空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act70.3 - テンダーレッドの心

 

 

 教会から戻る途中、視界の端で飛び跳ねていた青の毛色がふいにティアさんを呼び止める声を聞いて、視線だけをそっとそちらにずらした。

 

「ティアさんに、秘密のおはなしですの」

 

 同じようにその声を聞きとめたルークが不思議そうな顔で何事かと問いかけたが、彼はいつになくしっかりとした口調で、ご主人様には内緒だとまん丸い瞳を精一杯きりっと吊り上げて言った。

 

 あのミュウに珍しく距離を置かれたのが少し寂しいのか、拗ねたような舌打ちを零したルークの肩を、まあまあと軽く叩く。

 

「ふふ、じゃあ少しお話していきましょうか。皆は先に行っていて。私達もすぐ追いつくから」

 

 ティアさんとミュウに一時的な別れを告げ、みんなはまた歩き出す。

 最後にもう一度だけ、離れて行く少女と青い毛並みを窺って小さく息をついた。

 

 ミュウが彼女に伝えようとしている事がなんなのか、気付いたけど、止める気にはならなかった。

 

 ティアさんには知っていてほしいと思ったんだ。

 何も言わないってことは、大佐も多分同じ思いなんだろう。

 

 だけどボロを出す自信しかない俺がこれ以上 行動を起こすのは難しかったし、大佐はそもそも伝えるつもりが無かっただろうから。

 頑張れミュウ、と心の中で声援を送っていると、前でナタリアと話していたアニスさんが肩越しにこちらを振り返った。

 

「ねぇねぇルーク。長旅になりそうならもうちょっと買い物してきたいんだけど、いい?」

 

「あ、うん。行ってこいよ」

 

「やた! 行こっ、ナタリア!」

 

「ええ」

 

 アニスさんがナタリアの手を取って、嬉しそうに笑い合う。

 足取り軽く商店が立ち並ぶ路地へと向かったふたつの背中を見送り、若干さみしくも特に用事のない男四人は、真っ直ぐ帰路へ着くことにした。

 

 アルビオールを目前にしたところで、剣の稽古をしたいという話になったルークとガイを残し、中に乗り込む。

 

 すると笑顔で俺達を迎えてくれたノエルに、今後の目的と、差し当たりケテルブルクまで向かう事を伝えた。

 だから今のうちに休憩行っておいでと、ずっとここで留守番をしてくれていた彼女に感謝しつつ送り出せば、

 

 この操舵室に残ったのは、俺と大佐のふたりきり。

 

 

 

 あれから十数分が経過して、さほど広くもないその空間には、一定の間隔を置いて紙をめくる音だけが響いていた。

 

 扉脇の壁を背に床へ直接 座り込んだ俺は、いつもの後部席に座って何やら難しげな本を広げる大佐の背を一度ちらりと窺って、また自分の手元で広げた雑誌に視線を落とす。

 

 あるページの右上が小さく内側に折ってあるのを発見した。

 そこで特集されている物を見て、ああ確かにこれは好きそうだなと思っていると、ふいに前方から音が飛んでくる。

 

「今度は何を読んでいるんですか」

 

 大佐がそんなことを聞いてくるなんて珍しい。

 思わず雑誌から顔を上げるが、彼の人は前を向いて座ったままで、こちらから表情は分からなかった。

 この間カレー大全を読んでいたからだろうかと内心首を傾げるも、ひとまず問いに答える事にする。

 

「ガイに借りた音機関の雑誌です。ほら、こことかチェックしてあるんですけど、凄くガイ好みな感じの音機関ですよ」

 

 持ち主の嗜好がよく分かって面白い。

 実はそんな本文と関係ないところでも毎回ささやかに楽しみながら読んでいるのだが、同時にガイの音機関の好みをそろそろ完璧に把握してきた自分はどんなものだろう。

 

「いやはや。本当に音機関マニアが増えてしまいましたね」

 

「あ、でもなんていうか観たり集めたりっていうより、作るのが楽しそうで」

 

「そうですか」

 

「はい」

 

 ふつりと会話が途切れ、沈黙が落ちる。

 

 どこかぎこちなさの残る静寂に、まだ話が終わっていなさそうな雰囲気を感じ、雑誌に意識を戻すことはしないでそのまま金茶の髪を見返して首を傾げた。

 

「大佐?」

 

「何か、言いたい事があるんじゃないですか」

 

 小さく呼びかけた俺に返された言葉を紡ぐ、何だかとてつもなく苦い物を噛み潰したような声色にいよいよ困惑する。

 

「いや、無い、ですけど」

 

 怒られているわけではない、ような気はするのだが、その語尾が風前の灯火のごとく小さく消えていったのは仕方ないだろう。

 

 大佐がそこで初めて、肩越しに顔だけでこちらを振り返った。

 深い溜息と共に、訝しげな赤が俺を捉える。

 

「……じゃあいい加減にその真顔をやめてくれませんか」

 

 いつになく疲弊した響きで落とされた言葉。

 一拍ほど間を置いて、俺は音がする勢いで自分の両頬に手をあてた。

 

「…………真顔でしたか、オレ」

 

「ええ」

 

 頭痛を堪えるように額に指を添えたジェイドさんを視界に映し、だらだらと背筋を伝う冷や汗を感じながら己の膝に突っ伏す。

 

 じゃあ原因は言わずもがなだ。分かってる。ネビリムさんの名前を聞いてからだろう。

 

 最近ダメな方向にも馬鹿正直すぎやしないか俺の表情筋。

 ナタリアに対する敬語もそうだが、実感が伴ってない辺りが限りなく問題だ。

 

「い、いつからそうなってました?」

 

 自分の頬を引っ張りながら恐る恐る問うと、ジェイドさんは横目で俺を見て、ご心配なく、と囁いた。

 聞くと、皆といる間やノエルと話すときはいつも通りだったらしい。妙な心配をかける事にならなくて良かったと一安心する。

 

「まぁ女性陣と別れた後から少々怪しかったですが」

 

 しかし付け足された言葉にぎくりと肩を揺らした。

 先ほど表に残ったルークとガイは、もしかしなくても気を使ってくれたんだろうか。

 

 だとしたら申し訳ない事をしたと己の失態に肩を落としていると、溜息ともつかない浅い息を吐いた音が耳に届く。

 

「惑星譜術の資料を探しに行く。それだけです」

 

 不安がる子供を宥めるように、響いた声。

 

 その瞬間、眉尻が情けなく下がるのを感じて、俺はようやく自分が真顔だったことを実感した。

 開いた雑誌の真ん中にぼすんと顔を押しつけて、そのまま口を開く。

 

「ジェイドさんが良いなら、良いですけど」

 

 紙を通してくぐもった声が紡いだ言葉は、ちょっとだけ嘘だった。

 そういう気持ちも確かにあるけれど、いくらジェイドさんが良くたって、ジェイドさんが哀しい思いをするのは嫌だ。

 

 でも、それで俺がジェイドさんを困らせてたら本末転倒か。

 

「…………」

 

 緩々と顔を上げると、大好きな赤と視線が合った。

 そこでいくらか目を泳がせたあと、苦笑交じりにへらりと笑う。

 

 するとこちらを見る赤色が、ほんの少しだけほっとしたように和らいだ気がしたから。

 

 

 俺は今度こそ本気で緩んだ口元を押さえて、まぁいいかと目を伏せた。

 

 

 

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