空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
預言士を追ってバチカルに来たものの、何だかそれどころではない事態になってしまった。
ディストと、魔物のような姿に変異したモース。
彼らが口にしていたエルドラントという言葉が何かの鍵なのだろうと思いはするが、具体的に何を指しているのかはさっぱり分からない。
こうなるとモース達の動きについて、イオンさまのいない今、現時点でダアトの最高責任者にもあたるのだろうユリアシティのテオドーロさんに報告しておいたほうがいいという話になったが、例の預言士が本当に人々からレプリカ情報を抜いているのだとすれば、そちらも放っておくわけにはいかない。
やらなければいけない事の多さに若干混乱しつつも、とりあえず中心街のほうに戻ろうと港からの天空客車に乗り込もうとする直前、ルークがここまで来たついでにインゴベルト陛下に挨拶していきたいと言った。
確かに俺のようなただの兵士ならともかく、ルークやナタリアが王都を素通りするわけにはいかないのかもしれない。王族も大変だ。きっと挨拶回りとかお中元とか欠かせないんだろうなぁ。
軍の寮部屋が入れ替えになった際に名物グランコクマ団子を持って隣三部屋を回ったのを思い出しながら、天空客車の外を流れる景色をのんびりと目で追った。
グランコクマの宮殿とはまた違うけど、こちらも何度来ても荘厳かつ雄大なバチカル城。
大扉をいよいよ開こうかという時、ルークが足を止めた。
「あ、あのさ、俺一人で陛下に会いたいんだけど……」
突然の言葉に、皆が一緒では不都合があるのかとナタリアが不思議そうに首を傾げる。
「……はははっ、馬鹿だなぁ~」
釣られるようにして俺も首を傾げていると、ふいにガイが笑い声を上げた。
そして、お前は嘘が下手なんだから正直に話してしまえと言って、ぱちんと片目を瞑る。
「実はね、ナタリア。こいつはピオニー陛下から私的な手紙を預かってるんだ」
「陛下から?」
予想外の名前を聞いて目を丸くした。
私的な手紙。なんだろう。
陛下の手紙と聞いて思い浮かぶのは、俺が部屋でアニスさん宛ての手紙をしたためている横で、しまりのない笑みを浮かべながら一緒になって手紙を書いていた姿くらいだ。
ついでに言えばすぐに陛下は執務のためにガイに連行されて行き、そのあと少しして気が向いたからと寄ってくれた大佐が、先ほど「リック出しといてくれ」と置きっぱなしだった陛下の手紙をおもむろに開いた三秒後に、この上ない笑顔で握りつぶしていたのだが。
「実はここだけの話ですが、陛下はあなたを王妃にとご所望なんですよ」
結局何が書いてあったのかは分からなかったけど、多分アニスさんが読まないほうがいい内容だったんだろう。うん、きっと。
……うん?
過去に飛ばしていた意識の途中、耳を通り過ぎて行った現在の音。
それを何度か反芻した後、俺はぱかりと口を開けた。
「い、今のほんとなんですか大佐!? ナタリアを、え!?」
「もちろんです」
「初耳です!」
「ええそうでしょうとも。いやぁ極秘だったんですがねぇ、この際仕方ありません」
陛下がナタリアを王妃に。
その光景を頭の中でめぐらせた末、俺は目を輝かせて、混乱しているナタリアの手を取った。
「おめでとうナタリア!」
「ありがとうリック……あ、いえ、そうではありませんわ」
「かつては敵同士だった国の王子、は年齢的に無理か! そう、王さまとお姫様が結婚だなんて! 二人が平和のかけ橋になるんだよな!」
「私にはルークが、でもアッシュもいて、こ、この場合どうなるのでしょう……?」
「もつれあう糸と糸。ひとりの女の子をめぐって夕日を背に殴り合う男三人。やがて彼女が選ぶのは……!」
拳を握って、紅潮する頬で熱弁をふるっていると、ぽかりと後頭部をはたかれる。
やけに軽いなとは思ったものの、当然のように赤の目を思い浮かべて振り返った俺の視界に広がったのは、穏やかな空色だった。
ナタリアに秘密で手紙を渡すように言われているのだと、苦笑しながら告げるガイの目線が他のみんなのほうにそれたのを見てから、数度、ゆっくりと目を瞬かせた。
ガイに はたかれた頭に手をやる。
しかし“叩かれた”というより“置かれた”に近い柔らかさで拳が当たったその場所に痛みはない。
「さあ、ルーク。行きましょうか」
聞こえてきた声にはっとして顔を上げれば、何故か大佐とガイに片腕ずつを固定されたルーク、アニスさん、ティアさんが城の中へ入ろうとしているところだった。
そのあとに続こうと急いで足を踏み出したとき、肩越しにこちらを振り返った大佐がにっこりと笑みを浮かべる。
「リックはナタリアと一緒にここで待っていてください」
前に進もうとしていた体を無理に引き止めた反動で軽くつんのめる。
なんとか体勢を立て直し、目を丸くして見返した大佐は、やはりいつもどおりに笑っていた。
「え、っと、はい。了解、しました」
こくこくと数度頷いた俺を確認して、大佐が前を向く。
そして俺とナタリア以外のみんなを飲み込んだ大扉は、僅かなきしみだけを残して、また外と中の境界線を守るべく口を閉ざした。
その向こうに消えた背中はもう見えない。
「……………」
じわりと、腹の奥が熱を帯びたような、気がした。
「リック?」
「……はひえぃ?!」
いつのまにか目の前に迫っていた深緑色の瞳に、びくりと身をはずませる。
返事にも悲鳴にもなりきらなかった中途半端な音が零れた。
弾む心臓に手をやりながら改めてナタリアを見返すと、彼女は僅かに首を傾げ、その大きな瞳を不思議そうにしばたかせながら俺を見る。
「どうしましたの? なにか、変な顔になってますわよ」
「変って……」
ひどいなそれ、と苦笑を浮かべれば、ナタリアがおかしそうに笑い、それを見てまたつられるように笑みを零した。
そうして二人で扉前の階段に座り込んで、「ねえねえ正直なところ誰が好み?」「まぁいやですわそんな……」等わくわくと会話をかわす。
しかし陛下とナタリアについてひとしきり喜んだ後で何だが、今更ながら俺はほんのりと疑問を覚えて内心首を傾げた。
そろそろ相手を探せと大臣さん達に口々に言われたり、街ゆく女性やお城のメイドさんを見かけるたびに口説いているあの人だけど、なんだかんだと未だに(大佐いわく「しつこく」)ネフリーさんを想い続けているようなのだ。
その陛下が、こんなに突然 心変わりをするものだろうか。
うぅんとひとつ唸った末、これもあのアニスさんへの手紙と同じ、いつもの軽い調子の女癖なのかもしれないと結論付けた。
それにしても、陛下とナタリアか。
……見てみたかった気もするなぁと考えて、俺は小さく噴き出した。
>「い、今のほんとなんですか大佐!? ナタリアを、え!?」
>「もちろんです」
>「初耳です!」
>「ええそうでしょうとも」
嘘ですから。
(by.ジェイド)