空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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ガイ視点


Act74.2 - 森をかけるブウサギ(中)

 

 

 普段なら、木々や魔物が息づく微かな気配のほかは静謐な空気に満ちているのだろう、この森の一角は、今。

 

「そっち行ったぞナタリアッ!」

 

「逃がしませんわ!」

 

「アウグストぉお~~っ!!」

 

 ……ひたすらに騒々しいざわめきに満ちていた。

 駆けまわる王族二人と兵士一人を眺めながら、ガイはひとつ苦笑を零す。

 

 発見から はや数十分。標的は想像以上に手ごわかった。

 

 アウグストはこちらを試すように、一定の範囲内で、付かず離れずの距離を保ちながらずっと逃げ回っている。

 しかも逃げ一辺倒かと油断をすれば、弾丸と見まごうような容赦のない突進に襲われるのだ。

 

 ナタリアとルークの間を華麗にすり抜けて、その先で威風堂々と胸を張るアウグストの姿に思わず目が遠くなる。あれは人間でいうところの仁王立ちだろうか。

 

「数多の死線をくぐり抜けてきた老将軍みたいなたたずまいになってるなぁ」

 

「グレン将軍が頭を抱えるわけね……」

 

 少し前から同じようにあの戦いを傍観しているティアも、ガイの呟きを拾って苦笑した。

 そりゃ小規模編成での捕獲を諦めたくもなるだろう。とりあえずドジっ子の称号は返上だ。

 

「……あの、譜歌で眠らせましょうか?」

 

 背後から飛びかかったリックが鋭いヒヅメキックを額にくらって倒れ込んだところで、ティアはこれで幾度目かになる提案を口にする。

 すると髪や服に葉っぱやら何やらを引っかけたままのナタリアとルークが、ぐりっと勢いよく振り返った。

 

「もう少しだけお待ちになってティア! これは私達が、自らの手で為すことに意義があるのです!」

 

「ああ! 俺は絶対にあきらめない!」

 

 この状況じゃなきゃ良いこと言ってんのになぁー。

 心中で零した思いはすぐ再開した追いかけっこの喧騒に紛れて消えた。

 

 そんな二人に「がんばってくださーい」と他人事みたいな声援を掛けているジェイドは、とっくの昔に手頃な木の幹に寄り掛かって見物体勢だ。

 少し前まで頑張っていたアニスも、今はジェイドの隣に座り込み、ぱたぱたと手で自分をあおいでいる。「うは、三人共よくやるなぁ」と半ば呆れたような半眼を向けていた。

 

 まあリックの場合はもはや慣れだろう。普段から数時間に及ぶブウサギとの鬼ごっこを繰り広げている男だ。

 ルークとナタリアはあれでいて負けず嫌いなところがあるし、こうなるとちょっとやそっとじゃ諦めない。

 

 あの三人がアウグストを捕まえるのが先か、心折れてティアに譜歌をお願いするのが先か。

 結論が出るにはまだ掛かりそうだと、走り回る彼らを見てガイはまた苦笑を深めた。

 

 そのままぼんやりと、先ほどのルークとの会話を思い起こす。

 

 仲間、と。

 それだけの言葉を口にしないリックに今まで違和感らしいものを抱かなかったのは、多分、出会ったときからずっと“そう”だったからだ。

 

 確かにこの旅で、ルークと同じようにリックも変わっていった。

 いっそ感心するほど臆病だった一人の男が、世界を見て、人と触れ合って、誰かのために立ち上がる心を知った。

 だが改めて考えてみると、その中でただひとつ(ジェイドに関してを除き)一貫して変わっていないように思える事がある。

 

 リックの、自分に対する評価、だ。

 

 先のルークとの喧嘩。

 その要因の一辺が見込み通りのルークへの劣等感ならば、まったく変化がないわけではないのだろうが……。

 

 薄く眉根を寄せて、目をすがめる。

 

「おやおや、考えごとですか?」

 

「ぅお!?」

 

 突如隣から聞こえてきた からかい調子の声。

 びくりと肩をはねさせて声のしたほうを振り向けば、ジェイドがいつも通りの顔で微笑んでいた。

 毎度のことながら気配がしない男だ。心臓あたりを手で押さえながら横目にジェイドを窺った。

 

 そして少し声量を落とし、呟く。

 

「……ルークがな、言ってたんだよ。リックは仲間って言葉を使わないって」

 

「なるほどなるほど」

 

 わりと神妙なトーンで向けた話題に返ってきた適当すぎる相槌に、ガイはじとりと半眼になって肩を落とした。

 

 ああ、なるほど、あんたは全部お見通しか。

 ちょっとばかり引きつる笑みを零してから深々と溜息をついたガイをちらりと見たジェイドが、小さく笑った。

 

「貴方も難儀な性格ですねぇ。ほっとけばいいじゃないですか、どっちも」

 

「いや、そうは言ってもなぁ……」

 

 思わず渋る言葉を返したガイに、ジェイドはふと口元に乗せた笑みをからかうようなものへ変えた。

 

「きっとガイが思うほど、二人共いつまでも子供のままじゃありませんよ」

 

 それは、いつか己が口にしたのと同じ音。

 ほぼそっくりと返されて、ガイはしばし瞠目した後、くしゃりと笑った。

 

「ははっ。俺もまだまだ過保護のばか親か」

 

「まぁ甘やかすのは貴方の役目ですから、いいんじゃないですか?」

 

「そりゃどうも」

 

 くつくつと込み上げる笑いを喉の奥で噛み殺しながら、今も繰り広げられているアウグストとの攻防戦に視線を戻した。

 

 するとルークが単独で目標を追っている構図に、おやと目を丸くする。

 いつのまにやら、他の二人の姿が見えない。ヒヅメキックに倒れたリックをナタリアが介抱しているのだろうか。

 

 しばらく逃げ続けていたアウグストが、そこで鋭くブレーキを掛けて身をひるがえした。また突進を仕掛けるつもりらしい。

 だがそんなアウグストを見て、ルークがにやりと口の端を上げた。

 

「今だ!」

 

 その声に呼応して、ルークの正面、アウグストの背後の草むらが揺れる。

 

「アウグストっ! そろそろお家に戻らないとみんな心配するだろ!」

 

「今度こそ観念してもらいますわよ!」

 

 いつから潜んでいたのか、そこで颯爽と立ちあがったのは、額に未だくっきりとヒヅメの跡を残したまま、凛々しい顔で拳を握るリック。

 続いて、アウグストを中心に三角形を作りあげるような位置の草むらから、王女の威厳と輝きを放ちつつナタリアが立ちあがる。

 しかし二人揃って持ち前の資質の使いどころを明らかに間違えているのが少々気がかりだ。

 

 今じゃない、それ今じゃないだろうとぶつぶつ呟くガイの隣で、三人の布陣を見たジェイドが、単純だが効率のいい方法だと口の端を上げて笑う。

 

 アウグストを中心にした三方向へ陣取る形。

 このままアウグストが動きを止めるなら、三人掛かりで捕獲。誰かに突進をしようとアウグストが走り出したとしても、背にする位置にいる誰かが捕獲することが出来る。

 

 なるほど。勝率の高い手段だ。

 とりあえず自分達の手で捕まえられればルークやナタリアは満足するだろうから、後は振り払われる前にティアに譜歌で眠らせてもらえばいいだろう。

 

 さすがに戸惑った様子で耳を揺らしているアウグストを前に、ルークが勝ち誇った笑みを浮かべて声を上げる。

 

「どうだ見たか! 俺達のチームプレイ!」

 

 さりげなく“俺達”と“チーム”を強調したルークだったが、何ひとつとして気付いた様子のないリックから輝く瞳で「すごいやルーク!」とてんで狙い外れの声援を送られていた。

 これはもう、ルークには根気よく頑張ってもらうしかないだろう。なにせ相手は大ベテランだ。何のとは言わないが。

 

 三人と一匹が、しばしの間 無言で睨みあった。

 

 そして、先に動きを見せたのはアウグストだ。

 意を決したようにルークのほうへ視線を定め、ヒヅメを強く地に打ち付けた。一か八か、ルークの横を抜けることにしたらしい。

 

 アウグストが地面を蹴ったのを見計らい、ルークが叫ぶ。

 

「今だ、リック!!」

 

「ああ!」

 

 丸い背に飛びかかろうと駆けだしたリック。

 その勢いのいい出足が、すかん、と硬質な音を立てて何かに引っ掛かった。

 

 次の瞬間。誰からともなく「あ」と声が零れる。

 目から入ってくる映像が妙にゆっくりと流れて見えた。

 

 軽く宙を舞ったリックの体は、直前までの勢いも相まって転がるように前方へと吹っ飛び、アウグストの横をすり抜けて、目を丸くしたまま固まっていたルークを巻き込んで――――。

 

 三秒後、周囲に響き渡った騒音と悲鳴に、ガイは思わず顔を押さえて空を仰いだ。

 

 

 

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