空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
『イオンは、もし被験者が生きていたらどうしてると思う?』
ダアトで、俺はイオンにそう尋ねた。
過酷な旅を乗り越えても、被験者に対する負い目や、劣等感は消えない。それどころか増していくばかりの重圧に不安ばかりが頭をよぎる。
そんなこちらの心情を分かった上で、イオンは少し考えてから、レプリカという存在を世界に知らせるための活動をしたい、と言った。
とても彼らしい答えだと思った。
だが、だからこそ、自分には真似できそうもない答えだと思う。
誰かの代わりではありたくないと気付いたというイオンの澄んだ目を見ながら、あいつはどうなんだろうと考えた。
そういえばジェイドに作られたレプリカだという話はされたが、被験者についてはあまり聞かなかった。確かマルクトの兵士だったとは言っていた気がするけど。
彼も誰かと同じは嫌なのだろうか。
己はここに居ていい存在なのかと悩んだことは、ないのだろうか。
リック。
ルークが知る、もうひとりの、レプリカは。
ティア、ガイ、アニスと共に、アッシュを探して行きついたセントビナー。
先ほど来た時には平穏だった街に、ほんの数時間の間に何があったのか。
辺りには怒号や悲鳴が響き渡り、あちこちに負傷したマルクト兵が寝かされていた。
何事かと周囲を見渡しつつも、その中に自分より濃い赤色の髪を探す。
そして。
「あっルーク! ルークだ! 大佐、ルークですよ! ルーークーーー!!!」
「はいはいそうですね。嬉しいのは分かりましたから好きなだけ飛びついてきなさい」
見つけたのは全く別の人間達だった。
気づいたのは同時だったようだが、俺が「あ」と声を上げようとした瞬間には、きらりと目を輝かせた相手の男が盛大に声をあげて千切れんばかりに手を振ってきた。
「あ~、大佐だ!? リックも!」
向こうの大声でみんなも気づいたようだ。アニスが二人を指さして叫ぶ。
「これは皆さん、お久しぶりです」
「ルーク! うわあ久しぶりルーク! ほんとにルークだ! 元気だった? キノコ食べてた? 手紙読んでくれた!?」
久しぶりに会う二人は、ひと月前の記憶とちっとも変わらなかった。
ていうかお前ちょっとは変わっとけよ。そう零しながらも頬が緩む。
久しぶりに会う変わらない友達は、なんだか嬉しい。
しかしいつまでも再会の喜びに浸っているわけにはいかない。自分たちの目的を思い起こし、はっと二人を見やる。
「そうだ、アッシュの奴が来なかったか?」
「アッシュ?」
突然飛び出してきた名前にリックはきょとんと目を丸くした。
「や、オレはぜんぜん。大佐知ってます?」
見かけていませんね、と返すジェイドに、ですよねぇ、と首を傾げるリック。
そんなやりとりを見ている内に、ふとささやかな違和感が胸をよぎった。
ひと月前と変わらない。
変わってないけど、あれ?
「なあガイ、リックのやつ、なんかちょっと違うか?」
少しだけ身を引いてガイに耳打ちする。
すると向こうも釣られて声を潜めながら返事をしてきた。
「何がだ?」
「いや、なんていうか、そうだな」
あまりに漠然としすぎていて纏まらない疑問を、なんとか形作ろうと言葉を探す。
「喋り方が、ちょっと砕けたような気がするっつーか……」
自分で言っておきながら、すぐに「そうか?」と自問する。
ジェイド相手にタメ口になってるとでもいうならさておき、聞いているかぎり前と違ったところは無い。
しかし無いと言いきるには、無視の出来ない相違感。
「……そうだな。あいつも少しずつ変わってるってことさ」
俺が感じた小さな変化をどう捉えたのか、ふいに穏やかな笑みを浮かべたガイを横目に見た後、その視線をリックに戻して、俺は吐息と共にちいさな相槌を吐きだした。
「そ、か」
このひと月で、あいつはどう変わったのだろう。
俺が屋敷でぼんやりと過ごしている間、あいつは何をしていたのだろう。
「それにしてもすごい騒ぎだな」
何かあったのかと問うガイに、ジェイドは軍のケセドニア方面部隊が演習中に襲われたと説明する。
それを聞きながら、隣で何か資料のようなものを見ていたリックが、ぐにゃりと表情を曇らせた。
「はぅあっ!? どこの誰がマルクトの正規軍を襲うんですかっ!?」
どうかしたのかと俺が声を掛けようとするより先に、アニスが驚きの声を上げる。
少し前ならキムラスカだったのだがとナタリアが聞いたら憤慨しそうな事をジェイドが零したとき、マクガヴァンが慌てて駆けてきた。
大変じゃ、と声を上げる。
「フリングスが負傷したという情報が入ったぞ!」
知った名前の不穏な情報に心臓がひやりと冷えたのを感じつつ、それを聞いて表情をなくしたリックを視界の端に見て、ああだからと先ほどジェイドの説明を聞いている際の苦い顔つきの理由を察した。
リックも同じマルクト軍だ、ケセドニア方面部隊に彼がいることを知っていたのだろう。
フリングスはすでに首都に搬送されたらしい。
アッシュを探すという目的はあったが、世話になった人が負傷したと聞いたのにそれを無視して行く事は出来ない。
今までのメンバーにジェイドとリックを加えて、アルビオールでグランコクマまで向かう事になった。
移動中。
久しぶりに会った仲間との雑談もままならず、緊迫した空気の流れる艦内。フリングスが心配なのだろうリックは特にそわそわと視線を漂わせている。
「なあ、リック」
だが俺には、そんな状況でないことは承知の上で、それでも聞きたい事があった。
話しかけられた事でリックの目に浮かんでいた不安と動揺がとっさに消える。聞きづらさはあったがこの隙にと話を進める事にした。
「お前の被験者って、どうしてるんだ?」
唐突すぎる問いに当のリックは目を丸くしただけだったが、ただ何故か奥にいるジェイドが僅かに肩を揺らしたような気がした。
操縦者のノエルと前の座席に座っているジェイド以外のみんなの視線がこちらに集まるのを感じるも、あえて気づかないふりをする。
無神経なのは分かっている。でも俺が知っているレプリカはイオンとリックだけだ。
だからどうしても聞きたかった。
少しの間、俺の顔をまじまじと見たリックが口を開く。
「そうだな、オレが生まれた時にはもう亡くなってたみたいだけど」
けろりとそう言ったかと思えば、どした?と逆に問われ、慌てて言葉を続けた。
「あ、いや、……リックは――もし被験者が生きてたらどうする?」
イオンに向けたのと同じ問い。
それにリックはうぅうんと唸りながら少し考えて、やがて気の抜けた苦笑を浮かべた。
「お母さんと妹さんを泣かせてごめんなさいって謝りたいけど、被験者の性格を聞く限りそんな事したら殴られそうだしなぁ」
“泣かせてごめんなさい”
それがどういう意味なのか、リックと被験者の間に何があったのか、尋ねる事は出来なかった。
やはり聞くべきでは無かっただろうかと今さら迷い出していると、リックがぽつりと呟く。
「ああ、でも、殴られてみようかな、うん」
驚いて見返したリックは「一回おもいっきり被験者と喧嘩してみたいな」とそう言って、困ったように、でもどこかすっきりとした表情で笑った。
ああ。こいつも本当に変わってきてるんだ。
ガイに言われた言葉と、自分が感じた小さな違和感をつなぎ合わせる。
おそらく世界が始まった時から変わらない空に、それでも同じ空が来ないように。
変わらない人間も毎日どこかが変わっていく。
そのことに妙なむずがゆさと、幾ばくかの寂しさを感じた己をごまかすように話を続けた。
「そうしたらリックは何やってんのかな」
「軍属で変わんないと思うよ」
しかし思いがけず即答されて、今度は俺が目を丸くする。
「え、それでも軍人やるのか? ビビリなのに?」
「……瞳の真っ直ぐさが痛いよルーク。いや、オレはずっと大佐の傍にいたいからさ、大佐が軍人ならオレも軍人だよ」
当たり前とばかりにリックが言うと、ガタンという音が聞こえた。
見るといつのまにか操舵室から出て行こうとしていたジェイドが、段差で足を踏み外していた。
何事も無かったように体勢を立て直し眼鏡を押し上げるジェイドの背中から、全員がすぐさま見なかったふりで顔をそらす。
え、なに、まさか。
動揺した?
ふいをつかれたらしい。