空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
謁見の間には、すでにゼーゼマン参謀総長とノルドハイム将軍の二名が揃っていた。
その先で、王座にゆったりと腰を下ろしたピオニー九世陛下が、静かな口調で切り出す。
「話は聞いたぞ。ホド諸島の一部が消滅したとか」
カシムの件が済んだ後に向かった軍本部でゼーゼマン参謀総長と会い、大佐達はお互いの持つ情報を照らし合わせた。
その末、プラネットストームの防護壁に包まれたあの空に浮かぶ大地は、ほぼ間違いなくホド島のレプリカだろうという結論に行きついたとき、駆け込んできた一人の兵士がホド諸島の一部が消滅したと報告したのだった。
原因は不明、と付け足されたそれに、大佐は思い当たるところがあったらしい。詳細は陛下のところで説明をすると息をついた。
そして今。
「レプリカ大地と本来の大地の間に、疑似超振動が発生したのではないかと考えています」
「疑似超振動だと?」
陛下の問いに、ゼーゼマン参謀総長が大佐の言葉を継いで、疑似超振動について説明をする。
被験者の大地の情報を抜き取りながら作られているというレプリカ大地。そうするとレプリカの誕生時に、両者が一瞬だけ第七音素を共有するのだという。このときに超振動とよく似た干渉現象が起きる。
早い話が、あの大地は被験者を喰うことで形を為していくのだ。
レプリカ大地を作っているフォミクリー装置はどこにあると思うかと言う陛下に、大佐は一瞬だけ考えた後、エルドラントだろうと断定的に言った。
エルドラント。
宮殿に来る直前、二千年前の文明の一部を掘り返したかのような特殊な技術で、オールドラントの空を響き渡った、モースの声。
自分は新生ローレライ教団の導師だと名乗ったモースは、キムラスカとマルクトが預言をないがしろにした為に世界は瘴気に包まれたと声高に言い放ち、今まで何度も繰り返した言葉を、口にする。
世界を預言のとおりに。
あの浮島、新生ホド―― 栄光の大地エルドラントを中心に、今一度やり直すのだ、と。
「大地の情報を抜き取るには、相当の時間がかかります。今ならまだ食い止められる」
大佐の言葉を聞いた末、陛下はエルドラントの件をルーク達に任せた。
そしてキムラスカ、マルクト、ダアトが足並みをそろえて事に立ち向かうため、イオン様が亡くなったことで保留になっていた三国会議を今こそ行うべきだろうと決める。
「いつでも日程を空けよう。場所はダアトで構わないのか」
「はい、それがいいと思います」
陛下とナタリアが力強い瞳で頷きあい、場は一応の終結を迎えた。
インゴベルト陛下はすでに事情をご存じだ。
次はテオドーロさんに伝えるためユリアシティへ向かおうかと話すみんなの後に続いて、玉座の奥に悠然と広がる水鏡の滝から目をそむけるように背を向けかけたとき、ふいに背後から声が響く。
「リック、お前ちょっと残れ」
「……え?」
突然の言葉に目を大きく瞬かせていると、同じように足を止めたみんなも何事かと振り返って陛下を見た。
「他の者も疲れているだろう。出発する前に少し宿で休んでからいくといい。 何、すぐ返す」
そう言って、陛下は将軍達にもすいと視線を走らせる。
「ああそうだ、皆も下がってくれ。少しの間、俺とリックだけにしてほしい」
「これはまた突然、どうしたのです」
ノルドハイム将軍が至極 当然の問いを不思議そうに音に乗せた。
すると陛下は一度口をつぐんだ後、神妙な顔で「実は」と切り出す。
「リックに極秘任務を任せていたのでな、その報告を聞かねばならん」
「極秘任務でございますか? 初耳ですなぁ」
朗らかに微笑むゼーゼマン参謀総長だが、彼やノルドハイム将軍にも伝わっていないとなると皆少々気がかりなのか、集まる視線を感じて陛下が息をついた。
「本来は誰にも洩らすわけにはいかんのだが……仕方ない。お前達には概要だけでも教えておくか」
眉根を寄せ目を細めた陛下に、誰とも知れず息をのむ。
音をたてれば弾けてしまいそうなほど張り詰めた空気が立ち込めていた。
そして彼がゆっくりと、唇を開く。
「オールドラント津々浦々麗しいお嬢さん方の連絡先を調べて俺に伝えるというこの上なく重要な任、」
「ほーなるほどええ分かりましたもう結構です。ハイ皆さーん、ちゃっちゃと出ていきましょうねー」
惚れ惚れするような滑舌でもって切り捨てるがごとく言いきった大佐が二回ほど手を叩いて皆を先導する。
深刻になって損したと半眼で出ていく人々を見送った。
アニスさんに至っては「軍人なんてそんなもんだよ……」と妙に実感のこもった口調と遠い目で俺の背を慰めるようにたたいて行ってくれた。
大扉が閉じた気配を背後に感じる。
護衛の兵士すら人払いで席を外したこの謁見の間に、残ったのは二人だけ。
短い沈黙が落ち、俺は上目使いに陛下をみた。そしておそるおそる拱手する。
「……ご、極秘任務って、オレも初耳なんですけど……」
そんなものを言いつかった覚えは全くない。
疑問符の散る脳内で、それとも何か言われていたのだろうかと必死に考える。もしかしたら雑談の合間にでもぽろっと言ったのかもしれない。
混乱する俺を見ていた陛下が、ゆるりと笑みを浮かべた。
「皆の様子はどうだ?」
「へ? え、みんな、ですか」
突然の問いに、それまで巡らせていた思考がきれいに吹き飛んだ。
まっさらになった頭で新たな答えを探す。
マルクトの皆のことなら旅に出ていた俺より陛下のほうが分かっているだろう。
ならばこれはルーク達のことを指しているのかと遅まきながら気づき、慌てて口を開く。
「えぇと……みんな元気ですよ。アニスさんは、イオンさまのことがあったばかりでまだ心配ですけど、それでもすごく頑張ってるし」
「そうか」
「ティアさんも、ナタリアも、辛いことはあるのに強くて」
「なるほど」
「ガイはどんな時だって、ひとを気遣ってあげられるし」
「そうだな」
「…………あの、陛下?」
相槌ばかりの様子に、真意を計りかねて困惑気味に首を傾げたが、陛下はまだ話は終わっていないとばかり、何も言わずに笑っている。
自分でも無意識のうち、ほんの僅かに言い淀んでから、俺は言葉を続けた。
「ルークは、本当に変わりました」
「おう」
「大佐も、ルークと旅をして変わりました。なんだか少し、雰囲気とか空気とかが、柔らかくなったような気がします」
「ああ」
「それで、」
ただこちらを見つめる穏やかな青に、一生懸命しまいこんで、それでもなお溢れようとしていた黒い雫が、ようやく、ぽつりと落ちたのが分かった。
「それ、で」
真水の中に落ちた泥水のように、包み込まれるように、緩やかに広がっていく。
吐き損ねた息を止めて、俯いた。
「陛下。……ピオニーさん」
「ん」
幼い子供のようになってしまった頼りない声で名を呼ぶと、ピオニーさんの短い相槌が耳に届く。
それを聞いていよいよ顔を歪ませ、くしゃりと前髪ごと顔を押さえた。
「オレ、ダメなんです」
呟いた言葉に寸の間 静寂が広がった後、ふいに前方から足音が聞こえる。
反射的に顔を上げれば、ピオニーさんが目の前に立っていた。
驚いて、それからすぐ、その揺らがない立ち姿に、塗り固めていたものが剥がれおちる。
一度ぐっと唇をかみしめた。
「ダメなんです。あのひとが変わることが嬉しいのに、良い事なはずなのに」
ルークは、大佐を変えてくれた。
俺では出来なかったことをやってくれた。
「辛いっていうか、なんか、ダメなんです」
纏まらない感情をそれでも必死に抑えつけながら口にした俺に、ピオニーさんはまず目を丸くして、やがて緩やかに苦笑する。
「くやしいって言うんだよ、そういうのは」
落とされた言葉がじんわりと自分の中に染みていく。
うれしい。つらい。くやしい。
悔しい。
それは、己の中の隙間にぴたりと嵌まった。
「悔しかった、です」
大佐の力になれなかった自分が。
大佐の力になることが出来る、ルークが。
「……悔しい……」
噛みしめるように口にして、その言葉が意味するところに自嘲する。
「オレ、いつの間にこんなワガママになったんだろう」
こんなちっぽけな男が、どうやってあのひとの力になれるというのか。
生意気にも程があるだろう。
分かっている。分かっているけど。
思わず黙り込めば、呆れたような長い溜息が聞こえてくる。
ピオニーさんはがしがしと髪をかきまわして、まあ座れ、と言いながら床に腰を下ろした。
言われるがまま正面に正座する。
「そうは言うけどなぁ、それを言うなら俺のほうが先なんだよ」
大げさに腕を組んで「先輩だ、先輩」と付け足したピオニーさんは、その言葉を口の中で再度呟き、まんざらでもなさそうに口の端を上げた。
「お、いいな。リック、これから俺をピオニー先輩と呼べ」
「ぴおにーせんぱい」
「……お前 相当まいってんなぁ」
平坦な音でぼんやりと繰り返した俺に、ピオニーさんがそれまでのからかうような色を消して息をつき、改めて俺と向き直った。
彼にしてはめずらしく真剣な顔つきでこちらを覗き込む。
「まぁ話を戻すが、ずーっと悔しい思いしてんのは俺だ。俺が何年もかけて出来なかった事を、やったのはお前らなんだからな」
「何がですか」
「ジェイドを人にした」
零された音に、ふいと顔をそらす。
「それは、ピオニーさんとルークがやったんです」
「アホか。俺は出来たほころびを是幸いと突いただけだ。あの鉄壁野郎に最初のほころびを入れたのは、お前だろうが」
眼前に突きつけられた人差し指。
しかし俺は考えるより先に口を開いていた。
「ウソだぁ」
「お前……ジェイドの言葉は嘘でも信じるくせに俺の言う事は即行 疑いやがって……」
半眼でこちらを睨み、拳で軽く俺の額を小突く。
痛くはなかったのだが思わず額を押さえ、目を丸くしてぽかんと相手を見返した。
床に手をついたピオニーさんが前のめりになりながら俺に詰め寄る。
「いいから聞けよ! アイツに“殺す”ってことの意味を教えたのはお前なんだっての!!」
「ピオ、」
「ネフリーに出来なかったことを俺がやった! 俺に出来なかったことをお前がやった! で、お前に出来なかったことを、ルークがやったんだ!」
勢いのままに胸倉を掴んでくるその手に、たいした力は入っていない。
怒っているのではなく、切々と言い聞かせるような口調。
「誰がいなくても今のアイツにゃならなかったんだよ! 覚えとけ!」
最後にそう言って、そっと掴む手を外したピオニーさん。
よれた軍服を直すこともせずに、俺は真っ直ぐな青の瞳を見返した。
じわりと視界がにじむ。
「……ピオニーさぁん……っ」
震える声で名を呼べば、彼が小さく頷いた。
「だ い す き で す ー !!!」
「俺もだー!」
謁見の間の真ん中で二人、がしりと抱き合う。
宮殿の外で哀しい女の子たちの物語が動きだしていたことは、まだ、知らずに。
偽スキット『漢』
ピオニー「ほらもう泣き止め! いいかリック! 男が泣いていいのはな、必死こいて倒した敵が第二形態になったときと、好きな女にフラれたときと、出した手紙の返事がかえってこないときだけだ!」
リック「……陛下、オレ、大佐に内緒でネフリーさんのお返事頂いてきましょうか?」
ピオニー「…………うん……」
陛下はちょっと涙目だった。
(By.リック)