空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
復旧が進む街の中、数人の兵と共に壊れた橋の様子を見ていたグレン将軍は、こちらの姿に気付くと心底面倒なものを見つけてしまったというように顔を顰めた。
かと思えば隣に立つリックも、ネビリムさんの話をしている時とはまた違った珍しい不機嫌顔だ。表情に反し、体はきっちり敬礼姿勢をとっているのが奴らしいが。
あれ、もしかしてこの二人、あんまり仲良くないのか。
今更ながらそんなことに気付いて、ルークはさほど昔でない記憶を探る。
だがセントビナーに来るときは何だかんだと余裕がないことが多くて、リックがどんな様子でいたのか、いまいち覚えていなかった。
グレン将軍がいくつか指示をとばすと、揃った敬礼をみせてから周囲の兵が散開する。
そしてひとつ息をついてからこちらに向き直ったグレン将軍が眉根を寄せながら発しかけた言葉は、「あ」とルークの隣でふいに上がった声に遮られた。
殊更 眉間の皺を深くして睨み下ろすグレン将軍もなんのその、マイペースに荷物を探ったリックがやがて取り出してきたものに、仲間達はそれぞれ苦笑やら溜息やらを零した。
「……なんだコレは」
グレン将軍はそれを見て寸の間 固まった後、小さく聞き返した。
うん、まあ、普通そういう反応になるだろう。
だがリックは至って平然と(むしろ誇らしげに)それらを掲げる。
「差し入れのオタオタぬいぐるみとグランコクマ団子エビアップル味です」
「いらん」
「ちょ、何でですか! 元帥は喜んで受け取ってくれましたよ!?」
「よその基地へ勝手に妙なものを増やすな!!」
つい先ほど訪ねたマクガヴァン元帥のところでも同じようにその二品を渡していた光景を思い出し、ルークも力なく笑みを零す。
確かにマクガヴァンさんは本当に喜んで受け取ってくれていたけど、それはあくまでもマクガヴァンさんだからだ。孫がくれたどんぐりを微笑ましく取っておく祖父の心意気だ。
というかなんでグレン将軍も同じチョイスで行けると思ったんだアイツ。
まぁ仲良くないはずの相手にも、しっかり差し入れ持ってくる辺りは本当にらしいと思うが。
ひとしきり言い合った後どうやら根負けしたらしいグレン将軍は、オタオタぬいぐるみとグランコクマ団子エビアップル味を腕に抱え、疲れたように話を戻した。
「それで、何の用だ?」
「あ、えーと。ちょっと魔槍ブラッドペインを貸してもらいたいんだ」
宥めるようにリックの背を叩きながら、ルークは若干忘れかけていた本題を口にする。マクガヴァン元帥にはすでに話を通してある、とジェイドが言葉を添えた。
すると一瞬渋い顔をつくりかけたグレン将軍は、はたと思い直すように口を引き結ぶ。
そうして彼は不本意そうながらも、どことなく困り果てた様子で、「それならば」と息を吐いた。
「貸すのは構わないが、代わりにひとつ頼みごとを引きうけてほしい」
「頼みごと、ですか?」
ティアの問いにグレン将軍は周囲をちらりと窺ってから、少し抑えた声で答える。
「実は先日、父が飼っていたブウサギが散歩中に逃げ出してしまったんだ」
「アウグストがですかっっ!!?」
「うわ、食いついた」
勢いよく身を乗り出したリックの姿にアニスが半眼で呟く。
詰め寄られたグレン将軍は心身共に若干引き気味になりつつも、深く頷いた。
「ああ。しかも街の外に出て行ってしまってな。幸い、父にはまだばれていないが……」
アウグストというそのブウサギは、現在ルーク達が所持している聖剣ロストセレスティをピオニー陛下に献上したとき、代わりに頂いたのだという。
ただペットが脱走したという話にしてはグレン将軍がやけに気を揉んでいると思ったらそういうわけか。
ひとり納得するルークの隣で、リックがいつになく深刻そうな顔で自分の服の胸元を握り締めた。
「そんな、まさか、街の外なんて……」
「な、なんかまずいのか?」
その雰囲気に押されてこちらも少し焦りを覚えながら問い掛ける。
物憂げに眉を顰めたリックは、己の記憶に思いを馳せるように、その揺れる瞳を細めた。
「アウグストはお散歩好きで好奇心旺盛だけど、ちょっとドジっ子なんです」
「ドジっ子」
「あまり運動神経が良くないんだ」
視線で説明を求めたアニスにグレン将軍が淡々と解説を加える。
そんな二人の会話にも気付かず「一匹で街の外になんて出たらどうなるか!」と嘆くリック。どうでもいいけどアイツさっきから整った顔の無駄遣いっぷりが半端じゃない。
グレン将軍がひとつ咳払いを零す。
「……その上、どうやら外で魔物の血が目覚めてしまったらしくてな。街にも近寄ろうとしないので、捕獲が難しい」
ましてやマクガヴァン元帥に内密に事を運ばなければならないとなると余計だ。あまり人を動かすわけにもいかない。
そこまで話を聞いたところで、ルークはひくりと口の端を引きつらせた。
だからまあ要するに、そういうことだ。
「ブラッドペインを貸してくれる代わりに、俺達にそのブウサギを捜せって?」
「うむ」
「またブウサギかよ……」
隣で肩を落としたガイが手の平で顔を覆う。自分達はそのうちブウサギ捜しの達人になれるんじゃないだろうか。
この短期間に二度目となる捜索依頼に脱力しつつも、それで大事な家宝を貸してもらえるならいいかと腹を決める。
振り返って視線を交わした皆からも、まあやってみようか、という苦笑が返ってきた。ちなみにルーク達のそんなやりとりの横では、ジェイドが無言でリックの背を蹴り飛ばしていた。
引きうけることを伝えると、グレン将軍は相変わらず厳しい顔つきながらも、どことなくほっとしたように敬礼をする。
「アウグストは赤いリボンをつけているから、見ればそうと分かるはずだ。頼んだぞ」
まだ視察が終わっていないというグレン将軍とはあの場で別れ、先ほど辿ったセントビナーの道のりをそのまま戻りながら、ルークは溜息をついた。
「捜すとは言ったものの、本当に見つかんのかな~」
前回の宮殿内に限定されたブウサギ捜しですらそれなりに手こずったのだ。
それが今度は街の外。捜索範囲は無限大。……ちょっと言い過ぎか。
すると隣を歩いていたリックが、先ほどジェイドに蹴られたらしい場所をさすりながら苦笑した。
「まあまあ。きっとすぐ見つかるよ、みんながいるんだし」
ルークはそこで、ふと、足を止めた。
気付いたリックが数歩先で立ち止まり、こちらを振り返る。
「……そーだな、みんないるよな」
「? うんうん。みんながいるもんな」
不思議そうに首を傾げながらも、笑って頷いたリックの顔を見据え、言葉を返そうと開きかけた口をすぐに閉じた。
確かに言いたいことがあるはずなのに、うまく纏まらない。
そうこうしているうちに、買い足す道具の確認をしていたアニス達に呼ばれたリックが、荷物袋と共に前のほうへ駆けていってしまう。
その背を眺め、未だ形にならない妙な違和感に眉を顰めていると、いつのまにか傍に来ていたガイにぽんと肩を叩かれた。
リックとのやりとりを見ていたのだろう、ゆったりと笑みを浮かべたガイが首を傾げる。
「どうした?」
「いや、なんか……」
がしがしと頭をかく。正直自分でもよく分からない。
なんでもないはずの会話に、違和感を覚えた。少し前なら気にも留めなかったはずの、音の中に。
「なんか、な」
先ほどの響きを思いだして、ルークは不満げに顔を顰めた。
だって、“みんながいる”なんて。
あいつが、まるでそこに自分は含まれてないみたいに、言うものだから。
べつに今に始まった話じゃなくてリックの物言いはずっと“そう”だったのを、“ルークが”聞き流せなくなったというだけの変化。