空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act50.2 - 彼と彼女に花束を

 

『きっとしばらくの間は会えないと思いますが、お元気で』

 

『え、なんでですか?』

 

『今度ケセドニア方面部隊の指揮を取らせて頂くんですよ』

 

 そんな言葉を交わしたのはいつのことだっただろう。

 

『もちろん。待たせている女性もいますからね』

 

 お気をつけて、と返した俺に、そう言っていつもの柔らかな笑みを浮かべたあの人を、見送った。

 

 

 

 

 

 外は雲ひとつない青空で、耳に届く水音が心地よかった。

 そこに大佐が一定のペースで書類をめくる音が混じって、俺は部屋の整理をしていた。

 

 演習中のケセドニア方面部隊が何者かに襲撃された、という知らせを受けたのは、そんないつもどおりの日々の中。

 

 最初はうまく理解ができなかった。

 少しして、脳裏を過ぎった優しい銀色に、ようやく事態を理解する。

 

「フリングス少将」

 

 書類の束を腕に抱えたまま呆然とひとつの名前を零した俺を、大佐は横目でちらりと見てから、伝令に来た兵士に何か指示を飛ばして、それからまたこっちを見た。

 

「リック、行きますよ」

 

 赤色の瞳が、頭を冷やしなさいと言っている。

 弾かれたように「ハイ!」と返事をして、止まっていた動きを慌てて再開した。

 

 

 そして大佐と共に向かったセントビナー。

 少将の姿を探して落ち着きなく視線を漂わせていると、予想外の人物と嬉しい再会を果たす。

 

「ルーク!」

 

 アブソーブゲートでの一件以来に会うトモダチ。

 

 最後が最後だったからどうしていただろうかとずっと胸にあった思いを矢継ぎ早に吐き出していたら、ルークが「ちょっとは変わっとけよ」と小さく噴き出して笑った。

 

 安心したような笑顔の向こうに違和感を覚えて内心首を傾げる。

 どうも元気がない、ような。

 

 確かに外殻降下成功の裏にはヴァンの死がある。

 

 実の妹であるティアさんはもちろん、剣術の師匠として長年慕ってきたルークや、同じホド出身の幼馴染だったガイにも辛い結末になってしまっただろう。

 

 でもこのオールドラントを救ったという事実もまた確かなものであるはずなのだ。

 そんな偉業を成し遂げたのだから、大手を振って家に戻ったんだろうと微笑ましく思っていたけど。

 

 向こうで何かあったのか尋ねようとしたが、俺より少し早くルークがそうだと声を上げた事でタイミングを逃してしまった。

 

 しかし、アッシュが来なかったか、という問いを受けて、今度はそちらへの疑問で頭がいっぱいになる。

 

 アッシュ。

 そういえば数日前にグランコクマのほうでガイが会ったという話を聞いた。

 六神将に気をつけろ。そんな忠告をしていったらしい。

 

 六神将。

 

 その言葉から連想されたひとりの男の姿と、空っぽになった牢屋。

 

 乗組員全滅、と記された書類の無機質な感触を思い出し、じくじくとした憂鬱さが胃を掠めたのに気づかないふりをして、アッシュの姿は見ていないと首を横に振った。

 

 同じくアッシュを見ていないと答えた大佐は、もし来ていたとしてもこの様子を見ては近づいてこないだろうと言葉を添える。

 

 ようやく崩落の衝撃から立ち直ってきて、混乱の中にも平和を取り戻していたセントビナーの街並みは、負傷したマルクト兵とその救援に来たマルクト兵で溢れかえっていた。

 

 ケセドニア方面部隊が演習中に襲われたのだと淡々と説明する大佐の声を聞きながら、顔をゆがめる。

 そうだ。ルーク達に会えた嬉しさでちょっとぶっ飛んでいたけど、状況は何も変わっていない。

 

 あのひとの姿もまだ見つけられていないし。

 そんな時、いつになく慌てた様子のマクガヴァン元帥がこちらに駆け寄ってきた。

 

「フリングスが負傷したという情報が入ったぞ!」

 

 心臓をわしづかみにされたような、錯覚を覚えた。

 

 

 

 グランコクマまで送ってくれるというルークの言葉に甘えて、俺と大佐はみんなと一緒に久しぶりのアルビオールへと乗り込んだ。

 

 ノエルともひと月ぶりになる。

 話したいことは色々あるのに、どうも喉がつっかえるみたいに言葉が出てこない。

 

 操縦室の片隅に立ち尽くしながら、必死に自分に言い聞かせる。

 頭を冷やせ、思い出せ。いま俺が焦ったってどうなることもないんだ。

 

「なぁ、リック」

 

 胸の不安をなんとか押し込めようとしていたら、ふいにルークに話しかけられた。

 

 そういえばあの旅の中では何かと俺がルークに話しかける事が多かった。

 それはもう「リックウザイ」と傍で聞いていたアニスさんに言われるほど、いつもいつも、ねえルークあのさぁルークと口を開いていたせいなのかは分からないが、ルークに声をかけられると俺は毎回そこはかとなく驚いてしまう。

 

「お前の被験者って、どうしてるんだ?」

 

 そして続けられた質問に、今度は目を丸くした。

 

 前にアニスさんとの会話の流れで少し口にした事はあったが、こうして改めてルークに聞かれたのは初めてだ。

 被験者についての話題はルーク自身も避けていたところだろうし、たぶん俺にも気を使って聞かずにいてくれたのだろう。

 

「リックは、もし被験者が生きてたらどうする?」

 

 それを今聞くということはやっぱり何かあったのかなぁと少し前の疑問にぼんやりと答えをつけながら、今現在、目の前にある問いへの答えを探し、言葉に乗せた。

 

 被験者。そのお母さん。妹さん。

 

 胸を突く痛みはまだ消えないけれど、話す自分に思ったほど動揺が無かったことが少しだけ誇らしい。

 先に立たない後悔は、それでも後の何かに変えていけるんだと、信じることが出来るから。

 

 職人の街で学んだ温かな記憶に思いを馳せ、それからふと窓の外に広がる青に視線を移した。

 あのひとの柔らかな青の目を思い出す。

 

 大丈夫だろうか、と考えた俺は、今思えば心配しながらもどこか楽観していたのかもしれない。

 

 相手をよく知ってるから、優秀な人だからと。軽傷か重傷か、なんて、そんな子供みたいな二択しか頭になかった、俺は、

 

 

「先ほどまで治療を受けていたのですが……もう手遅れだそうです」

 

 

 軍人としても大失格だ。

 

 

 真っ白になった顔色や、この会議室に立ち込める血の臭いさえ無ければ、また何か陛下がやらかしたのかなと釣られて口元を緩めてしまいそうな苦笑を浮かべた彼の言葉に、俺は為すすべもなく拳を握った。

 

 今まで腰を下ろしていた椅子から緩慢な動きで立ちあがった彼は、苦しそうな息をしながら当時の状況について報告をする。

 

 その内容は、にわかには信じられないものだった。

 

「我が軍を襲ってきたのは、キムラスカ軍旗を掲げた、一個中隊ほどの兵であります」

 

「そんな馬鹿な!」

 

 思わず声をあげたルークの隣で、俺も同じ言葉を頭の中で繰り返した。

 それと同時にそんなはずはないと確信を持って否定する。ナタリアがそんなことを許すわけがない。

 

 だが襲ってきた相手を間近で見た彼自身も、あれがキムラスカ軍には思えない、としたばかりの報告を覆すように緩々と首を横に振っていた。

 

 そこでがくりとくずおれた彼を、ルークと一緒に慌てて支える。

 それを見たティアさんが表情を険しくして、ベッドのある場所へ移動をと提案するも、本人が丁寧にそれを断った。

 

 そして、出来る事ならば、と前置きをし、彼は言った。

 

「私を修道院へ、お連れください」

 

 

 俺はずっと自主的に預言を遠ざけていたから、ほとんどこの場所に足を踏み入れる事はなかった。

 だけど何かの拍子に立ち寄ると、何も分からないながらも心地よく思えた澄んだ雰囲気の礼拝堂が、今日はひどく立ち入りがたく感じる。

 

 ガイとルークに支えられてここまでたどり着いた彼はその場で膝をついて、それでも傾ごうとする体をなんとか腕で支えていた。

 

「私はここで生誕の預言を受けました」

 

 でも魔界に落ちるとは詠まれなかったな、と独り言のように付け足した彼は、まるで陛下の悪戯に巻き込まれたときのように少しだけ困った顔で、しかし穏やかに笑っていた。

 

 今まで何度となく見た優しく細められた青も、なぜか今日は見ていられなくて、俺はそっと後ろに下がる。

 

「預言に詠まれていない未来は、こんなにも不安で……自由だったんですね」

 

 ああでも失敗だった。

 視界にあるのはもう彼の銀色の髪だけのはずなのに、その向こうにある表情はまだ俺の網膜に映っている。

 

「もう少しこの世界を、生きてみたかった」

 

 その幻影を消そうと強く伏せた瞼の裏から、大量の何かが零れて頬を伝っていく。

 握り締めたままの拳と、肩が小刻みに震えた。

 

 リック、とティアさんが気遣わしげに名を呼んでくれたのが分かったけど、顔が上げられず、さらに深くうつむく。 修道院の綺麗な床にばたばたと水が落ちる音がした。

 

 それから、やはり襲ってきたのはキムラスカではないと思う、これ以上キムラスカと争いにならないように、と頼む声に、ルークが静かな声で「わかった」と返事をするのが聞こえた。

 

 それを聞きながらまた思い出す。

 

 彼は待たせているひとがいる、と言ったのに。

 

 あの旅の中で出会った、ひとりの女性の姿が脳裏を過ぎる。

 もう少ししたら式の準備をしなくてはならないと はにかんだ笑みを浮かべていた彼の姿を、そこに重ねた。

 

 たくさん頑張って、たくさん辛い思いをして、ようやく幸せになれたはずの、ふたり。

 

(――どうして)

 

 ひときわ強く拳を握り締める。

 

 

 どうして、

 

 世界はこんなにも理不尽なんだ

 

 

 

「あと……リック」

 

 唐突に空気を揺らした自分の名前に、はっとして顔を上げた。

 

「何度、言っても、君は……階級が下だからと、受け入れなかった、な」

 

 笑み混じりにそう言った彼がとても遠くて、俺は歯を食いしばった。

 身じろいだのか軍服の布が擦れる音がする。

 

「最期くらい、名前で、呼んでくれては、どうです?」

 

 いつのまにかルークに支えられる形で、どうにか上半身を起こしていた彼は、俺を見て、たぶん、笑ってくれた。

 ああもう、涙で見えやしない。

 

「……アスラン、さん」

 

 声がひどく震えている。

 俺は思い切り袖で目元を拭ったけど、またすぐに世界は滲んだ。

 

 だけどその向こうにいつもの朗らかな笑顔があるのが分かる。

 それを必死に焼きつけようと目をこらす俺に、彼はまた小さく笑みを零した。

 

「ところで、リック。ずっと、言おうと、思っていたんですが」

 

「なんですか」

 

 ずびっ、と鼻をすする音が情けない。

 

「大佐が、留守のとき。さびしいからってブウサギの、ジェイド様に泣きつくのは、どうかと思いますよ」

 

 ……いつ見られたんだろう。

 そのときにブウサギのジェイドさまから貰った手厳しいヒヅメキックが当たった額に手をやりながら、俺は半眼でアスランさんを見やる。

 

「オレも言おうと思ってたんですけど、やっぱりセシル将軍へのプレゼントにバラの花束はキザですよ」

 

 いつだったか両手に持ちきれないほどの花を買って、彼女に贈るのだと喜々として包んでもらっていた姿を思い出して言うと、アスランさんは心外だというように苦笑した、ような気がした。

 

「そんなこと、ない、ですよ」

 

 そして彼は静かに息をつき、ゆっくりと修道院の天井を仰ぐ。

 

「始祖ユリア。預言を失った世界に……彼女に……、」

 

 

 

――――― 祝福を。

 

 

 

 

 

 

 

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