空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act73 - 三分の一くらいの複雑な感情

 

 

 セントビナー、マルクト軍基地。

 出迎えてくれた元帥に活き活きと敬礼を向ける。

 

「マクガヴァン元帥! お元気そうでなによりです!」

 

「ほっほ、わしはもう元帥でないと毎度言うとろうに。ジェイド坊やが言い続けとるからかお前さんも直らんの」

 

 目配せを向けられた大佐が何食わぬ顔で肩をすくめたのを見て、また少し笑った元帥は、そのふわふわの白いひげを撫でながら楽しげに首を傾げた。

 

「いやしかしリック、またちょこーっと大きくなったようじゃなぁ」

 

「いえ、あの、だからオレもう体の成長自体はとっくに止まって……」

 

 困惑する俺に、ただ穏やかな笑みだけが返ってくる。

 

 そして「さて」とひとつ話を切った元帥が、大佐やルーク達をぐるりと見回し、空気を軍人のものに切り替えた。俺も自然と背筋が伸びる。

 

「またえらいことになっとるの。セントビナー駐留軍も最低限の警備を残して、兵を向かわせる手はずを急ぎ整えておるが」

 

 静かに眼鏡を押し上げた大佐がそれに頷く。

 

「ええ、よろしくお願いします。しかし今日の我々はまた別件でして」

 

「ほう?」

 

「あっ! そういえば元帥にお土産があるんですけど、」

 

「あなた空気の読まなさが陛下に似てきましたねぇ」

 

 うきうきと荷物袋を降ろそうとしかけた体勢のまま固まって身を震わせる。すみませんお土産のこと思い出したら嬉しくなってつい。

 冷や汗を浮かべつつかえりみると、大佐はチーグルを追い払うように手を振りながら、いつもの笑みを浮かべた。

 

「ああ。もういいのでそのまま続けてついでに説明もしてください」

 

 はい、と冷や汗の名残もそのままに返事をする。ちなみに説明役を逃れたガイはちょっと嬉しそうだった。しまった。絶対ガイのほうが説明上手いのに。

 

 とりあえずお土産を元帥に渡したらすごく喜んでくれて、締まりなく照れ笑いをしていると後方で大佐が細長ーく息をつく音が聞こえた。

 だが振り返ろうとした瞬間に、説明、と一単語で促され、半ば条件反射のように背筋を伸ばし元帥に向き直る。

 

 そして道中で大佐から聞いた触媒の名前を思い起こそうと頭をひねった。

 確か陛下のところで借りたのが聖剣ロスト、セレ、スティ……だから、えーと。

 

「あの、ま、魔槍? ブラッド……ペイン? っていうのを」

 

「はい心底不安そうに言わない」

 

「ハイ振り返って確認しな~い」

 

 輝く笑顔のジェイドさんと、半眼かつ半笑いのアニスさんからの流れるような教育的指導にびくりと肩を揺らし、急いで顔の向きを正面に戻した。

 

「そっ、それをちょっとの間だけ貸してもらいたいんです!」

 

「魔槍ブラッドペインじゃと? どうしてまたそんなものを」

 

「えぇええとぉ」

 

 どこからどこまで話せばいいものだろう、と事の起こりから記憶を探る。

 

 メジオラ高原でルーク達が拾った剣。トリトハイムさん。惑星譜術と触媒。

 それで。

 

 『ゲルダ・ネビリム響士だ』

 

「――…………」

 

「いやなんか惑星譜術っていうすごそうな譜術使うのにいるそうなんだけど! それがそうらしいそうなんだよ!! な! リック!?」

 

「え!? あ、そ、そうそうそうなんですよ! なぁルーク!」

 

 怒涛のごとくまくしたてながらバシバシと肩を叩いてきたルークに、はっとして俺も勢いで話を合わせ引きつる笑みを浮かべた。ついでにルークに目で平謝りする。ごめん俺また表情消えてたんだな。

 多分後ろにいるみんなにはこっちの顔まで見えなかったはずだが、それにしてもバカ正直にも程があるだろうと自分の表情筋を内心で罵る。

 

 目の前にいる相手はさすがにごまかせなかったろうと、恐る恐る様子を窺ったが、元帥はどうやら違うことに気を取られていたようだった。

 

 惑星譜術の触媒と聞き、それならいいが、と神妙な様子で呟いている。

 

「何か引っかかることでもあるんですか?」

 

 その歯切れの悪さをやはり不思議に思ったらしいティアさんの問いかけを受けて、少し考えるような沈黙の後、元帥は静かに口を開いた。

 

 譜術士連続死傷事件。

 

 俺も前に何かの資料で見た記憶があった。まるで魔物だったと、元帥は語る。

 次々と譜術士を襲い、討伐に乗り出したマルクト軍の一個中隊を壊滅させた。犯人は、たった一人の譜術士だったという。

 

 そして元帥はマクガヴァン家が保有する例のふたつの触媒を使って、その譜術士をどこかへ封じたそうなのだ。

 封じるしか手が無いほど、そのひとは強かったんだろう。……世の中にはまだまだ怖そうな人がいるんだなぁ。

 

「まあとにかく、危険な武器じゃから扱いには気をつけるんじゃぞ」

 

「じゃあ貸してくれるんだな?」

 

 表情を明るくして訊ねたルーク。だが元帥はそこで、少し首を傾げた。

 

「ただ、あれはもう息子のグレンに譲ったものでなぁ」

 

 その言葉を聞き、今度は自覚して眉根を寄せた俺に、アニスさんが「あーあ」とばかり苦笑を浮かべたのが見えた。

 

 

 

 グレン将軍は今、市街地の視察に出ているという。

 

 戻るのをずっと軍基地で待っているのも何だし、息抜きやら買出しやらも兼ねて、グレン将軍を探しにみんなでセントビナーの街並みへ繰り出した。

 

 各々わりと好きなようにばらけて歩く中、俺はいつもどおり大佐のナナメ後ろあたりの位置を維持しながら、ぐるりとセントビナーを見渡した。

 立て続く世界の危機にも負けず、着実に生活を取り戻していく街の姿は、見ているほうもなんだか明るい気持ちにさせてくれる。

 

 こんなふうにゆっくりとセントビナーを回るのは久しぶりな気がした。

 この間は、まぁ、それどころではなかったから。

 

 柔らかな銀色が脳裏をよぎる。

 

「そういえば、これはただの独り言なんですが」

 

 歩調を緩ませかけた俺の耳に届いた呟きに、はたと顔を上げる。

 そこで少し離れてしまった青い軍服の背中を見つけ、すぐに足取りを速め、隣……よりやや後ろに並んだ。

 

「ジェイドさん?」

 

 レンズ越しの赤い瞳を覗き込むと、真っ直ぐに前を見据えたまま、大佐は少しだけ口の端を上げた。

 

「カシムは今、セントビナーに住んでいるそうですよ」

 

 その言葉に思わず目を見開く。

 妙なばつの悪さを感じつつ、俺は半眼でそろりと視線をそらした。

 

 

 

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