空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
ジェイドさんと俺がファブレ公爵邸に戻ると、ちょうどナタリアが到着したところだった。
ついでに顔の火照りもどうにか治まったのだが、みんなと一緒に迎えてくれたガイには、含み笑いの小さな声で「なんか良い事あったな」と断定されてしまった。
そんなに分かりやすい顔をしているだろうか。いや、昨日も今朝も結局ルークと仲直りが出来なかったとヘコみにヘコんでいた姿を見ているからこそかもしれないが。
いつもの表情を取り戻そうとぐいぐいと自分の頬を揉む俺をさておいて、喜んで下さいませ、とナタリアは会議の結果について口を開いた。
「プラネットストームを止める方向で合意しましたわ」
「こちらもです」
それに頷いた大佐の声を聞きながら、話の繋がりを掴もうと脳内を探る。
ただでさえ情報過多な現状に加えて、俺自身がここのところ色んなもので頭がいっぱいだったのでそんなことも一苦労だ。
ええと、ああ、そうか。
エルドラントはプラネットストームの防護壁に包まれているから、このままでは攻めるも止めるもままならないんだった。
実際の協議が行われるのはダアト。陛下たちはもう向かっているらしい。
俺達もすぐに向かうべく話の進む中、ちらりと視線をずらす。
その先では、ルークがぼんやりと虚空を見ていた。やっぱり瘴気中和のことを考えているんだろうか。
「ル、」
俺は眉根を寄せて口を開きかけ、だが寸前で止まった。
音の無いまま、はくはくと口が動く。目が泳いだ。冷や汗が浮かぶ。
そんな状態で固まっている内に、上の空なルークはおぼつかない足取りで皆と一緒に歩いて行ってしまった。
その背が屋敷の大扉を潜って外に出たのを見届けたところで、ぶはあと詰めていた息を吐く。
「……タイミング……そう一度、逃せば大変タイミング……」
「どこの標語ですか」
「うわぁ!!」
背後から聞こえた声に思わず飛びすさる。
「ジェ、ジェイドさっ、」
豪華な造りの壁に背を押しつけて、いつものことながら全く気配を感じさせない彼の人を見やった。
呆れたような半笑いで肩をすくめたジェイドさんがくるりと身をひるがえして歩き出す姿に、反射的に動いた体が後を追う。
勢いでたたらを踏みながら隣に並んで顔を見上げると、先を行くルークの背をまじまじと眺めたジェイドさんが「ふむ」と顎に手を当ててこちらを向いた。
「ルークは今、心ここに在らず、というやつです」
「? はい」
「さっき実験してみたんですが何を聞いても『うん』としか言わないんですよ」
「はい」
「この隙に謝ったらいいんじゃないですか?」
「いやそんなおざなりな仲直りはちょっとっ!」
必死に手を横に振る俺に、冗談ですよと笑う大佐の目はわりと笑ってなかった。
おそらく怖気づいてる俺がじれったいんだろう。ホントごめんなさい。
一度逃したタイミングという名の魚は、巨大だ。
「おお、すれ違わずにすんだか!」
そのときふいに前方から響いた、どこか聞き覚えのある声に顔を上げる。
「スピノザ」
そこに予期せぬ人物の姿を見つけてきょとんと目を瞠り、隣のジェイドさんを仰いだ。赤い目が僅かにすがめられる。
妙に慌てた様子のスピノザにルークがどうしたのかと尋ねると、彼は少し前、自分のところにアッシュが来たのだと言った。
ごく最近、目にしたばかりの緋色を思い浮かべる。
こっちはお前らみたいに暇じゃない、とか言っていたっけ。
確かにあれからスピノザのところへ向かったのだとすれば中々の強行軍だ。
そこまで急いで、アッシュは一体どうしたのだろう。
ちらりと頭をよぎった疑問は、スピノザの言葉によって、すぐに解消した。
「超振動による瘴気中和の方法を訊ねてきた」
瘴気の中和。
昨日ルークの口から聞いたばかりの不穏な単語に身をこわばらせる。
「結果を聞くまでもありません」
頼まれるままに成功の計算をしたというスピノザの言葉を継いだ大佐が、眉を顰めた。
ローレライが眠っている今、まず圧倒的に第七音素が足りない。
例えその問題がどうにかなったとしても、それをおこなった者は。
「音素の結合が解けて、乖離し……死ぬ」
スピノザは、重い響きを帯びた声で、しかしはっきりと導き出される結果を告げた。
第七音譜術士 一万人の命はどうするつもりなんだとルークが大佐に尋ねる。
それもまた初耳だったけど、要するに足りない第七音素を補うためにはそれだけの犠牲が必要だという事、らしい。
大佐はほんの一瞬、俺とルークにざっと視線を滑らせてから「レプリカでしょう」と言った。原子の結合に第七音素を使用しているレプリカならば十分代わりになる。
アッシュは、レプリカ達と一緒に死ぬ気なんだ。
だとすれば彼の行き先は、今レプリカが大量に集まっているレムの塔。
俺達は急ぎアルビオールに向かって走り出した。
「昨日、城下で会ったときはそんな様子なかったのに」
見知った人間が死ぬかもしれないという不安。
未だ記憶に新しい嫌な焦燥感に、俺が眉根を寄せながら呟いたのを聞きとめて、前を走るガイが肩越しにこちらを振り返る。
「なんだ、あの後会ったのか」
「うん……」
「その時は何も変わったことは無かったんですね?」
ジェイドさんの問いを受けて昨日のアッシュとのやり取りを頭の中でなぞるが、思い当たる節はない。眉間の皺も不機嫌そうな雰囲気もいつもどおりのアッシュだった。
いつもと違ったこと、といえば。
「あ。アッシュがオレのこと名前で呼んでくれました」
「ッは!?」
言うや否や前方から響いた盛大な音にびくりと肩をはねさせる。
ガイが「それは関係ないだろう」と苦笑を浮かべるより、ジェイドさんが「ああそうですか良かったですねぇ」と流すより早かった声の出どころ。
驚きに目を瞬かせて見返した、その先には、翠の瞳。
「……な、なに」
とっさのことに思わず尋ねた声は、しかし直前に喧嘩中だということを思い出してしまったのか、中途半端な淡白さを帯びて空気を揺らした。
「…………」
ルークは何か言いたげに口を開きかけて、だけど何も言わずに閉じる。
「……べつに」
そして、むすっとした顔でそれだけを言うと、また前を向いて走り出してしまった。
ルークの背中が遠ざかって行くのを見て唇を緩く噛む。
ああもう、俺は馬鹿だ。
ただいつもの声で、いつものように返事をすれば良かっただけなのに。
また怒らせてしまっただろうか。深く吸った息をゆっくりと吐いて、じんと目の奥が熱くなってくるのをどうにか堪えた。
「とにかく、アッシュを追いましょう」
小さく息をついたジェイドさんの声に顔を上げる。今は俯くな、頭を冷やせと促す確かな響き。
「はい」
涙目のまま、それでもしっかりと頷いて、俺は前をにらんだ。
喧嘩をしたことない子供たちは、仲直りの仕方もわからない。