空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act72.2 - ピオニー陛下と時々ブウサギ(中)

 

 

 謁見の間を出て真っ直ぐに階段を下りて行くと、ちょうどみんなも探索から一旦戻ってきたところだったようで、中心にはすでに数匹のブウサギが集められていた。

 

 これはもしかしたら、すでに片がついてしまっただろうか。

 手伝いそびれたかと慌てて駆けおりた俺に気付いたルークが顔をあげる。

 

「リック! 報告もういいのか?」

 

「え? なにそ、…………うん! もう完璧! 問題なし!」

 

 まずい、本気で忘れてた。

 これは陛下じゃないけど本当に連絡先集めしておかないといつか俺は盛大にボロを出す気がする。いや、正直やりたくはないが。

 

「そ、それは大丈夫なんだけど。もしかしてそっち終わっちゃった?」

 

「いや、あと一匹だけ見つかってなくてさ。だいぶ探したんだけどなー」

 

「そっか。えーと、ネフリーさま、ゲルダさま、アスラン様サフィール様、ルーク様……は部屋にいるって言ってたから……」

 

 集まったブウサギ達をざっと見回し、一匹ずつ指さし確認。

 

「あ、ジェイドさまがいませんね」

 

「今の一瞬でそれが分かるリックが怖い」

 

「ハハハ何をおっしゃいますかアニスさん。オレの背中に突きささる視線と冷気以上に怖いものなんてありませんよ!」

 

 その名前を口にすると決めた時点から俺はもう大佐のほうを振り返れません。

 だから大佐の前では極力ジェイドさまの名前を呼ばないのが常なんだけど、“探す”となるとそうもいかない。とりあえずお花畑に行く心の準備だけは決めた。

 

「それにしても、おかしいなぁ。いつもそんな分かりづらいところに隠れる事はないんだけど」

 

 それゆえジェイドさまとのやりとりは基本が追いかけっこなのだ。

 頭をかいた俺に、ティアさんが不思議そうに首を傾げる。

 

「それらしいところは一通り探したと思うけど……」

 

「どこかでお昼寝に入ったのかなー。ジェイドさまー! どこですか~!!」

 

 大佐の視線が痛くて仕方ない。瞼の裏に浮かぶような絶対零度の笑顔にどうにか耐えて、声を張る。

 

「ジェイドさまー! ジェイドさまー! ジェ~イ~ド~さ~ま~っ!!」

 

 まあ呼んで出てくるようならすでにメイドさん達が捕まえてるだろうが、試してみるに越したことはない。

 というかこうなってくると軽くヤケだ。どうせお花畑行きなら全力でやり遂げておこう。

 

「いないんですかー!! もう、ジェーイードーさ、」

 

 壮麗な宮殿の廊下に響きわたる硬質な音。一瞬のうちに近づいたそれが間際で途切れる。

 

「ま、ぉフッ!!」

 

 そして、俺の視界に、星が散った。

 

 床に転がってしばしの悶絶の末、よろよろと上半身を起こした俺の目の前。

 つぶらな瞳を吊り上げたジェイドさまが、苛立たしげにヒヅメを床に打ちつけていた。

 

「~~~ッ……ちょっ、」

 

 今しがた起きた衝撃の光景を脳内で反芻する。

 

「い、いつの間に三角跳びなんて身につけたんですか!? ……ていうか何でオレ蹴られたんですか!!」

 

 片手でじんじん痛む額を押さえ、もう片方の手でジェイドさまを指さして俺が涙目のままかえりみると、ゆるく眉根を寄せた大佐は苦い顔で眼鏡を押し上げた。

 

「それの気持ちが分かるというのも非常に心外なんですが、多分ウザかったんじゃないですか?」

 

「え? 何が……」

 

「名前を呼ばれたのが」

 

「呼んだだけでですか!?」

 

 乙女心は理不尽なものなんだといつだったか陛下が言っていたような気がするが、それってこういうことだろうか。

 

 

 

 

 

「いやいや、そりゃ傑作だったな」

 

 すべてのブウサギを連れて向かった陛下の私室。

 

「笑いごとじゃないですよ~……」

 

 額の見事なヒヅメ模様についての説明をするや、足元のジェイドさまを撫でながら愉快そうな陛下に肩を下げた。

 

 それで、と大佐が淡々と話を切り出す。

 

「資料は?」

 

「気の早いやつだな。ほら、これだ」

 

 手渡された大きな封筒の中から書類の束を抜いてざっと目をすべらせた後、大佐は小さく息をついて首を傾げた。その動きに沿って金茶の髪がさらりと流れる。

 

「欠落個所が多いようですが」

 

「知らない間に何者かが持ち去ったらしい」

 

 「ディストですか?」そう問いかけた大佐と、「多分な」静かに頷いた陛下。俺は服の下で揺れる歯車を、少しだけ意識した。

 

 かろうじて残されていた資料には、ネビリムさんのことや、惑星譜術の詠唱文。

 あとはロニール雪山の地図なんかがあったらしい。なんでも、触媒に反応する譜陣があの山奥にあるんだとか。

 

 最終的にはそこへ向かうにしても、すべての触媒を集めてからのほうがいいだろうと大佐は言った。

 ついでにどこに触媒があるのか、なんていうのも書いてあれば話は早いのだろうが、まぁそこまでトントン拍子に進むわけないかと俺が一笑したとき。

 

「ああ、ふたつは所在についても触れられていますね」

 

「……なんでですか!?」

 

「貴方のその反応が何ですか」

 

 いや、だって、そういう秘密道具の在り処は謎なものなんだろうと思ってたから。

 

「どうやら、その触媒は――」

 

「あの……すみません」

 

 そのとき、ふいにティアさんがめずらしく会話を割って拱手した。

 

 何か音が聞こえないかと首を傾げた彼女の言葉を聞いて、目を細めた大佐が短い沈黙の後に頷く。

 音素の干渉音のようだと言われて、俺も周囲の空気に意識を向けた。言われてみると、確かに何かしら音がしているような……。

 

「音素爆弾だったりして?」

 

「か、勘弁してくださいよぉ」

 

 からかうように大げさな身振りで言ったアニスさんに、少し前のご落胤騒動を思いだして苦笑する。そう何回も宮殿のなかで音素爆弾がどうこうなんて事態になるのはさすがイヤだ。

 

 にしても、どこから聞こえてくるんだろう。

 陛下の部屋はいろんな物が散乱してるからちょっと探しにくい。

 

 もー、だから片づけて下さいって言ってるのに。

 とりあえず隅に溜まっている私物群を見てみようと腰をかがめた。

 

 

 瞬間。

 

 背後から響いたヒヅメの音。

 大きめの何かが、ガスッと音を立てて膝裏にぶつかった衝撃。

 

 

「……お、おい、大丈夫か?」

 

「…………かろうじて……」

 

 ……確かにいつもどおりの俺でいたいとは思ったけど。

 ねえユリアさま、ここまでいつもどおりなことないと思いませんか。

 

 重力と人体の構造のもと、干渉音もかき消すくらい盛大な音を立てて山と積もる私物群の中に倒れ込んだ俺は、微笑と共にちょっとだけ泣いた。

 

 

 




ジェイドさま秘技、全力ひざかっくん。
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