空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act75.3 - ひとりぼっち行進曲(後)

 

 

 海を眺めながら歴史を感じさせる道を歩くことしばし。俺はいかんともしがたい切なさに見舞われていた。

 

 だって、こうなると本当に俺の第四手はまるで意味が無いのだ。

 そんな結論にうっかり泣きたくなるが、まぎれもない事実には違いないのでどうにか涙目で堪えた。

 

 現在手分けをして街中を散策しているみんなのどの組でもいいから見かけたら即刻混ぜて貰おうと考えつつ、ひとりでうんうんと頷いていると、金属同士がぶつかり合うような高く澄んだ音が耳に届いた。

 

 剣が交わる時のものとはまた違う、もっと軽い音。

 それがどこから聞こえてきたのかを考える暇もなく、次の瞬間には脳天に、すかんっ、と景気の良い音が響き渡った。

 

 頭が真っ白になったのはほんの一瞬で、その次の瞬きのときには、突き抜けてきた痛みに頭頂部を抑えて蹲る。

 

「ーーーーっ!?!?」

 

 痛い。油断も相まって尋常じゃなく痛い。

 悶絶しながらも、反射的に原因を探ろうと滲んだ視界を周囲に巡らせれば、何かが少し先の地面をころころと転がって、やがて重力に沿いぱたりと倒れた。

 

 首を傾げて、頭をさすりながら近寄って見ると、それは黄金色をした小さな歯車だった。

 

「あれ? ……えーっと」

 

 思わず胸元から首飾りを引っ張り出して確認する。

 しかしあの煤けた歯車は、ちゃんとアニスさんから頂いたリボンの先にしっかりと揺れていた。それによく考えたらこれとは違って、そこの歯車はまだ新しいもののようだ。

 

 拾い上げた歯車を手に辺りを見回してみるが、ひと気はないし、ざっと見る限りこれが落ちてきそうな建物も無い――。

 

「あ」

 

 焦点を近場に絞っていたせいで見過ごすところだった。

 

 岸壁の突端から、海にせり出すように建てられた高い塔。

 そういえばこんなのあったっけと、この街で過ごしていた時の記憶を呼び起こす。

 

 しかしあそこから落ちたのだとすれば、明確な意図を持って投げつけ、なおそれなりの幸運が作用しないと俺に直撃することはないはずだが、そんな事をして得する人がいるとも思えない。

 

 となるとこの歯車は、

 

 七割くらいの確率でそうなったであろう、海に直接落下する、わけでもなく、

 二割くらいの確率でそうなったであろう、こちらと塔を繋ぐ丈夫そうな金網で出来た通路の隙間から海に落下する、ということもなく、

 

 残りの一割+奇跡的な何かでもって、通路を固定するボルトか何かにぶつかって跳ねあがり、崖際を歩いていた俺の頭頂部に当たった、ということになる。

 

 まさかそんな不幸な偶然があるわけない。といえないのが俺の悲しいところである。

 うん。そんなことも俺ならありえる。いや別に泣いてないよ。

 

 目のふちがじわりと熱くなるのも まあいつもの事とスルーして、改めて塔を見上げた。

 

 歯車を笑うものは歯車に泣く。部品ひとつひとつが音機関の命。

 イエモンさん達の下で叩きこまれた技術者の心得を思い返し、俺は歯車を握り締めた。

 

 

 

「すみませーん」

 

 こんこんとノックを二回。反応は無い。

 だけど中からは、ここシェリダンではよく耳にすることの出来る、絶え間ない金属のぶつかり合う音が聞こえてくる。

 

 誰かがいることは間違いないようだ。

 そっと扉に手を掛けると、それは軽い軋みを伴って簡単に開いた。

 

「あの、すみませーん。どなたかいらっしゃいますか……?」

 

 再度声を掛けながら、隙間から顔をのぞかせる。

 

 すると中には女の方がひとり。

 彼女はそこで初めて俺に気付いたらしく、あっと小さく声を零して、手にしていた工具をおき、こちらにやってきた。

 

「ごめんね、気付かなくて。何か用事?」

 

 手にしてた歯車を見せ、表で拾った旨を告げる。

 嫌な奇跡具合が自分でもまだ切ないので直撃したことは伏せておいたが、多分この建物から落ちてきたんじゃないかと尋ねると、彼女は何やら慣れた様子で苦笑した。

 

「多分ロケットじいさんだね」

 

「ロケットじいさん?」

 

 思わず聞き返せば、いうなればここのリーダーの事だと丁寧に説明をしてくれた。

 ここは何と空どころか、宇宙に飛び出すための音機関を研究、開発している場所なのだという。

 

 街の突端に建てられた塔で、ロケットを作りだそうとしている研究者。

 

 それで、ついたあだ名がロケットじいさん。

 そう言って彼女は明るく笑った。

 

「おじいさん、いつもはそんな事ないんだけど、試作品の構想が浮かんでその場で仮組み始めると夢中になっちゃうから」

 

 その最中に何かのはずみで落としてしまったのだろうと、俺の手の中の歯車を指さす。

 そうして、とりあえず重要な部品ではないだろうから心配しなくていいよと彼女が肩をすくめた。

 

「まあでも、君さえよければ乗りかかった船だと思って、ロケットじいさんに届けてあげてよ。屋上にいるけど、表の昇降機 使えば楽に行けるから」

 

 告げられた言葉にぱちりとひとつ瞬きをして、俺は掌できらきらと光る歯車に視線を落とした。

 

 

 塔の脇にひっそりと設置されたそれは、だけど紛れもなく昇降機だ。

 さすがは譜業の国にある職人の街シェリダン。こんなところまで抜かりない。

 

 バチカルで昇降機や天空客車に乗った時と同様、ちょっとどきどきしながら乗り込んで、起動させる。

 頬をなでる海沿いの風と重力を心地よく感じていると、あっという間に一番上に着いて昇降機が止まった。

 

 すると屋上の隅で、ああでもないこうでもないと独りごちながら、工具と部品に囲まれている人影を発見し、おそるおそる近づいていく。

 

「あの」

 

「ここの動力を繋いで、その分パイプをこっちに移せば……」

 

「えーと、あのぉ……」

 

 真横に来ても気付いてもらえなかったので、もう一度と出しかけた声を、その手元を見て飲み込んだ。

 

 イエモンさん達の作業場でも時たま見た光景。

 実際の作業に入る前に、精巧なミニチュアを作って再現し、まず簡単に動作を確かめる。

 

 そのひとの手元で組み上がっていくその“仮組み”は、さほど詳しくない俺から見ても高い技術で構成されていると分かるものだった。

 ここで思い出すのは癪だけど、ディストが作ったカイザーディストを見たときの感覚にちょっと近い。

 

 思わずぽかんと口を開けて魅入っていたら、ふいにその組み立てる動きが止まった。

 

「……何だ、お前は」

 

「ぅひえ!?」

 

 びくっと身をすくませて仮組みから意識を引きはがせば、今まで作業に没頭していたおじいさんが、いつのまにか不思議そうにこちらを見ていた。

 俺はなんだかよく分からないけど軽く赤面しながら、すみませんと叫んで反射で飛び退く。

 

「別に謝ることはないだろうが。どうした、俺に何か用か」

 

「あ、あのっ、オレ怪しいものじゃなくて、キルマカレーでもうそろそろ次の一歩を踏み出したいっていうかスパイスとか火加減とか色々試したんですけど!」

 

「よう分からんが一旦落ち着け。……ん?」

 

 慌てる俺を冷静に窘めていたおじいさんはふと何かに気づいたように目を細めた。

 

 まじまじと顔を見つめられ、まだちょっとパニック状態の俺の頭が疑問符に覆い尽くされていると、やがて彼はなにやら思い至ったのか、「ああ」と呟いて相好を崩した。

 

「お前あれだな、一時このへんをうろちょろしてた小僧だろう」

 

「へ? オ、オレのこと、知ってるんですか?」

 

「やかましかったからなぁ」

 

「すみません」

 

 何かもう心の底からすみません。

 

 買出しだ部品の調達だとシェリダンでみんなの手伝いをしている間は結構あちこち走り回っていたのだが、道迷っただ買い忘れがあるだとそれはもう忙しなく(たまに半泣きになりながら)駆けずり回っていたので、最後のころには俺が知らなくても向こうに知ってもらっている事がわりとあった。ついでにいえばそういう時はみんな大体 半笑いか苦笑で接してくれた。

 

 見晴らしの良い塔だから、多分ここから俺のことが見えたときもあったのだろう。

 そう当たりをつけたのだが、おじいさんは予想外に「それと」と言葉を続けた。

 

「イエモンからも話を聞いていたし」

 

「……イエモンさんと、お知り合いなんですか?」

 

 ふいに飛びだしてきた名前に、温かいような、切ないような感情が胸の内をくすぐる。

 小さく息を飲んで、ともすると泣きだしてしまいそうな感覚を受け流してから、そろりと訊ねた。

 

「ああ、まあな」

 

 遠いところを見るように目元を緩めた彼は、このロケット計画にもイエモンさんは携わっていたのだと教えてくれた。

 

 というより、彼がアルビオール計画のほうから離脱したらしい。

 遅かれ早かれアルビオールが完成することが確実となったら、技術者として、更なる高みを目指したくなったのだと。

 

「誰も考えつかない空の上に行きたくなったのさ」

 

 そう言って彼は小さな子供みたいに目を輝かせた。

 

 これもまた、ひとつの“覚悟”であるのだろうか。

 だけど不思議と、いつもそれを目の当たりにした時に感じる恐怖は湧いて来なかった。

 

「あの赤い髪の坊主たちも仲間なんだろう? イエモンが褒めていたよ、骨のある奴らがいるってな」

 

「……イエモンさん」

 

「あとちっとも骨の無いよく泣く若造もいると」

 

「あ、オレそっちですね」

 

 即座に分かってしまうというのも悲しい話だが、それも紛れもない真実である以上もうどうしようもない。

 イエモンさん、そんな言わずともすでにシェリダンの方々に軽く周知の事実となっていることをあえて語らずとも、と涙目で虚空を見つめる。

 

「――だが、えらく楽しそうに音機関を触る奴だと言っていた」

 

「え、」

 

 そうして彼は、そうかお前が、と呟いて目を細めた。

 

 楽しそうに? 俺が?

 イエモンさん達を手伝っていたときはまだみんなの指示を聞くだけで精一杯で、そんなことを考えている余裕なんてなかった、はずだ。

 

「なるほどな、“新入り”か。お前どうだ? ここで俺と一緒にロケットを作らんか」

 

「あ、……えっ、と」

 

 頭の中がぐるぐるする。なんだこれ。

 今までの出来事や、思考や、感情が走馬灯のように脳裏を通り過ぎて行った。

 

 そうだ、この混乱は覚えがある。

 “知らない”と思っていた事を、実は“知っていた”。

 

 そんな瞬間、の。

 

「――………っ!」

 

 かっと顔が熱くなった。

 うずくまり、とっさに両手で顔を押さえて己の感情に悶絶する。

 

 ああ、なんだ、そうか。俺は。

 

「おい、どうした?」

 

 “オレ”は本当に、譜業が“好き”なのか。

 

「坊主?」

 

「~~~……うわ、いや、すみません。あ、と、オレ、軍人やってるんで今お手伝いとか出来なくて……それもすみません」

 

 慌てて立ち上がって謝るが彼は一切気にする様子もなく、なら軍を辞めたら来い、となぜか自信に満ちた顔で言うものだから、こちらも思わず笑って「ハイ」と頷いてしまった。

 

 そんな俺を嬉しげに見つめてから、彼が空を仰ぐ。

 つられるようにして仰ぎ見た空は今日も青く、果てに掛かる譜石帯がはっきりと見えた。

 

 彼らは、あれの更に向こうに行こうとしているんだ。

 なんだか想像もつかないな、と思った。

 

 空の向こう。譜石帯の向こう。

 明日の自分。はるかはるか、未来の自分。

 

「お前さん、夢はあるか」

 

「え? えぇと……どう、なんですかね」

 

 突然の問いかけに、纏まらない頭であやふやな返事をする。

 

 なりたい自分がある。成さなければいけないことがある。

 だけどその先は? 俺はどうしたいのだろう。何が、出来るのだろう。

 

 何がしかの言葉を紡ごうとして、しかし何も形作らずに口を閉ざした俺に、彼は静かな声で「夢を持つといい」と言った。

 

「小さくても、大きくても、いくつあってもいいんだ。コレのためなら頑張れるってもんを腹ん中に抱えとけ」

 

 いかにも技術者らしい節ばった拳が、とんと俺の腹を叩く。

 

「それのせいで辛い思いすることもあるかも知れないが、ここぞって時にそりゃあ、でっかい力になる」

 

「……小さくてもいいなら、目下のところキルマカレーの完成が夢です」

 

「おお。それで上等だ」

 

 そうして彼が、口の端を上げて笑う。

 込み上げた感情に押し出されるように目尻に滲んだ涙を瞬きでごまかして、俺も笑った。

 

 そこでふと、いつのまにか太陽の位置が随分と下がっていたことに気付く。

 まずい。いくら事実上 無意味な四手目とはいえ、触媒探しをしなくていい理由にはならない。とりあえず誰かと合流出来るまで、骨董屋さん等にそれらしいものが無いか探して来なくては。

 

 そろそろ行かなくてはならない旨を告げてから、ちらりと彼を窺い見た。

 

「――――また、ここに来ていいですか?」

 

 俺の夢。俺の未来。漠然と胸の奥に沈む気持ち。

 それをいつか、強い思いで、はっきりとした言葉で、心の真ん中に据えられる日は来るだろうか。

 

「ああ。好きにしろ」

 

 そんな思いに、出会えるだろうか。

 

 勢いよくふいた海風に釣られて、胸元で歯車の首飾りが揺れた。

 

 

 

「ところで、そりゃもちろん軍人を辞めてから来るんだろう?」

 

「い、いやー、それは……どうかなー……」

 

 




ロケットじいさんと。

じいさん、イベント中は「俺が~」とか「~だがな」とか結構若々しく喋ってるんですが、イベント外で話しかけたときは「~じゃ」とかイエモンさん達と同じ感じになってるので、どっちにしようか迷ったんですがイベント中の口調で統一しました。
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