空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act70 - 遙かすぎる目標の手前で

 

「まずい」

 

「だーよーなーぁ?」

 

 まぁ出来る気がしただけで完成するなら俺はとっくにカレーの王様だ。

 スプーンをくわえたまま半眼で言いきったルークに同意して、レシピを頭の中でおさらいしながら首を傾げた。

 

 目の前には、宿のキッチンを借りて作ったキルマカレーの試作品。

 

「バラバラにやってくる食材の旨み、ねっとりした舌触り……まじぃ」

 

 二人きりの男部屋。そう言いながらもカレーを口に運ぶルークの、どこかで聞いたことがある評価をノートに書き出す。

 いや、でもひとつ減ったから進歩はしてるのかもしれないが、味に後一歩何かが足りない自覚は十分あった。もうちょっとな気がするんだけどなぁ。

 

 うぅんと唸りながら最後のひとすくいを口に入れたとき、丁寧なノックの音が耳に届く。

 

「準備できてるか? そろそろ時間だぞ」

 

 そして間もなく扉から顔をのぞかせたガイがそう告げたとき、ちょうどカレーを完食したルークが皿の上にスプーンを置いた。

 

「ごちそうさまでした」

 

 顔の前で手を合わせ、二人で声を揃えてそう言ってから、俺達は腰を上げる。

 

 

 ここはダアト。

 

 そして今日は、導師イオンの慰霊祭だ。

 

 

 準備を整えて宿の前まで出てみると、そこにはすでに俺とルーク以外の顔ぶれが勢ぞろいしていた。

 ガイに連れられてきた俺達に気付いたナタリアがちょっとだけ眉間にしわを寄せて、柔らかな仕草で腰に手をあてる。

 

「遅いですわよ!」

 

「す、すみません! 皆さんもうお揃いでしたか!」

 

「敬・語」

 

 間。

 

「ごめんナタリア待ったー?」

 

「ふふ、今来たところですわ」

 

 己の言動を瞬間的に脳内で整理した後、改めて言いなおせば、よろしい、とばかりに一転輝く笑顔を浮かべたナタリアにほっとしつつ、そのままウフフアハハと二人でしばし笑いあう。

 

 敬語を使わないということも頭では分かってるつもりなのだが、こういうふとした時には音素の髄まで染みついた何かがついつい出てしまうらしい。全く無意識で指摘されないと気付けない辺りが困りものだ。

 

「遅れるわけいかないよな。せっかく特別に参加させて貰うんだし」

 

 ルークが苦笑して頬をかく。

 

 この慰霊祭は本来ならば教団員しか列席できないらしい。

 だけど今回、トリトハイムさんのはからいで俺達も特別にそこへ加えさせて貰えることになったのだ。

 

 教会に進む道を皆で歩きながら、空を仰ぐ。

 薄い雲が掛かった真っ青な空。

 

 人にぶつからないように意識の半分は前に向けたまま、もう半分で少しの間 視界に青を移していたが、やがてちらりと目線を落とす。

 

 そしてみぞおちほどの高さまで持ち上げた手の平をゆっくりと開いた。

 まがりなりにも剣士である自分の、お世辞にもきれいとは言えない手。

 

 それを何とはなしに眺めていると、ふいに後頭部に衝撃が走る。

 

 前のめりに倒れ込みそうになった体を何とか立て直して、頭を押さえながら肩越しに後ろを振りかえった。音は軽いのに痛いこの平手。思い当たる人物は一人しかいない。

 

「な、なんで殴るんですか大佐!」

 

「もしかするとまた足りない頭でバカなことを考えているのかと思いまして。ちなみに今考えていた事は?」

 

「え、キルマカレーの調理手順……」

 

「ああまぁその程度でしょうねぇ」

 

 だろうとは思ったんですが念には念を入れて一応殴ってみました、なんて大佐がしれっと笑う。

 何が念だったのかはよく分からないけど、とりあえず殴られた場所から鈍痛がします大佐。

 

 遠い目で患部を撫でさすっていると、ふいに大佐の視線が俺の首元に向けられた。

 赤色の瞳がそこで揺れるオレンジ色のリボンが留めているものを見つけたのに気付いて、ついぎくりとする。

 

 別に内緒にしていたわけではない。

 むしろ俺がこれを拾ってくるのをジェイドさんも見ていたし、その後もちょくちょく取り出してはいたのだが。なに女々しいことしてるんですかなんて怒られたらどうしよう。

 

 だけど内心戦々恐々としていた俺の耳に届いたのは、まったく違う音だった。

 

「いい首飾りですね」

 

 零された言葉に驚いて見返すと、少しだけ目を細めて笑ったジェイドさんは、すくい上げるように指先に乗せた歯車をちょいと弾いてから、身をひるがえした。

 話している間にみんなの背中が結構離れていた事を知って、俺もすぐにその後を追う。

 

 途中、首元で揺れる歯車をもう一度だけ見下ろした。

 

「へへっ」

 

 何やら物凄い御利益が追加されたような気がして、締まりのない顔で笑みを零す。

 いや、ていうかあれかなぁ、呪いかなぁ。まあどちらにしても俺にとっては最強のお守りだ。

 

 俺はまた転ばない程度に空を仰ぐ。

 そして青い空の向こうに穏やかな緑を思い浮かべて、そっと微笑んだ。

 

 色んなことを教えて貰った。いろんな気持ちを教えてもらった。

 だけど、俺を強いと言ってくれたその言葉だけは、やっぱり優しい嘘だったんじゃないかと今も思う。

 

 とはいえそこでひとつ困るのは、自分は彼がそういう嘘を吐くような人ではないと知っている、という事だ。

 

 だから、イオン様。

 

 俺は貴方の言葉を本当にしたい。

 貴方が強いと信じてくれた俺になりたいんだ。

 

 静かに手を添えた剣の柄が、澄んだ音を立てて揺れた。

 

「……にしても、道のり険しいな~」

 

 定めた目標の遥かさを前に思わず肩を落として苦笑した瞬間、突如ふいた突風に巻き上げられた歯車が、べちんと音を立てて俺の額にぶつかる。

 

「~~~っ!」

 

 まがりなりにも金属片。さすがに痛い。

 おそらく歯車型のあざが出来ているであろう場所を押さえた。

 

 そしてもしやと恐る恐る前を行く大佐を窺う。だが特に譜術を発動させた様子はない。

 本当に気付いてもいないらしく、颯爽と進む背中と、首に下げた歯車を順番に見比べて、俺はじっくりと腕を組んだ。

 

 ……やっぱり呪い?

 

 

 

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