空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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ガイ視点


Act50.3 - 変わったあいつのエトセトラ

 

 フリングス将軍が息を引き取って、リックが深く俯いた。

 

 泣くだろうなとやるせない気持ちで眉を顰めたとき、彼がその場で大きく吸いこんだ息をゆっくりと吐き出し、顔を上げる。

 

 予想に反して、そこにもう涙は無かった。

 先ほどまでの涙の跡も赤い目元もそのままで、しかし強い意思を宿した目に驚く。

 

 修道院の中央に設置された巨大な御神体を真っ直ぐに仰いだリック。

 その軍人らしくピンと伸びた背筋を見るうち、こんな状況ながら少しだけ口元が緩んだ。

 

 ルークに言った言葉ではないが、確かに変わっていっているのだろう。

 

 臆病でよく泣いていたこの子供も。

 今その背を見つめて、何か声をかけようとしていた口をつぐみ、やはり小さく苦笑を零した、不器用なあの男も。

 

 

 

 

「そうか……アスランは逝ったか」

 

 ここに至るまでの報告を聞き終えると、ピオニー九世陛下はそう呟いて僅かに目を細めた。

 

 それに、はい、といつもの淡々とした調子で頷いたジェイドが、ルークを通じて内々に事の真偽をキムラスカに照会するべきだろうと進言する。

 

 これが他人ならば冷たい奴と思うかもしれないが、長くもないが何も知らずにいられるほど短くはなかったあの旅を経た今となっては、らしい態度だと苦笑するしかない。

 

 フリングスが死んだという報告も、今後の行動についての話も、誰かがしなくてはいけない事だ。

 だが大人の顔でそれをこなせるようになるには、皆、まだ少し早い。

 

 ジェイドはジェイドなりに気をまわしているのだろう。

 まあ彼以外では唯一それが出来る自分に度々 説明役が回ってくるのは頂けないが。

 

 おそらく気をまわされている対象の筆頭であろう内の一人ルークは、レプリカだと苛められたならこっちで暮らすか、とピオニーに冗談とも本気ともつかない言葉を掛けられていた。いや、あの人のことだから本気に違いない。そんなことになったら奥方様が今度こそ寝込んでしまう。

 

 ある意味皇帝らしいというかやたら行動力があるので、実行に移さないように気をつけなければと頬を伝う冷や汗を感じながら、視線を横にやる。

 

 筆頭のもう一人、リックは普段と変わらない様子で俺の隣に立っていた。

 よく見ればいつもより少し顔つきが引き締まっている気がしないでもないが、日常の範囲内だろう。

 

「あとはアッシュの件だな」

 

 キムラスカのほうはルークに任せるという方向で決定したらしい。

 

 もうひとつの問題としてあがった名前を聞き、その調査を任されていた身としてはっとリックから目をそらして向き直った。

 

「陛下の推測通り、彼は六神将の生存を知っていました」

 

 そう報告を述べたとき、ふいに視界の端に変化を感じる。

 ティアが何故アッシュを探しているのかとピオニーに尋ねている隙に改めて視線をずらせば、先ほどまでの真顔を一転、笑みを堪えた半端な顔のリックがいた。

 

「何嬉しそうな顔してるんだ?」

 

「へっ? あ、いや」

 

 ローレライの鍵について話すみんなの声を耳の端に聞きながら声を潜めて話しかける。

 リックはぎくりと肩をはねさせた。

 

 そして若干言いづらそうにしながらも、やはり嬉しげに弧を描こうとする口元に手をあてて口を開く。

 

「シンクも生きてるんだなーって、思ったらつい」

 

「ああ、そういやなんか懐いてたっけな」

 

 あまり多くはなかったはずの接触を思い出しながら言って顎に手を添えた。

 理由は分からないが確かにリックはシンクに対してわりと友好的だった気がする。

 

「……アリエッタも……」

 

 そのとき、安心したような息と共にぽつりと落とされた音が聞き取れず、首を傾げた。

 

「なんだって?」

 

「い、いや、なんでも」

 

 リックが慌てたように首を横に振る。

 

 だがそこで、ローレライが最後に伝えてきた声について話すルークが零した

 「栄光を掴む者」の言葉に驚いたことで、自然と会話は途切れた。

 

 

 どうやら六神将に留まらず、ヴァンも生存の線が濃くなってきたようだ。しかし状況を判断するには情報が少なすぎる。

 

 確定できることから潰していきましょうとジェイドが言った。

 マルクト軍を襲ったキムラスカ兵が正規軍なのかどうか、だ。

 

 キムラスカの動向を確認後アッシュを追うようピオニーに指示されたジェイドの後、自分も引き続きそれに協力させてさせてほしいと願い出る。

 

 それを了承して、ピオニーはさっと席を立った。

 いつもはサボってばかりだが、こういう大事なところでは誰より行動が早い。

 

 大臣達に話をつけにいくのだろう。後は頼むと言って颯爽と横を通り過ぎようとしたピオニーが、リックの横でふと足を止めた。

 

 じっと顔を見るピオニーをリックが不思議そうに見返す。

 

「……ふん」

 

 やがてひとつ息をつき、満足げに口の端を持ち上げたピオニーは、その肩を軽くぽんと叩いて謁見の間を出ていった。

 

 なんだったのかと困惑気味なリックと、何も言わずに眼鏡を押し上げたジェイド、皇帝の消えた大扉を見て俺は小さく笑う。

 

 ああ彼らは、確かに家族なのだ。

 

 

 

 

 イオンに手紙を出してくるというアニスと別れ、残りの仲間達はゆっくりと待ち合わせ場所である街の入り口に向かっていた。

 

 道々、やっぱりアッシュに会って話を聞くべきではと悩むルークに、今はキムラスカへの確認が先だと再度分かりやすいところからこなしていく事をジェイドが進める。

 それに続けるようにしてルークに笑みを向けた。

 

「居所のしれないアッシュを探すのも骨が折れるし、バチカルでばったり、ってなことも考えられるしな」

 

 まあ会ったからといって素直に情報をくれるかどうかは、別問題かもしれないが。

 難しいところだと苦笑して後頭部をかいたとき、突如背後から響いた声があった。

 

「大佐! カーティス大佐ですよね!」

 

 聞き覚えのない声が聞きなれた人間を呼ぶのに、ルークやティア共々目を丸くして振り返る。

 

 そこにいた人物にやはり見覚えは無い。

 二十代半ばほどと思われる金髪の青年は、目をきらきらと輝かせてジェイドを見ていた。その目にどこか覚えがあると思い、すぐにそれがリックだと思い至る。

 

 ルークに知り合いかと問われると、ジェイドは面倒くさそうな顔で、ええまあ、と半端に肯定した。

 

「大佐の弟子でカシムと申します!」

 

「弟子にした覚えはありませんよ」

 

 青年、カシムは譜眼の詳細を知りたかったようだ。

 ジェイドの目に施されているというそれは、譜術の威力を倍増させるものらしい。だが同時に難度の高いものであるらしく、ジェイドだから出来た事でもある。

 

 ろくに譜術も使えない人間が施せば確実に死ぬ。

 特にカシムでは無理だろうとジェイドが取りつく島も無く切り捨てれば、馬鹿にされたと思ったのかカシムは息を巻いて、自力で譜眼を施してみせる、と言って去ってしまった。

 

 半ばあっけにとられてその背を見送っていると、ふとその背を険しい顔で睨みつけるリックに気づいた。

 

「リック?」

 

 良くも悪くも敵意というものをまず露わにしない男のめずらしい表情に驚いて声をかける。

 

「……オレ、あいつ嫌いだ」

 

 すると吐き捨てるようにそう言ったリックに、今度こそ驚いて目を見開く。

 フリングス将軍の事があったばかりでいくらか気も立っているのだろうとは思うが、それにしても珍しい。

 

 それを聞きとめたジェイドがひょいと肩をすくめた。

 

「おやおや、何を言いますか。最初にカシムを私のところに連れてきたのはリックでしょう」

 

「え? そうなのか?」

 

「…………」

 

 きょとんとルークに聞き返されたリックが眉間にしわを寄せて黙りこむ。

 

 いつにない反応にルークも困ったように眉尻を下げたとき、さてアニスに追い越されてしまいますね、と話をそらしたジェイドに習い、そうだな行くか、と皆を促した。

 

 会話の流れが変われば後はもういつものように、街並みを見ながら話し始めたルークとティア、リックに、ほっとして笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 街の出入り口でアニスと合流して、アルビオールに乗り込みバチカルを目指す中、ルークに古代イスパニア語を教えておけばよかったなと会話を交わした。

 

「リックは古代イスパニア語って分かるのか?」

 

 結局下手をするとどちらの言葉も混ざって正しい言葉を使えなくなっていたかもしれない、とジェイドが言ったことで話は纏まったが、すこし思うところがあったらしいルークがリックに尋ねる。

 

 突然の問いに驚いたリックは数度目をしばたかせてから「うん、まぁ」と首を傾げた。

 

「ギリギリだけど……一応分かるよ」

 

 軍人として生活しているからには、兵士学校か何かであらかた叩きこまれたに違いない。

 それでもリックが分かるのはなんとなく意外な感じがすると言っては、失礼か。

 

「あー、でもリックだって分かるのに、俺が分かんねぇってのはダセェよな~」

 

 だがそう思って俺がつぐんだのと同じ意味を持つ言葉がルークからぺろりと零れる。

 せっかく言わなかったのにと思いつつも浮かぶのはぬるい苦笑だった。

 

「え、いや、何そのリックでもって。ルーク、あの、オレこれでも軍人なんだけど」

 

「そうだな~。よし、後でちょっと頑張ってみっか」

 

「ねぇルーク? ルークさん? き、聞いてる?」

 

 一人決意を固めるルークの肩を、リックが情けない顔をして、ちょいちょいとつついていた。

 

 

 

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