空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
「いやぁ~すごかったな! あの音機関! 洗練されたフォルム、無駄のない造形……!」
興奮冷めやらぬ様子のガイをアニスさんが半眼で見たり、大佐が流れるようにスルーしたりしながら、俺達はシェリダンのドックから集会所に向かう坂道を歩いていた。
結論から言えば発掘品の中に触媒はなかった。
だけど、なんというか、正直俺も物凄く楽しかった。
はしゃぎまわったせいでまだ顔がぽかぽかしている気がする。
確かに譜業とか音機関とか結構好きかもしれないと思いはじめてはいたが、何かちょっと本当に、自分でも予想外なくらい面白くて、そんな己の反応に何だか戸惑ってしまったがゆえに、俺はガイと語り合うにもルークと苦笑し合うにも半端な宙ぶらりんの立ち位置で、それとなく皆を眺めていた。
これさっきから何なんだろう、とまたひょっこり顔を出した覚えのない感情を持て余す。
いつかみたいな嫌なもやもや感ではないのだが、胸の奥がほんのりとほてるような、どうにもそれはむずがゆいような。
とりあえず悪いものでは無さそうだし、そこまで深く考える必要はないのかもしれない、と思いつつもなんとなく正体を探してしまうのは、もしかするとあまり良くない癖なんだろうか。だって深く考えたら負けだって大佐が言ってた。陛下が突如ミスグランコクマコンテストをやりたいって言い出した時とかに。
「えーと、それじゃあ」
切り出す声を聞いて、はたと意識を引き戻す。
集会所の前。
ルークが腰に手を当てて、さっきドックのほうでざっくりと決めたこれからの予定を改めて口にしていた。
「アルビオールのメンテナンスは明日の昼には終わるらしいから、それまで――とりあえず今日のところは手分けして街で触媒探しってことで、また日が暮れる頃ここに集合……で、いいか?」
この触媒探しにおいて俺達が唯一持っている手掛かりと呼べるもの、それが今まで入手したいくつかの触媒だ。
要するにさっき発掘品保管室でやったように、共鳴反応を利用するべく譜術封印を解いた触媒を手に街を練り歩こう、という足で探すという言葉をまさに具現化させた作戦だった。
ちなみにどれくらいの距離まで共鳴が起こるのかと先ほどルークと俺で実験したところ、目測だが半径三メートル強が限界とみた。
例えシェリダンに触媒があったとして本当にこれで見つかるのかと言ってはいけない。俺とルークの実験の段階で正直それはみんな思った。
しかしもう何度も言うが、ノーヒントなのだ。
ただでさえザオ砂漠から一粒のアップルグミを見つけ出すような、泣きたくなるほどのノーヒント具合なのだ。オタオタにもすがりたい心持ちだ。
それを思えば、とりあえず見つけた時にそうと分かる手段があるというのは、何とも心強い話に思えた。
「触媒はみっつだから~、三チームに分かれないとね」
「旦那、組分けに関しては何かあるか?」
「そうですねぇ。やはり多少は譜術に明るいほうが干渉音を聞き取りやすいですから、それを踏まえると――」
大佐の助言を元に、てきぱきと組分けが構成される。
ルークとナタリア。
ガイとアニスさん。
大佐とティアさん。
そして。
俺。
「ハイそれじゃあ出発しましょうか~」
「…………え……ちょっ、おおお!? いや待って下さい待って下さい! 三十秒でいいからオレに喋る時間を下さい!!!」
なんですか騒がしいですねぇと向けられた明らかに面倒くさい人を見るような視線にもめげず、俺はさっさと場を後にしようとしていたジェイドさんを呼びとめた。
しかしこれはさすがに俺悪くないだろうと思いつつも反射で「すみません!」と謝ってしまうのはもうどうしようもない。
「あ、あの、三手に分かれるんでしたよね?」
「触媒が三本ありますからねえ」
「……三手ですよね?」
「兵士たるもの、用件は分かりやすく簡潔に伝えるべきですよリック一等兵」
「…………な、何でオレだけひとりぼっちなんですかぁああ!」
俺はうずまく疑問をこの上なく分かりやすく簡潔に、ついでに半泣きで叫ぶ。
何か、シェリダンでの滞在時には必ず俺を置き去りにするという決まりでもあるのだろうか。そんなまさか。あ、いや、二回目のときは自分から残ると言ったんだけど。
いよいよ盛大に涙を滴らせつつ詰め寄った俺の額を雑に押し戻しながら、ジェイドさんは先ほどまでの半ば演技がかった渋い表情ではなく、比較的 素に近い様子で薄く眉根を寄せて「大丈夫ですよ」と息をつく。
「貴方には得体の知れないものに対する自前のセンサーがあるじゃないですか。野生のオタオタにも勝る超一級のビビリセンサーが」
「それあんまり嬉しくないです……」
「リック~、じゃあ私たち先に行ってるね~」
「が、頑張れよ!」
そんな殺生な。
こういうときの大佐に逆らうのは怖いと知ってか知らずか、いや、今までの旅を通して十分承知済みらしいみんなが生温かい声援を残しに散っていく。唯一大佐とペアということで残されたティアさんがちょっと居心地悪そうに視線を泳がせていた。
「えっと……オレも大佐とティアさんのチームに混ぜてもらっ、」
「おおーっといけない。もう三十秒経っていましたよリック」
「え」
「それではティア。私達も行きましょうかねぇ」
確かに三十秒下さいって言ったけど、まさか本当に三十秒ちょっとしか貰えないとは。
それに戸惑いながらも了承を返し、申し訳無さそうにこちらを顧みたティアさんも、やがて今度こそ颯爽と歩きだした大佐を追って行き、ふたりの姿が街中に消えれば、残されたのは俺一人。
まぁこれが魔物のたくさんいる見知らぬ森の中というわけではなく、活気に満ちた職人さん溢れる見知った街中とあっては、さすがの俺も嫌です嫌です一緒に行きますと派手に追いすがることは出来なかった。
というか前なら追いすがっただろうが、それを耐えられるくらいには成長したのだ。したと思いたい。視界が滲むのは気のせいだ。
「でも本当になんでオレだけひとりぼっち……」
前の時はイオン様を守るっていう役目があったからこその留守番だった(はず)。
大佐はああ言ったけど、正直俺にはどれが触媒かなんて見当もつかない。
この寂しすぎるだけの手ぶらの四手目に何の意味が……。
「―――― あ」
胸を過ぎった答えに、目を丸くする。
それからくすぐったくも温かい気持ちで、気の抜けた笑みを零した。自分の髪を一度くしゃくしゃとかき回してから、空を仰ぐ。
「……イエモンさん達のお墓参り、行くなら行ってこいって事かぁ」
みんなと一緒に行くには、まだそれぞれ胸の内に残る傷は新しかった。
俺もそうであるなら別にいい。
でも、行くつもりがあるのならば。
そんな遠回り過ぎる気遣いがいかにもあの人らしくて、苦笑する。
ジェイドさんは不器用で、その優しさも、やっぱりとても不器用だ。
「さて、と」
ひとつ息をつき、辺りを見回す。
お墓の場所を訊ねに行くのなら、このまま集会所へ。
触媒探しに行くのなら、海岸沿いを走る、右の道へ。
大佐の背が消えた道を振り返り、俺はまた小さく笑って、右の道へと足を踏み出した。