空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
「……月夜ばかりと思うなよ」
少し後ろでやりとりを見ていた俺は、その低い呟きにびくんと肩を揺らした。
自然と体が小さくなる。俺が犬だったら今は確実に尻尾が足の間に入ってるだろう。
戻ってきたアニスさんに恐る恐る声を掛けようとしたとき、響いたのは優しい声。
「アニス。ルークに聞こえちゃいますよ」
この声は、と顔を上げた先には導師さま。
そしてその後ろ。
茶色の髪と青い軍服、そして何より赤い瞳を見つけて、大きく目を見開いた。
「きゃわ~ん!アニスの王子さまぁ!」
俺のご主人様ーーー!!!!
「だいざぁあああ! うわああ! だいっ、だいざっ、だいざー!!」
「ハイハイうっとうしいですよ元気にしてましたか?」
大佐は大号泣でひっつこうとする俺の額を片手で抑えながら、にっこり笑ってそう言った。
なんかもう貶されると同時に心配されてわけがわかりません。
だけどもういい。嬉しい。とにかく嬉しい。
とりあえず抱き付くのは諦めて軍服の裾を軽くつまむことにする。
すると心底うっとうしそうな顔はされたけど、振り払われはしなかった。いまのところ。
そのままぐすぐすと鼻をすすりながら大佐の脇に控えて話を聞いていれば、アニスさんは魔物との戦闘でタルタロスから落ちていたらしい。それであんなところにいたのか。
「もう少しで心配するところでしたよ」
晴れやかな笑顔で告げた大佐にアニスさんが、ぷぅっと頬を膨らませて「最初から心配してください」とぼやく。
それをまた笑顔で受け流した大佐が突然俺を振り返った。同時に俺が掴んでいた裾がピッと引き抜かれる。あ、鬱陶しさの許容時間が過ぎたんですね……。
「心配といえば、リック。ルークがあなたのことをずっと心配していましたよ」
「ず、ずっとじゃねーだろ!?」
暇そうにやりとりを聞いていたルークさんが、弾かれたように顔を赤くして怒鳴る。
俺はといえば、感動していた。
そろりこちらを窺い見たルークさんが少しうんざりした顔になったのも気にしない。目がきらきらと輝くのが自分でも分かった。
「ルークさぁん!!」
「心配なんてしてねぇからな!」
勢いよく背を向けたルークさんに、なおかつ「ありがとうございます」「嬉しいです」「感動です感激です」と詰め寄っていると、向こうで大佐やアニスさんたちと会話をしていた人がしげしげと俺たちを見てくるのに気付いた。
金色の短髪で、空のような目をした青年。
そういえばこちらはどなた様だろう。タルタロスの船員ではなさそうだ。
疑問が顔に出ていたのか、彼は「ああ」と頷いて人好きのする笑顔を浮かべた。
「俺はガイ。ガイ・セシルだ。ルークのところで使用人をしている」
「あっ、お、俺は、リック。マルクト軍の兵士で……ジェイド大佐の直属部下、です」
しどろもどろになりながら自己紹介をする。
だけどガイはそれをからかうでもなく、俺の緊張を解くようにまた笑った。
「よろしくな、リック。あと敬語じゃなくていいぜ、俺はただの使用人なわけだしな」
「……じゃあ、えぇと、ガイ。よろしく」
「ああ」
顔を見合わせて、二人でへらりと笑う。
なんかガイっていいやつだ。
「にしても、ジェイドの旦那の直属か」
「ガイはルークさんの家の使用人」
確認しあってから ほんの少しの沈黙がおりて、俺たちは遠くを見る目で空笑いを浮かべた。
大変だなぁ。
お互いな。
声にならない会話を交わす。
ああ、なんか身にしみるシンパシー。いってみれば俺も使用人みたいなもんだし。
陛下はちゃんと部屋の片付けしてるかなぁ。
使用人ふたり、肩を落としてしみじみと溜息を吐いた。
*
突如として襲い掛かってきた六神将、鮮血のアッシュをしりぞけたのは、ルークさんの師匠?のヴァンという人だった。
響長はなぜかその人に敵意をあらわにしたけれど、彼はただ誤解だと言って、落ち着いたら宿へ来るように俺たちへ言った。
ルークさんはその人をとても慕っているらしく、短い時間しか一緒にいなかったけど、その中でも見た事が無い顔で笑っている。
「よく頑張った、さすがは我が弟子だ」
「……へへっ!」
その姿は、なんとなくだけど大佐を前にした俺みたいだ。
助けてくれてありがとう、と素直に告げるルークさんは微笑ましい。自然と口元が緩む。
「物騒ですねぇ」
宿のほうへと消えたヴァン氏の背中を眺めていると、隣に並んでいた大佐がぽつりと零した。
「何がですか?」
大変なごやかな光景だったじゃないですか。
意味が分からず聞き返すと、大佐は無言で俺の腰のあたりを指差した。
示されたままに視線を下げれば、俺はいつのまにか右手を腰に下げた剣の柄に添えていた。
「え、あれ!? うわぁ、嫌ですね、なんだろ」
「…………」
完全に無意識だ。おかしいな、特に何もなかったのに。六神将に会ったからまだビビッてるのかな。
俺が真剣に首をかしげていると、大佐の赤い目が すいと細められたのが分かった。
こういう大佐はすごく心臓に悪い。
若ボケが末期で手の施しようがないとかそんな話じゃないですよね?
「た、大佐?」
「……さ、行きましょう」
にこりと笑みを浮かべて歩き出した大佐。
それを少し呆然と眺めてから、慌てて後を追った。
えぇっ。
俺、本当に若ボケなんですか?