空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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ジェイド視点


Act70.2 - はじまりはダイヤモンドダスト

 

 

 

 礼拝堂に響く譜歌。

 凛とした歌声に導かれ、周囲の音素が穏やかに流れていく。

 

 だが自分の隣でそんな荘厳な雰囲気をすっかり台無しにして、イオン様イオン様と泣きじゃくる男の姿に、ジェイドはひょいと肩をすくめて口の端を緩める。

 

( ありがとう )

 

 揺れる音素の狭間から、あの少年の柔らかな微笑みが見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 慰霊祭を無事に終えた後、旅立つ前に改めて挨拶をとトリトハイム詠師を訪ねた。

 大扉を開けて中に入れば、ひと気の無くなった礼拝堂の祭壇で祈りを捧げていたトリトハイムがこちらに気付き顔を上げる。

 

「これは皆さん、今日は有難うございました。導師イオンもお喜びのことでしょう」

 

「いや、そんな。こっちこそ参加させて貰って、ありがとうございます」

 

 うやうやしく告げられた謝辞を受け、ルークは照れくさそうに返しながら頭をかく。

 

「この後はどちらへ……おや」

 

 それに微笑んで会話を続けようとしたトリトハイムが、ふいに言葉を途切れさせ、首を傾げた。

 どうかしたのかと訊ねたアニスに、彼は異様な音素を感じるがと眉根を寄せる。

 

 少し考えて、ジェイドはすぐ隣で間の抜けた顔をして立っている部下の首根っこを掴んで引き寄せた。

 

 ふいを突かれたらしく「おうわっ!?」と上がった、やっぱりどこか間の抜けた悲鳴を無視して、その肩に掛かった大きな荷物袋の中から手早く一本の武器を引きぬく。

 

「これの事ではありませんか」

 

 言いながら、脈打つように動く刀身を持った大振りの剣をルークに投げ渡せば、慌てて柄を取ったルークから上がった苦情を黙殺する。

 ルークの手に渡った剣をまじまじと観察したリックが、あっと声を上げた。

 

「いつのまにか荷物に入ってた不気味な剣じゃないですか! オレもう荷整理するたびソレが怖くって!」

 

「あ~、そういえばあの時お前いなかったっけな。メジオラ高原でモンスターの背中に刺さってたやつ拾ったんだよ」

 

 逃げ腰になりながら様子を窺うリックにルークが事情を教えてやっているのを耳の端で聞きながら、ジェイドは入手した時から剣に感じられた第一音素が日に日に強くなっているようだと説明する。

 

「これは……!」

 

 するといつになく驚いた様子で声を上げたトリトハイムは、音の続きを促すように己へ集まった視線を受けて一瞬言い淀んだが、今となっては構わぬかと小さく独りごちて、その重い口を開いた。

 

 この武器は惑星譜術の触媒なのだと。

 

「惑星譜術って、なんですの?」

 

「創世暦時代に考案された大規模譜術です」

 

 譜術戦争の終結に伴い、結局陽の目を見る事はなかったらしいと説明したジェイドの言葉を継いだトリトハイムは、発掘された資料を元に先代の導師エベノスが密かに復活計画を進めていたことを神妙な面持ちで語る。

 そのために必要とされたのが、この剣を含む六つの武器だった、らしい。

 

 どこかぼやけた物言いに首を傾げたルークに、トリトハイムが苦笑を返す。

 

 計画の責任者であった教団員が資料を処分して教団を辞めてしまい、指揮をとっていたエベノスも亡くなったことで、詳しい事は分からないようだ。

 

 んん、と唸ったアニスがふいに顔をしかめて頬に手をあてた。

 

「話を聞いてる限り、それってものすんごい譜術なんですよね。万が一なんですけど、主席総長が手に入れたりしたらマズくないですかぁ?」

 

「それは……」

 

 顎に手を添えて思案するように目を伏せたガイと反対に、翠の瞳を瞬かせたルークがジェイドをかえりみる。

 

「なあジェイド。陛下達の準備が整うまで、もうちょっと時間あるんだよな」

 

「ええ、まあ、微妙に」

 

 目の前の子どもがこれから何を言い出すつもりなのかを察し、少しだけ渋い顔で曖昧に肯定したジェイドに彼は明るく笑ってから、仲間達へ向き直り、剣を持っていないほうの拳を握った。

 

「あのさ、この隙に惑星譜術のこと調べてみないか?」

 

 それがヴァン謡将の手に渡らないようにするも良し、あわよくば自分達が手に入れてこれからの戦力にするも良し、と妙に活き活きと弁舌をふるうルークに、ジェイドとリックはちらりと視線を交わす。

 

 その向こうで、提案に乗りたいのは山々だが、という顔をしたガイが頬をかいた。

 

「でもなぁルーク。インゴベルト陛下への報告とか、色々あるだろ」

 

「大丈夫だよ、ベルケンドで報告書も出したしさ。ひとつ寄り道したならいっそふたつもみっつも同じだろ?」

 

 頼むよと両手を合わせて苦笑するルーク。

 じっと休息を取るより、少しでも何かのために動いていたいのだろう。

 

 やがてひとつ息をついて眼鏡を押し上げたジェイドを見て、リックがそっと笑みを零す。

 

「……分かりました」

 

「旦那?」

 

「不安の芽は摘んでおくに越したことはありませんからね。それに創生歴時代の譜術と言われれば、私も少々興味がありますし」

 

「アンタがそんなこと言うなんてめずらしいな」

 

「これでも研究者で、譜術士ですから」

 

 ガイはなおも不思議そうにしていたが、するとリックがその意識をそらすためか、はたまた久しぶりに戦闘の気配がない目的が単純に嬉しいのか、ぽんとその肩を叩いて陽気に笑った。

 

「まーまーいいじゃないかガイ! 息抜きがてらみんなで行こうよ平和な任務っ!」

 

 何やら後者の気配がひしひしと伝わってくるが、思惑が何であれガイの気が逸れたのは確かだとジェイドが息をついた傍ら、耳に届いたのはトリトハイムとティアの会話。

 

「ならばケテルブルクに行ってみなさい。責任者は亡くなったそうだが、ともすると何か手掛かりが残っているかもしれぬ」

 

「その、責任者だったという方の名前は?」

 

 訊ねたティアに、トリトハイムが小さく頷く。

 

「ゲルダ・ネビリム響士だ」

 

 瞬間。

 ぎしり、と両隣の空気が違う方向に固まったのを、感じた。

 

 短くも長い一瞬の沈黙の末、まず動いたのは右隣に立つ赤毛の子供。

 

「…………や、やっぱ止めるか触媒探し」

 

「は? いきなりどうしたんだ、ルーク」

 

「ほらインゴベルト陛下への報告もあるし……あんまり時間もないし……」

 

「ベルケンドで報告書は出したし、時間はあるってジェイドが言ってたろ」

 

「いや……」

 

 何か隠していると大声で言いふらすようなしどろもどろの弁解を、案の定 察したティアに突っ込まれて、ルークが困り顔でジェイドを仰ぐ。

 

 だがこちらにもそれをからかって話を煙に巻く余裕はなかった。

 予定外のところで予想外の名前を出されて、ただでさえ動揺があるというのに。

 

「………………」

 

 先ほどまでの楽しげな雰囲気もどこへやら、左側から流れてくる、この冷気。

 決してその発信源は見ないようにジェイドはゆっくりと顔をそらす。

 

 そしてらしくもなく背筋を伝う冷や汗のようなものを感じながら、ただ何も言わずに眼鏡を押し上げた。

 

 

 

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