空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act66 - レムより永遠に

 

 

「俺……やります。俺が命と引き換えに瘴気を中和します」

 

 

 

 

「お前も行くのか」

 

 話は終わった。結論は、出た。隠しようのない重い空気をそのままに、身をひるがえした皆へ続こうと足をずらしたとき、ピオニー陛下に声を掛けられ、立ち止まる。

 

「事に当たる前には下がらせます」

 

 陛下は「そうか」と言って眉根を寄せ、僅かに肩の力を抜いた。

 

 その意味が、少しだけ分かる気がする。

 俺が同じ道を辿るわけではない事に安堵してくれながらも、ルークの決断と、止めることの出来ない己を悔やむ、様々な色の重なった感情。

 

 馴染んだ顔ともう二度と会える事がないのだと知ったとき、言いようのない奇妙な重みが胸の奥でぽっかりと口を開ける、あの感覚。

 

 どれだけ繰り返しても、きっと慣れることなんかない。

 あんな思いをするのはいやだ。俺だって、ピオニー陛下だって。

 

 誰だって。

 

(…………、)

 

 ふいに、記憶の底に引っ掛かるものを感じる。

 

 反射的にその正体を見極めようと神経を巡らせたとき、こちらに向けられた誰かの視線に気付いた。目立たない動きで周囲を見回す。

 

 俺達以外に人のいない室内で、大本へ辿りつくのに大した時間は掛からなかった。

 思わず名を呼びそうになり、とっさに口元を押さえる。

 

 そこで物言いたげに眉を顰めていたルークは、しかし何も音にすることなく、口を真横に引き結んで顔をそむけてしまった。

 

 勢いよく沈みかけた気持ちをどうにか引き止める。

 仕方がない。自業自得だ、リック。

 

 見えなくなった翠の瞳に名残惜しさを感じながら、ちょうど大佐との話を終えた陛下に向き直る。

 行くんだな、と最終確認のように繰り返された言葉に頷いた。

 

「はい」

 

 たぶんこれが俺の、最後のチャンス。

 

 

 

 

 今まで幾度となく計ったタイミングを改めて計り直し続ける俺を筆頭に、道中のアルビオールでは結局誰ひとり言葉を交わすことなく、時は過ぎた。

 

 辿り着いたレムの塔。

 僅かな稼働音と共に動きだした昇降機の中で、俺はちらりとルークを見た。

 

 汗の滲む掌を握り締める。今しかない。

 “今”しか、ないんだ。

 

「…………ル、」

 

 意を決して顔を上げた瞬間、昇降機が動きを止めた。頂上についてしまったらしい。

 

 そこに変わらずたたずむレプリカ達は、新たに辿り着いた者もいるのか、この間より幾分増えたように思える。

 中には人に追われ奴隷のように扱われながら、ようやく辿り着いたのだという傷ついたレプリカの姿もあった。

 

 こんな扱いを受けても被験者のために消えようというのかという問いに、彼女は僅かに目を細め、被験者のためではないと首を横に振る。

 

 世界中に存在する多くのレプリカが、仲間たちが、住む場所を見つけるためだと。

 

「我らは我らの屍で国を作る」

 

 瞳の中、つたないながらも垣間見えた強い“覚悟”に俺が肩を揺らしたとき、背後で再度昇ってきた昇降機が止まる音がした。

 

「俺がやると言っただろう!何故ここに来た!?」

 

 すると同時に響いた怒声に振り返れば、風に揺れる緋色の髪が見えた。

 アッシュの名を小さく呟いて苦く顔を顰める。ああもう、俺は血統書付きの馬鹿だ。

 

「ここで死ぬのは、いらない方の……レプリカの俺で十分だろ!」

 

「いい加減にしろ! いらないだと!? 俺はいらない奴のために全てを奪われたっていうのか!」

 

 かみ合ってしまった歯車が動いていく。

 加速する流れは、俺なんかじゃ止められない。

 

 肺の奥が焼けつくような焦燥に浅い息をのんだ。

 

「放せっ!」

 

「私はルークの意見に賛成です。……残すならレプリカより被験者だ」

 

 何かに気を取られた拍子にルークに奪われてしまったローレライの剣を取り返そうするアッシュの動きを止めた大佐が、呆然と立ち尽くしていた俺を見る。

 

「リック! 出来るだけ中心から離れなさい!」

 

 はっとして状況を窺えば、昇降機の上にはすでにルークや他のレプリカたちがいた。もう下には逃げられない。

 

「ルーク、やめて!!」

 

 慌ててその場から駆け出した足が、ティアさんの悲鳴のような声を聞いて止まる。

 

 振り返った先、最上階の中心には、赤い色。

 

 駆け寄ろうとしたティアさんをガイが引き止める。

 ありがとう、と零された言葉を聞いて、ガイが苦しそうに顔を歪めたのが分かった。

 

 そのとき。ふいにルークが俺のほうを向いた。

 

 中心と端で、視線が真っ直ぐに、繋がる。

 

 こんなふうにあの目を見るのはどれくらいぶりだろう。

 何だかずっと顔を見ていなかったようにさえ思えた。

 

 彼は俺を映して、何も言わず、ただその翠を僅かに細め――笑った。

 

 へたくそな笑顔だった。

 今にも泣き出しそうな、こわばった笑顔。

 

 なんだよ。心配させたくないならもっと、ちゃんと笑え。

 そんな顔するなら言ってくれ。叫んでくれ。泣いてくれよ。

 

「……ルーク」

 

 ゆっくりと彼が前を向いて、へたくそな笑い顔が見えなくなる。

 残像のような翠色が熱い瞼の裏に残って、消えた。

 

「ルーク」

 

 言ってくれよ。お願いだから。

 

(生きたい、って)

 

 中心へ徐々に集まり始めている光をどこか遠いところで理解しながら、思い切り地面を蹴った。

 みんなの隙間を縫うように駆け抜ける。大佐が驚いたように俺の名を呼ぶのが聞こえた。

 

 そして中心に立つ彼の背中にそのままの勢いでしがみつく。

 突然の衝撃を受けて、肩越しに振り返ったルークが目を見開いた。

 

「ばっ……お前なにやってんだよ! 消えちまうぞ!?」

 

「ルークッ!」

 

 俺はそれに答えず、彼の名を呼んだ。

 

 世界の全てが音をなくしたような錯覚を覚える静寂の中、がくんと膝をつく。

 だけどしがみつく手は離さず、むしろいっそう強くルークの服を握り締めた。

 

 周囲で強さを増していく光に心臓が壊れそうなくらい跳ねている。

 全身が震えた。頭が真っ白になりそうだ。

 

 だけど。

 

「オレ、死にたくない……怖い、嫌だ、怖いよ、死にたくない……!」

 

 張り付く喉を叱咤して、声を押し出した。

 ルークが俺の言葉に弾かれたように顔を歪める。

 

「っ、だったら下がって」

 

「でも!」

 

 その言葉を遮って、叫ぶ。

 

「ルークにも生きていてほしいんだよ!!」

 

 声の残響が、瘴気でくすんだ広い空に吸い込まれて消えた。

 

 短く息をのんだ彼の、剣を掴む手がぴくりと揺れたのを見て、ぐっと眉間に力を入れ顔を俯ける。

 そしてルークのことを言えないような、泣きそうに引きつった出来そこないの笑みを浮かべた。

 

「だってオレさぁ、あんた大好きだから」

 

 精一杯明るく聞こえるように話そうとしたが、声はみっともなく震えていた。

 ああ格好悪いなオレ。表情を苦笑に変えようとして、すぐにそれが失敗だったことを知る。

 

「……だって、オレ達さあ……っ」

 

 どうにか堪えていた大粒の雫が堰を切って続けざまに地面を濡らし、なさけなく歪んだきり戻らなくなってしまった顔のまま、小さくしゃくり上げる。

 

「――――トモダチだから……!」

 

 あんたと一緒に、生きたいから。

 

 零れる嗚咽をそのままにルークの背に額を押し付けた。

 

 そうして気付く。俺だけではなく、ルークも確かに震えていた。

 彼の持つローレライの剣が、共鳴してかちかちと音を立てる。

 

「そんなの」

 

 触れている体を伝って届く、掠れた音。

 

「……俺だって、」

 

 

 やがて頭上から降ってきたのは、この距離でも聞きそびれてしまいそうな、小さな小さな言葉だった。

 

 俺はそれを聞いて、泣きながら、少しだけ笑った。

 なんだよ、言えるじゃないか。

 

 胸に温かいものを感じて、そっと目を伏せる。

 

 

「ルーク」

 

 

 俺がずっと言えなかったのは、たった三文字。

 何より難しくて、どんなことより簡単な、三文字の言葉だった。

 

 ぎゅっと手に力を込め、浅く息を吸う。

 

 

 

 

「ゴ……――――っぐは!」

 

 まさに今というその瞬間。

 

 突然、首根っこをつかまれて思い切り後ろに引っ張られた。

 さらにそのまま投げ捨てられ、体の前面で激しく床をスライディングする。

 

「この面倒な時にだらだらといつまで語らってるんですバカですか」

 

「す、すみませんジェイドさ……いや、えぇ!? ジェイドさぁん!?」

 

 勢いよく起きあがった俺の目の前に立つ彼を呆然と仰ぐ。

 やはりほぼ地面から見上げる百八十六センチの迫力は半端ではないが、今回ばかりは俺としてもさすがにそれどころではなかった。

 

 打ちつけた鼻を押さえて立ち上がる。

 

「ジェイドさんオレ今ルークに謝ろうと! ていうか何かけっこう大事なところだった気がします! 今!!」

 

 わりと。かなり。

 

 詰め寄る俺を見返すジェイドさんは、無感動に眼鏡を押し上げた。

 薄い硝子越しにちらりと向けられた赤に思わず一歩後ずさる。

 

 彼は真顔でひとつ溜息をついた。

 

「感動の友情物語なら結構ですが、愛の心中映画はごめんです」

 

 そう言われて はたと辺りに視線を巡らせてみれば、光に覆われた何人かのレプリカ達が早くも消え始めているのに気付く。

 

 いつのまにと思った次の瞬間には嫌な汗がどっと噴き出してきた。

 色んな事に必死で忘れていた恐怖がまざまざと甦ってくる。

 

「うわー!!!! どうしましょうジェイドさんオレ消えちゃいますぅ!!!」

 

「こっちにきなさい」

 

「は、はい!」

 

 ようやく慌て出した俺に、心底呆れたような息を吐いたジェイドさんが右手で手招きをする。

 その後について、塔の一番端まで移動した。

 

 しかし同じくらいの場所にいるレプリカも何だか消えそうになっているのに気付いて、ここで大丈夫なのかなぁと不安に思いつつ たたずんでいると、ジェイドさんがぽんと俺の肩に手を置いた。

 

「……ジェイドさん?」

 

 さっきとは違う嫌な予感を覚えながら名を呼ぶと、彼はそこで初めて、にっこりと笑った。

 ひ、と声にならない悲鳴が、喉に張り付く。

 

「それではグッドラック」

 

 肩に軽く圧力が掛かったと思った次の瞬間、俺の体はオールドラントの空気の中に投げ出されていた。

 

 

「ッじぇいどさあああんんん!!?」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 また一人のレプリカが(違う意味で)消えたレムの塔には、ジェイドさーん、ジェイドさーん、と こだまする叫び声が響きわたっていた。

 

「……旦那?」

 

 立ち込める微妙な沈黙の中、ガイは恐る恐るジェイドの背中に声を掛ける。

 

「ここから落としたら、リックの奴もさすがに死ぬんじゃ……」

 

「ここにいてもどの道死にます。思ったより昇華の範囲が広い」

 

 淡々と言ったジェイドが身をひるがえし、元の位置へ戻っていく。

 ついでにあまりの流れに同じく呆気に取られていたアッシュを再び拘束し直すことも忘れない。

 

「大丈夫です。下にはアルビオールもありますし、ノエルが何かの間違いで気付くかもしれない」

 

 何かの間違いが起こらない限り気付かないと思ってるくせにか。

 皆の心にそんな思いが過ぎった空気に気付いているのか否か、ジェイドは軽い調子で肩をすくめた。

 

「あとは自分でなんとかしますよ。あの子は悪運が強いですから」

 

 これはもはや悪運でどうこうできるレベルを超えているのではないだろうか。

 そう思ったところで、ふと気付いた。

 

「アンタもしかして結構動揺して、」

 

「何か?」

 

「……いや」

 

 眼鏡がきらんと光ったのを見て首を横に降った。

 

 このままではリックまで消えてしまうと思っての行動だったのだろうが、なんてタチの悪い動揺の仕方だ。

 ガイが思わず心の中でリックに両手を合わせたのと同じくして、塔の中心でルークはハッと意識を引き戻す。

 

「えぇと……みんな、俺に命をください」

 

 あれコレもう言ったっけか、と思いながら、ルークは改めてローレライの剣に向き直った。

 

 

 




▼ビビリは大事なものを壊していきました……この場の空気です!
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