空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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ジェイド視点


Act67 - 生きる彼らが世界を回す

 

 

「ひぃどいですよぉジェイドさぁあーん!!」

 

 昇降機で地上階へ降りるや否や、涙と鼻水でずるずるになった顔のまま駆けてきた青年の姿に、ジェイドは思わずずれてもいない眼鏡を押し上げた。

 

 大丈夫だろうと言ったのは確かに己だったが、実際助かる確率は皆無に等しかったと、科学者としての頭が告げていた。

 

 しかしあのまま最上階に残った場合の生存率は、完全なる皆無。

 零と零とを秤にかけて、酸素の重みにも満たない可能性に掛けた。

 

 もし何かの間違いが起こって助かったとしても、そのときは腕やら足の五、六本は当然仕方のない、むしろそれくらいで済んだなら奇跡と呼んで差し支えない状況だと思っていたのだが。

 

「オレ今度こそお花畑に定住するかと思ったんですから! いくらなんでもシャレになりませんよここの高さ!!」

 

「つーかマジにお前なんで生きてんの……?」

 

「そりゃっ、」

 

 引き気味に零されたルークの声を聞き、反射的にいつもどおりの受け答えをしようとしたリックが固まる。

 

 双方見合ったまま数秒の沈黙が流れた。

 やがて、その表情が何かのスイッチを入れたようにぶわりと輝く。

 

「ルーク! ホントに……本当に無事だったんだ! ルーークーー!!」

 

 感極まって勢いよく抱きついてきた外見年齢二十五歳に今更抱く違和感はないのか、リックを無抵抗に抱きつかせたままのルークはむしろ照れくさそうに頬をかいていた。

 

 そんな二人を微笑ましげに見ていたティアが、ふと首を傾げる。

 

「“ホントに”ってリック、ルークが助かったのを知っていたの?」

 

「アッシュに聞いたんです!」

 

 こちらより少し先に降りた存外 世話焼きな緋色の青年は、下で待っていた不安げな顔の子供にルークの無事を教えてやったらしい。

 

「ただなんか最初すごいホッとした顔されました」

 

「そりゃあな……」

 

 ガイが遠い目をして相槌を打つ。

 いくらアッシュとて己の生き死にが関わる重大な作業を終えた直後に他人の墜死体など見たくないだろう。レプリカの場合、死体は残らない可能性が高いが、何も無かったら無かったで微妙な気分には違いない。

 まぁ、あれでいてお人好しのようだから、単純にリックが無事であったことにも安堵したのだろう。

 

 頭の端でつらつらとそんなことを考える傍ら、ジェイドはすいと目を細めた。

 

「リック一等兵!」

 

「はい!!」

 

 階級をつけて低く名を呼べば、長い軍生活の賜か、半ば条件反射で即座に背筋を伸ばして敬礼の形を取ったリックを見下ろす。

 

「ここに至るまでの経緯を報告して下さい」

 

「あっ! そうなんですよそれがもう大変で!」

 

 少しして我に返ったのか兵士の態度を崩したリックが、それでも敬礼はそのままに眉根を寄せた。

 

 

 それから園児級に要点を得ない説明を聞くこと約五分。

 周りの仲間達がすでに雑談等を始めかけている中で、ジェイドはくいと片眉を上げた。

 

「つまり?」

 

「オレが塔から落ちたところに大移動中のグリフィンの群れが通りかかって、そこにうまく乗っかったのは良いんですけど今度はグリフィンが皆でつつきに来るし、結局また落とされちゃって今度こそもうダメだと思ったのに気が付いたら地上でふと見ればオレの体はたくさんの柔らかな何かの上に落ちていて――それで助かったんです!」

 

「……柔らかな何か?」

 

「大移動中のオタオタです」

 

 海と間違うほど見渡す限り広がるオタオタの群れ。

 幻想的でした、と輝く瞳で拳を握ったリックから静かに顔をそらす。

 

「…………リック一等兵」

 

「はい」

 

「自身の状態を報告して下さい」

 

「もうあちこち擦り傷だらけですよ! 色んなところぶつけたし!」

 

「擦過傷と打撲……」

 

 怪我が軽いのならそれに越したことは無いのだが、あまりの五体満足ぶりが腑に落ちない思いをどうにか押し込めて、まあいいかと少々投げやりに結論付けた。

 とにかく無事で何よりです、とジェイドが掛けた大雑把な労いの言葉に、ありがとうございますと嬉しげに笑った青年を視界の端に見やる。

 

 色々と言いたい事はあるが、確かに致命傷となり得る怪我は無さそうだった。

 

 ひとつ息をついてから、取り急ぎベルケンドに向かう事を伝える。

 するとリックはアルビオールもノエルも準備万端だと何故か己のことのように胸を張っていた。

 

 皆が張り詰めていた表情を少しずつ緩めながら歩き出すのをリックと共に見送り、最後尾になったところで二人ゆっくりと後に続く。

 

 途中で、リックがふいに足をとめた。

 

「……空、青いですね」

 

 ぽつりと零された音。

 ジェイドは青年の横顔を一度だけ見やってから、果てなく広がる青へ目をうつす。

 

「ええ」

 

 静かに返された同意に、この空の代償を知る子供はそっと目を細めて、ただ少しだけ眉尻を下げたまま、笑った。

 

 

 




>ここに至るまでの経緯
読まなくてもいっさい問題ないやつ。
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