空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act59.2 - “覚悟”とはなんですか(後)

 

 

 森の最深部。

 

 ルーク達がライガクイーンを倒したあの場所に、アリエッタとラルゴはいた。

 その後ろでは彼女と思いを同じくするライガとフレスベルグが悠然とたてがみを揺らしている。

 

「待ちかねた……です!」

 

 今までの六神将としての姿ではない、白を基調とした服を着たアリエッタの大きな瞳に映るのは、強い覚悟。

 

 足がすくむようなその光は、懐かしいというにはまだ生々しく記憶に焼き付いている。

 ヴァンと対峙した時とよく似た感覚に後ずさりしかけた体をどうにか引き止めた。

 

「やるなら、さっさと戦おうよ!」

 

 ここに来る直前まで、ひとりで決着をつけようとしていたアニスさん。

 

 だけど皆だって、俺だってアニスさんをひとりで行かせたりしたくない。

 一緒に行くと皆で口をそろえて、アニスさんも静かに頷いて、そして今こうして全員がこの場所にいるけど、きっと今でもアニスさんは自分の手でぜんぶを終わらせるつもりなんだろう。

 

 確執、因縁、怨嗟、憎しみ。

 

 アリエッタの気持ちをぜんぶぜんぶ受け止めて、終わらせる。

 彼女はそのためにここにいるんだ。

 

 自分は魔物たちと戦うからお前も四人で戦えというアリエッタに、みんなで目配せを交わした。

 

 まず「俺が」と声を上げたのはルーク。それにティアさんが続く。

 最後に、クイーンにとどめを刺したのは私ですからね、とわざと軽い調子で言った大佐が、歩み出た。

 

 決まったかと尋ねてきたラルゴにアニスさんが威勢良く返事をする声を聞きながら、残ったガイ、ナタリア、その腕に抱かれたミュウと共に、後ろに下がる。

 

 自分は戦わずに済んだというのに何故か言いようのない思いが胸の中を渦巻く。

 

 これから始まる戦いが哀しいのか、なんの力にもなれない自分が悔しいのか、それすらもよく分からないまま、俺はただ目の前の光景を見守るしか、なかった。

 

 

 繰り広げられた激しい戦いの末。

 

 ほとんど音も立てずに倒れた、ちいさな体。

 

 

 広がったのは、桃色の髪。

 

 

「ママ……みんな……ごめんね、仇を、討てなくて……」

 

 ずっと抱きしめていたぬいぐるみがその手を離れて、地に転がる。

 ことりと力なく落ちた、体と同じくとても小さな掌が、一瞬何かを求めるように動いた。

 

「……イオン様……どこ……?」

 

 その視線が、見えない影を探すように虚空を漂う。

 ああよく見れば、彼女もきれいな赤色の瞳をしていたんだ。

 

「痛いよぅ……、……イ、オ……」

 

 そしてそのちいさな体は、もう二度と、動かなくなった。

 

 鼓動の消えた瞼の裏から、小さな小さな雫が、頬を伝う。

 

「アリエッタ……ごめんね、あんたのこと大嫌いだったけど、だけど……ごめんね……!」

 

 横たわる女の子の傍らに膝をついて泣く、もうひとりの女の子。

 動かない女の子。泣く女の子。心臓がきりきりと痛んでくる。いけない。

 

 『おにいちゃんのにせもの!』

 

 零れおちる雫が地面をうつ音が聞こえてくるような錯覚を覚えるのと合わせて、ぐらりと目の前が揺れた気がした。

 己の額に手をやって、頭痛を堪えるように僅かに俯く。

 

「ゴ、メ……」

 

 違う、あの子じゃない、あの子は生きてる。

 

 だけど――オレはどこかで、彼女たちをあの子に重ねていた。

 

「敵の死体に泣いて謝るなんてのは止めるんだ、アニス」

 

 無意識に零しかけた過去への謝罪を遮ったラルゴの声。もちろん俺に向けての言葉じゃない。

 顔を上げると、力尽きたアリエッタの体を大切そうに抱き上げたラルゴの姿が目に入る。

 

「ただ可哀想なのは、フェレス島の復活をその目で見られなかったことだな」

 

 独り言のように呟いたラルゴに、本当にそう思うならどうして止めなかったのとティアさんが尋ねると、ラルゴは振りかえらぬまま、激情を抑え込んだ静かな声で、それを口にした。

 

「死を覚悟しても遂げたい思いだったのだ。それを誰が止められる?」

 

 命をかけられるほどの、思い。

 

 がんと頭を殴られたように、意識の揺れが激しくなる。

 数歩後ずさって、背中に当たった木の幹に体重を預けた。

 

 覚悟。

 

 それは俺が嫌いな言葉だ。

 理解の出来ない、言葉だ。

 

 だって、死ぬより怖い事なんてない。

 全てを捨てても成し得たい思いなんて、俺は知らない。

 

( 本当に? )

 

 いつのまにか地面まで落ちていた視線をそのままに、俺は目を見開いた。

 

「リック?」

 

 潜めた声で名を呼ばれ、緩慢な動きでそちらを見た。

 いつのまに傍まで来ていたのか、そこには怪訝そうな赤い瞳。

 

 向こうでルークとラルゴが何かを話しているのがかろうじて分かる。

 同時にいま自分を呼んだのが目の前の彼であることを理解すると、頭の中でまたさっきと同じ声がした。

 

 声は再度こちらに問いかけてくる。

 

( 本当に、知らない? )

 

 知らない。知るはずない。

 だって死ぬのが一番怖い。

 

( じゃあ )

 

 俺は無意識のうちに腹へ手を当てた。

 

( どうして守った? )

 

 それは。

 それ、は。

 

 もう薄い傷跡しかないその場所が、じんと熱くなった気がした。

 

「失いたく、なかった」

 

 半ば呆然と呟いたそれは、もはや意味を成さぬ単なる音であったかもしれない。

 ジェイドさんが訝しげに目を細めて、また俺の名前を読んだ。

 

 失いたくなかった。

 自分がどうなろうと、失いたくなかった、から。

 

 俺は。

 

「リック」

 

 三度目、鼓膜を揺らした少し強い音に、はっとして頭を軽く横に振る。

 

 しっかりしろ。

 アリエッタは、あの子じゃない。

 

「……なんでもないです」

 

 精一杯背筋を伸ばして返事をすると、大佐は何か言いかけたものの、すぐ口を閉ざして息をつき、身をひるがえした。

 

 

「さー、ちゃっちゃと次いってみよー!」

 

 みんなルークとラルゴのやりとりに意識が行っていたのか、俺と大佐の動きに気づいていた様子が無いことに安堵しながらも、明るく振る舞おうとしているアニスさんに小さく苦笑を零した。心配をかけないようにしているんだろう。

 

 変に心配するよりそこに乗ってあげたほうがいいと先ほど皆で決めたばかりだから、俺がしてあげられることは何もない。

 それをほんの少し歯がゆく思いながら、森の外に停めてあるアルビオールを目指した。

 

 覚めやらぬ動揺を、胸の内にひた隠して。

 

 

 

 

 預言会議について、後はテオドーロさんの承諾を取るのみ。

 当初の目的どおり向かったユリアシティに着いてすぐ目にしたのは、震えながら膝を抱えて座り込むひとりの人間だった。

 

 心配したナタリアが声をかけても一向に反応を示さないその人を見るうち、何か妙な感覚が体を取り巻いていく。この親近感にも似た懐かしさには覚えがあった。

 

「……あの、その人もしかして」

 

 俺が言葉を続けようとしたとき、テオドーロさんの部下らしき人がふたりほどやってきた。

 そのうちのひとりが今のひとを連れて奥に戻って行き、ティアさんに気付いたもう一人が足を止める。

 

 今の人は、と尋ねたティアさんに、彼は眉尻を下げて頭をかいた。

 

「レプリカだよ。どうもシェリダンから逃げてきたようだね」

 

 やっぱり、と先ほどの感覚が間違っていなかったことを知るも、

 逃げてきたなどとあまり穏やかではない物言いをルークが聞きとがめると、彼は今の状況について話してくれた。

 

 レプリカが大量に作られてしまった事で次々と問題が生じていること。

 そんな中、生きる術を持たないレプリカ達は、魔物に襲われたり、ひどい虐待を受けている場合が多いということ。

 

 このところの騒動で生物レプリカの存在が周知されてきた今、自分の大切な人が死んだのはレプリカが生まれたせいだと非難する人も増えている、ということ。

 

 確かにそういうケースもあるが、それは本当に一握りだ。

 だけど生まれたばかりのレプリカは何も知らない。何も言えない。

 

 そんなレプリカを今のところはここで保護しているそうだが、まず作られた数が桁違い。

 今後とも全てを受け入れていくことは、出来ない。

 

「食糧だって無尽蔵ではないし、こちらも困ってるんだよ」

 

 最後にほとほと困り果てた様子でそう言って、彼もまた奥に戻って行った。

 

 レプリカ。自分と同じ種族、といえばいいのだろうか。

 みんな色々見解はあるだろうが、俺としてはレプリカへの認識はそのようなところだった。

 

 それが生きるに困り、持てあまされていると聞けばやはり良い気持ちはしない。

 重苦しい沈黙が落ちる中、口を開いたのはルークだった。

 

「俺たちレプリカは、……一体なんなんだろう」

 

 何って人間だよ、と言うアニスさんに、だけど人間の形をしてるだけで、人間として扱われるようには見えないとルークは弱弱しく首を横に振る。

 

 自分達はルークを、イオンさまを、シンクを、俺を、知っている。

 レプリカと人間が何も変わらない事も知っているが、と深く息をついたガイの言葉を継いだのは大佐だった。

 

「大多数の人々にとって、フォミクリーは無機物の複製品を作る技術です。レプリカはただの複製品や代用品だと考えるでしょう」

 

 受け入れる人間が皆無とまでは言わないが、と付け足した大佐の、事実を事実として述べたに過ぎないというような、淡々とした音。聞きなれた響きに眉を顰めた。

 

 彼はいつだって、言い難い、だけどまぎれもない真実を口にする。

 言わなければいけない現実を自らで背負って突きつける。

 

 わざと壊れた器を選んで扱うような様がもどかしくて、咎めようかと口を開きかけた俺より先に動いたのは、ルークだった。

 

「だったら俺たちはどこへ行けばいい?」

 

 収まりきらない、言いようのない気持ちを持て余すように、泣きそうな顔をしたルーク。

 

「どこへ行けばいい? どこで暮らせばいい? 何も出来ない子供と同じ、俺たちが……」

 

 世界中のレプリカ達の痛みを自分のものと感じているような、震える声。

 

 自分はレプリカと人間の違いを深く意識したことはないが、今のルークには“人間”より“レプリカ”のほうが良いのかもしれない。

 これも正直レプリカだなんだというより、同郷者と話しやすい、という雰囲気に近いだろう。

 

 そう考えてルークの肩に手をやろうとしたとき、「ルーク」大佐が静かにその名を呼んだ。

 張り詰めていた糸がほどけたように、ルークが声を荒げる。

 

「俺たちを作ったのはジェイドだろ! アンタは何でも知ってるじゃないか!」

 

 瞬間。

 目の前が真っ赤になった。

 

 ―――封じ込めていた黒い水が、音もなく、噴き上がる。

 

「ルーク! 旦那に当たっても仕方が……」

 

 止めようと声を上げかけたガイの脇をすり抜けて、気づいた時にはルークの頬を殴り飛ばしていた。

 

 周囲の音が止まる。

 反動で倒れ込んだルークは少しの間 呆然としていたけれど、すぐに目つきを鋭くして立ち上がった。

 

 避ける間もなく、今度はルークが俺の頬を殴る。

 

 その力の強さに思わずよろめいた。目の前は ちかちかするし、脳がぐらぐらと揺れていた。

 だけど何とか地面を踏みしめて堪えながら考える。

 

 ルークはいつのまにこんなに強くなったんだろう。

 

 俺だって、軍人なのに。

 頑張って軍人になったのに。

 

(あのひとの近くにいたくて)

 

 溢れそうな涙を感じて目を瞑り、開くと同時にルークを睨みつけた。

 ルークも同じような泣きそうな顔で、再び構える。

 

 そしてもう一度飛び掛ろうと足に力を込めた瞬間、ぐんっと体が後ろに引かれた。

 

 視界の端で揺れた金茶の髪と、鼻先を掠めた香水のかおりに、自分が誰に押さえつけられているかを知る。

 

「ルーク! 止めろ!」

 

 見ればルークもガイに後ろから羽交い絞めにされていた。

 こちらもしっかりと抑えられた関節に身じろぎすることすらままならず、せめてとばかりに目の前の翠を睨んだ。

 

「……っあんたが!」

 

 感情のままに声を荒げると、憤りに満ちていたルークの顔が少し歪む。

 今にも泣き出しそうなその顔も、彼の気持ちも、俺には確かに見えているのに。

 

「アンタがそれを言うなよ! だれより近くでジェイドさんを見てきたアンタが、そんなこと言うな!」

 

 言いながら、自分の言葉を頭で否定する。

 

 分かってる。分かってるんだ。

 これは、誰でもない、俺でもない、ルーク“だからこそ”言える事なんだって。

 

 だけど心から吹き上げた黒い水が、止められない。

 

 『レプリカだから、お前の助けが必要なんじゃないか!』

 

 ロニール雪山で、彼がアッシュに向けた言葉を思い出す。

 強く歯を食いしばった。

 

 レプリカだから。

 本物のルーク・フォン・ファブレじゃないから。

 

 ……それが、何だって言うんだ。

 

 アンタはオレのしたい事を全部できるじゃないか。

 

 あんたはアニスさんを慰めることが出来るじゃないか。

 あんたはジェイドさんの役に立てるじゃないか。

 

「…………」

 

 理性が警鐘を鳴らす。

 これ以上は言ってはいけないと、全身がうるさいくらいに警告してくるのに。

 

「あんた、なんか」

 

 やめろ。やめろ。

 ああ駄目だ、止まらない!

 

 

「――――あんたなんかだいきらいだ!!」

 

 

(ジェイドさんを変えた、アンタなんか)

 

 

 

「リック!」

 

 ぱん、という音と共に、頬に痛みが走る。

 ルークが殴ったのとは逆の頬だった。

 

 いつのまに向きを変えられたのか、気付けば目の前には金茶の髪。

 赤い目は、いつになく厳しい。

 

「…………頭を冷やしなさい」

 

 そう言って身をひるがえした彼が、今度はルークの様子を見るガイのところに向かう。

 

 ぶたれた頬が熱くなるにつれて、全身から力が抜けていく。

 目の前で交わされる会話をどこか遠くに見ながら、俺はただ、立ち尽くしていた。

 

 

 

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