空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

146 / 197
ルーク視点


Act71 - 雪の街から

 

 

 交えた剣を弾かれて、数歩距離を取ったところで、ルークは小さく溜息をついて切っ先を下ろした。

 それを見たガイもひとつ苦笑を零し、刃を鞘に納める。

 

 気もそぞろでまったく稽古どころじゃない。

 すぐ傍に停泊しているアルビオールのほうを横目に見やった。

 

 その強固な装甲の向こうにいる、普段は不必要なほど喜怒哀楽がはっきりしている男の、別れ際には限りなく消えかけていた表情を思い描いて眉尻を下げる。

 

「な、なぁガイ。様子見に行ったほうがいいかな?」

 

「あー……いや、何が原因だか知らないが、リックがああなるって事はジェイド絡みだろ。旦那に任せとけばいいんじゃないか?」

 

 乾いた笑みを零しながらそう言ったガイに、原因は察しの通りのジェイド絡みだと告げるわけにもいかず、ルークもまた曖昧に笑って現状を濁した。

 

 己の赤い髪を一度大きくかき回して空を仰ぐ。

 

 どうして“ネビリム先生”が嫌いなのか。

 いつかそんな話をしたとき、結局リックは詳しく話してくれなかったが、何にしてもあの二人にとってその名前は禁句なのだ。

 だというのに、これから“ゲルダ・ネビリム”が残した情報を探しに行こうとしている。

 

 自分で言いだした事とは言え、真顔になりかけのリックを思いだして頭を抱えたくなったルークの耳に、自分とガイの名を呼ぶ控えめな音が届いた。

 

 反射的に声のした方向へ顔を向ける。

 

「えーと、カレー作ったんだけど、食べる?」

 

 アルビオールの外通路から声同様 控えめに姿を見せたリックが、ちょっとだけ気まずそうに笑っていた。

 

 お前確か今朝もカレー作っただろ、ていうか一緒に食べたよな、また作ったのかよどんだけだよ、とは言わない。

 数少ない趣味なのだから出来る限り付き合ってやりたいと思っているし、今はそんなことよりもあの男にいつもの表情が戻っている様子に、ほっと息をつく。

 

 それに気付いたらしいガイが珍しくからかうような人の悪い笑みを浮かべたので、ルークは慌てて渋い顔を作り直してみせた。

 

「……また試作なんたらカレーじゃないだろうな」

 

「大丈夫大丈夫、今度は普通の」

 

 そう笑ってひらひらと手を振ったリックが、ふと視線を後方に滑らせたかと思うと、また顔つきを明るくして手すりから身を乗り出した。

 

「おかえりなさーい!」

 

 リックに倣って後ろを振り向く。

 するとミュウを腕に抱いたティアがこちらに向かってくるところだった。

 

「おかえり」

 

「…………」

 

 声を掛けると、いつもなら小さく微笑んで返事をするはずのティアが、何故か引き締まった表情でまじまじと見返してきたのに、ルークはたじろいで首を傾げる。

 

「なんだ、よ」

 

「……何でもないわ」

 

 ただいま、と付け足したティアの顔は、何でもないという言葉を素直に受け入れるにはまだ固いものであるような気がした。

 

 だがそこで、ティアさんもカレー食べますか、という能天気なリックの声が沈黙を割り、とりあえずその場はいつもどおりの空気を取り戻したのだった。

 

 

 

 

 ケテルブルク。

 

 久しぶりの再会を喜んでくれたネフリーと少しの間 会話に花を咲かせた後、今回ここへ来た目的を伝えると、彼女は頬に柔らかく手を添えた。

 

 頭の中から丁寧に情報を引き出そうとするその仕草は、どこかジェイドが考え事をするときに眼鏡を押し上げる動作に似ている。

 そんな事がちらりと頭を過ぎり何となくリックの様子を窺うと、やはり同じように思ったのだろう、“ネビリム先生”の話が始まってからずっと渋い顔をしていたリックが僅かに口元を緩めたところだった。

 

 どこまでもジェイドだな、と呆れたような、こうなるともはや微笑ましいような、微妙な気持ちでルークも小さく苦笑を浮かべたとき、ネフリーが口を開く。

 

「ネビリム先生に関する資料は、随分昔にマルクト軍の情報部が引きあげていったと聞いています」

 

 マルクト軍関係ならば、こちらにはジェイドがいるのだから簡単な話なのではないかと思ったのだが、情報部というものは独立した機関らしく、そうもいかないのだという。

 

「やれやれ……陛下のお力を借りますか」

 

 どことなく憂鬱そうに呟いたジェイドに、リックがまた苦く眉根を寄せたのが、見えた。

 

 

 

 ネフリーの好意で今日のところはケテルブルクホテルに泊まることになり、各々が自由な時間を過ごす中、ルークはホテルの外でリックと共に雪玉を転がしていた。

 

 しかしさらさらと零れおちる細やかな白は中々手の平サイズ以上に膨らまず、先ほどから四苦八苦させられている。

 目の前の男が着実に雪だるまを作りあげているものだから、もっと容易く出来上がると思ったのに。

 

 また雪玉になりそこなった雪が手の中でばらりとほどけたのを見届けて、ルークは気付かれない程度の上目使いに前方を窺った。

 

 雪だるまの頭部分を制作しているリックの真剣な顔つき。

 それが存外整っている事に気付いた、というか思いだしたのは、ダアトでネビリムの名前を聞いた後の軽い真顔を見たときだ。

 

(まぁ、男前)

 

 雪だるまを作りあげて行く手つきと、今までの行動を何気なく照らし合わせる。

 

(思ったより、器用)

 

 一般の兵士とはいうものの、ジェイドの傍仕え。よくよく考えると立場もそう低いものじゃない。

 この男を構成するひとうひとつのピースは決して悪くないのに。

 

 そこで顔を上げたリックがにこりと笑みを浮かべた。

 

「コツは雪を最初に強く握りすぎない事だよルーク~」

 

「お前ってこう……なんつーか……おっしいところで残念だよな」

 

「え? 何が?」

 

 これは中心部分のピースが全部ジェイドで埋まってるせいだろうかと、ジェイドが聞いたなら盛大に顔を顰めそうなことを考えつつ、何でも無い、と首を横に振った。

 

「ところでリックってさ、なんでネビリムさんが嫌いなんだ?」

 

 そして代わりに、実は前々から胸にあった疑問を口に乗せる。

 

 リックの手の中で雪玉になりかけていたものが、がしゅりと音を立てて崩れた。

 あからさま過ぎる動揺ぶりに思わず零れたルークの苦笑を見て取ったリックは、ばつが悪そうな顔をして、いつもより大分雑な手つきで髪をかきあげる。

 

 そのまま何も言わずに俯いて雪玉を作る作業を再開したリックを黙って見つめていると、やがて吐かれた小さな溜息が冷たい空気に触れ、白く揺らめいて消えた。

 

「なぁルーク、もしもこんなとき、オレじゃなくてピオニーさんだったらさ」

 

 唐突に登場した第三者の名前を受けて呆気に取られたルークに、まるで気付く余裕もなさそうな様子で雪を睨みつけるリック。

 

「っていうより。オレがネビリム、さん、の事とかちゃんと知ってれば」

 

 リックは最近になって、喜怒哀楽だけじゃない、色んな表情を見せてくれるようになった。

 そうして今も、困ったような、怒ったような、どうにも照れくさそうな、泣きだしそうな。何とも形容し難い表情をしたその男は、迷うようにしばらく視線を泳がせた後、静かに口を開いた。

 

「ジェイドさんは……相談とかしてくれるのかな」

 

 周囲の音を吸い込んでいく銀世界の中に、それはぽつりと浮き上がる。

 

 ルークが思わず目を見張った次の瞬間、リックが怒涛の勢いで雪玉を再形成し始めた。

 

 そしてあっという間にそれを一抱えほどのサイズにすると、前に作っておいた胴体部分の上にそれを乗せ、小枝や木の実で見事な雪だるまを完成させる。形、ツヤ共に申し分ない。何だこの無駄な完璧仕上げ。

 

 リックは最後に自分の体についた雪を手で払い、身をひるがえした。

 

「えーと、リック?」

 

 そのままホテルとは正反対の方向に歩き出した背に恐る恐る呼びかけると、ぴたっと足が止まる。

 

「…………頭冷やしてくるぅっ!!」

 

 言うが早いか弾かれたように走り出したリックを呆然と見送りかけ、かなりの勢いで遠ざかっていく姿に はっとして立ち上がった。

 

「ちょ、ふ、吹雪いてきてるぞー!?」

 

「大丈夫です遠くには行きません!」

 

 なんで敬語。

 

 突っ込む間もなく、その背中は降りしきる雪の向こうに消えていった。

 ルークは半端に伸ばしたままだった手を引っ込めて、代わりに軽く頭をかく。

 

「ホントに大丈夫なのかよアイツ……」

 

「ルーク」

 

「うわ!」

 

 ふいに掛けられた声にびくりと身を震わせて振り返る。

 

「ご、ごめんなさい。そんなに驚くとは思わなくて」

 

 そこには、むしろこちらよりも驚いたらしいティアが、青色の目を丸くして立っていた。

 

 自分の反応を思い起こし、否が応にも熱くなる顔を押さえて、驚きすぎだリックじゃあるまいしと内心独りごちる。もしかしてずっと行動を共にしているせいで似てきてしまったんだろうか。

 

「で、ティアはこんなところでどうしたんだよ?」

 

「…………」

 

 照れ隠しに少々無理やり話題を変えて問いかけると、彼女は一度口を閉ざして、僅かに目を伏せた。

 

「……あなた、音素が乖離しているって本当?」

 

 全ての音を吸い込んでいく雪の街。

 口の中で思わずミュウを軽くののしったルークは、だけど己でも意識することのない、胸の内のどこか奥深くで、

 

 

小さく小さく、感謝した。

 

 

 




知られて気を使われるのが嫌というのも本当だけど、それと同じくらい知っていて欲しいとどこかで思ってしまうのも本当。誰にも知られずに消えて行くのは、怖い。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告