空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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ガイ視点


Act74 - 森をかけるブウサギ(前)

 

 

 身をかがめて草むらを覗きこんでいたガイは、その奥になんの気配も察せられないことを確認して、ひとつ息をついた。立ち上がって腰を伸ばすついでに周囲を見回す。

 

 鬱蒼とした、というほどでもないが、中々根気の入った樹木が生い茂る、セントビナーから程近い森の中。

 魔物にもテリトリーというものがあるので、外に飛び出したからとそうそう行動範囲は広げられないだろう、というなんだか魔物博士と化しつつあるリックの言葉により、手始めにこの森を捜索することになった。

 

「みんな、あんまり遠くに行くなよ!」

 

 このあたりにはさほど強い魔物はいないはずだが、念のためお互いの声が届く範囲以上には離れないことにしてある。

 

 そう声をかけるとどこかから「はぁいガイ先生~!」とからかい調子のアニスの声が聞こえた。

 「ハーイ先生~」と続いて上がった語尾にハートマークでも付いてそうな悪ノリ三十五歳の返事に遠い目になりながらも、あちこちから全員の返事が聞こえてきたことにとりあえず安堵する。

 

 ああ、いや、全員ではなかったか。

 

 上がらなかった約一名の声の主をちらりと見やった。

 すぐ傍の草むらの隙間から覗く、鮮やかな赤い髪。

 

 きっと先ほどから続いているのだろう考え事で、頭がいっぱいなのに違いない。

 思わず小さく笑ってから草むらをかきわけ、そこで眉間にしわを寄せながら、なぜか草むしりをしているルークの隣に屈み込んだ。

 

「で、リックがどうしたって?」

 

「うわぁっ!!」

 

 面白いくらい驚いたルークが、目を丸くしてこちらを凝視する。

 そして思考に没頭していた自分に気づいたか、ばつが悪そうに頬をかいた。

 

「……や、まだなんか、うまく言えねーんだけど」

 

「ははっ。そんなの気にするなよ、うまく言えることのほうが少ないんだから」

 

「なぁガイってたまにひどくね?」

 

 肩を落として じとりと半眼になったルークに、慌てて「いやそれがお前の良い所でもあるぞ!」と力強く付け足した。

 必死に慰めようとするガイの姿に、ルークは冗談だよと苦笑を浮かべてから、纏まらぬままの素直な言葉をぽつぽつと落とし始める。

 

「アイツさ。“仲間”って言わないよな」

 

「そう、だったか?」

 

 首を傾げて、リックの言動を思い返してみる。

 だがそれはガイでさえ、言われてみればそんな気もするが、という程度の意識しかなかった。

 

「“みんな”って言うときも、なんか、他人事みたいで」

 

 どこか、拗ねたような声が耳に届く。

 ここ最近はとんと聞くことが少なくなっていたその響きに、ちらりと横を窺い見る。

 

 その先で予想通り不満そうな顔をしていたルークが、がしがしと髪をかきまわした。

 

「別にあえて言うようなことじゃないのは分かってんだけど、あー、ちくしょ、なんつーのかな~!」

 

「うんうん。大体伝わってるから落ち着け落ち着け」

 

 脳が情報処理の限界を訴え始めたらしいルークに苦笑しつつ、ガイもあらためて思考を巡らせる。

 

 まあ、クセの強いメンツだ。仲間という言葉を改めて口にする機会は元より少ない。

 だが友達だ恋愛だと何かにつけては明るくはしゃぎまわるあの男がその単語を口にしないというのは、確かに不自然なことかもしれない。

 

「……アイツが俺達のことを仲間だと思ってないとか、そんなんじゃないってのは分かるんだ」

 

 己が覚えた違和感の輪郭をなぞろうとするように、ふと目を細めたルークが呟く。

 

「むしろ、」

 

 そうして何事か続けかけたが、その先はまだうまく纏まっていないのか、代わりとばかりに押しだされた小さな溜息。

 じっと地面を睨むルークから静かにそらした目を伏せて、微笑んだ。

 

「それだけ分かってりゃ充分だろ」

 

 ルークが感じている思いを表現する言葉を、ガイはおそらく持っている。

 

 だが、それは他人の口から伝えられるものではなく、自分で見つけ出すものだということも、知っていたから。

 それ以上、何も言わずにまた笑みを深くしながら瞼を押し上げた。

 

 そしてルークのほうへ視線を滑らせて、固まる。

 

 丸くてでかいシルエット。つぶらな黒の両眼。真っ赤なリボン。

 

「ガイ?」

 

 不思議そうにこちらを向いたルークにはやはり何も言わずに、というか言えずに、ガイはそっとルークの隣を指差した。

 

「は? 何……」

 

 示されるまま振り返ったルークが、ギシリと動きを止める。

 

 荒々しく地面に打ち付けられるヒヅメ。

 ぶひ、と響くは何やら剣呑な色を帯びた声。

 

 双方見つめあったまま、経過したのは十秒か、二十秒か。

 

「居たぁーーーーっ!!」

 

「ルーク! た、立て! かわせ! 急いで!」

 

 アウグストらしきブウサギを指差して叫ぶルークの首根っこを掴んで引っ張る。

 直後、丸い巨体が鋭い風を残しながら今までルークのいた場所を通り過ぎた。

 

 そして直線上にあった木に勢いそのままの突進を仕掛ける。

 ごづん、と鈍い音のあと、大木がぐらぐらと揺れて木の葉をちらした。

 

 二人で呆然とその光景を眺める。

 

 大したダメージもなさそうに軽く頭を振ったアウグスト(仮)が、つぶらな目を吊り上げてこちらを睨んだ。

 口の端を引きつらせ、立ち上がったルークと共に後ずさる。

 

「お、おい、ガイ。本当にアイツなのかよ!?」

 

「いや、確かに赤いリボンをつけちゃいるが……」

 

 今目の前で鼻息荒くヒヅメを打ちつけている姿は、野生のブウサギ以上の迫力だ。

 どうにも自信を持てないでいるうちに、騒ぎを聞きつけた仲間達が集まってくる。

 

「おや、見つけましたか」

 

 最後に悠々と歩いてきたジェイドの後ろから顔をのぞかせたリックは、騒ぎの中心となっている赤いリボンのブウサギを見て ぱっと表情を輝かせた。

 

「アウグスト! こんなところに!」

 

 その言葉にルークと顔を見合わせる。

 やっぱりこれがそうなのか。頬を冷えた汗が伝った。

 

 そして意気揚々と近寄ろうとしたリックを諌め、よく見てみろと促す。

 アウグスト(確定)は ぎらりとした目でリックを睨んで、ひときわ強くヒヅメを打ちならした。

 

 するとリックが雷にうたれたように数歩後ろへよろめく。

 口元を手で覆い、うすく涙を滲ませた目を細めた。

 

「アウグスト、なんて、凛々しい顔つきになって……! やっぱり冒険は子供を大人にするんですね……大事に育てるばかりじゃダメなんだなぁ……」

 

「ちょっ、成長を噛みしめてる場合じゃないってばリック!」

 

「あれ見ろ! 荒武者の眼光だぞ!?」

 

 アニスと二人で左右から必死に訴えるも、感動に浸っていて気付く様子のないリック。

 

 その姿が、突如視界から消えた。

 

 そして次の瞬間。

 リックがいたはずの場所を、アウグストが疾風のように走り抜けていく。

 

「うわっ」

 

 腕をかざして土煙から目を守りながら視線をめぐらせれば、離れた草むらからリックの足が突き出ていた。とりあえず無事らしい。ルークが慌てて救出に向かっている。

 

「すごい勢いですねぇ」

 

 走り抜けていったアウグストの背を眺め、ジェイドが涼しい顔で呟いた。

 どうやらリックはジェイドに蹴り飛ばされたようだ。ブウサギに轢かれるのと、軍仕込みの蹴りで二メートル少々吹っ飛ばされるのと、一体どちらがマシなのかはガイには分からなかったが。

 

 思わずアウグストの背を見送りかけていたナタリアが、はっと表情を引き締める。

 

「そうですわ、追わなくては!」

 

「……そ、そうね!」

 

 有言実行と駆けだしたナタリア。

 なにやらうっとりと頬を染めていたティアもまた、我に返って地を蹴った。

 

「ルーク……お、お花畑で、ユリアさまと銀色の髪のお姉さんがカレー作ってたよ……?」

 

「リック! しっかり!!」

 

 そして草むらに突っこんだまま目を回していたリックが、ルークに引っ張り出されて意識を取り戻す。うん、取り戻したはずだ、多分。

 

 ジェイドはその様子をちらりと窺って、「さて、我々も行きましょうか」と肩をすくめた。

 

 




走り去るアウグストのぷいぷい揺れるおしりと尻尾の可愛さにうっとりしていたティアさんです。
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