空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
あの後、戻ってきたルークに興味津々つめよったところによれば、インゴベルト陛下はアッシュかルークのどちらかで、という意向だったらしい。
ということはピオニー陛下は玉砕なわけだけど、それでも三角関係か、と切ない愛の予感にひとり頬を赤らめて瞳を輝かせる。
すると隣を歩いていた大佐が呆れたように目をすがめた。
「相変わらず他人の色恋沙汰が好きですねぇ」
「もー、大佐はまたそういう情緒のないこと言うんですから!」
人差し指を立てて少々自慢げに愛と平和の素晴らしさを説く俺に、大佐は「はいはい」と軽くあいづちを打ちながらケセドニアの街並みに視線を滑らせる。
挨拶に行ったルーク達は、バチカルの城中で、例の預言士がケセドニアへ向かったという情報も掴んでいた。
まずはその預言士を追う事になり、テオドーロさんへの報告はその後だ。
ケセドニアの人々は、一時期 魔界での生活を経験した事があるからだろう、瘴気の復活にも思ったほど動揺している様子はなかった。あくまで見た限りは、だが。
そんなことを考えた次の瞬間、ふいに道の先からざわめきが聞こえてきた。
「あちらに人だかりがありますわ」
行ってみましょう、と走り出したナタリアを追っていくと、国境付近、アスターさんの屋敷の門の前で、ひとりの人を囲むようにたくさんの人間が立ち止まっているのが見えた。
中心に居るその人物が、幾分芝居ががった動作で腕を振り上げる。
「預言を求める者はボクと共に来い。そこで預言を与えよう!」
かと思えば、響いてきたのはなんだかすごく聞き覚えのある声。
人ごみの隙間から見えた姿にぽかんと目を丸くして“彼”を見つめる俺の脇を、預言の詠み上げを止めさせようと通り過ぎたアニスさんが顔を上げて、やはり同じように固まる。
「イオン様……じゃない。アンタは、まさか……」
あの個性的な仮面を外した、素顔のシンクがそこにいた。
「シンク……やはり生きて、」
「生きてたんだなシンク!!」
ルークの言葉と重なるように声を上げた俺を見て、シンクが少し後ずさりながら顔をしかめたものの、すぐ気を取り直すように一度目を伏せてから挑発的な笑みを浮かべる。
大佐が、これで六神将は全員生存確定ですか、と肩をすくめた。
この分だとヴァンがローレライを取りこんだ事も事実だろうという。
「そこまで分かっているなら、真剣にローレライの宝珠を探したほうが…」
「うわぁ良かったなあシンク! よく地核から生還できたよなぁ!」
「シンク、新生ローレライ教団ってなに? モースが導師ってどういうこと?」
「モースはアンタに話してなかったのかい? うらぎ…」
「でもあのおっきな譜陣をゴシゴシ消せたくらいだもんな! それを思えば地核だって、」
「ちょっと、いいから普通に喋らせてよ! あと消し方アンタが想像してるような方法じゃないって言っただろ!!」
目一杯怒鳴った後、シンクが咳払いをひとつ零す。
そして周囲に集まった人々に向けて、預言を望むものはついて来い、と声を上げた。
大勢の人がその声を聞いて動き出したのを見て、俺も思い出す。
シンクが旅の預言士なのだとしたら、預言を詠んでもらいに行った人のレプリカ情報を抜いているのも、彼らなのだ。
街の人をアニスさんが引き留めようとするが預言を求める人々の足は止まらない。
それでも何とか留めようとするアニスさんの前に、すいとシンクが歩み出た。
「アニス、ここは見逃してください。あなたなら分かってくれますね」
それは、俺がいつかやらかしたのと、同じこと。
ただ姿形が同じなだけじゃない。
自分が“同じ”だということを分かった上で親しい者の仮面をかぶった、他人。
「イ……オン、様……」
普通のレプリカと比べても、性質の悪さは段違いだった。
「シンクッ!」
言葉を失ったアニスさんを背に庇ってシンクを睨みつけると、彼は愉快げに片眉をあげた。
「今のはひどいぞ、シンク!」
「そんなこと言われる筋合いはないね。確か、アンタだって同じことをしたんだろ?」
鋭いカウンターパンチに、ぐっと言葉に詰まる。
ヴァンからの情報だろうか。シンクは大まかながらも俺が昔やらかした事を知っているらしい。
おい、と背後でガイが咎めるような声をあげたのを耳の端に聞きながら、深く息を吸い込んだ。
シンクにびしりと人差し指を突きつける。
「アニスさん泣かしたら絶交だからな! いいのか!」
「………………、いや、すきにしたらいいだろ!? あんたと断つほどの友好関係を結んだ覚えもないし!」
シンクは慌てて首を横に振りながら「と、とにかく僕と戦うって事はイオンと戦うってことさ!」と付け足して、たくさんの人々を引きつれてこの場を去って行った。
止めることも出来ずにそれを見送った後、はっとアニスさんを振り返る。
「アニスさん、大丈夫ですか?」
イオンさまが亡くなってまだ日も浅い。
気にしてはいけないと口にする皆に、全然平気、といつもの笑顔で返すアニスさんの顔色は、あまり良くない。
だけど俺の下手な慰めではかえって気を使わせてしまうような気がして悩んでいると、大佐がナタリアの名を呼んだ。
「すみませんが、アニスを連れて気晴らしにバザーにでも行って下さい。私たちは預言士に気をつけるようアスターに伝えてきます」
分かりましたとナタリアが頷き、アニスさんを促してバザーのほうに歩いて行く。
大丈夫かなぁと心配しながらそれを眺めていると、二人がそれなりに離れたところで、突然みんなが堰を切ったように話し始めた。
「うまいなぁ、ジェイド」
「でもダシにされてアニスが怒っていたわ」
「責任はジェイドが取ってくれるだろ」
ガイ、ティアさん、ルーク。流れるように進む会話の内容が理解できず、頭いっぱいに疑問符を飛ばしながら呆然とその様子を眺める。
「え? あの、なんの話……」
おそるおそる問いかけた俺を、大佐は一瞬まじまじと見た後「ああ」と手の平に拳を打ちつけた。
かと思うと今一度 俺を見て、数秒間の沈黙の後、肩をすくめて笑う。
「まあ、話はだいたいアスターのところで!」
……説明、面倒くさかったんですね大佐。
そしてアスターさんの屋敷にて。
「これは、バダックの!」
「獅子王。黒獅子。それに巨体か。 共通点はあるな」
「間違いなさそうですね」
俺は初めて、その衝撃の真実を知った。
みんなの会話だけでは理解できなかったので、屋敷を出てから改めて問い直したら、ガイがここに至るまでのいきさつを全部話してくれた。
盛大に混乱する頭を軽く押さえながら、よろよろと大佐を見上げる。
「ナタリアが娘? ラルゴが、ち、父親? え?」
「ええ。どうやらそれで確定のようです」
涼しい表情で頷いた大佐。
頭痛さえしてくる気持ちで、あまり認めたくなかった事実を、口にする。
「…………しらなかったの、オレだけですか?」
「当人であるナタリアを除外すれば、そうなりますね」
あっさりと戻ってきた返答。
そうですか、と零して、俺は静かに顔を押さえた。
そのあと、バザーでナタリアとアニスさんに合流して、今度は新生ローレライ教団の件について報告すべく、ユリアシティに舵を取った。
*
ユリアシティ。
これまでの事情を話すと、テオドーロさんは早急に教団の立て直しを計ると約束してくれた。
ついでにモースとディストが口にしていた言葉についてティアさんが尋ねたが、エルドラントが古代イスパニア神話に出てくる栄光の大地を指すものだという事しか分からないと言ったあと、テオドーロさんは少しおかしなことが起きていると眉根を寄せた。
このところの騒動でただでさえ減少気味な第七音素が、異様に消費されている地点があるのだという。
ひとつは第八セフィロト付近の海中。そちらは調査隊を派遣したけれど、そのときは何もなかったそうだ。
そしてもうひとつは、追跡中。
「追跡? 場所を特定するのに追跡というのは解せませんね」
怪訝そうに言った大佐に、追跡と言わざるを得ないのだとテオドーロさんが目を伏せた。
どうやらその“地点”が移動しているらしい。
しかし第七音素の消費量からして、陸艦や馬車程度の規模ではないはずだと。
「現在調査中ですが、海を移動していることは確実ですな」
海を移動するものを船で見つけようとするのはそれなりに骨が折れるけど、こっちにはアルビオールがある。
とにかく上空から探してみようと、息つく間もなくまた皆でアルビオールに乗り込んだ。
「ないですねー」
先ほどからずっと、通路にある窓にへばりつくようにして海面を見下ろしているが、それらしいものはまだ見えてこない。
ルーク達は艦橋から探しているため、今ここにいるのは俺と大佐と、数歩分離れたところで同じように海面を探すガイだけだ。
「リック」
「なんですかー? 大佐」
探していると言いつつずっと後ろの壁に背を預けたままだった大佐が、ふと俺を呼んだ。
それに振り返らずに答えると、背後から小さなため息が聞こえてくる。
「まだのけ者にされたことを気にしてるんですか?」
「いやいやー。それは事情も分かりましたから大丈夫ですよぉ」
「では、何を不機嫌になっているんです」
そこで俺は初めて後ろを振り返った。
訝しげに顰められた赤色の目を見返して笑う。
「なんですかそれ! オレ別に普通ですよ~!」
「気になっていたんですが、この間からやけに明るいじゃないですか。いや、無駄に、ですかね」
「そうですか? いつもどおりですけど」
大佐こそどうしたんですか?と目を丸くして首を傾げた。
一度深めた眉間のしわを二度目の溜息と共に解いた大佐が、めずらしく、子供に問うような静かな声色で言葉を続ける。
「……貴方、ここ最近 変ですよ。何か、」
「はは、いやだなぁ、大佐」
しかしその言葉をさえぎるようにして、俺はすっと目を細めた。
「――――なんでもないって言ってるじゃないですか」
***
横目にリックとジェイドのやりとりを観察していた俺は、思わず固まった。
もしかしたら初めて見たかもしれない。
普段の情けない表情が完全に消えた、真顔のリック。
瞬間、ああアイツって本当に美形だったんだとこれまた初めて思い知った。
真顔が怖い。なまじ顔が整っているから余計に。
恐ろしく長く感じた沈黙だが、きっと十秒にも満たなかったのだろう。
「……そう、ですか」
いつにないリックの反応に、あのジェイドすら少しひるんでいる。
ぽつりと零れた返答のぎこちなさもまた いつになかった。
長い付き合いのはずのジェイドがこれなんだ、俺にだってかなりの衝撃だ。
何は無くともジェイドさん、がキャッチコピーのリックなのに。
勢いよく凍りついた空間の向こうから、ルークが走ってくるのが見えた。
「三人共来てくれよ、なんか動いてるもん見つけたんだ!」
「え、ルークほんと!? 行く行くー!」
先ほどまでの真顔がまるで嘘のように、ぱっと明るすぎるほどの笑みを浮かべたリックがルークのほうに駆けて行く。
ありえないものを見た気持ちで大きく目を瞬かせていた俺は、ルークに再度名を呼ばれたところでようやく意識を引き戻し、前を無言で歩き始めたジェイドの表情を窺うことの出来ないまま、その後に続いた。
連載開始から百数十話にして初めて生かされる美形設定。
そして不器用+不器用=の現場が限りなく不安で念のため付いてきたガイラルディア・ガラン・ガルディオス。
そうしたらもう不器用でどうとかの問題じゃなくなった。