空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

138 / 197
Act65 - ラストモアチャンス

 

「そうですね、私は冷たいですから。――……すみません」

 

 

 

 

 ルークの姿が見えなくなったのを確認して、俺はようやく物陰から身を起こした。

 

 橋のようなアーチをえがく二階通路の中ほどに立ち、眼下の景色を見下ろしている大佐の傍へ歩み寄る。

 その足元へ静かに腰を下ろした。何も言わない上司の横顔をちらりと眺める。

 

「オレ、ジェイドさんのこと好きですよ」

 

 そのまま当然の流れのように零せば、赤い瞳がようやくこちらを向いて、怪訝そうに顔を顰めた。

 

「何ですか、いきなり」

 

「いや、なんとなく覚えのある状況だったんで、ちょっと」

 

 すっかり遠い記憶と化しかけた、実のところさほど昔の話でもない光景を思い出す。

 

 キャツベルトで、いつか自分を殺したいほど憎むかもしれない、とルークに告げたときの底の見えない赤色と、今のジェイドさんの目が同じ色をしていたものだから、思わず口をついたのだろう。

 

 小さく息をついたジェイドさんが肩をすくめた。

 

「それを肝心の相手にも伝えていれば、言うことは無いんですがね」

 

「…………」

 

 ぎくりと身を揺らす。しまった、やぶ蛇だ。

 居たたまれない沈黙をごまかす代わりに、取り出した小さな歯車を手の中でもてあそぶ。

 

 自分があえて核心からそれた話をしていることには気づいていた。

 

 この旅が始まってから、良し悪しを問わず本当にいろんなことを思い知らされたけど、動揺も過ぎると表面に現れないなんてことも初めて知ったかもしれない。

 

 妙に頭が真っ白で何も考えられない。

 なのに、胸にこびりつく不安感だけが消えずにある。

 

 煤でざらついた歯車の表面を何とはなしに指先でなぞっていると、ジェイドさんがまた短く息を零したのが聞こえた。

 

 どう転ぶにしても、と前置いて、赤い瞳が俺を捉える。

 

「あなたはここに残りなさい」

 

 突然の言葉に思わず歯車を取りこぼした。

 それを床に落ちる直前で慌てて掴み直してから、目を丸くして大佐を見上げる。

 

「な、なんでですか」

 

 最近は置いていかれることがめっきり無くなったから油断していた。

 思わずうろたえる俺を横目に見たかと思うと、大佐が呆れたような溜息を吐く。

 

「話を聞いていませんでしたか? 貴方もレプリカです、ついて来たら消えますよ」

 

 ああそうかそうだったと納得して、前のように置き去りにされるわけではないという事実に胸を撫でおろした。

 

 しかしすぐに、ぴたりとその動きをとめて眉を顰める。

 

「でも」

 

「なんです」

 

「オレ、まだ謝ってません」

 

「じゃあ今謝ってきなさい」

 

「いやそれはちょっと」

 

「……何なんですか貴方は」

 

 はっきりとしない俺の語り口が面倒くさくなってきたらしい大佐に睨まれ、背を伝う冷や汗を感じながらひきつった笑みを返す。

 

 手の中の歯車を再度ポケットに押し込みながら、だって、と言葉を濁した。

 

 このタイミングで言ったら、まさに今生の別れみたいではないか。

 あまりにもシャレにならない状況だ。

 

「だからっていうわけではないですけど、なんというか」

 

 切り出す言葉に迷いつつ、軽く後頭部をかきまわして腰を上げ、赤の瞳と向かい合った。

 

「オレも一緒にレムの塔に行かせてください」

 

 考えた末に出てきたのは何のひねりもない文章だったが、それを聞いた大佐の目がふいに厳しく眇められる。

 かつりと軍靴の音を響かせて彼が一歩こちらに近づいた。

 

「また自殺志願者が増えるなら、いい加減うんざりするんですがね」

 

 その射るような視線にすぐさま耐えかねた俺は、慌てて首を横に振る。

 

「作業に入る前には下がるつもりです」

 

「本当に?」

 

「もちろんですよ。死にたくないじゃないですか」

 

 この上なく真剣な顔でそう告げれば、ジェイドさんは短く黙った後、顔をそむけて丁寧に眼鏡を押し上げた。

 

「……私は心の底からあなた達を足して二で割れればいいと思いますよ」

 

「え?」

 

「いえ」

 

 なんとなく疲れたように額を押さえるジェイドさんの姿に首を傾げたが、すぐに姿勢を正し、改めて相手に向き直った。

 

「だから、その、もう少しタイミングを計らせてください」

 

 軽く頭をさげれば、大佐がひとつ息をつく。

 

「結局いつものビビリですか。まあいいでしょう、許可します。ただし事が起きる前には必ず退避してください」

 

「はい」

 

 ゆっくり頭を上げると、真剣な色をした赤と交差した。

 

 大佐はその目を僅かに眇めた後、ふいとこちらに背を向けて、また階下の光景に視線を移す。

 俺は少し迷ってからその隣に並び立ったが、咎められることはなかった。

 

「……それと、結局言えなかった、なんて事になったら本当の馬鹿ですからね」

 

 こちらを見ないままの彼がぽつりと零した音を噛みしめて、ただ小さく、はい、と答えた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告