空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
さて、と。
誰からともなく零された囁きを聞いてから、みんながちらと目線を交わし合う。
セントビナーで次の目的地へ旅立つ準備をすっかり整えた俺達は、アルビオールの操舵室に集まっていた。
用意が出来たなら出発すればいいじゃないかと思うだろうが、そうはいかない理由が、今とてつもない存在感を持って目の前に立ちはだかっている。
えーと。
次の目的地……絶賛募集中です。
「ここからどうしたもんかね?」
「いよいよ手掛かり無しですものね」
手を顎を添えて考え込むガイと、頬に添えて首を傾げるナタリア。
それに習うように頭をひねりながら、各々思考を巡らせて唸る。
あてどもなく探すには広すぎるこの世界。
どこでもいいと言われると逆に困るものだと、軍の先輩が語っていたのはデートの場所についてだったか。まさかそんな話を惑星譜術の触媒探しで思い出すことになるとは思わなかったが。
「リックじゃないですけど~、ふたつともマルクト領にあったんだし、他のもマルクトのどっかにあったりして?」
「いや待てよ。確か最初の触媒があったのはメジオラ高原でキムラスカ領だぞ?」
「ですけれど、惑星譜術の研究をしていたのはローレライ教団なのですわよね。それならばダアトではなくて?」
「でも、トリトハイム咏師はあのとき教えて下さった話以上の事はご存じではなさそうだったわ」
口々に零される意見たちに段々と混乱してきたのか、たまりかねたようにルークは頭をかきむしりながら、事態を傍観していた大佐を振り返った。
「……あー!! もうわっかんねぇよ! ジェイド!?」
「やれやれ。ユリアじゃないんですから、いくら私でもそう何でもかんでも知りませんよ」
でも例えば大佐がここで残りの触媒の居所を全部言い当てたとしても、多分みんな驚かないと思います。だって大佐だから。
小馬鹿にするような笑みと共に肩をすくめつつも、そうですね、と赤い瞳を細めた大佐を、みんなで静かに待ってみる。
ふと、その赤が深く思考に沈むように色を増した気がした。
だけど俺が改めてその赤を覗き込むより早く、ジェイドさんはくるりといつもの笑みを浮かべて眼鏡を押し上げていた。
「では、シェリダンなどいかがでしょう」
「ほえ? シェリダンですかぁ?」
きょとんと目を丸くして聞き返したアニスさんに、大佐が頷く。
次の目的地がノーヒント、ということは、極論として言ってしまえば向かうのはどこでもいいのだ。ちなみに先ほどのデートの件の場合はどこでもいいと言いつつ実はどこでもよくないので、慎重に、細心の注意を払って目的地を選べと先輩は言っていたが、俺達の場合はまさに手当たり次第、運と勘に掛けるほかない。
ならば、と大佐は口の端に笑みを乗せた。
「一石二鳥、とまでいかなくても、実益を兼ねられる場所だと思いますよ。ずっと強行軍でしたからね。この機会に一度アルビオールを点検して頂きませんか?」
「そうだな……。それに、あそこには珍しい音機関や発掘品がいち早く集まるはずだ。もしかしたらどこかに紛れ込んでるかもしれないぞ」
そんな真面目な考察をしつつも隠しようもなく瞳を輝かせ顔を緩ませたガイには若干名から生ぬるい眼差しが注がれていたが、触媒探しを抜きにしても確かに一度アルビオールを微調整して貰うのはいいかもしれない。
それに、いつもは街についても何事かあった時のためにと少しの休憩以外はアルビオールに残っていてくれることが多いノエルも、専用の格納庫があるシェリダンなら気を張らずにゆっくり出来るだろう。何よりあそこは彼女の故郷だ。
シェリダンに行くのは、ワイヨン鏡窟にいたチーグルを送り届けに行って以来になる。
アストンさん元気かなぁ、久しぶりだなぁと独りごちていると、傍にいたルークがちらりと俺を見た。
そして何やら言い淀んでから、ちょっと気恥ずかしげに、“ルークさん”を彷彿とさせる得意げな表情で胸を張った。
「俺は、リック達と会う前にアルビオール借りに行ったけどな!」
「あ、そっか~」
「………………」
「どうだった? みんな元気だった?」
触媒探しという目的は忘れていないが、アストンさん達に会えると思えばどうしたって胸は弾む。
瞳を輝かせて聞き返すとルークは何故かぴたりと動きを止め、その後 勢いよく俺に詰め寄った。
「なんっ、おま、~~違うっつーの! そうじゃねーだろ!! 悔しがれよ!」
「え!?」
「なんだよそれルークだけずるいー! とか、なんか、こう、……気軽に!」
「あー、えぇと……ごめん……」
「あやまんな!」
軽く涙目になったルークとそれを大慌てで宥めようとする俺をよそに、それぞれ苦笑やら失笑やらを浮かべたみんなは、シェリダンに向かう手筈を早々と整え始めていた。
*
オイルや金属のにおい。景気良く響き渡る職人さん達の声。
前回来てからまさか何十年経ったというわけでもないのに、そんな気配をひどく懐かしく感じた。
ここの人達がアルビオールの飛行音に気付かないはずもなく、連絡するまでも無く開かれた格納庫、出迎えに集まってくれたみんなの中にアストンさんの姿を見つけて、俺は表情を輝かせて地面を蹴った。
「アストンさぁあ~~ん!!」
全速力で駆け寄る寸前、その首根っこをガッと掴まれる。
「ご老人に力の限り飛び付くのは止めましょうねぇ?」
「…………は、はい」
背後から淡々と響く大佐の声に、視界半分お花畑の残像を残したまま、俺は血の気の引いた顔でこくこくと頷いた。
そんな様子を見たアストンさんが、変わらんなぁと小さく噴きだす。
「ノエルから話を聞いて、お前さんから手紙が来るまではわしらも心配しとったんだが、怪我はもう大丈夫らしいなぁ」
「なんだ、アストンさん達にも手紙出してたのか?」
ルークの問いかけに「うん、まぁ」と眉尻を下げつつ苦笑して、頬をかいた。
「っていうかノエルにさ。最後の最後であれだったろ? 驚かせちゃったし迷惑かけたから、報告がてらお詫びもしたくて」
「リックさん」
呼ばれて振り返ると、停止後の最終チェックを終えたらしいノエルがアルビオールから降りてくるところだった。
「私は、確かに驚いたけど迷惑なんてかけられてません」
軽い足取りでタラップを降りてきた彼女が、俺の前で立ち止まる。
「ただ、すごく心配しました」
「あ……えっと、本当にゴメ、」
「――リックさん!」
きりっと眉をつりあげて表情をきびしくしたノエルに、俺は思わず上官を前にしたときのように、ハイ!と敬語で返事をして背筋を伸ばした。
それを見て、形ばかりだったらしい怒り顔をふっと崩した彼女は、ちょっとだけ呆れたように笑う。
何か言われるのかと思ったけど、ただこちらを真っ直ぐに覗き込んでくる瞳にたじろいで、どうやら今度は自分の番らしいと言うべき音を探した。
謝る言葉ならたくさん持っているのに、それではないのだと、彼女は暗に告げてくる。
ぐるぐると巡る思考の狭間から、やがてひとつの言葉が零れおちた。
「あ、りがとう?」
ずっとずっと、っていうほどではないけど俺にとっては確かに昔。
ジェイドさんが会いに来てくれるのを今か今かと待っていた頃の自分に戻ったみたいな気分だった。
何がいけないのか。どうすればいいのか。どうすれば――笑ってくれるのか。
手探りで正解を探すように、おそるおそる呟いた言葉を聞いたノエルが微笑む。花がほころぶみたいな、笑顔だった。
「はい! どういたしまして。今更ですけど、本当にご無事で良かったです。…………リックさん?」
どうかしましたか、と覗きこまれ、はっとしてすぐに何でも無いと首を横に振る。
ノエルは不思議そうな顔をしていたが、ちょうど出迎えの職人さん達に声をかけられて、元気に返事をしながらそちらへ挨拶に向かった。
「で、お前さん達。今日はどうした? 補給か?」
アストンさんの問いにルークが「えっ」と一度言葉を詰まらせる。
陛下やマクガヴァン元帥はともかく、市民の方達にどこまで説明していいものか迷ったのだろう。ルークはそろりと視線で助けを求めたが、大佐は素知らぬ顔だ。
となれば嘘は苦手なルークのこと、あんまり詳しくは言えないけど探し物をしてるんだ、と伝えられる範囲の現状を正直に口にした。
「ほう、探し物か」
「うん。……って言っても、俺達も具体的にどんな形のものを探せばいいのか分かってないんだけどさ」
「それでこちらに何か貴重な音機関や、珍しい音機関や、素晴らしい音機関や、得体の知れない雰囲気の発掘品などはないかと思いまして」
至極丁寧な様子で言葉を継いだガイの瞳がきらきらしているのは全員それとなく見なかったことにする。
触媒についてはこちらとしても手持ちの情報はほぼゼロに等しく、かなり曖昧な説明しか出来ないのだが、アストンさんはそれ以上 深く訊ねることをせずにひとつ頷いた。
「よく分からんが、お前さん達が見ればその探し物とやらは分かるんじゃな?」
「ええ。見れば、というわけではありませんが、特定する手段はあります」
「……分かった。発掘品の保管室に案内しよう」
実は最近すごいものが見つかったのだと、アストンさんは技術者の顔でにやりと笑った。そして多分、彼らが大切な音機関のある部屋を見せてくれるというのは、本当にすごいことなのだ。
「アストンさん! ありがとうございます!」
深々と頭を下げれば、まぁお前さん達だからの、と彼は目尻の皺を緩めた。
(――――あれ?)
ふと過ぎるのは、さっきのノエルとの会話で感じたのと同じもの。
胸の内がどこかざわめくような、それは。
「新入り小僧、お前も暇な時はいつでも手伝いに来てええぞ。またせいぜいこき使ってやるわい」
それ、は?
「ついでにアルビオールのメンテナンスも頼みたいんだけど、出来るかな?」
「お前さん誰に聞いとるんじゃ。当然、任せとけい」
会話が耳に届くや、すぐさま点検の準備を始めた職人さん達がせわしなく行きかう中で、アストンさんの案内を受けて保管室に向かい歩き始めたみんなの背中を眺める。
(………………)
動いているような、いないような、ぼんやりとした頭で、さらに漠然とした心中の何かを捕えようと目を細めた。
目の前に敷き詰めた答案用紙の、何度も見直したはずの答えに違和感を感じた。何かの尻尾を掴みかけた。そんな気分だった。
背中を逆さに撫でられるみたいに、むずむずとした、とても微かな戸惑いが、頭の奥を揺らす。
「人の事を言えませんねぇ」
「え?」
どれだけ思考に沈んでいても真っ先に耳に入る聞き慣れた声。
はたと顔を上げると、隣に立っていたジェイドさんが出来の悪い生徒を見るような、でもどこか苦笑気味に揺らめく赤い瞳で俺を見ていた。
そして眼鏡を押し上げながらひとつ息をつく。
「いい加減、あなたも思い知ればいいんですよ」
内容のわりに妙に険のない一言を残して颯爽と歩きだしたジェイドさんを寸の間ぽかんと見送りかけてから、すぐ我に返って後を追う。
「え、ちょっ……ジェイドさぁん?」
コンパスの違いを歩数でごまかしてどうにか皆に追いつく頃には、さっきまでの奇妙な感覚は、すっかり鳴りを潜めていた。
人にはさんざん押し付けておいて自分は受け取らないとかマジで無いわせいぜい思い知れ、っていう話。
(この子供は知らない)
想いは、返ってもくるのだということ。