空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
「リック、怪我はない?」
「はい大丈夫です慣れてますから……」
若干遠い目でそう返事をしてから、手を貸してくれたティアさんにお礼を言って立ち上がる。
そして足元で何やらご機嫌ナナメなジェイドさまに、為すすべなく眉尻を下げた。
あれか、やっぱり俺の存在自体がうざいという事なのか。
いやコレばっかりは自分の意思じゃどうしようもないだろうと思いながらも機嫌を直してもらう術を脳が自動で模索してしまうのは名前のせいかなぁ。どうにも弱い。
そんなこんな考えながら俯けていた顔を上げる。
すると俺の前に立ったまま、少し視線をさげて黙り込むティアさんの姿に気付いた。
「ティアさん?」
何か考えているらしい様子の彼女を覗きこむ。
そこでようやくこちらを見たティアさんの青い目が俺を捉えて止まった。
「あの、ちょっとごめんなさい」
「え?」
首に微かな衝撃。
がくんと膝が抜ける。
「……やっぱり。そこから音がするわ」
「どうやらあの剣からのようですね。譜術封印で一時的に音素の動きを止めましょう」
「すみませんティアさん!! オレ今なんのツボ突かれたんですか!!?」
先ほどと同じ場所へうつ伏せに転がった俺は何事もなかったかのように進行しかけた会話へ無理やり割り込む。指先さえぴくりとも動かないのがすごく怖いです。
はっと目を丸くしたティアさんが慌てて傍にしゃがんで俺の背に手を添えてくれた。
「ご、ごめんなさい。リックが倒れたときに音が強くなった気がしたものだから……」
状況を再現しようと思ったらしい。
ところで倒れた振りではダメでしたかという言葉は、今更なのでさっきのアレどういう技なんですかという問いと共に飲み込んだ。
「その剣はマクガヴァンじーさんが退役するときに気を利かして置いていってくれたヤツだな」
みんなの後ろからひょいとこちらを覗き込んだ陛下が、干渉音を放っていた剣を見て言う。ああそうか、陛下は武器集めが趣味だからなぁ。ていうか俺さっきはかなり危なかったんじゃないか。倒れたとき刺さらなくて良かった。本当に良かった。
今になってドキドキと鼓動を早くする胸を抑えていると、隣であきれ顔の大佐が眼鏡を押し上げる。
「陛下……武器も雑貨も一緒くたに置いておくのはいかがなものかと」
「執務室に怪しげな研究薬を放置してるお前に言われたくないぞ」
「いやですねぇ。私はうっかり誰かが使ったら面白いなーと思う物しか置いてませんよ」
「そうですよ陛下! 剣は刺さるともしかしたら死んじゃうかもしれないけど、大佐の研究薬は尋常じゃないほどツライ効能だけで命には関わらないです!」
床に倒れ込んだままそう主張すると、ルークはすごく物言いたげな顔になった後、「まあお前がいいならいいけど」と呟いた。え、何が?
ひとつ咳払いをしたルークが気を取り直すように剣を指差す。
「ジェイド。これって惑星譜術の触媒じゃないのか?」
「……そのようですね。資料の中に、触媒となる武器が対でマクガヴァン家に保有されていたとありますから」
「せいや!」
「あっティアさんちょっと待、ッぇぐハ」
真剣な話し合いをBGMにティアさんから気付けの一撃を貰う俺。ティアさん今ごきっていった、ごきって。あ、でも動く動く。
元通りになった体を慣らしながら立ち上がると、大佐が俺の肩に掛かる荷物袋をぽんと叩いた。
そして、さっき俺が倒れたときに干渉音が強くなったというのは、この中にある触媒と反応したからだろうと肩をすくめる。
触媒ってあの怖い剣か。
それにしても今目の前にあるこの剣はだいぶ雰囲気が違って、禍々しさが先に立つアレとは正反対の神聖な感じがした。
「ジェイドさん。コレも触媒ってことは、やっぱり持っていかないとダメなんですよね?」
「まぁそうなりますね。陛下、これをお借りすることは出来ますか?」
大佐の言葉に少し考えるそぶりを見せた後、にやっと笑った陛下にほんのりと嫌な予感が走る。
「そこの可愛いお嬢さん達におねだりしてもらえたら貸してやるよ」
明らかに面白がっている様子を見たナタリアが、半眼で「そういうのをセクハラと言いますのよ」と陛下を睨んだ。
俺はといえば、即効で的中した予感に苦笑するしかない。
「まったくもう陛下ってばまたそういう冗談言って、」
「じゃあ野郎共もやれ。ほらリックさっさと」
「……あれ!? 冗談じゃないんですか!?」
「なに言ってんだ、俺はいつだって本気だろ」
そうでした。
やると言ったからには、とにかく、絶対に、とことん、やる人だ。
いつに無い真剣さでもって真っ直ぐにこちらを見据えてくる青。
普段の執務も同じくらい真剣に取り組んでくれたなら、大臣さん達の胃薬の量も少しは減るんだろうにと目頭を押さえつつ、与えられた指令を脳内で反芻する。
「おねだり、ですよね」
「ああ」
「……ど、土下座とか有りですか?」
「俺をどれだけしょっぱい気分にさせるつもりだ。何だ! あれか! お前の言動パターンは対ジェイド用のみか!!」
そう言われても、泣いてすがってへばりついての懇願ならばなんかもう自信があると言ってもいいほど実行してきたが、おねだりと言われるとさっぱりだ。
ぴんと来ない表情のままの俺を見て短く溜息をついた陛下は、悩むほどのことじゃないだろうと人差し指を立てた。
「貸してくれってのを可愛く言うだけだ、出来るだろ?」
ああ、なるほど。そう言われれば何となく分かる。
とりあえずやる事は分かったけど、それはそれで難しいというか何というか。
だけどこれはやらないと引っ込みがつかなさそうだ。うーん。可愛く……。
「ぴっ、ピオニーさぁん?」
「うんうん。なんだ? リック」
「剣を貸してくれたらオレすごく嬉しいー……んですけど~……」
ひきつる頬でどうにか満面の笑顔をつくり、こんな感じだろうかと小首をかしげて見せる。
陛下がにっこりと笑った。
「よし最っ高に気持ち悪いな。次」
「やらせといて!!」
だから声と体はまごうかたなく二十五歳の男なんだってば。