空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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さいしょのレプリカ編
Act69 - お元気ですかオールドラント


 

 

 ベルケンドからほど近い林の片隅に、心持ちひっそりと停留されたアルビオール。

 

 その操舵室に集結した瘴気中和の大仕事を成し遂げた皆、足すことのノエルと俺は、カップの中で良い香りと共に揺れる紅茶をひとくち飲んで、ほうと息をついた。ちなみに用意したのはガイと俺です。

 

「んで、これからどうする?」

 

 ルークがティアさん特製アップルパイを齧りながら切り出した言葉に、優雅な仕草でカップをソーサーに戻したナタリアが、そうですわね、と小首を傾げる。

 

「ローレライの解放という仕事は残っていますけど、各国とも進軍の準備にはまだ掛かるでしょうし……」

 

「まぁ、ヴァンにしても大陸のレプリカ情報を抜く時間がいるからな。もうしばらく動きは見せないだろうが」

 

 ナタリアの言葉を継いだガイは、アップルパイを切り分けたナイフを丁寧に片づけてから、流れるような動きでアニスさんのカップに紅茶を足す。生来の人のよさに加えて染みついた使用人魂はもはや彼の一部らしい。

 

 ガイが貴族だということを思わず忘れてしまいそうな自分に苦笑しつつ、俺は小皿に乗せたアップルパイをティアさんに手渡し、ノエルに砂糖とミルクの有無を尋ねた。

 そんな俺とガイを軽く見比べた大佐が何やら生温かい笑みを浮かべて肩をすくめる。え、何ですか。

 

「そうですねぇ、とりあえずルークも疲れたでしょう。瘴気の報告も兼ねてバチカルのお屋敷で休養を取ったらどうです?」

 

 ルークの体が今どういう状態にあるのかを、おそらく本人以上に承知しているのだろう大佐の疑問形でありながら有無を言わさぬ声色を受けて、ルークは翠の瞳をそろりと泳がせて頬をかいた。

 

 とはいえ陛下達もすでに会議を終えて城に戻っているだろうから、色々と気を揉んでくれたインゴベルト陛下へ報告に行くのもいいかもしれない。

 

 瘴気の中和、ルークとアッシュの生存、くらいのおおまかな話はすでに伝わっているだろうが、それでも実際に顔を見せに行ったほうが喜んでくれるはずだ。

 となるとピオニーさんやテオドーロさんにも、もう少し詳しいことを書いた手紙を送りたい。

 

 今みんなは無事で、今みんなは元気で、いま、ルークは笑ってますよと教えてあげたかった。

 

 まぁピオニー陛下のほうに関しては俺が言うまでもなく、ちゃんとした報告書に纏めて大佐がグランコクマに送るのだろう。いや、でもそうすると完璧な業務連絡で終わるような……。

 

 皆の様子を書いた手紙もこっそりと別口で送ろうか、なんてささやかな計画を企てていると、ふいにティアさんがアニスさんの名を呼んだのが聞こえて、顔を上げ。

 

 俯けられたその顔を、ティアさんの青い瞳が覗きこむ。

 

「浮かない顔ね……どうしたの?」

 

 訊ねられてちらりと皆を見回したアニスさんは、うん、と呟いてまた俯いた。

 そしていつも歯切れのいい言動をする彼女には珍しく、言いづらそうに何度かカップを持ち直していたが、やがて意を決したように顔を上げる。

 

「あのね、バチカルに行く前に私のことダアトに送ってほしいんだ」

 

「なにか用事?」

 

「うん。さっきルークを待ってるときに、ベルケンドに駐留してる教団員から聞いたんだけど、数日中に慰霊祭をやるんだって……イオン様の」

 

 どうしてもそれに参加したいのだと切なそうに眉根を寄せたアニスさん。

 

 瞬間的に柔らかな緑を頭に過ぎらせた俺の目の前で、良い事を思いついた子供の顔で笑ったルークが、それなら、と声を上げた。

 

 

 

 

 アルビオールを降りてすぐのところにある少し大きめの木に背を預け、絨毯のように広がる芝生に腰を降ろした俺は、立てた片膝の上に置いた紙とにらめっこしながら、その台代わりに使っている本の背表紙をペンの持ち手で、とん、とん、と一定のリズムで叩いていた。

 

 紙が飛ばないよう重し代わりに置いている煤けた小さな歯車が、陽の光を浴びて鈍く光る。

 そこに突然すいと影が差したのに気付いて顔を上げると、軽快に揺れるツインテールが視界に広がった。

 

「やっほーリック。ピオニー陛下に送る手紙書けた?」

 

「あとちょっとなんですけど」

 

 書きたい事が多すぎて何を書けばいいのか分からなくなってきた現状を正直に告げれば、リックらしー、とからかうように笑うアニスさんに俺も苦笑を返す。

 

 イオン様の慰霊祭。

 ルークは、みんなで一緒に行こう、と言った。

 

 その提案に眉根を寄せた大佐を真っ直ぐに見据えて、皆で行きたいんだと強い瞳で繰り返したルークの姿を今一度思い浮かべる。

 

 みんなと少しでも長く、一緒に。

 

 言葉にされなかった思いが耳に届いた気がして僅かに目を伏せたとき、ひとつ息をついてその提案を了承した大佐が出した宿題が、コレだった。

 半分くらいは埋まった紙を見下ろして、にへらと思い出し笑いをした俺にアニスさんが呆れて肩をすくめる。

 

 寄り道をするならこれくらいやっておきなさいと指示されたのは、マルクト、キムラスカ、ダアトの代表者に宛てた報告書の提出。

 

 瘴気に関する難しいデータは大佐が纏めてくれるそうなのだが、他の報告は各自で、とあのいつもの輝かしい笑顔で告げた大佐によって、インゴベルト陛下宛てのものは、何事も経験ということでガイを監督につけたルークが、テオドーロさんに宛てたものはティアさんが、そしてピオニー陛下に宛てる予定の報告書は今、俺の手にゆだねられていた。

 

 内部書類の処理を任されることはあっても、こういうしっかりした形式の物をジェイドさんに任されるのは初めてのこと。

 本当に自分でいいのか出来るのかと慌てふためく俺を見て、大佐は浮かべた愉快そうな笑みを眼鏡を押し上げる仕草に隠して、言った。

 

「どこで三年も働いてきたと思ってるんです、それくらい出来ないわけないでしょう。……あなた誰の部下ですか?」

 

 ルーク達と出会うよりほんの少しだけ前に聞いた言葉が、あのときとは全然違う響きで自分の胸に染み入る。

 

 了解しましたと叫んで敬礼しながらぼたぼたと泣く俺に、大佐が見せたうざそうな事この上ない顔さえ何かもう嬉しかったです。

 

 

 台代わりの本と書き途中の手紙を胸に抱いて立ち上がり、太陽に向けて拳を握った。

 

「ジェイドさんが任せてくれた仕事! オレ絶対にやりとげてみせますーっ!!」

 

「報告書一枚でそんな大げさな……っと、リック、なんか落ちたよ」

 

 紙の端からころんと落ちた金属片を拾い上げてくれたアニスさんが、それをまじまじと見て首を傾げる。

 

「何これ、歯車?」

 

「あ、はい」

 

「何でこんなの持ってるわけ?」

 

 特に高そうでもないし、と付け足された彼女らしい言葉に微笑みつつも、どう説明したものかと悩んで、とりあえずもう一度地面に腰を下ろした。

 

「えー……と、お守り、ですかねぇ……」

 

「なんの」

 

「……………………譜業技術の、上達祈願?」

 

 曖昧にも程がある返答だったが、アニスさんはただ「ふぅん」と相槌を打って、それ以上は何も聞かずに歯車の表面を撫でたり中心の穴を覗いたりしていたが、ふと何かを思いついたようにポケットを探り始めた。

 

 何とはなしにその様子を眺めていると、やがてアニスさんはポケットからリボンを一本取り出した。

 予備のものらしく少し長い、今もつけているリボンと同じ色をしたそれを、彼女は手際よく歯車の穴に通す。

 

 そして端と端を強めに結べば、出来あがったのはささやかな首飾り。

 

「いっちょあがり~」

 

 出来栄えに満足そうな顔で笑ったアニスさんが差し出してくれたそれを丁寧に受け取って、自分の首にかけてみる。

 風に揺れる柔らかなリボンと煤けた歯車が、なんだかとても暖かく見えた。

 

「お守りなんでしょ、このほうが失くさないよ」

 

「……はい」

 

 そうして二人で顔を見合わせて笑ったとき、アルビオールから誰かが降りてくる音が聞こえて見てみれば、だいぶ疲れた様子のルークがこちらに来るところだった。

 それだけで、ああでもないこうでもないと先ほどの俺みたいに手紙と睨めっこをしていたのだろうルークの姿が見えるようで、また小さく噴きだす。

 

「ルークー! 報告書はー?」

 

 まだ少し遠い赤色へ、手を振って声を張り上げた。

 

「頼むからちょっと休憩させてくれって! お前こそどうなんだよ!」

 

「はははオレもまだー!」

 

 

 頭上に広がる青空。しげる草木を揺らす風。

 オレンジ色のリボンと、こがね色の歯車。

 

 視界に映る、鮮やかな赤と翠色の瞳。

 笑いあって目を細める。

 

 あのキルマカレーが、なんだか次はうまく作れそうな気がした。

 

 





▼リック は 装飾品『歯車の首飾り』 を 装備した!

▼譜業力が 3 あがった……気がする!
▼お金への執着が 5 あがった……かもしれない!
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