空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act74.6 - だから、いまは、まだ

 

 

 セントビナーに戻り、直属の兵士さんに頼んで連絡を取ってもらっている間、待機場所として指定された宿屋で束の間の休息を満喫することしばらく。

 やってきたグレン将軍はいつもの無愛想な表情のまま、お待たせして申し訳ない、と律儀に一礼してみせた。

 

 そこでふと片眉を上げたグレン将軍が、怪訝そうに俺を一瞥する。

 

「何だそれは、……剣か?」

 

「コレに関しては何も触れないでやって下さいお願いします」

 

 いつになく真剣に懇願してみせた俺を、彼は寸の間オバケにでも会ったような顔で見たが(むしろオバケに会ったのはこっちだ)その足元からちらりと顔をのぞかせたアウグストに気がつくと一転、表情を明るくした。

 

「アウグスト!」

 

 そして安堵の息をついたと同時に、よかった、と思わず零れたらしい呟きをうっかり耳に留めてしまい、俺はついと視線をそらして咳払いするふりで口元を隠した。

 陛下からの賜りもの、もとい賜りブウサギだからあれほど気を揉んでいたのだろうと、当然のように思っていたけど。

 

「……リック一等兵、何を笑っている」

 

「いえ別に、なんでも」

 

 何ともいえない微妙な表情を精一杯険しくした顔で思いきり睨まれて、同じくどういう顔をつくればいいのか分からずにいるこちらも途方もなく半端な顔で、今度は顔ごと視線をそらして一歩後ろに下がった。

 

 ルークがそんな俺とグレン将軍を不思議そうに見やっていたが、そのうちに本来の目的を思い出したのか、改めて彼に向き直る。

 

「これで、ブラッドペインを貸してくれるんだよな?」

 

 言われてはたといつもの固い表情を取り戻したグレン将軍が、もちろんだと頷いた。

 そして傍らに立てかけてあったそれから高価そうな巻き布をほどくと、今までの触媒同様、独特の雰囲気を放つ一本の槍が姿を現した。

 

 魔槍ブラッドペイン。

 なんだか最初に手に入れたあの怖い剣に似た印象を受ける槍だった。ルークが丁寧にそれを受け取る。

 

 すると要件が片づくが早いか、アウグストの件は父上にはくれぐれも内密に、と俺たちに再度 釘を刺し、グレン将軍はさっさとアウグストを引きつれて宿を出て行ってしまった。

 去り際にちょっとこちらを振り返ってくれたアウグストに、名残惜しさを感じつつも手を振り見送ってから、ひとつ息をついた。

 

 何にせよこれで触媒は三つめだ。なかなか良いペースではないだろうか。

 

「なんだか、他の触媒もわりと順調に見つかるかもしれませんねぇ!」

 

 うきうきと笑って拳を握ると、まあここから先は手掛かりゼロですけどね、と和やかな口調であえてそれ以上 明言しない大佐の言葉が即座に返ってきた。

 例のアレと出会って一戦交えた段階でもうすでに順調という言葉から程遠いことは痛いほど実感済みのくせに心にもないことを言うなって事だろうか。すみませんジェイドさん。ただちょっと前向きなこと言って腰元にある新たな剣の圧力から逃れたかっただけなんです。

 いや、もしかしたらそこまで含めて読まれた上で、なのかもしれない。だって大佐だし。

 

 とにかくブラッドペインは無事に借りられたのだ。自由に動き回れる時間が限られている以上、あまりのんびりしているわけにもいかない。

 必要な物資を調達したらすぐに出発しなければならないが、その前にマクガヴァン元帥に挨拶をしていこうという話になった。

 何せ俺達がブウサギ捜しの対価として借りたコレはマクガヴァン家の家宝なのだ。とりあえず無事に借りられたと報告だけでもしていきたい。

 

 宿のご主人に軽く挨拶をしてから、俺はまだ持ち慣れない新しい剣の重心をすこし直して、みんなに続き宿を出た。

 

 するとふいに隣に並んだルークが、翠の瞳でこちらを見上げて「あのさ」と首を傾げる。「うん?」と俺も釣られて首を傾げた。

 

「俺、リックとグレン将軍って仲悪いのかと思ったんだけど、もしかしてそういうわけじゃねえの?」

 

「え、いや、悪いよ」

 

 思わず即答すればルークの顔にありありと浮かんだ困惑と動揺に、俺は慌てて次の言葉を探した。

 

「その、たぶん向こうもオレのことキライだろうし、っていうかオレもキライだし、だから仲は悪いんだと思うんだけど、なんていうか……」

 

 なんていうか。はっきりしない音を何度か繰り返す。

 “大好き”とは違う、こういう微妙な感情を伝えるのはやっぱりまだ得意ではないのだけれど、その中でも精一杯の言葉を探す。

 

 そういえば前にもルークとこんなやりとりをしたっけ。

 あのときは――ネビリム、さんの話だった。ひとつ息をつき、肩をすくめる。

 

「…………キライだけど、悪くはない、と思う」

 

 ぽつりと零して、何だか妙に気恥ずかしい気持ちになりながら頭をかいた。

 ルークは怪訝そうに眉根を寄せて、そんな俺をまじまじと見返してくる。

 

「お前の言うことっていっつもよくわかんないよな」

 

「い、いっつもって事はないだろ!!」

 

 そこで心外だと胸を張って言い返せないものがある己の言語力を自覚しつつも勢い反論すると、ルークは一瞬動きを止めた後、何だか満足げにその相好を崩した。

 

「そうそう、んな感じ んな感じっ!」

 

 独り言のような呟きと共に ばしばしと背中を叩かれる。

 それに「う、うん?」と半端な相槌を打ちながら、俺はちょっと首を傾げて苦笑した。

 

 

 

 グレン将軍から無事にブラッドペインを借りられた事を報告すると、マクガヴァン元帥はそうかそうかと朗らかに笑って、その真っ白なひげを撫でた。

 約束どおりアウグスト脱走の件については何も喋っていないのだけれど、もしかしたら元帥は全部お見通しなんじゃないかという気がふいにした。だってゼーゼマン参謀総長と同じく、元帥はあの大佐の師匠みたいなものなのだから。

 

 きっと読心術のひとつやふたつやみっつ……と真剣に考え込む俺の横で、あの、とルークがひかえめに声を上げた。

 

「ちょっと聞きたいことがあるんですけど、えっと、ルグニカ紅テングダケの栽培って、やっぱりまだ無理……ですか?」

 

 シュザンヌ様――ルークのお母さんの薬を調合するために必要なルグニカ紅テングダケ。セントビナーで栽培されていたそうなのだが、崩落の影響で入手不可能になっていたキノコだ。

 

 みんながキノコロードの奥地から採ってきた分でしばらく持つということだったが、あんまり長引くとさすがに補えなくなるかもしれないと気になっていたのだろう。

 不安そうに眉根を寄せたルークに、元帥は柔らかく微笑んで返す。

 

「詳しくは調べてみんとわからんが、街の暮らしは少しずつ安定してきたからの。そう遠くないうちに流通も再開できるじゃろう」

 

 シュザンヌ様は、俺にとっても――恐れ多い話だが――お母さん、の憧れみたいなものだ。やっぱり心配ではあったので、その答えにルークと顔を見合わせて、ほっと息をついた。

 

「あと元帥、他の触媒については何かご存じですか?」

 

 大佐の問いに、元帥は覚えがないとひとつ首を傾げる。

 おおむね予想済みだったのか、大佐は特に落胆する様子もなく、そうですかと肩をすくめた。

 

 やっぱりここからはノーヒントらしい。軍の準備が終わるより、ヴァンが動き出すより前に、全部見つかればいいんだけどなぁ。

 いや、こればかりは時の運だ。弱音なんか吐いている間に行動しなければ、とノワールの教えを思い出して己を鼓舞する。

 

 するといつのまにかマクガヴァン元帥への挨拶を終えたみんなが退室していくのに気付いて、慌てて頭を下げ、ルークの後に続いて最後に部屋を出ようとした俺を、元帥が呼びとめる。

 とっさに立ち止まると、すぐ前にいたルークも気付いて足を止めていた。

 

「フリングスのことは、残念だったなぁ」

 

 静かに微笑んだマクガヴァン元帥の、しかしどこか物悲しい声が、空気を揺らす。

 

 気を落とすなよ、と気遣わしげに向けられた優しい言葉。

 込み上げかけたものを零す代わりに俺は何も言わず敬礼を返し、少し眉尻を下げて、笑った。

 

 

 

 表に出ると、ルークは ばしりと力強く俺の背を叩いてから、前へ走っていってしまった。

 どうやら、元気づけてくれたらしい。そっと微笑んで、あまり遅れないうちにと自分も足を踏み出した。

 

 しかし思ったほど離れてはいなかったらしく、すぐに追いつくことが出来た。

 思い思いにばらけて歩くみんなの背中を眺めながら最後尾を歩く。いつのまにやらルークは先頭にいた。

 

 つい今しがたの出来事を思い出して口元を緩めていると、最後尾の俺のひとつ前、わりと近くに青色の軍服を認めて、俺はちょっと考えてからその隣に駆け寄った。

 

「あの、これ、独り言なんですけど」

 

 赤色の瞳が、硝子越しにちらりと俺を見る。

 

「そのうち見舞いにくらい行ってやってもいいかなと……思います」

 

 俺が、だいきらいな、あの男のところへ。

 

 多分どうにも苦い顔にはなってしまっているだろうが、それくらいは許してもらいたいところだった。

 

 すると大佐はひとつ息をついて、ほんの僅かに口の端を上げた。

 そうですか、と吐く息のついでにみたいに小さく零してから、ふいにその赤の双眸に真剣な色を混ぜ込んで、真っ直ぐ前を見据える。

 

「――では、これも独り言ですが」

 

 そして続いたのは。気をつけなければ聞き逃してしまいそうな、むしろ、聞き逃しても構わないのだというような、ちいさな音。

 

 思わず足を止めた俺を置いて、ジェイドさんはそのまま歩を進めていく。

 しかし風が梢を揺らす音にも紛れず、確かに耳に届いた、言葉。

 

「……………」

 

 強く目を瞑って、開く。吐き損ねた息をもういちど深く深く吸い込んで、吐いた。

 そうして真っ青な空を仰ぎ、その青の鮮やかさに目を細める。

 

「……もうちょっと、だと思うんです。きっと」

 

 だから。

 

 剣の柄に触れる。それを強く握り締めた。

 いつもの自分を取り戻すように小さく笑って、また離れかけたその背を追うべく地を蹴った。

 

 

 もうちょっと。だからまだ。

 

 

 『この街にいますよ、被験者家族(あのひとたち)も』

 

 

 

 ―――いまは、まだ。

 

 

 





>「そうそう、んな感じ んな感じっ!」
軽い感じのお喋りが出来たのが嬉しいルーク。でもそのくらいの言い合いとか砕けた喋り方も本当はもうかなり前からしてるというか、ついさっきバカー!アホー!とお子様ゲンカしたばっかりなんだけど、これもやっぱりルークが改めて意識するようになったからというだけの話。



そのとき彼らは『宿屋で待機中』
リック「ティアさんにアップルパイの作り方を教わったからちょっと厨房を借りて、トウフカレーパイを作ってみたんですけど」
ルーク「何でお前なんでもかんでもジェイドアレンジ加えちゃうの?」
ガイ「いや待てルーク! キッシュと思えばいけるぞ!」
ティア「…………」

でもちょっと苦手食材トウフが辛いナイスガイ。
実は教えてるときからすでにそんな話してたんだけど、大佐大佐とあんまり嬉しそうで止められなかったティアさん。
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