空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act64.3 - グッド・バイ・ユア・フレンド(後)

 

 

 後方でガイとナタリアがそれた攻撃からレプリカ達を守り、残りの皆でディストの譜業兵器を倒しにかかる。

 

 見た目がどれほど珍妙でも作り手は屈指の科学者だ。多少なりと音機関の知識を得たからこそ、あれがどれだけ精巧に作られたものなのかが分かる。

 兵器と呼ぶにふさわしい破壊力を兼ね備えたそれの、腕の接続部を狙って剣を振るが、こちらの動きを察知したらしく避けられてしまった。

 

 かわしざまに繰り出された大ぶりな攻撃を寸でのところで避けて距離を取り、短く息を吐く。

 ともあれこの攻撃の雑さは幸いだ。おかげで俺も僅かながら、どうにか余裕が持てる。

 

 そこで、先ほどレプリカ達を薙いでいった銃弾のような音素の光線を放つ発射口が、詠唱中の大佐に向きかけるのを見て眉を顰め、さっと左手を体の前に掲げた。

 

「狂乱せし地霊の宴よ、ロックブレイク!」

 

 組み上げた術式に反応した音素の渦が、対象の真下で弾ける。

 

 勢いよく突きあがった岩に押し飛ばされてよろめいた兵器から放たれた光線が何にも当たらずに空気中で霧散したのを確認して、ほっと息をつき、改めて剣を構えなおした。

 

 絶え間なく続くみんなの攻撃を受けて、向こうの動きが徐々に鈍ってくる。

 そうしているうちに背から響いてきたのは、朗々とした詠唱。

 

 周囲にいるレプリカを巻き込まないようにするためなのか、また違う理由なのかは分からないけど、いつもより緻密に編まれた術式が組み上がって行くのが分かった。

 

 そこでふいに自分が前へ出過ぎていることに気付き、ああこれは巻き添えを喰うだろうなと考えかけて、しかしすぐに、もう、その心配がない事を思い出した。

 

「これで終わりです」

 

 戦闘の喧騒の中にあっても真っ直ぐに透る声に、俺は振り返らないまま、ただ強く目を伏せる。

 

「―――インディグネイション」

 

 一気に集束した音素の波が、まばゆい光と共に弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 足元に転がる残骸。

 小さな歯車をひとつ拾い上げて、眉根を寄せる。

 

「……ばかディスト」

 

 ジェイドさんに哀しい思いさせんなよ。

 言いかけたその呟きは、喉の手前で引き止めた。

 

 決着がつく直前、ディストは自爆装置を作動させ、爆発する寸前で、ルークがディストごと兵器を吹き飛ばした。

 

 爆発を阻止したルークや、空の上で散ったディストに、結果以上の特別な意図はなかったのだろう。

 

 だけど俺は少しだけ目を伏せて、複雑な思いが混じり合った安堵の息をつく。

 そして、大佐が嫌がる、単なるこじつけの言い訳だと分かりつつも、二人に感謝した。

 

 あのひとが自らの手で幼馴染を葬らずに済んだことを。

 

 握りこんだ歯車にじわじわと自分の体温が移っていくのを感じながら、ふと目を細める。

 

 考えたことがあった。

 たとえば、そう例えば俺が昔のジェイドさんの傍にいたとして、ネビリムさんが亡くなったことで、彼がそれまでの彼ではなくなってしまったとしたら。

 

「―――…………」

 

 ここでルーク達と対峙していたのは、俺だったかもしれない。

 

 歯車がまた、ひやりと温度をなくした気がした。

 

 ジェイドさんに聞かれたら意味のない仮定だと一蹴されそうだなと、緩くかぶりを振って苦笑する。ああ陛下にも怒られそうだ。

 

「我らに居場所はないのか……」

 

 そのとき、抑揚無く、しかしどこか呆然としたような声が聞こえて振り返る。

 ガイのお姉さんのレプリカという女性が、静かに俯いていた。

 

 ディストいわく、エルドラントの対空迎撃装置が起動すれば彼らは塔ごと消されてしまう。栄光の大地からの迎えは決して来ないのだ。

 

「だから、取引だと言っただろう」

 

「アッシュ」

 

 どこからともなく現れた緋色は、再度彼らに取引を持ちかける。

 

 考えさせてほしい、と彼女は答えた。自我の芽生えた者たちと話し合うと。

 

 ルークやナタリアの制止も振り切って、自分は行くところがある、戻るまでにこちらの総意をまとめろと言い残し、アッシュはまたすぐに立ち去ってしまった。

 

 すぐ追おうと動きだしたみんなに続く途中、後ろを振り返って頭上を仰ぐ。

 瘴気が立ちこめている今、そこに真っ青な空を見る事は叶わなかった。

 

「行きますよ、リック」

 

「……はい」

 

 急を要する状況の中でもたついていた自分に掛けられるには、ことのほか柔らかい呼びかけを受け入れて、今度こそ身をひるがえす。

 

 手の中の、煤けた歯車をひとつ、ポケットに押し込んだ。

 

 

 

 

 レムの塔を出ると、ノワール達の姿があった。彼らはこれからアッシュをダアトまで運ぶのだという。

 自分達じゃアッシュは止められない、なんとか説得してくれとヨークが顔を顰めた。

 

「あんた達! 置いてくよ!」

 

 ぴしりと空気を揺らしたノワールの声に弾かれたように二人が動き出す。

 

 俺はみんなが話し合っている様子を窺って、そっと輪の中から離れた。

 遠ざかりかけたみっつの背中へ、いつかと同じように声を掛ける。

 

「ノワール、ヨーク、ウルシー」

 

 不思議そうにこちらを振り返った三人の顔を順繰りに見渡して、次にいつ逢えるともしれない彼らに向けて、一瞬だけ現状を忘れて笑う。

 

「いつか、グランコクマに訪ねて来てよ。薄給だしあまり豪華なもてなしは出来ないけど……歓迎するから」

 

 彼らはその言葉に驚いたように目を丸くした。やがてふと微笑んだノワールが、肩をすくめる。

 

「マルクトの兵士が盗賊を招待するのかい?」

 

「オレは兵士じゃなくて、リックとして会うからさ。だからそのときは、ノワールと、ヨークと、ウルシーが来てくれよ」

 

 盗賊団漆黒の翼としてじゃなくて、と付け足せば、ヨークは喉の奥で楽しげに笑って俺を見た。

 

「漆黒の翼。初めて間違えずに呼んだな」

 

「そっか?」

 

 わりといつもちゃんと呼んでいるつもりだったので少々心外だ。

 

 そこで、そろそろ行かないと旦那にどやされる、と早口に告げたウルシーも、「気が向いたら行ってやるでゲス」と気安い笑顔を浮かべてくれた。

 

 離れて行く三人の背。

 その途中、もう一度だけノワールが足を止め、肩越しにこちらを振り返る。

 

「それじゃいつか、アンタもあたし達の城に招いてやらないとね」

 

「本当に?」

 

「特別だよ」

 

 今度こそ背を向けて歩き出したノワール達。

 彼女は、最後にひらりと片手を振った。

 

「がんばりな、リック」

 

 柔らかく背中を押す声に、小さく頷く。

 

 ダアトに向かう事を決めたらしいみんなが動き出すのを視界の端に捉えて、揺れる赤へ無自覚のうちに意識をむけつつ、俺は紫がかった空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

「アッシュは何を考えているのだ。何千というレプリカと共に心中するとは!」

 

「レプリカとはいえ、それだけの命を容易く消費する訳にはいかん……しかし」

 

 ふいに、あのひとの事を思い出す。

 俺のことを強いと言った、俺なんかよりもずっとつよくて、優しいひと。

 

「ジェイド。お前は何も言わないのか」

 

「私は、もっと残酷な答えしか言えませんから」

 

 イオンさま。

 あなたはそう言ってくれたけど、やっぱり強くなんかないんです。

 

 ごめんの一言を口にする勇気も持てない弱い俺は。

 

「……俺か? ジェイド」

 

 大切な人ひとりさえ、守れないままだ。

 

 

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