空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act75.4 - (   )までのディスタンス(前)

 

 

 体を半分ほど海の向こうに隠した太陽を横目に、集会所前に集まった俺達は、お互い捜索の結果を報告し合った。

 一通り情報を交換したところで、誰からともなく息をつく。

 

「やっぱりそうそう見つかるもんじゃないよね~」

 

「今まで順調だったっていうのは、手掛かりがあったからだしなぁ」

 

 疲れたように肩を落としたアニスさんに、ガイがそう言って「仕方ないさ」と苦笑した。

 簡単に見つかってしまったら危険ですものね、と頬に手を添えて相槌を続けたのはナタリアだ。

 

 確かにそうほいほいと見つかるものなら、とっくの昔に誰かが惑星譜術を手に入れてしまっていただろう。それで良い人が集めてくれたんだったらいいが、万が一 悪用でもされたら大変なことであるし。

 そんなふうに考えれば多少見つかりづらくても仕方がないと思えてくるものだった。決してせめてそう思わないと心が折れそうだとかそういうわけではない。

 

 まぁ何にしろまだ探し始めたばかり。

 諦めるには早いですよね、と心の中でロケットじいさんに語りかけつつ、拳を握った。

 

「それでルーク、これからどうしますか?」

 

「え?」

 

 突然の問いかけにきょとんと翠の目を丸くしたルークに、大佐が言葉を重ねる。

 今日はここまでで終わりにするとして、もう何日かシェリダンに滞在し引き続き捜索をするのか、はたまたアルビオールのメンテナンス終了に合わせて別のところへ行くのか、ということだった。

 

 すると特に決めていなかったのか、ルークはまるでオタオタの性別鑑定をしろと陛下に言われた俺のごとく、難しい顔で「うぅうん」と唸りながらしばらく悩んでいたが、やがて勢いよく顔を上げて凛々しく眉を引きあげた。

 

「……ここで粘れば見つかるって保証もないし、こうなったら運だもんな! よし、別の場所に行こう!」

 

「まぁ移動すれば見つかるという保証もありませんがね」

 

「ジェぇえイドぉ!」

 

 せっかく決めたんだから揺らぐような事を言うなと大佐に詰め寄るルークの姿に苦笑して、俺は「じゃあ今からは自由行動ですね」と会話を繋いだ。

 

 移動のない日の夕方から夜にかけては、各自わりと好きなように過ごす事になっている。補充しておきたいものがまだいくつかあるので、俺はいつもどおりこれから買い出しの予定だった。

 

 まだ開いているだろうかとお店の営業時間を思い起こしつつ、足りないものを脳内でリストアップする。

 ええと。グミやボトル関係はセントビナーで買ったから、日持ちのする食糧をもう少し……。

 

「それじゃ、私は必要物資の調達に行ってくるわ」

 

「そういうとこ相変わらず固いよなぁ、要するに買い物だろ? 俺も行くよ」

 

 苦笑交じりのルークの言葉に、ティアさんは「そうかしら」と気恥ずかしげに呟いてから、その青い瞳を俺に向けて首を傾げた。

 

「一応、何が不足してるかは把握していると思うのだけれど、念のためメモを書いてもらってもいい? リック」

 

「え、あ、ハイ……じゃなくて! 買い出しならオレ行きますよ!!」

 

 戦闘やら何やらで常日頃 力になれない分、こんなところでくらい皆の役に立ちたい。

 慌てて引き止めるがティアさんは小さく笑って、かぶりを振った。その動きに合わせて長い髪が柔らかく揺れる。

 

「たまには私達に行かせて。いつも、リックが行ってくれているでしょう?」

 

「いや、でも、そんな」

 

 俺がおろおろしながら更に言葉を重ねようとすると、ティアさんの隣にいたルークが突然、ああもう、と声を張り上げた。

 

「いいから任せとけよ! 俺達っ、なか、」

 

 言いかけて、ルークはぴたりと動きを止める。

 そして口を真横に引き結び、勢いよく身をひるがえして集会所の中に飛び込んで行ったかと思うと、すぐに何かを手にして戻ってきた。紙とペンだ。

 

 押しつけるようにルークがそのふたつを俺に手渡す。

 そうして「買ってくるもん書け」と淡々と言われてしまえば、兵士魂の染みついた体は条件反射のようにそれを実行するほかなかった。

 

 半ば混乱したまま、先ほど思い浮かべていた品々を書き記してそのメモを返せば、彼はどことなく据わった目で「よし」と鷹揚に頷く。

 

 そのままくるりと背を向けて、堂々と肩で風を切りこの場を去っていく赤を呆然と眺め、ああしているとちょっとだけ後ろ姿がアッシュに似てるなぁ、なんて取り留めのないことを考えた。

 「まったくもう」と困ったように微笑みながら、ティアさんがそのあとを追って行く。

 

 二人の背中へと差し出しかけた右手は、何ひとつ成果を上げることなく空を切って、やがてぱたりと落ちた。

 

「お、怒らせちゃった、かな」

 

「いやあ、ルークは怒ってるわけじゃないと思うぞ」

 

 ガイはそう言いながら俺の肩を軽い調子で叩いてみせると、こちらを覗き込むようにして、その穏やかな空色の瞳に俺を映した。

 

「――……分かるだろ?」

 

「え、」

 

「さて、と。俺はアストンさんのところに作業を見学させて貰いに行くか!」

 

 ひとつ手を打って嬉しそうに表情を緩めたガイに、アニスさんが「ほんと好きだね」と呆れたような半眼を向ける。

 それにひらりと手を振って返したガイは足取り軽く、ドックに続く道のほうへ歩き去っていった。

 

 その背中が消えた方向を眺めながら、言われた言葉を意識の浅いところでなぞっていると、「じゃあ」といつにも増して明るく切り出されたアニスさんの声に、はたと自分を引き戻す。

 

「アニスちゃんはウインドウショッピング~! ナタリアも一緒にいこ!」

 

「ええ、もちろんですわ。リックと大佐はどうしますの?」

 

「あ、えっと。オレは買い物……の予定だったんですけ、」

 

「敬語」

 

「よ、予定だったんだけどね!」

 

 うっかり敬語で返し緑の瞳にじとりと睨まれて、俺は急いで言い直しつつ、頭の中から次にやろうとしていた事柄を引っ張り出した。

 もしも時間があった時には、と思っていたのだが、どうやら叶ってしまいそうだ。

 

「あの時のチーグルに会って来ようかと思うんだ」

 

 そう告げると、アニスさんが記憶を探るように目を瞬かせて、首を傾げた。

 

「あの時のって……もしかしてワイヨン鏡窟で保護した黄色い子?」

 

「はい。中々群れに送りに行ってあげられないから、せめて様子を見て行きたくて」

 

 前から気になってはいたのだが、アブソーブゲートでの戦いの後はしばらく怪我で動けなかったし、その後も何かと忙しく――といっても仕事の量が桁違いな大佐と比べれば俺などましなものだったが、ご落胤騒動だなんだとどうにも休暇を取るタイミングを掴めずにいるうちに今日を迎えてしまったというわけだ。

 

 いっそのことミュウみたいに一緒に来てもらった方がいいのかなぁ、と思ったところで、先ほどルークについて行きそびれてしまったらしいミュウが寂しげに足元で佇んでいるのに気がついた。

 

「なあ、よかったらミュウもあのチーグルに会いに行かないか?」

 

「みゅ?」

 

「そのうちにルークも帰ってくるよ、きっと」

 

 置いていかれる寂しさなら俺だってもう十二分に承知済みだ。

 しゃがんで視線を近付けながら誘ってみると、ミュウはやや名残惜しそうにルークが去ったほうを見た後、はいですの、と少し元気を取り戻した様子で頷いた。お互いに顔を見合わせて笑う。

 

「……では私もついでに、こちらで眼鏡の具合を見てもらう事にしますか」

 

「あ、そっか。大佐の眼鏡って譜業なんでしたっけ」

 

 きらりと光る眼鏡を改めて眺めながらアニスさんが言う。

 集会所の中には作業場が併設されているから、大佐はそこで頼むつもりなのだろう。

 

 あのチーグルもこの集会所にいるとドックを出る前にアストンさんから聞いていたので、俺(とミュウ)と大佐はここがすでに目的地の目前、ということになる。

 

 なので彼女達ともここで一旦解散だ。いってきまーすと手を振ってナタリアと一緒に歩いて行ったアニスさんに手を振り返す。

 そして二人の背が見えなくなったところで、俺はちらりと大佐を窺ってから、ゆっくりとその視線を空に移した。

 

 海の彼方へとほとんど姿を消した太陽の尻尾が、先ほどのミュウのように名残惜しげに空気の端っこを照らすのを見やりながら、一度深く息を吐いて、胸に準備していた言葉を音にする。

 

「行きませんでした」

 

 前後もなくただそれだけを呟くように零したが、ジェイドさんは何も聞かずに、そうですかと短い相槌をうってくれた。

 それに「はい」と頷いて、寸の間ふたりで沈黙を保った後、俺は目を伏せながら再度 口を開く。半分は自分に言い聞かせるつもりであった。

 

「イエモンさん達のところも、被験者家族(あのひとたち)のところも行きません……今は、まだ」

 

 まだという音にこもる意味に、ジェイドさんは気付いただろう。

 顔を上げればこちらを映す赤の瞳。その赤を真っ直ぐとらえて、へへ、と笑う。

 

「こんな中途半端で報告に行ったらイエモンさん達に怒られちゃいますよ。だから全部決着が、」

 

 言いかけて僅かに息を飲み、その言葉を引き戻した。

 すべてが終えたそのときに何が残って、何をなくすのかなんて、今はまだ想像するだけの勇気さえ俺にはないけど。

 

「……答えが、出てから。ちゃんと挨拶に行きます」

 

 傷付けて傷付けて、それからずっと逃げ回っていたあの人達に、俺は、伝えなくちゃいけないことがあった。

 

 ひとしきり話し終えて、いつのまにやら緊張していた肩の力を、息を吐くと同時に抜いた。

 それからはたと思い起こしてジェイドさんを見上げ、首を傾げる。

 

「ところで、眼鏡、調子悪かったんですか?」

 

「いえ別に」

 

「へ」

 

 さらりと戻ってきた返答に目を丸くした。

 

 間もなく、ああそうかメンテナンスか!と俺がひとりで納得していると、赤い目が何やらまじまじとこちらを見ていることに気がついた。

 また何かしてしまっただろうかと一人たじろいでいると、そのうちジェイドさんは不可解そうに眉根を寄せた。

 

「貴方ごくごく稀にものすごく便利ですねぇ」

 

「? えーっと……光栄です!」

 

 よく分からないが褒めてもらったらしいと頬を紅潮させて敬礼する。

 ひょいと肩をすくめたジェイドさんの足元で、ミュウが不思議そうに俺達を見上げていた。

 

 

 




仲間だろ、と言葉で押しつけるのは何か違う気がしているルーク。


>「貴方ごくごく稀にものすごく便利ですねぇ」
ミュウを連れてスターに会いに行く口実作りが物凄くあっさり済んだ大佐。
無意識の場合に限りチーグル的な勘でお役立ちな時があるリック。
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