの戦闘の最中(さなか)で散った赤は、まだ生々しくルークの目にも焼き付いていた。

 

 赤く染まった腹部に、両側からティアとナタリアが治癒術をかけている。

 ティアの隣に座り込んだアニスは泣きながら小さな両手でリックの右手を包んでいた。

 

 ジェイドがその頭上に膝をついて、厳しい顔つきでリックの首筋に指を当てる。

 

「なあ、リックは? た……大丈夫なのか?」

 

 助かるのか、と口にしようとして、背筋を伝った寒気に思わず言葉を置き換える。

 

 だがティアは何も言わず、ナタリアは何か言おうと開きかけた口をすぐに閉じた。

 おそらく自分と同じ感覚を覚えたのだろうとルークは纏まらない頭で思う。

 

 何か具体的な言葉を使えば、それを預言が飲み込んでしまう気がした。

 可能性も希望も、全てが真っ黒なものに覆い隠されるような、そんな恐怖感があった。

 

 降下は成功した。

 オールドラントは無事に未来への道を歩き出したというのに。

 

(おまえは、それを見ないのかよ)

 

 脂汗の浮かぶ、血の気の引いた顔を見つめる。

 誰よりも誰よりも、臆病な、臆病だったはずの男。

 

「まだ、間に合う」

 

 そのとき、ずっと黙りこんでいたジェイドがぽつりと呟いた。

 こういう状況で下手な慰めは一切口にしない男の言葉に、ルークは表情を輝かせて詰め寄る。

 

「ジェイド、本当か!?」

 

「そうだ、今ならば、まだ……」

 

「……ジェイド?」

 

 独り言のような囁きだった。ガイが怪訝そうに眉根を寄せる。

 

 感情の読み取れない赤色の瞳に、微かな焦燥感がルークの胸をよぎった。

 しかしそれを打破できる明確な問いかけも思い浮かばず、ただいつもと違うジェイドの姿を見守る。

 

 青の手袋に包まれた手が、ゆっくりと伸ばされていく。

 

 ひどく嫌な予感がした。止めなくてはいけないとどこかで感じているのに、体が動かない。

 ジェイド、と乾いた声が喉から零れる。

 

 指先がその額に触れようとした、瞬間。

 

「う、」

 

 ぴくりと、リックの瞼が揺れた。

 小さなうめき声が耳に届く。

 

「リック?」

 

 アニスが震える声で名を呼ぶも、意識が戻ったわけでは無かったようで、それ以上何らかの反応が戻ってくることはなかった。

 

 そのことに落胆しつつも、まだ彼が生きてるという事実にひとつ息をついたルークが視線を戻すと、ジェイドは伸ばしかけた手を宙に留めたまま目を見開いていた。

 

 今一度 名を呼ぼうか迷ったところで、その手が握り締められたのを見る。

 

 そして、鈍く重い音が、辺りに響いた。

 

 仲間達の視線がひとつに集まる。

 ジェイドが、殴りつけた形のまま床に押し付けた拳を固く握っていた。

 

「……違う、だろう……っ!」

 

 いつになく感情をあらわにしたジェイドの姿に誰も口を開けずにいる中、ルークは考える。

 

 何が“違う”のかは分からなかった。

 

 しかし、先ほどのジェイドの赤い目が、あまり良いものを映してはいなかった事だけは分かったから、先ほどのリックはジェイドを止めたのかもしれないと、漠然と思った。

 あの男のジェイドへのウザいほどの想いの丈を考慮すれば、意識が無い事くらい何でもないような気がしたのだ。

 

 ああそうかお前が止めたのか、とルークがもはや感心する思いで目を瞬かせたとき、俯いていたジェイドが静かに顔を上げた。

 

「大佐、だいじょうぶですか?」

 

 アニスもさすがに心配そうにその顔を覗き込む。

 

 それに答える前に腰を上げたジェイドは、軍人らしくぴんと伸びた背筋で立った。格好いいだろと何故かリックが自慢げに告げる、あの立ち姿だ。

 彼は短く息をついて眼鏡を押し上げる。

 

「ええ。失礼、取り乱しました」

 

 あの食えない笑みこそ浮かべてはいないものの、それはルークにとっても見慣れたと思えるジェイドの姿だった。

 

 同じように考えたらしいガイもすぐに自らの動揺を押さえつけて、大人の顔でジェイドを見やる。

 

「とりあえず外殻降下は成功したが、これからどうする? リックの奴も早くちゃんとした場所に運んでやらないとまずいだろ」

 

「そうですね。……とりあえずアルビオールまで戻りましょう」

 

 言いながら、ジェイドは仲間達を見まわした。

 アニスが袖でごしごしと涙をぬぐう。

 

「ここからだとケテルブルクが近いですが、医療設備を考えると少し遠くなっても一気にグランコクマまで戻ってしまったほうがいいでしょうね」

 

「分かった。リックは俺が背負って行くよ。ルークとジェイドは先頭としんがりを頼む」

 

「分かりました、お願いします」

 

 明確な道を示す言葉が交わされて行き、どこか呆然としていた頭が現実に目覚めていく。

 顔を上げたティアやナタリアも、いつもの力強い瞳で頷いてみせた。

 

「それじゃ、アニスちゃんも今日は先頭行っちゃおうかな」

 

 女の子にこんなキツイ事させるなんて後でリックにお手当貰わないと、と茶化した物言いをしながら立ち上がり、腰に手をあてて目もとの赤いアニスが笑う。

 

 剣の柄を握り、ルークは表情を引き締めた。

 

「……急ごう!」

 

 

 

 

 アブソーブゲートの外でずっと待っていたノエルは、降下成功を祝福してくれた後、ガイに背負われたリックの姿に気づくとすぐにアルビオールを発進させると機内に戻って行った。

 

 その背に力なく身を預けたままのリックをちらりと窺ったガイが、なんだかいつかと逆なんじゃないのか、と軽い調子で言おうとしたのを失敗した、苦い声で笑みを浮かべる。

 

 それを聞いて、グランコクマに着いた時、カースロットに侵されていて意識のなかったガイを他の兵士と一緒に運んだのはそういえばリックだっただろうかと思い出す。ガイは目を覚ました時にイオンからでも聞いたのだろう。

 

 そうだあのときも大変だったんだと、ルークはぼんやりと考える。

 着いてガイの様子を見るなり真っ青になったかと思えば、次の言葉は「葬儀の準備を!?」だ。

 死んでないからと必死に否定したのが遠い記憶のようだった。

 

 死んではいない。

 

 いつかの自分の言葉を、願いのように、繰り返す。

 

「ルーク、大丈夫か?」

 

 かけられた声に意識を引き戻せば、表情を険しくしたガイの顔があった。

 

 アルビオール内の一室。

 リックが寝かされた寝台を見ながら、ガイと共に壁際で立ち尽くしていたルークは、幼馴染の空色の瞳から そっと目をそらした。

 

「……俺のせいだ」

 

 思わず零れた言葉は小さく、寝台の脇で治療に没頭するティアとナタリアには聞こえなかったようだった。

 だがすぐ隣にいる男にはそうもいかない。ガイが目を眇める。

 

「今度そんなこと言ってみろ、本気で怒るぞ」

 

「…………」

 

 やはり潜めた声で返された声は、確かに本気だった。

 だってさ、とルークは口には出さずに心中であの時の事を顧みる。

 

 あのときもっと動けていれば。

 あのときちゃんと間に合っていれば。

 あのとき。考え出せばきりがない。

 

 そんなルークの思考を感じ取ったガイがひとつ重たい息をついた。

 

「そんなのは俺も……みんなも一緒だ。状況的にどうしようも無かったと思っても、悔いはある」

 

 どこかで昔の記憶も重ねたらしいガイの遠くを見る視線に、ルークは再度潜めた声で、ごめん、と口にする。

 

 ガイが苦笑して肩をすくめた。

 

「まぁ俺達はさておき、きついのは旦那だろうよ」

 

「ジェイド?」

 

「思い出してみろよ。リックは“誰を”守ったんだ?」

 

 目を、見開く。

 

 アルビオールに戻った後、ジェイドは引き続き治療を続けるというティアやナタリアに、それで彼女達が倒れては本末転倒だから無理は禁物だと釘を刺し、ルークとガイをその手伝いのためにここへ残して、自分はノエルへの針路の指示や安全確認のために艦橋に残った。

 

 あそこで一度動揺を見せたきり、すっかりいつもどおりに見えた事と、ルーク自身も余裕がなかったことで忘れていたが。

 

「……そうだよな」

 

 とにかく感情が読めない上に、全てにおいてその感情という奴に振り回されない男だから分かりづらいが、辛くないわけはないだろう。

 

 レプリカと製作者という関係の中に、不器用な絆を組み立てていた、二人。

 リックがジェイドさんジェイドさんと鬱陶しいまでに向け続けた想いは、それでも確実に彼らの間に降り積もっていたはずだから。

 

 少なくともこちらは十年という月日を立てて積み上げたそれを無駄に出来るような、諦めのいい男ではないだろう。

 

「頑張れ、リック」

 

 噛みしめるように呟いたそれにガイが柔らかく微笑んだとき、部屋に飛び込んできたアニスが、もうすぐグランコクマに着くよ、と声を上げた。

 

 

 

 

 グランコクマに到着すると、リックはすぐ他の兵士たちに連れられて行った。

 こうなったら後は任せるしかない。ぎゅっと歯を食いしばる。

 

 ナタリアが自分も一緒に行って治療を続けると泣きそうに眉を顰めて言ったが、これ以上無理をしては本当に倒れるとジェイドに却下されたようだった。

 

 肩を落とす彼女に、譜術の国マルクトは伊達じゃない、ここの治療士を信用してやりなさい、と未だに緩むことのない表情のままながらも、どこか気遣わしげに口にしたジェイドは、寝る間も惜しんでリックの治療を続けてくれたナタリア達に精一杯 感謝の意を示していたのだろう。

 

 

 ルーク達にはやらなければならない事が残っている。

 

 例えリックに付いていたとしても何も出来ることのない今、外殻大地降下の計画を実行した者として、ピオニー九世陛下に事の次第を報告するのが最優先事項だ。

 

 頭では分かっていてもやはり落ち着かない気持ちを押さえこんで、ルークは足を踏み出した。

 今の自分に出来ることをするのだと、美しい花の咲く場所でこの髪を切り落としたあの瞬間に、決めたのだから。

 

 謁見の間には、ルーク達が帰還したという連絡を受けた皇帝と他の重鎮達が集まっていた。

 

「まずご報告をと思いましたので、このような姿のままで失礼致します」

 

 ルーク達の出で立ちは、アブソーブゲートを抜けた時のままだった。

 

 そのことに一度うやうやしく礼をしたジェイドが、久しぶりに笑みを浮かべる。

 いつもの笑みにとてもよく似たそれは、ひどく冷たく固まっていると感じた。

 

 ジェイドとの付き合いが長いピオニーならば特にそれを感じた事だろう。

 現に大らかな青の瞳を一瞬だけ歪めたピオニーだったが、すぐに皇帝の顔へ戻る。

 

「服くらい構うなよ。オレとお前達の仲だろう。外殻降下、大義だったな」

 

 皇帝として、それでも目一杯ピオニー個人としての労いを込めた言葉に、ナタリアもほっとしたように微笑んで王族らしい綺麗な一礼を返していた。

 

「……ところで、リックはどうした」

 

 ここにルーク達が入ってきた時から用意していたはずの問いを、そこでピオニーは初めて音に乗せた。

 

 兵士から大まかな情報は伝わっているだろう。

 それに、先ほどジェイドが口にしたように仲間達の姿はまさにあのときのままだ。

 ガイやジェイドの服についた赤黒い染みに、気づかないわけもない。

 

 こちらを真剣な顔つきで見据える青色。

 何から話せばいいのかとルークが逡巡したときには、すでにジェイドが口を開いていた。

 

「ヴァン謡将との交戦中に負傷しました。現在は軍の医務室で治療を受けているはずです」

 

 事実を事実として伝えただけに過ぎないというような、淡々とした声。

 

 それを聞いたピオニーは、一度ゆっくりと目を伏せた。

 肘掛に置かれた手がほんの僅かに揺れる。

 

「そうか」

 

 そして短く息をついてから瞼を持ち上げると、ピオニーもまた情報を情報として受け入れたのだというように、続けてジェイドに降下時の詳細を訊ねた。

 

「予想通り、瘴気はディバイディング・ラインに定着――」

 

 そうしていくつかの専門的な説明が為されたころ、ふいに大扉を叩く控えめな音が謁見の間に響き渡る。

 

 失礼します、と声がして、開いた扉の向こうから姿を見せたのは見知らぬマルクト兵の一人だった。

 

「謁見中であるぞ」

 

 ノルドハイムが顔をしかめて咎めると、その兵は慌てて「申し訳ありません」と謝罪する。

 しかし構わないとノルドハイムを制したピオニーが続きを促せば、兵士は教科書通りのきれいな敬礼をみせた。

 

「その、リック一等兵の事でご報告がありまして」

 

 ルークは部屋の空気がぎしりと強張ったのを感じた気がした。急に高鳴りだした心臓を左手で押さえて、息をのんだ。

 ジェイドが黙ったまま兵を見据えている。

 

「……何だ」

 

 聞き返したピオニーの鋭い視線に少々たじろぎながら、「はっ」と頷いた兵が軽く息を吸い込んだ。

 

 

「治療が終わり、まだ意識は戻りませんが、命に別条無いとの事です!」

 

 

 告げられた言葉が空間に広がって、仲間達が歓声を上げた瞬間。

 

 指先のこわばりを解いて、小さく小さく安堵の息をついたジェイドに気づいたのは、ピオニーとルーク、ただ二人だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― Bachicul KIMLASCA=LANVALDEAR

28day, Rem, Gnome Rdecan

 

(キムラスカ=ランバルディア王国 バチカル

         ノームリデーカン・レム・28の日)

 

 

 

 開けっ放しの窓から入り込む、意識と世界の境目さえ分からなくさせるような穏やかな風に頬をくすぐられ、ルークはそっと瞼を押し上げた。

 

 そこにある見慣れすぎた屋敷の天井が胸に重いものを積もらせていくのを感じて、仰向けだった体を横にする。

 すると今度視界に入ってきたのは、あの旅の中で随分とくたびれた一本の剣。

 

 役目なく壁に立てかけられたそれを少しの間ぼんやりと見やってから、ルークは結局また仰向けに戻る。

 

 閉鎖された空間。聞こえてくる使用人達のささやき声。

 

 全てを思考から追い出すように強く目を瞑った向こうに、ふと間抜けな笑い顔が浮かんできた。

 意識が戻る前にあの水の都市を離れてしまってから、それっきりの。

 

「あいつ、どうしてっかな……」

 

 ぽつりと零した言葉は部屋の中で巻いた風に乗って流れていってしまう。

 

 

 

 あの混乱から、世界はようやくひとつきが経とうとしていた。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告