空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

147 / 197
Act72 - ピオニー陛下と時々ブウサギ(前)

 

「ガイ、説明をお願いします」

 

「また俺か!」

 

 

 悠然と流れる水鏡の滝、そして幾人かの護衛や重鎮達を背に控えたピオニー陛下は、瘴気中和からここに至るまでの説明を受けて、閉じていた瞼をゆっくりと開いた。

 

「話は分かった……ネビリム先生の情報か」

 

 先代のころの話だから自分にも詳しい事は分からないが、と前置いて、傍にいた兵士にいくつか指示を出す。

 

「とにかく情報部から提出させよう」

 

「有難うございます」

 

 大佐がどことなく苦い顔をしながらも肩の力を抜いたように見えた。

 

 それが思いのほか早く話がついたからなのか、はたまたこの場で陛下に更なる事情を追及されずに済んだからなのかは分からないが、何にしてもネビリムという名前は二人にとって特別なものであるはずだ。ていうかもうこうなると俺にとっても十分特別な名前だよ。

 

 何だからしくもなく舌打ちを零したい気持ちになりつつも、陛下の指示を実行すべく脇を通り過ぎて行った兵士さんにしっかりと敬礼する事は忘れない。ごくろうさまです。

 

「だが」

 

 緩んだ空気を戒めるように響いた低い声。

 戻した視線の先で、陛下がいつもは大らかな青の瞳を鋭く細めていた。

 

「腐っても国家機密だ。ただで渡すわけにはいかないな」

 

 その言葉に息をのんだルークが眉尻を下げる。

 

「どうすれば教えて貰えますか?」

 

「そうだな。ひとつ、こちらの頼みを聞いて貰おうか」

 

「頼み……」

 

「ああ」

 

 陛下は重々しく顔前で両手を組む。

 

「つい先刻のことだ。俺の……」

 

 その切り出しを聞いて はっと目を見開くと、隣でガイが小さく頷いた。

 

 これは、まさか。

 

「――可愛いブウサギ達が逃げ出してしまったらしい」

 

「………………はい?」

 

「やあぁっぱりー!」

 

 呆気に取られるルークの横から身を乗り出して叫ぶ。

 

 すると先ほどまでの表情を一転、からりとした笑顔を浮かべた陛下が、「いや弱った弱った」と大げさな動きで額に手をあてた。

 

「もー陛下また部屋出るときにちゃんと扉閉めなかったんでしょ!?」

 

「過ぎた事は仕方ない! 過去を悔いるより未来のために動くべきだ!」

 

「悔いなくてもいいですけど反省はしてください! 何度目ですかぁ!」

 

 愛くるしい風体をしているが、そう本当に可愛く愛らしいのだが、ブウサギだってもとを正せば魔物。それなりの力を持っているし体も大きい。メイドさん達だけで彼らを連れ戻すのは中々に骨なのだ。

 

「オレやガイがいるときならまだしも~」

 

「まぁまぁ、こうしてタイミング良くお前らが帰ってきたんだからいいじゃないか」

 

 陛下は再度きりっと表情を引き締める。

 

「ちなみに情報は俺のところに届けさせるよう言ってあるからな。ズルは出来んから、しっかりと俺の可愛いジェイド達を探してくるように」

 

 突然の指令が本気か冗談か計りかねたらしいティアさんが戸惑いがちにくれた目配せに俺は深ーく頷いて返した。いつだってこの人は本気です。

 

「頼んだぞ。こうしてる間にも可愛いジェイドが階段から落ちているかもしれないし」

 

「陛下」

 

「可愛いジェイドがもしや厨房で丸焼きにされてやしないかと俺は気が気じゃなくて」

 

「ピオニー陛下」

 

「なんだ可愛くない方のジェイド。あー俺の可愛いジェイド達は無事かな~」

 

「……ああはい分かりました。分かりましたから止めてください」

 

 この短い時間で心底疲れた顔になった大佐がそう言うと、陛下は悪戯が成功したときと同じく満足げに笑みを深める。

 ブウサギ探しを引きうける事を決めると早々に身をひるがえした大佐に、続くアニスさんが肩をすくめた。

 

「それくらいで機密情報くれるっていうんだからいいじゃないですか大佐ぁ」

 

「それ以上の何かを失っている気もするんですがね」

 

 ブウサギ方面から攻められるのがわりと苦手な大佐のたそがれた後ろ姿に苦笑する。

 

「はは……えーと、それじゃあ陛下、行ってきまーす」

 

「リック、お前はちょっと残れ」

 

 その声を聞いて、踏み出しかけた足を無理やり引き止めた。

 反動でよろけながらも肩越しに玉座を振り返る。

 

「え?」

 

「極秘任務、報告、連絡先」

 

「……何で片言なんですか」

 

「そんなわけで人払い頼む」

 

 むだに格好よく片手をあげた陛下に、呆れ顔の大臣や兵士達が慣れた様子で動き始め、御苦労さまです、と同情のこもった視線で俺の肩を叩いて退室していく。

 

「大変ですわねぇ」

 

「リック、頑張れよ!」

 

「え、あ、うん……ありがとう」

 

 ルークとナタリアに励まされた後、人払いの済んだ謁見の間にひとり残された俺は、軽く頬をかきながら、ちらりと陛下を見上げた。

 

「今回はそんなに変な顔してませんでしたよね、オレ」

 

「そうだな、ネビリム先生の話をしてる間やや人相は悪くなってたが、前みたいに妙な顔はしてなかったな」

 

 じゃあ何でまた残らされたんだろう。

 首を傾げていると、玉座を立った陛下が歩み寄ってくる。

 

 そして目の前までやって来た彼はその場に腰をおろし、「まあ座れ」と床を叩いた。どうでもいいけれど何で毎回床なのかと思いつつも言われるままに座る。

 

「お前とジェイドからの報告書は受け取った。目も通した」

 

「あ、ありがとうございます! どうでした!?」

 

「大体よく出来てたけど文章がたまに日記風になるのが惜しいな。あとお前ちょいちょいジェイドとカレーの話とか混ぜるの止めとけ」

 

 読み上げ担当になった兵士が引き締まった空気とこみ上げる笑いの狭間でたいそう気の毒な事になっていたと語る陛下に、俺は両手で顔を押さえてこくりと頷いた。

 

 心底無意識だった。書いたっけかそんなこと。確かにあのとき舞い上がってはいたけれど。ああ顔からフレイムバースト出そう。

 

「まぁ俺は楽しかったからいいんだが」

 

「なにひとつ良くないですスミマセン」

 

「報告書に書けなかった事、あるだろ」

 

「もうホントすみませ……え?」

 

 反射的に顔から手を離すと、眼前の瞳には、間の抜けた表情をした俺が映っていた。

 青色をゆるりと細めた陛下が僅かに首を傾がせる。

 

「お前もジェイドも報告書には書けなかった、大事な話、何かあんだろ」

 

 陛下宛ての手紙は、事前にその中身をあらためられる。

 それを当然の作業だと知っているからこそ、書くわけにはいかない。

 

 だけど伝えたいことがあるのだろうと笑うピオニーさんに、眉尻を下げた。

 

「大佐の報告書に暗号とか仕込んであったんですか?」

 

「そんな面倒くさい仕込みするくらいならハナから俺に話さないぞアイツ。まぁお前らの文面の雰囲気と、今日会った雰囲気と、後は勘?」

 

「それ全部勘って言いません?」

 

 やかましい、と文句を言う陛下が、そのおどけた語調に見合わない真剣な目で俺を映すから。

 ともすると大佐ですら勝てない相手に自分が敵うわけもなく、もう観念するしかないと苦笑して、手紙に書けなかった事をひとつずつ話した。

 

 ルークに残された時間。音素剥離。

 いつもどおりを選んだこと。

 

 全てを聞き終えたピオニーさんが、短く息をついた。

 

 すると同時に伸ばされた手に後頭部を掴まれて引き寄せられる。

 俺が目を丸くする間もなく、ごちりと額がぶつかって、目の前には青い瞳。

 

「辛いぞ」

 

「ハイ」

 

 じわっと目尻に涙がにじむ。

 

「今ぶつかったおでこが辛いっていうか痛いです……」

 

「耐えろ。今話したいのはそこじゃない」

 

「ピオニーさん石頭、」

 

「おぉ皇帝ヘッドをなめるなよ! いいから聞けっつーの!」

 

 継続する額の痛みに涙目のままながらも、どうにかこうにか表情を引き締めて背筋を伸ばした。

 

「辛いぞ、“いつもどおり”」

 

「…………」

 

「出来るのか」

 

 先ほどから変わらぬ真剣な顔つきのまま、僅かに眉を顰めて問いかけてくるピオニーさん。

 俺は今度こそぽかんと目を丸くして、それから、この上なく締まりない顔で笑み崩れた。

 

「はい」

 

 無茶言うし、無茶させもするし、人をからかってる時は全力で楽しそうだし嘘情報で三日三晩テオルの森をさまよわせたりも…うん、するけれど。

 

 ピオニーさんも、ジェイドさんも、ルークも、みんなも。

 いざってところでやっぱり優しいから、俺はこの人達が大好きなんだ。

 

「オレとルークは大丈夫です!」

 

 泣いても笑っても今日が今日でしかなくて、明日が明日以上の意味をもたないのなら、“何も知らない俺”は間抜けな顔で笑ってやると決めた。

 それが何の力も持たない俺の、だけど多分、なによりも大事な役目。

 

 実行に至れるようになるまでは随分掛かったけど、と苦笑する。

 

「――どうやら、本当らしいな」

 

 すると口の端を上げて笑った陛下の額がようやく離れて、ぐしゃぐしゃと雑に髪をかきまわされた。

 

「ったく。お前が前回あまりにも似合わない面してたから、この俺まで柄でもない気を回すはめになっただろうが」

 

「ご、ご心配おかけしました……」

 

 丁重に土下座した俺の頭をぽんと叩いた陛下が、後の気がかりはジェイドだな、と溜息混じりに呟く。

 

「間接的とはいえネビリム先生のこと調べてるようなもんだろう? 一応あいつのこと見といてやってくれるか、リック」

 

「はあ、それはまぁ普段の生活と変わりませんからいいですけど」

 

「ああそうだったな! よし頼んだ!」

 

 ぐっと親指を立てて俺の肩を叩く陛下に「分かりました」と頷いた。

 

 

 さて、そろそろ皆の手伝いに行かなくては。

 腰を上げる俺に対し、陛下は床に座ったまますっかり見送り体勢だ。しょうがないなぁと気の抜けた笑みが零れる。

 

「それじゃあオレも行きますね。ブウサギ達を捕まえたらまたここに来ればいいですか?」

 

「いや、俺今から部屋戻るからそっちでいい」

 

「了解です」

 

「リック」

 

 ひとつ敬礼をして身をひるがえそうとしたとき、名を呼ばれて振り返った。

 陛下が真剣な顔で俺を見る。

 

 

「この際だし次から麗しい女性達の連絡先も本当に集めてきたらいいんじゃないか?」

 

「何がこの際なんですか!!」

 

 




対ナタリアorピオニーは比較的ツッコミに徹するリック。

リックは“ネビリムさんが嫌い”というよりか“ジェイドさんを哀しませる話題が嫌い”なだけなので、口でいうほどネビリムに悪い印象は持ってない。
ただ大佐にとって特別な存在であることに少し羨ましさは感じてる。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告