空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act64 - グッド・バイ・ユア・フレンド(前)

 

 

 辿り着いたレムの塔には、すでに大量のレプリカ達が集まっていた。

 

 最低限の知識だけを刷り込まれて生まれてきた彼らの、感情を置き去りにした表情はあまりに無機質で、否が応にも自分が生まれたときのことを思い出す。

 

 消えていく残像。

 

 瞼の裏で浮かびあがった光景に、反射のように揺れた手を握り締め、小さくかぶりを振った。

 奥底から引きずり出される恐怖と同時に感じるのは、レプリカという存在に対する温かな親近感。

 

 限りなく近いところにある記憶と感情が入り混じる奇妙な感覚に、短く息を吐いて鼓動を落ち着ける。

 そして隣でいつの間にかこちらを向いた、眇められた赤の瞳に笑みを返した。

 

 俺が怖いのは“あなた”でも“あなたが起こした事”でもないのだということを全力で知らしめるべく、この際多少ひきつっていても構うものかと、今の自分に出来うる限りの笑顔を浮かべる。

 

「それよりアッシュの姿みえませんね、ジェイドさん」

 

 何がそれよりなんだと聞き返すことなく、苦笑して静かに息をついた大佐には、俺の思惑なんてお見通しなんだろう。

 

 でも実は俺だって、ジェイドさんが思っていたよりずっと真剣に「大好き」の言葉を受け止めてくれていたという事にわりと最近 気付いたのだけど、口にしたらせっかく固定してもらった味方識別を早々に外されそうだったので、とりあえずアッシュ探しに意識を向けることにした。

 

 しかし同じ空間にいて、あの鮮やかな緋色を見落とすことはないだろう。

 本当にレムの塔にいるのかという事実の程はさておき、少なくともこのフロアにはいないように思えた。

 

「アッシュ?」

 

 念のためと僅かに声を張り上げて呼びかけてみる。

 まあ居たとして彼が素直に返事をするかといえば、それもまた怪しいところだったが。

 

「その声……リックかい!」

 

 すると予想外に返ってきた声に、驚いて顔を上げる。

 上に続いているらしい長い階段の途中に知った顔を見つけて目を丸くした。

 

「ノワール!」

 

「ほかの坊やたちも一緒みたいだね」

 

 ちょうどいい、とノワールはどこか焦った様子でおりてくる。

 

 どうしてこんなところにいるのかと問いかけたルークに、自分達はアッシュに雇われているからと言った彼女は、アッシュを止めてくれときつく眉根を寄せた。

 

 やはりアッシュはここに来ていた。

 瘴気を消すためにレプリカ達と心中するつもりだ。

 

「わかった」

 

 それを聞いて重く頷いたルークが、とりあえず昇降機で上へ向かおう、と言いかけたところで、昇降機の扉が閉まり突如として動きだしてしまった。

 

 為すすべもなくそれを見送り、他に上へ行く手段はないかと皆で視線を巡らせた結果、行きついた先には今しがたノワールがおりてきたばかりの、途方もなく長い階段ただひとつ。

 

 曲がりなりにも軍人なので体力にはそれなりの自信があるが、この塔の外観と、頭上遥かにある天井を思い、俺は半ば感嘆の息をひとつ零した。

 

 

 途中でヨークとウルシーに会って、アッシュはナタリアと彼女が愛する国のために、自分を犠牲にしてでも瘴気を消したいのだろうという話を聞いた。

 

「それにしても、こう自殺志願者が多いとイライラしますね」

 

 さらに上を目指して早足で階段をのぼりながら、何かのついでのように零された言葉。いや心中希望者かな、と付け足すジェイドさんの声の裏にある低い響きに、条件反射でびくりと肩をはねさせる。出会い頭にアッシュに譜術のひとつでもぶつけてしまいそうな機嫌の悪さだ。

 

 しかしそれは俺としても少し不思議に思っていることだった。

 

 彼の性格を考えると、命と引き換えでどうこうという話の前に、それこそ死にものぐるいで違う手段を探しそうなものだが。

 

 アッシュはよく、時間がない、と口にしていたらしい。

 言われてみればと、まるで何かに追い立てられるように事を成そうとしていた姿を思い出す。

 

 一体アッシュは、なにをそんなに急いでいるのか。

 

「この装置で昇降機を覆っているガラスを破壊しましょうか」

 

 大佐の声にはたと意識を引き戻す。

 

 階段も、その先にあった作業用リフトも昇りきった先に道は無く、ならばと昇降機を覆うガラスのみを壊して、無理やり乗り込んでしまおうという話だった。

 

「ガイ、出来ますよね?」

 

「そう言われたら、できないとは言いたくないねぇ」

 

 破壊にはその場にあったアーム状の装置を利用する。

 そのために、今のところ機能を停止しているそれの復旧をしなければならない。

 

「オレも手伝う!」

 

 ガイの隣に並び立って装置をみる。

 かなり長い間放っておかれたものだろうに、ざっと眺める限り目立った損傷はなかった。

 

 さすが創生歴時代の音機関。感心しながら、ガイと一緒に細かいところを整えていると、様子を見ていたティアさんがきょとんと目をしばたかせた。

 

「リックって、音機関に詳しかったかしら」

 

 俺は状態をみるために外した装甲の一部を戻しながら、ああ、と口元を緩める。

 

「そうでもなかったんですけど、シェリダンでイエモンさん達を手伝ってて何となく」

 

 思い起こせば、こと音機関においてはあのひと達もジェイドさんに負けず劣らず厳しかったかもしれない。だけどおかげでこうしてガイを手伝えるくらいにはなった。

 

 そう、と相槌を打つティアさんの声。少し哀しげな響きを聞いて、装置に向けていた顔を起こした。

 

「それでガイじゃないけど、譜業とか音機関とか楽しいかもなーって、……ちょっと目覚めちゃいました」

 

 残っているのは辛い記憶ばかりじゃない。

 次のなにかに生かすことが出来るんだと、あそこで教えられたことを思い出す。

 

 そうしてへらりと笑った俺を見て、ティアさんはもう一度、そう、と小さく頷いた。その顔に浮かぶ微笑みに安堵の息をつき、また作業に戻る。

 

「ガイ、こっちはいいよ」

 

「後は動力源だな……ルーク! ちょっといいか?」

 

 中心に浮かぶ充填器をいじっていたガイが呼んだ名前にぎくりとした。

 

 もう手を加えるところなんてどこにもない装置の調節をする振りをして身をかがめ、気付かれないように横目で様子を窺う。

 

 下にいたゴーレムの核を動力に使わせてもらおうという話をガイから聞くルークの翠の瞳をじっと眺めて、声になりそこねた息をひそかに吐いていたら、こちらもまた装置を窺う振りをして来た呆れ顔の大佐に右頬をかるく引っ張られる。

 

 離されたばかりのさほど痛くもない頬に手を当てて、俺はさりげなく視線を泳がせた。

 

 

 

 

 

「よし、これで起動するはずだ」

 

 ルーク達に補充して来てもらった充填器をガイが元の位置に戻すと、装置はすぐに動きだした。

 生き物のように長いアームを正確にガラスに叩きつけ、狙いどおり周囲を覆うガラスだけを破壊する。

 

 そうして昇ってきたばかりの昇降機へ、アーム伝いになんとか飛び移ると、中にはガイのお姉さんや、イエモンさん、アスランさんのレプリカを含めた、複数のレプリカが乗っていた。

 

 地上に自分達の居場所はないと彼らは言った。

 

 そんな彼らにアッシュは、命と引き換えに瘴気を消すことに同意すれば、まだここに辿り着いていない大勢のレプリカに住む場所を与えるという取引を持ちかけたらしい。

 だがレプリカ達はそれを一蹴したようだった。

 

 我々にはホドがある。このレムの塔で待っていれば、モースが新生ホド――エルドラントに、導いてくれるのだから、と。

 

 そして昇降機が最上階に到着する、その瞬間。

 

「ふははははっ!!」

 

 叩きつけるような音。

 雨のように降ってきた銃撃が目の前のレプリカ達を次々になぎ倒していく。

 

 揺れた空気の先から聞こえてきたのは一度聞けば忘れようのない特徴的な声。

 

 

「たとえ何万年待とうと、そのような事はあり得ませんよ!」

 

 

 

 相変わらず空気の読めないやつだと、唇を噛み締めた。

 

 

 

 

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