空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act52 - むくむくキノコロード(前)

 

 

 バチカル城を出たところで、広い道の向こうから兵士が一人駆けてくるのが見えた。

 目的はお城か、それとも偉い人率の高すぎるこのみんなの中の誰かだろうか。

 

 しかしその姿が近づいてくるにつれて、あることに気づいた。

 普通のキムラスカ兵じゃない。あの鎧は確か、ファブレのお屋敷を守っていた白光騎士団のものだ。

 

 実際に見たのは一度かそこらだったが、その記憶はどうやら間違っていなかったようで、騎士は真っ直ぐにルークのところまで向かって来る。

 

 やけに慌てているなぁと不思議に思ったが、それもそのはず。

 

 目の前まで辿り着いた騎士が開口一番 発した言葉を聞いて、おごそかな雰囲気だった王城前には、俺の ええぇっという情けない悲鳴が盛大にこだました。

 

 

 ルークの母上、シュザンヌ様が倒れたらしい。

 

 大変恐れ多くも俺が一番最初に“お母さん”という存在を投影した方なだけに心配はひとしおだ。

 ルークはもちろんティアさんもすごく心配して、大急ぎでファブレ邸を訪ねた。

 

 大きな寝台に横になっていたシュザンヌ様は、ルークが来たのに気づくとゆっくりと上半身を起こしたが、顔色はあまり良くない。

 

「……心配をかけてごめんなさい、いつもの薬が切れてしまって」

 

 このいつもの薬、というやつが特別製で、一般流通しているものとは違うらしい。

 今は材料が不足しているせいで作れないのだという。

 

 ルーク達にはアルビオールがあるから大抵の物なら取りに行ける。

 その足りない材料とは何なのかと真剣に尋ねるティアさんに、ラムダスさんは僅かに考えてから、口を開いた。

 

「ルグニカ紅テングダケでございます。ですが、栽培していたセントビナーは」

 

 途切れた言葉の先を察して、俺も小さくあっと声を上げる。

 

 崩落、というより崩壊したアクゼリュスを除けば一番に魔界に落ちたセントビナー。まだ大地を下ろす準備が整っていなかったころだ、その被害も大きかった。

 最近になってようやく人々の生活は形を取り戻してきたけど、商売や流通の状態が元通りになるにはもう少しかかるだろう。

 

 じゃあ今から育てますというわけにはいかないし、どうすればいいのか。

 みんなで考え込んでいると、救いの手は意外なところから伸びてきた。

 

「ルグニカ紅テングダケなら生えてる場所を知ってるですの」

 

 ルークの足元でふわふわと揺れる水色の耳。

 

 チーグルの森の傍にある川を北上したところに、キノコがたくさん生えているという……キノコロード?があって、そこにルグニカ紅テングダケが生えている。

 それがミュウの話だった。

 

 さっそく取りに行こうとみんなで意気込むけど、シュザンヌ様のお顔は浮かない。

 小さな声で、危険なのでは、と零された言葉に、その心中を察して俺は眉尻を下げた。

 

 シュザンヌ様は優しい人だ。何よりルークを大事にしている。

 いくら自分のためとはいえ危ない場所に行くなんてことになったら、それはもう心配で心配でたまらないに違いない。

 でもルーク達だってこのまま彼女を放って行ってしまうなんてことは出来ない。

 

 どちらの思いもむげには出来ないこの状況に、俺の頭がぐるぐると廻り出したとき、声を上げたのは大佐だった。

 

「皆さん、少し冷静に。この方は今すぐ危険という訳ではありません」

 

 そして心配をかけるほうがシュザンヌ様のお体に障るからと、大佐はルーク達のルグニカ紅テングダケ採りを禁止する。

 

 何か本当に優先しなければならないことがあるとき、止めなければならない確かな理由があるとき以外、大佐は誰かの行動や気持ちを無理に制限したりしない。

 

 ダアトに行って預言についての会議、っていうのはもちろん大事なことだけど、モースやアッシュの動きが掴めない今、特別急ぐことはないはずだ。

 

 そんな大佐がめずらしく饒舌にルグニカ紅テングダケ採りに難色を示す様にしばし目を丸くして、やがてふと思い至る。

 

「さあ皆さん、外に出ましょう」

 

 納得がいかない様子のルーク達を促す大佐の声を聞きながら、その後ろで、思わず表情を緩めた。

 

 へへ、とうっかり零れてしまった笑い声。

 ほぼ最後尾を歩いていた俺のそれは誰にも気づかれなかったようだけど、僅か斜め前にいた大佐には聞き留められてしまったようだ。

 

 横目にちらりと俺を見て呆れたように小さく眉を顰めると、締まりなく緩んだままだった俺の頬を、前のみんなには分からないようにさりげない調子で引っ張り上げる。

 

 そうですよねぇジェイドさんそういうところ優しいですもんねぇ。

 あいた、痛い痛い、いたたたたた。

 

 

 屋敷の玄関口(というには豪華だけど)まで来たところで、俺はようやく解放されたほっぺたを撫でさすり、ルークは怒ったように大佐をかえりみた。

 

「ジェイド! どうしてあんな……」

 

「さあ、ルグニカ紅テングダケを採りに行きましょうか」

 

 しかしそんなルークの言葉をさえぎって、例の綺麗な笑顔でけろりと告げられた言葉にみんなが固まる。

 

 嘘も方便。

 やっぱりなぁと笑みを浮かべ、ついでにもう一度頬をさすった。

 

 

 目的地をダアトから一時変更して、向かうはキノコロード。

 

 そう決まった時、アニスさんがなんだか少し安心したように息をついたのを見た。

 ルークじゃないけど、アニスさんは本当に帰りたくないのだろうか。

 

 いや、ダアトにはイオン様がいるんだし、そんなことはないはずだ。

 ああでも前に宮殿のメイドさんが「仕事は好きだけどたまにはバカンスにも行きたい」というような事を言っていた気がする。

 

 シュザンヌ様のことは大変で心配だけど、この機会に息抜きか気分転換が出来るなら、それはそれで良い事かもしれない。

 

「……アニスさん! 絶対にルグニカ紅テングダケ見つけましょうねっ!」

 

「ふえ?」

 

 移動中のアルビオール。

 アニスさんを振りかえり、俺は満面の笑みで拳を握った。

 

 

 

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