空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act62 - 育ったものはなんですか

 

 

「すみません厨房貸してください!!」

 

 ファブレ邸の大扉を叩き開けるや否や、一も二もなく声高らかに叫ぶ。

 

 突然の出来事に複数のメイドさん達共々 呆気にとられて固まったラムダスさんは、しかし素晴らしいプロ精神でもってすぐさま平静を取り戻し、あちらになります、と優雅な仕草でその方向を指し示した。

 

 

 大好きだから。心配だから、怒る。

 

 正反対だと思っていた感情が繋がっていることに“気付いた”のはさっきだけど、考えてみれば自分はずっと前から“知っていた”んだ。

 

 『大佐が、不器用だからですっ』

 

 あれだけ器用になんでもこなしてみせるのにいざってところで不器用な大佐がもどかしくて、心配して心配して最後には怒った。

 何も言わずに姿を消す陛下に、また脱走だと九割方分かりつつも残りの一割はやっぱり心配で、発見してから涙目でどやしつけたときだって、俺は確かに怒っていたのに。

 

 そういえば、ルークとアッシュが……レプリカと被験者が同一の存在ではないと知ったときも、心と頭で理解速度に随分な差があったっけ。

 

 知ってることを知っていると頭が判断するまでにこれだけ掛かるとなると、あれか、俺は古い演算機未満の何かかと思わず苦笑して、手にした野菜をまな板の上に置いたとき。

 

「おっかえり~」

 

 背中にかかった弾むような声に振り返れば、厨房の入り口から姿をのぞかせたアニスさんがいた。

 

「アニスさん! どうしたんですか?」

 

「リック帰って来たっぽかったのに、ちーっとも顔見せないし~。ラムちゃんに聞いたら厨房に立てこもってるって言うから様子見に来たげたの」

 

「立てこも……あ、や、すみません」

 

 半眼でひょいと肩をすくめたアニスさんに、ただいまの一言さえいわずに厨房に直行していたことを思い出し、慌てて謝る。

 

「ま、それはいいんだけど」

 

 さすが公爵邸とあって軍の寮部屋みっつくらいは余裕で入りそうなこの厨房の中ほどに陣取り、調理器具と帰りがけに買ってきた材料を広げる俺の隣まで歩いてきた彼女は、作業台を覗き込むと、手近に転がっていた野菜を手に取って言った。

 

「リックがカレー作ってるの久しぶりに見たかも」

 

「……作ってなかったな、ってオレもついさっき気付いて」

 

 丁寧に下ろした包丁が、とん、と優しい音を立てるのを聞きながら微笑む。

 するとアニスさんは小さく笑って首を傾げた。

 

「ふぅん。タマネギきざむくらいの余裕はできたーってわけだ」

 

「はい」

 

 少しからかうような、アニスさんの久しぶりに聞く明るい調子の声に笑みを深めて返す。

 

「なんか、吹っ切れました」

 

 そして己も久しく出していなかった迷いのない声で言い切れば、今度こそ胸が定まった気がした。

 よし、と小さく呟いて、切り終えた具材をまな板から大きな鍋の中に流し入れる。

 

「ねぇこれ何カレー?」

 

「キルマカレーに挑戦中です」

 

 陛下の意見も参考に色々と工夫しているのだが、未だ食事として出せる味には達していない。だが今度こそはと、ニンジンを握り締めたところでふと思い出す。

 

 ルークがアッシュに話、ってなんだったんだろう。

 結局アッシュには聞きそびれてしまった。

 

「あの、アニスさん」

 

「んー」

 

「オレが散歩に行った後のことなんですけど」

 

 あぁとひとつ溜息まじりの相槌を打って、アニスさんが話してくれた。

 

 ルークはアッシュを両親に引き合わせたかったらしい。

 だけどルークは、それをずっと怖がってもいたとか。

 

 何でと尋ねかけて寸前で思いとどまり、ルークの気持ちをなぞる。

 

 ルーク・フォン・ファブレの居場所や家族はアッシュのものだった。

 本物が戻ってきてしまえば、レプリカである自分は要らなくなるから、とか。

 

 たぶん怖いというのはそういうことなのだろう。

 その感情を俺が知ることは出来ないけど、想像することは少しずつながら出来るようになってきた。

 

(……今度こそ)

 

 ちゃんと謝って、それからちょっとだけ怒ろう。

 嫉妬と履き違えたりしないで、喧嘩にならないように、しっかり伝えなくては。

 

 思いも新たに、ぐっと拳を握った。

 

「ちょぉ、リック お鍋! お鍋焦げてるってば!」

 

「ええ!?」

 

 

 

 

 ただいまの言葉と、今回も試作品に留まってしまったキルマカレーを持参して向かった部屋。

 

 ガイは俺とカレーを少しの間まじまじと眺めて、それからちょっと安心したように苦笑した。

 おかえり、と返された言葉と共に拳でかるく額を小突かれて、俺ももう大丈夫だと言う代わりに笑う。

 

 心配を掛けたお詫び、というにはかなり冒険の香りを漂わせたカレーは、たいそう複雑な表情で「うんまぁ食べられなくはない」と言いながら完食してくれた。

 陛下共々グランコクマでさんざん試食に付き合わされていた彼に「わるいけどこれは食べ物じゃない」と言わしめた初期作を思えばかなりの進歩だろう。

 

 ちなみに今回、厨房で一緒に食べたアニスさんにはすでに的確かつ辛い評価と改良点を頂いているので、このガイの反応と合わせてぜひ次に生かしたいところだ。

 

 大佐に出せるレベルじゃないのは言わずもがな、ティアさんとナタリアにももう少し美味しく作れるようになってから食べてもらおう。

 

 後は。

 

「あいつには、持って行ってやったのか?」

 

「……今から」

 

 見計らったように掛けられた柔らかい音に、笑みを返す。

 ガイに持ってきたのとは別にもうひとつ、手にした器をかるく掲げた。

 

 がんばれよと背中を押す声を受けて部屋を出て、長い廊下に足を一歩踏み出す。

 

 ルークがうらやましいと思う俺は確かにいる。

 だけど、ルークが大好きな俺もまた、確かだから。

 

 もう迷わない。

 

 ファイトだ、俺。

 

 

 

 

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