空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
「みんなでずらずら来ると俺ガキみたいじゃねぇか」
ベルケンド第一音機関研究所。
瘴気中和後の精密検査を受けに来たルークは、医務室内に揃った仲間達を半眼で見回し、外に出ていてくれと照れ隠しの渋い顔で唸った。
みんな心配してるんだぞ、と親のように言い含めるガイに、そうだぞルーク、と年長ぶった顔でリックが続く。
「そりゃ注射は怖いかもしれないけど、そんなの大佐のサンダーブレードと思えば一瞬だよ!」
「この会話の噛み合わねー感じも久々で懐かしいなぁリック」
乾いた笑みを張りつけたルークが次の言葉を探している間に、ジェイドはその妙に自信たっぷりなリックの左頬を背後からつまみ上げた。
「何を他人事のように言ってるんですか。貴方も検査を受けるんですよ」
「え、なんええふか?」
「何でもです」
間の抜けた顔で振り返った青年の頬から手をはなす。
消滅をまぬがれたとはいえあれだけ長くあの場に留まっていたのだから、多少なりと影響が出ていてもおかしくはないのだと、わざわざ説明するのは面倒だったので、ただ何も言わずに軽く後頭部をはたいてやった。
するとこれもある種の慣れなのかそれ以上聞き直してくる事もなく、とりあえず自分に検査の必要があるらしいと理解した様子のリックが頬をかいた。
「それじゃあルークの後でオレもシュウさんに診てもらって……」
「いえ。検査には何かと時間が掛かりますからね、それだと少々効率が悪い」
ジェイドがにこりと笑みを浮かべた。それを合図にするように医務室の扉が開く。
そこから勢いよく飛び込んできた研究員は、白衣を華麗になびかせ、瞳を輝かせながらリックの肩を掴んだ。
「バルフォア博士が作ったっていうレプリカはキミか!!」
「そういうわけで貴方のことは彼らにお任せしました」
仲間達が呆気に取られている傍らでリックもようやく嫌な空気を肌で感じ取ったのか、口元を引きつらせて後ずさろうと足を半歩下げるが、時すでに遅く背後に回っていた別の研究員にがしりとはがいじめにされる。
「いやあキミもう十年は生きてるんだってな! そんなサンプル、もといレプリカは初めて見るよ! おもしろそ、心配だ! 研究……検査しようじゃないか!」
「科学者の本音が駄々漏れじゃないですか!!! うわあんジェイドさーん! ルークー! みんなー!」
片腕ずつ固定されて引きずられて行くリックを思わず見送りかけて、はたと我に返ったらしいルークが最後尾にいた研究員の一人を捕まえる。
「おい、大丈夫なんだろうなっ」
するとその研究員は一度きょとんと目を丸くした後、ほがらかな笑みを浮かべた。
「ご心配なく。我々も血の通った人間ですから」
「あ……すみません。あの、アイツよろしくお願いしま、」
「とはいえその前に科学者でもあるんですがね!」
そんな、ルーク達にしてみれば限りなく安心出来ないものであろう呟きを残して、実験、研究、等の単語が零れる陽気な歌を口ずさみながら、その研究員も足取り軽くその場を後にした。
一騒動去った医務室の中、己に集まる視線と物言いたげな沈黙を感じて、ジェイドは血の気の引いた顔をした赤毛の子供に一瞥をくれて肩をすくめる。
依頼するにあたって彼らの好奇心を突くためにバルフォアの名前を出しはしたが、同時に名乗ったジェイド・カーティスの悪名も十分に承知しているだろう。
リックとて伊達にいつもジェイドの研究の実験体にされているわけじゃない。行われる作業が危険なものかどうかくらいの判別はつくはずだ。
「ま、そう大胆な事はしないと思いますよ」
存在するそれなりの根拠をそんな言葉で覆い隠す。
その理由はやはり説明するのが面倒だからに違いないのだと、ジェイドはつぐんだ口の裏で誰にともなく囁いて、いつもの笑みを浮かべた。
数刻後、先に宿へ戻ったのはルークだった。
検査結果について問われ、血中音素が少し減っているが問題ないそうだと返して笑った顔のぎこちなさに、ジェイドはただ静かに眼鏡を押し上げて小さな息をついた。
その一瞬の思考をいつもの笑みで覆い隠してから、さて、と声を上げる。
「今後の動向含め、続きはアルビオールで話し合いましょうか。陽の下で出来る話ばかりでも無いですし」
「人聞き悪ぃな!」
慌てたようにジェイドに怒鳴り返したルークの姿に、例え束の間であってもようやく訪れた平穏の気配を感じて肩の力を抜いた仲間たちが苦笑する。
「あ、でも大佐。まだリックが来てませんよう」
「宿の方に言付けておけば大丈夫でしょう。私が頼んでおきますので、皆さんは先に向かっていて下さい」
それならばと身をひるがえそうとしたガイは、ふいに足をとめて胡乱げな表情でジェイドを振り返った。
「まさかとは思うが、嘘の伝言を残してからかおうとか……」
「思ってませんよ。回収の手間が掛かるだけです」
淀むことなく言い切れば、空色の瞳が見開かれる。
半分は聞かせるつもりで放ったものであったので、その反応に意地悪く笑みを浮かべてみせれば、赤毛の子供だけでなく、あの子供のことまで頼まれてもいないのに気を揉んでいた根っからのお人好しは、手塩に掛けた木がようやく実を結んだのを見たような顔で、晴れやかに笑った。
「“回収”か?」
「ええ」
隙あらばあれを置き去りにしていたことさえ、リックの言うところの“チャンス”のつもりであったのか、今となっては正直 己にもよく分かってはいなかった。
追い付くのを待つのは楽には違いないが、いかんせんアレはとにかく要領が悪いし、寄り道も多い。
待っているより拾いに行ったほうがよっぽど効率がいいと気付いたのだから、仕方ないだろう。
「んじゃ、旦那に任せて俺達は行こうぜ」
くつくつと喉の奥で笑いながら今度こそ身をひるがえしたガイに促され、宿から出て行く仲間達の姿を見届けてから、ジェイドは最後尾に続こうとしていた赤い髪の子供を呼びとめる。
不思議そうに振り返ったルークに、静かな笑みを向けた。
「悪い子ですねぇ。また嘘をついて」
ぎくりとこちらを見た翠の瞳を見返して、貴方の嘘に私も乗せられておくと肩をすくめれば、ルークはどこか泣きそうに苦笑する。
今は音素の剥離が早まっているはず。むやみに力を使わないようにと忠告すると、ルークは「ありがとう」と囁いた。
ジェイドは一度、宿の出入り口をちらりと窺ってから再度ルークに向き直る。
「このこと、リックは知っているんですか?」
「あ……いや。俺が出てくるときはまだあいつ検査中みたいだったから」
「あの子にも言いませんか」
その問いを受けたルークは反射的に口をつぐみ、困ったような顔で頭をかいた。
逡巡を窺わせる短い沈黙の末、翠の瞳が真っ直ぐにジェイドをとらえる。
「言わねぇ」
ここ最近の彼には珍しいきっぱりとした物言いに思わず目を見張る。
それはなぜかと純粋に聞き返せば、ルークは大きく髪をかきまわし、半眼の視線を泳がせた。
「……だってアイツ絶対泣くだろ」
若干照れくさそうな様子で、妙に早口に告げられた答え。
ジェイドは、わずかに息を吐く。
「だ、だからとにかくアイツにもティア達にも内緒に――」
そう言ってルークが拳を握った瞬間、軽快な音を立てて宿の扉が開いた。
びくりと肩を跳ねさせたルークが背にしていた扉を振り返る。
そこから勢いよく中へ飛び込んできた影がひとつ、声を上げた。
「ジェイドさーん! ルークー! みんなー! 遅くなりましたあっ!!」
「すみませんが入退場時にいちいち人の名前を叫ばないでくれますか?」
そうぞうしく掛け込んできた青年に満面の笑みを向ければ、おもしろいほど反応して急停止したリックが青い顔で敬礼の形を取る。
結構、と上官らしく頷いてみせたところで、今度こそほっと力を抜きながら歩み寄ってきたリックが周囲を見回して首を傾げた。
「あれ、みんなは?」
「先にアルビオールに行ったけど……リック、今の聞いてないよな」
「何が?」
「あー、いや、聞いてないならいい」
安堵に胸を押さえたルークを少しの間まじまじと眺めたリックが、はっとしたように眉尻を吊り上げる。
「もしかしてまた皆してオレに内緒の何かがあるんじゃ、」
「無いっつーの!」
皆してでは、という言外の補足が、冷や汗を浮かべるルークの横顔から聞こえた気がした。
それにリックは「そっか」と小さく相槌を打つと、それ以上追及はせずに顔を俯ける。
気付いたルークがどうかしたのかと覗きこもうとしたとき、拳を握りこんだリックが意を決したように顔を上げた。
「……レムの塔では結局言いそびれたけど、ルーク、オレあのときは本当、その、ゴメ――っ」
きつく目を瞑り、深々と頭を下げようとした彼の動きと言葉は、その頬にあるものがむにりと押し当てられたことで止まった。
何が起きたのか理解できていない様子のリックが数回大きく目を瞬かせる。
少ししてゆっくりと頬から離れたところで、リックもようやく視認したであろうそれは、ルークの拳。
ぽかんとした顔で見返されたルークがはにかむように笑った。
「ケンカは両成敗、なんだろ」
そして今度はその拳を自身の頬に当てて殴るふりをしてみせる。
何が発端にあったかはもう問題じゃない。
どちらも殴った。殴られた。両成敗の、痛み分け。
赤毛の子供が、それでいいのだと笑う。
「……へへ」
もう一度深く俯いてから顔を上げたリックが、思えば久しく見せていなかった能天気な子供の顔で、バカみたいに嬉しそうに笑う。
ジェイドは思わず緩みかけた口元を眼鏡を押し上げる仕草で隠し、その上にいつもの笑みを重ねて肩をすくめた。
「さて、そろそろ行きましょうか。このままでは三人とも置いていかれかねませんから」
「んなまさかジェイドじゃあるまいし」
「ルーク」
名を呼べば数歩後ずさって身構えたルークに向けて、すいと宿部屋のほうを指さしてみせる。
「先に行っていてください。私はどうやら忘れ物をしてしまったようなので、リックに探させてから追います」
「あ、うん、分かっ……え? あれ?」
「さあさあ。お気になさらずどうぞ」
素直に頷きかけたルークが言葉の違和感に気付く前にと背を押して促せば、やはり首をひねりながらも、赤い髪が扉の向こうに消えた。
家具の影に隠れていたチーグルがその背中を追うのを見届けた後、閉じた扉を見つめて息をついた。
浮かんだ苦笑は隠さないまま、視線を横にずらす。
ジェイドはそこで微動だにせず立っている子供の頭に手を置いて、あの皇帝を思わせる手つきで、大雑把に髪をかき回してやった。
「上出来です」
手の下にある頭が僅かに揺れる。
ルークがただひとつ気付かなかったのは、話の途中、扉の隙間から一瞬だけちらついた、軍服の裾。
「っ…う~……!」
視界の端を横切る大粒の雫を周囲から隠すように、ジェイドは置いた手に少し力を込めてリックの顔を俯けさせた。
嘘の付き方を覚えたばかりの、嘘が苦手な子供達が選んだのは。
ほんのひと時の、日常。
いつもどおりを選んだ二人。
レプリカ編は軽くみっつにぶったぎります。
というわけでレプリカ編の『レプリカ編』終了です。
偽スキット『ちなみに』
ジェイド「貴方の検査結果は?」
リック「ぐすっ……あ、血中音素が少し減ってるけど問題無いそうです」
ジェイド「本っ当しぶといですねぇ」