空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

113 / 197
Act52.2 - むくむくキノコロード(後)

 

 

 ミュウが言った通り、チーグルの森近くにある川を北に上ったところにその場所はあった。

 

 本格的な森の入り口はまだ遠いのに、それでも視界に入ってくる大小さまざまなキノコが、なるほどここはキノコロードと呼ぶに相応しいのだろうと思わせる。

 

 キノコが育ちやすそうな湿気を多く含んだ風を頬に受けながら、みんなで前に進んでいく。

 気を抜いたらぬかるんだ地面に足を取られそうで、慎重に足を出しながら、そういえば、と考えた。

 

 バチカル城の前で感じたあの刺々しい雰囲気は、アッシュのもののような気がした。

 彼は自分のお母さんの不調を知っているのだろうか。

 

 そんなことをつらつらと思いながら上げた視線の先に、周囲の毒々しいキノコの色にも負けない、鮮やかな赤を見た。

 

「……あ!」

 

「アッシュ!?」

 

「お、お前達……!」

 

 思わず指をさして声を上げた俺の隣、ナタリアも名を呼んで驚いた声を上げる。

 キノコロードの入り口らしい場所に立っていたアッシュが、ぎくりとした様子で振り返り、同じく目を見開いた。

 

 そして驚いた拍子に一瞬だけ消えた眉間の皺がすぐいつも以上に深いものに代わる。

 

「こんなところで何を……」

 

 居心地が悪そうな苦い表情でそう言ったアッシュに、シュザンヌ様の薬になるルグニカ紅テングダケを採りに来たのだとナタリアが説明をしてくれた。

 どうやらアッシュも同じ目的でここに来ていたらしい。

 

「じゃあやっぱりあれってアッシュ、さん、だったんだ!」

 

「やかましい滓が。何の話だ」

 

「またカスって言った!! あ、いや、だってバチカル城の近くにいただろ。もー、そんなにナタリアが心配なら一緒にくれば……」

 

 瞬間。

 

 翠の瞳が俺を一瞥して、すぐそらされる。

 

 いつもの怒声も不機嫌そうな睨み顔も、うっかりすると抜かれる剣もない。

 だけど俺は、そこで言葉をつぐんだ。

 

「…………」

 

「…………」

 

 いつになく静かに控えた俺と、今にもどこかに行きそうなアッシュを見比べたジェイドさんが、小さく息をついた。

 でもそれも一瞬で、大佐はまたいつもの笑顔を浮かべてアッシュに向き直る。

 

「アッシュ。聞きたい事は色々ありますが、ひとまず全て後にします。共同戦線を張りましょう」

 

 そうだった。ローレライ、地核、ヴァン。

 アッシュに聞かなきゃいけないことがたくさんあったんだ、と今更ながら思い出すも、今はそれどころじゃないのだ。

 探していないときに限って会えるものなんだなぁと俺はささやかながら世の無常を噛みしめた。

 

 慣れ合う気はない、といつもの台詞で大佐の提案をつっぱねたアッシュだけど、話はそんなアッシュを無視してトントンと進んでいく。

 

 未開の地へ踏み入るわけだから、入り口に連絡役を残しておいて、時間が経っても戻ってこなければ救援を呼ぶのがいいだろうと大佐が言う。

 

「それなら、俺が残るよ」

 

 そこで声を上げたのは、ルークだった。

 

 戦闘のタイプも似ているし、何より自分ならアッシュと連絡が出来る。

 それがルークの考えだ。

 

 まあルークがいいというなら、とガイが渋々ながら了承して、大佐も了解する。

 勝手に話を進められて怒るアッシュ共々、みんなが先に進み出す前に、俺はそろりと右手を上げた。

 

「あ、オレもルークと一緒に残ります」

 

 

 

 

 俺の申し出に大佐はすぐ許可を出してくれた。

 そんなわけでルークと俺、入り口付近で並び立ち、みんなの帰りを待つ。

 

 とはいえたった今出発したばかりだ。

 まだしばらくかかるだろうと独特の雰囲気をかもしだすキノコ達を何とはなしに観察していると、「なあ」と控え目な呼び声が背中にかけられて、振り返る。

 

「……別に俺に気使わなくても良かったんだぞ。いいのかよ、ジェイドと一緒じゃなくて」

 

 すると気まずげに頭をかくルークがいて、俺は思わず笑みを浮かべた。

 

「大丈夫だよ、大佐は分かってくれてるし」

 

「なにを」

 

「いや、色々」

 

「なんだよそれ」

 

 怪訝そうな顔をするルークにまたひとつ笑みを返してから、俺は青紫色のキノコにそっと手を添えて、息をつく

 

「まぁ言っちゃえばガイとアッシュさん……アッシュがいればオレも剣士でダブってるからさ。ていうか前にぶっちゃけ剣士三人はいらないって大佐に言われかけてすんごい怖かったしさ。譜術剣士もどきになっていくらかカラー変わったかな?って安心してたんだけど、アッシュと一緒になるとオレが精一杯つくり上げた個性がまた灰に帰すんだ。アッシュだけに」

 

 とつとつと語りながら頬を滴るものがある事は否めない。

 あの恐怖は今も鮮やかに胸に染みついているのだ。正直俺もそう思うだけにより一層の切迫感がある。

 

 譜術剣士といっても俺に使える術はたかが知れてるのだ。

 ここにアイシクルレインだのエクスプロードだのの上級譜術をばんばん使うアッシュが入ったら、霞むどころか消えてしまう。

 

「ま、まぁ、そうかもしれねーけどさ」

 

 慰めるように肩を叩いてくれながらも否定はしないルークの優しさにそっと涙をぬぐいつつ、俺は少し考えてから、ぽつりと呟いた。

 

「後はアッシュが」

 

「アッシュがどうかしたか?」

 

 見返してくるルークの翠に、アッシュの翠を重ねる。

 冷たくて鋭い色をしていた。首筋に走る電気のような感覚を思い出す。

 

「もしかしてオレもレプリカって知ってるのかなぁ。そのせいか知らないけどオレが傍にいったら何となくピリピリしてたし、あんまり顔合わさないほうがいいかなって」

 

 あれは単に俺がうざかっただけとか、そういうレベルの反応じゃないようだった。

 それにヴァンが知っていたのだからその流れでアッシュが聞いていても不思議じゃない。

 

 ルークが僅かに瞼を伏せて、身じろぐようにたたずまいを直した。

 

「……それは、例えそうだとしても俺のせいだから。お前関係ねーし、あんま気にすんなよ、ホント」

 

 二人揃って青紫色のキノコの前に座り込み、黙りこむ。

 どうにも食用には向かなさそうな色のそれを眺めながら、俺は「でも」と呟いた。

 

「悪いやつじゃないよね、アッシュ」

 

 するとルークも例のキノコを眺めたまま、うん、と小さく返してくれる。

 

「俺も、それは、そう思う」

 

 ルークは優しくて、きっとアッシュも良い人で、なのに俺たちの歯車は何故だかかみ合わずに軋んだ音を立てている。

 

 それはお互いに譲れないものや事が、あるからだ。

 そして、みんな仲良くなれるはずだなんて無責任に言えるほど俺はもう子供じゃない。

 

 だけど、そんな俺にも少しだけ分かることが、ある。

 

「多分あのひと、ルークのこと嫌いじゃないよ」

 

「……なんの冗談だよ。んなわけないだろ」

 

「嫌いじゃないって。ただどんな顔したらいいのか、分かんないだけだと思うんだ」

 

「そうかぁ?」

 

 ルークがちっとも信じてなさそうに言うので、思わず噴き出した。

 馬鹿にされたと思ったのか、じとりと睨まれて、俺は慌てて口元を押さえながら話を続ける。

 

「そ、そうだよ、だって――悪い意味じゃないからな――アッシュって、ルークそっくりだろ」

 

「はあぁ?」

 

「ルークも最初あんなんだったじゃん」

 

「……覚えてねー」

 

「そうだったって! 謝りたいけどどうしたらいいか分かんないって顔、よくしてたもん!」

 

「もんとか言うなよ! うぜーな!」

 

 照れたらしく、そう怒鳴り返しながらもルークの顔は赤い。

 そう、でも“ルークさん”は、よくそんな顔をしていた。

 

 言いたいことがあって、でもプライドとか照れとかいろんなものに邪魔をされて、音にならない気持ちを苦々しく飲み込んでいた、ように見えた。少なくとも俺には。

 

「……だから、アッシュも同じでさ。ただ会話のきっかけとか掴めないだけだよ」

 

「……そうかな」

 

「そうだよ、きっと」

 

 アッシュについての会話はそこで途切れ、それから俺とルークは、このひと月のお互いについての話をした。

 

 ジェイドさんがどうしたとか、ミュウがどうしたとか、そんなたわいない日常の話だったけど、次から次へと話題は尽きない。

 

 目の覚めるような赤色をしたキノコを手にしたアッシュ達が戻ってくるまで、時間を忘れて語り合った。

 

 

 

 

「見つけたぞ、レプリカ」「母上を頼む」

 

 そんな二言とキノコだけをルークに渡して、アッシュは引き止める間も無く俺たちのあいだをすり抜けて行ってしまう。

 

 ぽかんとその背を見送りかけて、彼に聞かなければならないことがたくさんあるのを思い出し、はっとする。

 しかし俺が慌てて後を追おうと地面を蹴るが早いか、強い風に髪をなぶられた。

 

 耳に届くのは風を纏うような独特の駆動音。

 見上げれば見慣れた形の飛空挺。

 

 一瞬、停めておいたアルビオールを盗られたのかと思ったが、よく見ればカラーリングがルーク達のそれとは異なる。

 

 隣のルークが あーそうかと声を上げた。

 

「アッシュが三号機使ってるんだよ。シェリダンでアストンさんが言ってた」

 

「……それにしても行動が早いなあ……」

 

 目を細めて、飛び去っていく三号機を眺める。

 

 まるで一分一秒も惜しいというような行動力だ。

 事情は分からないけどそんな急ぎの用事があるのにシュザンヌ様のためにここへ来たのだろうか。

 

 やっぱり顔つきは怖いけど良いやつなんだよなぁ、とひとり納得していると、大佐はひとつ息をついて、だけどさほど困ってはいなさそうに「仕方ありませんね」と言った。

 

「まあアッシュもこちらも追っているものは同じなのですから、いずれまたどこかで行き合うでしょう」

 

 それより今はシュザンヌ様、という方向でまとまった話と、アッシュに託されたルグニカ紅テングダケを手に、俺たちは再度バチカルに針路をとった。

 

 

 

 そして届けたキノコですぐに薬が調合され、無事シュザンヌ様のもとに届けられた。

 

 ついでにお見舞いをと何食わぬ顔で訪れたはずの寝室で、シュザンヌ様は届いたという薬とルークを見比べ、「あなたまさか……」と優しげな眉を精一杯つりあげる。

 

 恐るべし母の勘。

 あっさりとルーク達が材料を採りに行った事を見破られてしまったが、ルークはそれを探したのは自分ではなくアッシュだと伝えていた。

 

 だからお礼はいつかアッシュがこの家に帰ってきたら言ってやってほしい。

 

 そう告げたルークに、シュザンヌ様は微笑んで「そうね」と頷きながらも、最後にティアさん達やルークにお礼を言っていた。

 

 大佐いわく薬に使うルグニカ紅テングダケは極少量で、今回採ってきた分でしばらくは補えるということだから、その間にセントビナーのほうにお願いしておけば何とかなるだろうという。

 

 安心したところで、みんなは改めてダアトに向かう事になる。

 

 するとそれまで明るかったアニスさんの顔色はまた落ち込んでしまっていた。

 もしかして、もうちょっと息抜きがしたかったのかもしれない。

 

 

 

 移動中のアルビオールで、俺はめずらしく後ろのほうで憂鬱そうに壁に背を預けているアニスさんの隣にそっと並んだ。

 すると不思議そうにこちらを見上げてきたアニスさんに、気の抜けた顔で笑って返す。

 

「アニスさん。いろいろ落ち着いたら、今度グランコクマに来てくださいよ」

 

「なにとつぜん~」

 

 自分でも唐突だなと思う提案に、小さく噴き出した彼女の顔に明るさが戻ったのを見て、へへへ、と笑みを深めた。

 

 今ダアトに行くのをやめることも、もう少し気晴らしに連れてってあげる事も出来ないけど、これくらいならば俺にだって出来ると思う。

 

「たまには仕事抜きで遊んだっていいじゃないですか。そしたら、オレが色んなところ案内します!」

 

 頼りない胸を一生懸命 張って、とんと拳で軽く叩いて見せる。

 今まで冗談を聞いてるようだったアニスさんの大きな茶色の瞳が、そこでくるんと丸くなった。

 

 

 短い沈黙が落ちて。

 

「……ご飯は、リックのオゴリだからね」

 

「はいっ!」

 

 やがてぽつりとそう呟いたアニスさんに、俺は満面の笑みで頷いた。

 

 

 





“アニス・タトリン”なら「経費全部そっち持ちなら行ってあげてもいいよぉ♪」って軽く返さなきゃいけなかった。

それなのに「ご飯おごりならね」なんて言ってしまったのは“アニス”で、“アニス”は本当に本当にほんの少しだけイオンに似た笑顔をする見た目だけは年上の“男の子”に、塗り固めていたものが少しだけ剥がれてしまったんだったり、なかったり。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告