空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
ダアトで捜索をするならまずは挨拶をしてこようという事で、俺達はまっすぐ教会へ向かった。
礼拝堂の荘厳な扉を開けると、そこにはトリトハイムさんと、数名の教団員さんの姿。
何やら困り果てたように言葉を交わしている様子を見て、俺達は顔を見合わせて首を傾げた後、その輪へ控えめに声を掛けた。
するとこちらに気付いたトリトハイムさんが、穏やかな笑みと共に「これは皆さん」と教団式の礼をしてくれる。
慌てて敬礼を返した俺の隣に立つルークが、後ろで声を潜めて話し合いを続けている教団員さん達を窺いながら何かあったのかと尋ねると、特に深刻な話というわけではないのですが、とトリトハイムさんは笑みを苦笑に変えた。
「実は今日、この教会の広間で子供向けの劇をやる予定でした」
「でした、というと?」
過去形の言葉尻をつかまえてガイが先を促す。
「少々手違いがあったようで、公演を依頼していた劇団がこちらに来られないという連絡が、先ほど……」
しかし劇をやるというのは随分前から予定していたことで、ここに来る子達や、教会に預けられている身寄りのない子供達はすごく楽しみにしている様子だったらしい。
どうにか都合がつかないかと各方面を当たったのだが、あまり期待できそうにない、という話を交わしていたところに、俺達が来たようだ。
トリトハイムさんは小さく息をついて、胸元に手を添えた。
「ご存じのとおり、現在ローレライ教団は預言の読み上げをおこなっておりません。ですが、だからこそ、少しでも皆様のお心を慰めるお手伝いが出来ればと思いまして」
今はせめて、子供たちだけでも。
そんな思いで進めていた計画だったのだが、どうやら中止にするほかないようだと力なく笑う。
「劇団とまでいかなくとも、代役を立てるわけにはいきませんの?」
労しげにそう尋ねたナタリアに、今までその代役を探して走り回っていたらしい教団員さんのひとりが首を横に振った。
今は有事に備えて信託の盾騎士団が急ピッチで部隊を編制し直しているため、ほかの教団員もほとんどそのフォローと一般業務に追われているそうで、手が空いている者はいないようだ。
「それに衣装や小道具なんかも、すべて劇団のほうで用意してもらう手筈だったんです」
小道具くらいなら有り合わせのもので多少どうにかなるだろうが、子供向けの劇で使うような衣装となるとさすがに無いし、今から作ろうにも時間がないという。
「その劇って、どれくらいにやる予定なんですかぁ?」
「本日の夕刻を予定しておりました」
「うは、さすがに間に合わないなー」
ちなみに今はお昼をちょっと過ぎたくらいだろうか。
アニスさんはお裁縫も得意だから(いつだったかこれも玉の輿修行の一環だと言ってにやりと笑っていた)場合によっては手伝ってあげてもいいと思ったのだろう。しかしいくらなんでも今から登場人物全員の衣装は無理か。
「皆さん、色々心配して頂いてありがとうございます。ですが、こればかりは仕方ありません。残念ですが中止の旨を皆に伝えましょう」
先ほどよりは元気を取り戻した様子でトリトハイムさんが言うと、ほかの教団員の人達も残念そうにしながら、それでも告げられた事を実行しようと動き出す。
子供たちが楽しみにしていた、という言葉を頭の中でなぞって、なんだか自分まで残念な気持ちになってくるのを感じながら、でも俺にはどうしようもないよなぁと眉尻を下げた。
脚本があったって役者がいなきゃしょうがない、
役者がいたって、衣装がなきゃしょうがない。
とてもじゃないが舞台の衣装なんて。
「…………」
ふと、脳裏をよぎった光景。
そこから零れ出た記憶の中にひるがえった六つの色彩に、あっと声を上げた。
「リック?」
こちらの顔を覗き込んできたルークの肩をがしりと掴んで、俺は目を輝かせる。
「アビスマンだよルーク!」
「…………………えっ」
「アビスマンだよ!!」
うきうきと声を上げた俺の視界の端に、何やらものすごく微妙な顔をした皆と、ちょっともう珍しい位あからさまに表情を歪めた大佐の姿が映った。
…………あれ?
「まあ、妙案ではあるよな」
「微妙に納得いかねーけどな」
子供たちが出入りする場所で練習するのはまずいので広間の隣のホールへ移動して、台本代わりの絵本を片手になにやら話しているガイとルークの隣、俺は荷物袋から例の衣装を引っ張り出して眉尻を下げた。
「オレもこれ着なきゃダメですかね……」
あの「イー!」って言ってるたくさんいる奴の衣装だ。あいにくあるのは一着だけだが。
みんなのアビスマン衣装と一緒に、陛下が俺にと用意してくれたのがこれだった。グランコクマでみんなの衣装を貰った後、一応 寮部屋から持ってきてみたんだけど。
劇の流れについて教団員さんと相談していた大佐が、振り返ってにこりと笑う。
「貴方がいらんこと思い出したせいであんなもの着るはめになった以上ぜひ着て頂きたいところですが、なにぶん役者が不足していますので」
貴方の役はこちらです。そんな言葉と共に差し出された絵本。
開かれたページの中に描かれているのは、アビスマンの敵、ブラック魔界団の幹部である魔界大使の姿だった。
「えぇ!? オレがですか!?」
「自分で言い出したんですから、責任持って演じて下さいねぇ?」
そうして駄目押しのように輝く笑顔を向けられてしまえば、俺に許された選択肢は「ハイ」か「分かりました」か「了解です!」しかなかった。
いや、別にやりたくないわけではないのだが、敵側とはいえ幹部なんて大それた役職が俺にこなせるのかどうかが心底不安だった。
頬を伝う冷や汗を感じながら、絵本をめくる。そもそもこの台詞量……覚えられるだろうか。
「しかし旦那、嫌そうな顔してたわりに意外とやる気だな」
「引き受けると決まった以上、文句を言っていても始まりませんから」
ひとつ溜息をついた大佐が眼鏡を押し上げる。
俺の予想だが、ジェイドさんはアビスマンの衣装が嫌というより、あれを着る事で陛下の思惑に乗るのが嫌だったんだろう。まぁ着なくて済むなら一生着たくなかったというのも本音のような気がするけど。
何にせよ、やると決めたらやる人だ。多分 持ち前の器用さをもって全力でアビスブルーを演じてくれるに違いない。
ふと、規則正しい足音がふたつ、耳に届いた。
大佐のものとも少し似た軍人らしいかちりとした足音と、ふわりふわりと優雅なのにブレのない足音。
顔を上げて見れば、フロアの端にある階段から二人が降りてくるところだった。
「あ、ティアさん、ナタリア。おかえりなさ……おかえり! 衣装どうでし……どうだった?」
やはり一度衣装を合わせてみないといけないので、女性陣はパメラさん達の部屋を借りて試着に行っていたのだった。
ちなみに男性陣もすでに試着済みだ。あの衣装のまま歩きまわるのも何なので、とりあえずみんないつもの服に戻っているが。
「大丈夫よ。まあ、ぴったりだった、というのが少し腑に落ちないけど……」
そっと目をそらしながら呟いたティアさんに、ホントすみませんと何故か俺が心から謝罪した。あの人そのへん抜かりないから。
その隣で瞳を輝かせたナタリアが、ほうと息をついて頬に手を添える。
「初めこそ少々戸惑いましたけど、着てみると何だか気持ちが高揚いたしますわね」
あ、乗り気だ。
「ところで、アニスはどうしたんだ?」
みんなで試着に行ったはずなのにと首を傾げたガイに答えたのは大佐だった。
一人分なら夕方までには何とかなるということで、アニスさんは今パメラさんと相談しながら衣装を作製中、らしい。
「え、でも衣装って誰の」
「貴方のですよ、リック」
「……オレの!?」
何で俺の。ああ、いや、悪の幹部が一般兵士の軍服では様にならないのか。
しかし魔界大使の衣装はややこしくて作るのに時間が掛かるので、デザインはおそらく死神博士という別の幹部に近いものになるだろうと大佐が教えてくれた。
詳しいですねと思わず目を丸くすれば、さっき一通り読みましたからというあっさりした返事が戻ってきた。確かそれなりの巻数が出ていたと思うのだが、なんというかさすがの大佐イズムだ。
「あれ? じゃあオレ、死神博士やればいいんじゃないですか?」
「いえ、魔界大使です」
ジェイドさんがこういう妙な事にこだわるのは珍しいなと視線を向けた先、盛大に眉根を寄せた彼の人は「どうも誰かを彷彿とさせるもので」と忌々しげに呟いた。
死神で博士。
あー、と曖昧な相槌を打って目を泳がせる。
確かにそれは、わりと、かなり、嫌かもしれない。
リボンの先の煤けた歯車が、なんて失敬なと憤慨するように揺れた気がした。
――――劇の本番まで、あと四時間。