空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
集会所の中には、ざっと見る限り人の姿はなかった。
しかし工具が鉄を打つ軽快な音色は響いていたから、みんなそれぞれの作業場に入っているのだろう。一体どこまで行ってこれを借りてきたのかなと、先ほどルークに手渡されたペンを見下ろして苦笑する。
「いたですの!」
「ん?」
ミュウが俺の足のあたりをくいくいと引っ張りながら声を弾ませる。
その視線を追えば、奥にある机の影から黄色い毛並みのチーグルが顔をのぞかせていた。
向こうも俺達のことが分かったのか、すぐに足取り軽く駆け寄ってくる。俺はその小さな体を抱き上げて笑いかけた。
「久しぶり! ごめんなー、中々来れなくて」
元気だったか?と問いながら、いつぞや街で見た子連れのお父さんみたいに腕をめいっぱい伸ばして掲げる。えーと、たかいたかい、だっけか。
すると足元にいたミュウが、この子の名前はスターだと教えてくれた。
返事をするように、みゅう、と明るく鳴いたスターを見つめていると、ふいに胸をよぎる感覚があった。
それと同時に感じた既視感。何だか前にも、こんなふうに思ったことがある、ような。
そんな疑問にも満たない、なにがどうだと言葉にすることも出来ない何かに内心首を傾げていると、扉を入ってすぐのところで立ち止まっていた大佐が、かつりと軍靴を鳴らしてこちらに歩み寄りながらミュウの名を呼んだ。
「スターにソーサラーリングを貸してあげて下さい」
「みゅ?」
少し聞きたいことがあるので、と言葉を付けたした大佐に、俺は目を丸くしてミュウと顔を見合わせてから、スターをそっとミュウの隣に下ろしてやった。
ミュウはその胴体をぐるりと覆うソーサラーリングを取り外すと、みゅうみゅうといくつかの言葉を交わして、スターにそれを手渡す。
こうしてみると、ミュウと喋れているのはあのリングのおかげなんだなぁなんて今更のように実感して何だか不思議な気分になる。
大佐はスターの前に膝をつくと、静かに話し始めた。
「あなたは、被験者ですか?」
短く、問いの意味を考えるように大きな耳を揺らしたスターが、はいなのです、と肯定を返す声を聞きながら、思わず動きを止める。
……これは、聞いてもいい話、か?
嫌な汗が額に浮かぶ。
もしかして俺はまた空気も読まずに大佐の邪魔をしにきてしまったのだろうか。
スターに会ってこようと思ってそうそうミュウもいかない?的なことを能天気に口にした十数分前の自分を今更ながらに引っ叩きたくなった。
いやいや今からでも遅くないはずだ。
早々にこの場を立ち去れば、後のエナジーブラストくらいで許して貰えるかもしれない。
「ではレプリカ……もう一人の自分を作られましたか?」
「はいなのです。ディストという気持ち悪い人にやられたのです」
――だけど。
本当にいちゃまずいなら、ジェイドさんは先に理由をつけて俺を遠ざけるような気がした。(町外れに槍落としたから捜して来いとかオタオタにスペア眼鏡を奪われたから取り返して来いとか)
それをしないということは、もしかしてもしかすると、俺はここにいてもいいのか。いや、でもなぁ。
情けなく迷っている間にも会話は目の前でトントンと続いていく。
スターからいくつかの答えを引き出した後、最後に一つ、と前置いてジェイドさんは聞いた。
もうひとりの――スターのレプリカはどうなったのかと。
するとスターは殊更 思案げに目を細めて、多分死んだのです、と答えた。
そして、実は自分は一度死んだのだ、と。
「その後、何かが入ってくる感じがしたと思ったら、自分は死んでいなかったのです」
その時にはもう一人の自分はいなかった。
そう締めくくられた言葉を聞いて、ジェイドさんは何事かをひとつふたつ呟いた後、スターに礼を言って颯爽と立ち上がった。
くるりとこちらを向いた赤い目に、口元を引きつらせる。
「す、すみません別に立ち聞きっていうか、そんなつもりじゃ……! ていうかそもそもお邪魔するつもりではなかったんですが、あの」
しどろもどろの俺には一瞥をくれただけで、ジェイドさんはすぐ足もとのミュウへと視線を移した。
不思議そうに首を傾げるミュウに向けて、そっと人差し指を口の前に添えてみせる。
「ミュウ。今の話は誰にも話してはいけませんよ」
スターから返してもらったソーサラーリングを定位置に戻しながらミュウは、話したくてもボクには訳がわかんないですの、と首を傾げた。なんというか俺も全くの同意見だった。
(……あれ?)
話してはいけない、と。
大佐が言ったのは“ミュウに”だった。
ええと、俺、は?
「さて。それでは眼鏡の具合を見てもらいに行きますか。リック、貴方はどうします?」
「へ!? え、いや」
漂わせた視線がふわふわと落ちて、ふと、手の中にあるペンの存在を思い出した。
己の体温が移った部分から少し持ち手をずらせば、ひやりとした冷たい感触がしみ込んで来て、それに促されるようにして俺は顔を上げた。
「あの……今の話、って」
しかしこれ以上どんな言葉を続ければいいのか分からずに口を閉ざした俺を寸の間 無言で見つめた後、大佐は静かにかぶりを振った。
「今の段階では、何とも言えません」
言葉の意味を考えるより、俺はまず、答えが返ってきたことに驚いていた。
間抜けな顔でぽかんと口を開く。いや、自分から聞いておいて何だけど。
そうこうするうちに大佐はさっさと集会所二階の作業場に向けて歩き出す。その背に慌てて声を掛けた。
「うわ、待って下さいよぉ! オレも行きます!」
ペンを返しに行かなくては、と後を追いかけようとして、はたと立ち止まりスターの前にしゃがみ込んだ。
「なぁスター、オレ達と一緒に来ないか? すぐだとか、いつだとか、はっきりした事は言えないけど、そのほうが早く群れに帰れるチャンスがあると思うんだ」
それすらも、多分、と付け足すしかない不確かな話ではあるけれど、こっちの都合でいつになるか分からないものを待つなら、せめても可能性が高いほうが良いと思った。
スターは真っ直ぐに俺を見つめて話を聞いている。
そして、みゅう、みゅうと一生懸命に声を上げた。
「リックさん」
隣でやりとりを見守っていたミュウが俺の名を呼ぶ。
「スターは群れに帰りたいそうですの。でも、ここの人達も好きだって、言ってますの」
ミュウの言葉にうなずくように、スターがまたみゅうと鳴く。
大きなまん丸の目が俺を見上げて笑った。
「いつか来てくれればいい、自分はここで待っているからって」
それまではこの場所で、大好きな人達と、一緒に。
「……そっか!」
黄色い毛並みをくしゃくしゃと撫でて、目を細める。
何だかみんな、考えることは同じなんだなぁ。
そんなことを微笑ましく思っている内にも、すでに階段の中ごろに差し掛かっている大佐に気付いて立ち上がる。
「そ、それじゃスター、また会いに来るから!」
足元のミュウを抱き上げて身をひるがえす寸前、視界に映した黄色いチーグルに、やはり感じる小さな違和感。
『実は自分は死んだのです』
『その時はもう一人の自分はいなかったのです』
「…………」
理屈も何も、分からなかったけど。
この感覚の正体を、ほんの少しだけ感じとったような気がした。
――翌朝。
ドックのほうに顔を出すと、そこには死屍累々ふたたびとばかりに疲労困憊しつつも、なんだかすごく清々しい、やりとげた顔の職人さん達が待ち構えていた。
その中にはアストンさんだけでなく、煤や油まみれでありながらキラキラと瞳を輝かせるノエルもいた。工具を片手に「お待ちしてました!」と俺達を出迎えてくれる。
「……もしかしてあのまま夜通し作業してたのか?」
昨日の夕方にもこのドックを訪ねたガイが驚いたように問い掛けると、貫徹だとアストンさんが何故か胸を張って答えていた。
いつもアルビオールの操縦をしてくれているノエルに、シェリダンでたまにはゆっくり休んで欲しい、と思っていたのだが、もしかすると逆効果だったか。いや、ノエルがものすごく楽しそうなんだから、これはこれで成功なのだろうか。
「メンテナンスで何か異常が見つかりましたの?」
いくら時間が限られていたとはいえ、メンテナンスだけで夜通し総動員することはないだろう。
心配そうに訊いたナタリアに、アストンさんは「違う違う」と軽い調子で手を振ってみせた。
「点検ついでに、アルビオールを強化しとったんじゃ」
いわく、最近新たに発掘した飛譜石を組み込んだのだという。
細かい原理は分からないが、それによってアルビオールの能力が大幅に高まるらしく、今までは迂回していた砂嵐や雷雨の中でも安定した飛行が可能だと、いつになく興奮した様子で頬を赤らめたノエルが説明してくれた。
あの祖父にしてこの孫ありって感じだね、とアニスさんが苦笑交じりに呟くのを聞いて、俺はなんとなく嬉しい気持ちで「はい」と頷く。
動力そのものの機能も向上したので、雪山等に着陸してもかなりの時間凍りつかずに待機していられるらしい。
触媒を全部集めたら地図にあったロニール雪山に向かう予定だったので、俺達にとっては願ったり叶ったりのパワーアップだ。ありがとうございます、と皆で職人さん達にお礼を言う。
「アルビオールは準備万端です、どこへでもお連れ出来ますよ!」
大変なことや辛いことは確かにあるけれど、そのもっと根っこの部分に、飛ぶことが好きだという気持ちがあるんだろう。
次はどこに向かいましょうかと疲労もよそに笑うノエルの表情からそんな事を感じて、感嘆の息をついた。
俺もそれくらい好きなことが見つかるだろうか。
それとも、もう譜業がそれくらい“好き”だろうか。
気付いたばかりの感情を計ることは出来なかったけれど、見つかればいいなと、遠い夢のように想い微笑んだ。
「次なんだけど、ダアトに行ってみないか?」
ノエルの問いを受けて、みんなに提案するように言ったのはルークだった。
そういえば次の目的地をどうするかで、宿に戻ってきてからもしばらく悩んでいたっけ、と昨夜の記憶を探る。
「ほえ? ダアト?」
「うん。前回 話は聞いたけど、特に探したりはしなかっただろ? もしかしたら触媒って気付かれないまま、どこかにしまってあるのかもしれないし」
シェリダンからならそう遠くないしどうだろうかと皆を見回したルークに、いいんじゃないですか、と大佐がいつもの調子で答える。
「それではさっそくダアトに向けて出発しましょうか。もしかしたら触媒はシェリダンにあるのかもしれませんが、まぁその時は縁がなかったということで――」
「だからせっかく決めたのに迷うようなこと言うなっつーの! 何かもうアンタ単に俺をからかいたいだけだろ!?」
うん、いつもの調子だ!
詰め寄るルークと笑って流す大佐のやりとりを眺めながら、俺は昨日のことを思い出していた。
スターの答えと、大佐の言葉。
気にならないわけじゃないし、自分は何も知らないから何も出来ない、なんて少し前の自分みたいな事を言う気もない。
ただそれが意味するところを知る日が本当に来るのか、それすらも見当がつかないけど。
「……ルークーー!!」
「ぉわあ! 何だよ突然!」
背後から思いきり飛びつくと、驚きつつも引きはがしはしないルークが肩越しに向けた翠の目をじっと見返した。
気になる事も、知りたい事もあるけれど、それは今この時間を笑いあって過ごさない理由にはならないに違いない。
ひとまず疑問は疑問のままに、俺が「へへ」と小さく笑うと、ルークは少しの間むにむにと口元を迷わせた後、やや照れくさそうに、そこへ笑みを乗せた。