空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act59 - “覚悟”とはなんですか(前)

 

 

 陛下との話を終えた後、急いで合流しなくてはと半ば走るように宮殿を飛び出したが、外に出てすぐ、予想外の光景に足を止めることになった。

 

「あれ、みんな宿にいったんじゃ……」

 

 宮殿の大扉を出るとまず目に入る広い通路の真ん中。

 先ほど別れたはずの顔ぶれが勢ぞろいで立ち止まっている様子に首を傾げる。

 

 こちらもそれほど長く話していたわけではないが、すでに宿についていてもおかしくない程度の時間経過はあったはずなのに。

 

「あ、リック」

 

 俺に気づいたルークが声を上げ、続くように皆も振り返る。

 一気に視線が向いたことに少しおののきながらも、短い階段を下りてみんなの元に歩み寄った。

 

「どうかしたんですか?」

 

 問いかけて見回したみんなの表情は浮かないものばかりで、それぞれ何か話しあぐねるように視線を交わす。

 

 またナタリアのときのように自分だけ取り残されているのだろうか。

 胸にちくりと痛みが走ったのを感じたとき、大佐がガイの名を呼ぶ。

 

 また俺か、と形ばかりの恨みごとを唱えてからこちらに向き直ったガイの様子を見て、とりあえず先ほどの心配が杞憂であったことは分かったが、

 

「……実は、さっきラルゴが来たんだ」

 

 それでもやはり、良い予感はしてこなかった。

 

 

 アニスさんとアリエッタの決闘。

 ダアトで交わされた約束がついに形を帯びたものになってしまった。

 

 場所はチーグルの森で、ラルゴを立会人として行われるらしい。

 

 街を歩きながらガイの説明を聞き、俺はひとつ重い息をついてから、前を行くアニスさんの背中を窺った。

 彼女も確かに軍人なのだと思わせるきれいに伸びた背中が、無性に切なく思えて眉尻を下げる。

 

 するとふいに隣から鋭い二対の視線を感じて、おそるおそる視線をずらした。

 

「なん、ですか?」

 

 そこには細められた赤と、顰められた空色。

 

 じっくりと観察するようにこちらを見る いつにない組み合わせに、俺はサンドワームに睨まれたオタオタのごとき嫌な汗を額に滲ませた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 少しして、ようやく視線を外してくれた大佐とガイが、無言のまま目配せを交わし息をつく。

 それは兵士学校時代、俺の答案用紙を見た教官が「出来てるとは言い難いけどまあ及第点かな」と言うときの顔つきとよく似ていた。

 

 な、なんだ。なんなんだ。

 そのまま、すたすたと俺を追い越して前に行ってしまった二人を呆然と見送っていると、今度は入れ違いにルークが隣まで下がってくる。

 

「陛下への報告、ちゃんと済んだのか?」

 

「え?」

 

 苦笑しているルークに問われた意味が分からず一瞬脳が動きを止めるも、すぐに先ほど人払いをするとき陛下が口にしていたことを思い出して「ああ」と相槌を打った。

 

 今ならば、あれが様子のおかしい俺から話を聞くための方便だったのだと分かる。

 俺はこの間からよほど分かりやすい顔をしているようだ。

 

 だがそれが一番気づいてほしくない人に気づかれずにいるのは、幸いと呼ぶしかない。

 

「おまえも大変だよなぁ」

 

「はは」

 

 慰めるように肩を軽く叩いてくれたルークに笑みを返しながらも、ぎくりとする。

 俺は今、ちゃんと笑えているだろうか。

 

 また歩く流れでルークと離れたところで、胃の重さを振り払うように細く息をはいた。

 ピオニーさんと話して少しすっきりしたが、胸の内を渦巻くものが無くなったわけではない。

 

 でも、これは俺の勝手な嫉妬だ。

 ジェイドさんを変えてくれたことを感謝こそすれ、嫉むだなんて門違いもいいところだろう。

 ただでさえ一刻を争う状況なのに、こんなことでルークをわずらわせるのは嫌だった。

 

 だから気づかれてはいけない。

 

 こんな気持ちは、あっちゃいけない。

 

「…………ふー」

 

 真っ黒な水を硝子の瓶に押し込めるように、小さく小さく溜息をついて、俺はゆっくりと空を仰いだ。

 

 

 

 

 チーグルの森。

 揺れる梢のさざめきを聞きながら、薄い苔に覆われた地面を歩いていく。

 

 最初に来たのはさほど昔ではないはずだが、何だか随分と前のことのように感じた。

 あの人とふたり、この森を訪れた日を思い起こす自分が遠い。

 

 『リック、大丈夫ですか?』

 

 懐かしい声。

 脳裏をよぎった優しい緑に、剣の柄にそえていた左手が揺れた。

 

「ここでイオンと、初めて会話らしい会話をしたんだったな」

 

 思考を同じくするようなタイミングで、ぽつりと言葉を零したのはルーク。

 

 褒められた態度ではなかったとする当時の自分。優しいと繰り返したひとりの少年。

 不思議な奴だったとルークは言った。

 

 聞きながら、そうだろうかとひとり考える。

 

 わがままで、世間しらずで、だけどひとを傷付ける怖さを知っている赤色。

 間違わないわけじゃない、間違って、でも前を向ける翠の瞳。

 

 俺はゆるりと口の端を持ち上げた。

 もしかするとそれは今、少し複雑な色を帯びてしまっているかもしれないけれど、それでも確かな思いがある。

 

「ルークは優しいよ、ずっと」

 

「はは、そういえばお前も変なやつだよな」

 

 本心で断言した俺にルークが苦笑した。

 

 イオンさまは不思議なのに俺が変ってなんだよ、と思わずふきだせば、笑み混じりの謝罪が返ってくる。

 封じ込めた黒いものが少しだけおとなしくなった気がして、内心安堵の息をついた。

 

「懐かしい、とも言ってたよ」

 

 優しい記憶を思い起こしていると、それまで口を閉ざしていたアニスさんも僅かに笑みを浮かべて話に加わる。

 懐かしい。ああそういえば、俺もルークやイオンさまや、シンクと会ったとき、そんなような気持ちだったかもしれない。

 

 それはお互いがレプリカだからなのかと小首を傾げたルークに、大佐が「どうでしょう」と眼鏡を押し上げる。

 

「レプリカ同士が認知し合えるのか……まあ、分かりませんが」

 

 大佐はなぜか一度ちらりと俺を見た。

 

「私は人の生まれ変わりというものを信じてはいませんが、ずっとずっと昔、あなたとイオン様は親しかったのかもしれません」

 

 レプリカだからなどと考えるよりそのほうがいいだろうと続けた大佐に、目を見開く。

 

 科学ではない、“想い”を優先した考え方。

 この旅をする前の彼だったらあり得ない、柔らかな、音。

 

 おとなしくなったばかりの黒い水がまた腹の内で沸騰しかけるのを感じ、慌てて目を瞑る。

 

(静まれ……)

 

 少ししてどうにかそれは治まりをみせたが、無理やり蓋をした反動でほんのりむかついた胸に手を押し当てて、

 

 俺は、本日何度目かになる溜息をついた。

 

 

 

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