空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
「あらわれたなアビスマンめ! えーと、散々ジャマをされてきたが、それも、ここまでです……だぞ!」
だぞ、だぞ、だぞ……と高い天井に反響した声の余韻が消えて間もなく、誰からともなく溜息を零し、大佐が頭痛を堪えるようにこめかみに手を添える。
俺もみんなに突きつけていた人差し指からへなりと力を抜いて、眉尻を下げた。
「あの、これ、敬語じゃダメですか?」
「それで悪役らしく振るまえるんならいいけど、出来なきゃもう死神博士の衣装着ただけのリックだよね」
アニスさんに淡々と突っ込まれて、うう、と返す言葉もなく肩を落とす。
だって役柄の上ではいくら「悪の幹部とアビスマン」の関係とはいえ、こうして俺の目の前にいるのは紛れもなく大佐と皆さんなのだ。正直まったく勝てる気がしないどころか、挑む気にもなれないラインナップだった。
役柄に入り込めればいいのだろうが、一介の兵士にパッと役者魂が芽生えるはずもなく。
本番に向けて大急ぎで劇の練習をする中、俺は先ほどから見事に足を引っ張っていた。
「大佐ぁ~、リックが魔界大使ってやっぱり無理あると思うんですけどぉ。演技的にも衣装的にも」
「まぁ衣装については、幹部の名前を呼ばない事でごまかしましょう」
死神博士っぽい衣装を着た魔界大使的な幹部という方向で、と大佐が真面目な顔で告げる。そんなに嫌ですか死神博士。
今のところは練習だからみんな衣装を身につけていない。
でもさっき完成間近の魔界大使(仮)の服を見せて貰ったらほぼ死神博士だったわけだけど、俺はあくまで魔界大使を貫くべきらしい。いや、えーと、死神博士っぽい衣装の魔界大使的な幹部を。
「それなら俺がやろうか。体格そんなに変わらないし、俺の衣装ならリックも着れるんじゃないか?」
見かねたガイがそう提案してくれるも、ヒーローがあの調子のほうが余計まずいという事と、ガイも結局 悪役らしくないという点では変わりないということで却下されていた。
確かにガイには悪役より、悪人から村娘を救出する好青年とか、勇者の帰りを待つお母さんとかのほうが余程似合う気がする。
そこで場を引き締めるように、大佐がひとつ手を叩いた。
「とにかく。配役についてはもはや変更の余地がありませんので、各自本番までに最低限それらしくなるよう頑張って下さい特にリック」
「はいぃ……」
「と、とりあえず、やるからには皆に思いっきり楽しんでもらえるように頑張ろうぜ!」
そんなルークの掛け声に合わせて、おお、とみんなで拳を掲げた。
「今日のところはこのくらいにしておきまっ、おいてやる! だが忘れるな! ブラック魔界団はふめちゅっ……不滅なのだ! はははは!」
最後の台詞を言いきって間もなく、じんわりとした生温かい静寂が辺りに広がる。
皆が無言で視線を交わし合い、やがてガイがしみじみと呟いた。
「……いっそこれはこれで一生懸命な感じがしていいんじゃないか?」
「はぅあ!? ガイがお遊戯会を見守るお母さんみたいに!」
「でも、何だか段々そんな気持ちになってきましたわね」
練習すること数時間。
俺の演技力は上達の兆しすらみせないまま、本番三十分前の今に至ってしまった。いいかげん空気中に漂ってきた甘受ムードがなんともいたたまれない。
様子を見ていた大佐がふいに、後は本番まで休憩にしましょう、と言った。
「でもあの、オレもう少し、」
「ぎりぎりまで練習し続けたから成功するというものではありませんよ。まぁ休憩を取ったから成功するとも限りませんが」
「うわぁぁん!!!!」
何やらもう最悪の近未来しか脳裏に浮かばず半泣きになった俺を見て、ティアさんが口元にほんのりと苦笑を乗せる。
「でも、確かにあまり無理をするのは良くないと思うわ」
「そーだな。出来ることは全部やったんだし、後は本番あるのみってことでさ。休憩にしようぜ、リック」
宥めるようにルークに背を叩かれて、俺は盛大に肩を落としながら、「うん」と小さくうなずいた。
気分転換に散歩でもとみんなに勧められたので、とりあえず教会内を歩いてみることにしたが、何だか全てにおいて心もとなくて、ついアビスマンの絵本まで持ってきてしまい、そういえばこれじゃあんまり気晴らしにはならないんだろうかと気付いたのはついさっきだ。
でも置きに戻るほどの事でもないよなぁ。
小さく息をつき、俺は歩きながら手元の絵本を開いた。
昔の記憶をたどると聞こえてくる、絵本を読み上げるその声は、随分にぎやかなものだった。当時の自分が内容を理解出来ていたかというと怪しいが、彼の人の勢いだけで十分楽しかったのを覚えている。
そう思うと、陛下は絵本を読むのがうまかったのだろう。だが参考にしようにも、俺にあの謎の吸引力と表現力を再現できるとはとても思えない。
なんかもうピオニーさんに死神博士もとい魔界大使的な幹部を演じてもらえばいいんじゃないか、と考えすぎて俺の頭も混乱してきた時だった。
どん、という振動が体に響いて、自分の意志とは無関係に、重心が後ろに傾く。
ついでに持っていた絵本が浮き上がるように手から離れていこうとしているのを感じた。
ここの図書室で借してもらった本なのに落とすわけには、と必死に体勢を立て直し、本をつかみ直す。
「……あ、危なかった」
しっかと本を抱え直して、安堵の息をついた。
どうもよそ見していたせいで何かにぶつかってしまったらしい。
注意散漫だって大佐に怒られそうだなぁと眉尻を下げつつ、何にぶつかってしまったのかを確認しようと視界を移動させたところで、びしりと固まった。
そこには、しりもちをついて床に座り込んでいる男の人。
なんでそんな事になってるのかってそりゃあもう、一目瞭然だ。
頭のてっぺんから一気に血の気が引ける。
「ごごごごめんなさい!! すみません! 大丈夫ですか!? どこか怪我っ……痛いところは!?」
その人の正面に膝をついて大慌てで謝罪を繰り返した中で、ふと、自分が発した言葉に違和感を覚えて動きを止める。
だって目の前にいる男性はどう考えても俺の見た目と同じくらいか、もしくは年上にしか見えないのに、何で俺は言い直したんだろう。
“痛いところは”なんて、まるで小さな子供に尋ねるみたいに――。
「あ」
胸をよぎった既視感に思わず声を上げれば、彼がゆるゆると顔を上げる。
ぼんやりとこちらを映した光の宿らぬ瞳を見返して、俺はあまり当たらない自分の勘を半分ほど疑いながらも、そろそろと口を開いた。
「あの、ぶしつけな質問で申し訳ないんですが、ええと……」
あなたは、レプリカだったり、しませんか?
比喩的にそれとなく尋ねるとか器用なことがまるで出来ない俺が零した問いかけに、彼はしばしその意味を考えるように沈黙した後、こくりと小さく頷いてみせたのだった。
とりあえず本当に怪我がないか確認するため、礼拝堂前の大階段の隅に腰を下ろすことにした。
簡単に足を動かしてもらったり、腕を回してもらったりしたのだが、本人がひたすら無表情なので本当に痛みがないのか確証が得られなくて少し心配だけど、それでもひとまず異常がなさそうな事にほっと息をつく。
「後で痛くなったら、ちゃんと誰かに言うんだぞ?」
すぐに分からない怪我もあるっていうし、とちょっと年上ぶって説明してみるが、かくいう俺もジェイドさんからの受け売りだった。
それに対し、無言ではあるが真っ直ぐにこっちを見ていてくれたので、まあ多分聞いてもらえたのだろうと思うことにして体の向きを正し、座り直す。
そうして話しかける俺の声が途切れれば、あっけなく沈黙が広がった。
しかし無言の空間は決して気まずいものではなく、むしろ、どこか安心さえするような。
ルークやイオンさまと一緒の時にも近い不思議な感覚を自分の中でこねまわしながら、何くれとなく膝の上に乗せた絵本をめくった。
世界を守る正義のヒーローと、世界征服をもくろむ悪の組織。
お芝居の話といはいえ、どちらにせよ俺には似合わないなと苦笑する。
あれよあれよという間にこんなところまで来たけれど、俺はただのビビリでヘタレな一介の兵士だ。
まぁジェイドさんに言ったように今更 部外者になるつもりはないけど、それでもやっぱり、役柄を貰えるような人間じゃないだろう。
(――――だけど)
端に描かれた一般市民の絵をそっと指でなぞって、目を細めた。
「…………」
「ん?」
ふと気配を感じて意識を引っ張り戻すと、隣の彼が無表情ながらも真剣に俺の手元を覗き込んでいるのに気がついた。
正確には、そこに開かれた、アビスマンの絵本を。
「えぇと……オレで良ければ、読もうか?」
静かなる熱視線に押されるようにして、俺は気付けばそう零していた。
絵本のストーリーはいたってシンプル。
みんなを困らせる悪者を、正義の味方が退治する。
いや、この巻がたまたまそうだっただけで実際のところアビスマンは誰が裏切っただのお金がどうだのという子供向けにはどうだろうっていうシビアな話も多いのだが。
ヒーローの物語は、ゆっくり読み上げても十分足らずで終わった。
「――こうしてアビスマンの活躍により、街に平和がもどりました。めでたし、めでたし」
全てを話し終えて、俺は細い息と共に肩の力を抜いた。
誰かに絵本を読み聞かせてあげるなんて初めての事だ。ちゃんと出来ていただろうか。隣にいる彼の様子をそっと窺ってみる。
彼は、最後のページを食い入るように見つめていた。
そこには人々を救ったアビスマンが空の彼方へと帰っていく絵が描かれている。
その絵の上にほとりと指先を落として、心なしか目を伏せた彼が呟いた。
「帰れ……ない……」
小さく、しかしはっきりと耳に届いたその言葉に、息をのむ。
彼が帰りたかった場所。
それは自分が生み出されたあのフェレス島か、目指していたレムの塔なのか、はたまたモースに約束されていた栄光の大地エルドラントであるのかは分からない。
でも、尋ねることはしなかった。
どこであったところで、それはもう彼にとって失われてしまったものなのだ。
「……君の、」
胸いっぱいに広がる感情に付ける名前も見つからないまま、喉に詰まってしまいそうな言葉をどうにか拾い上げる。
多分彼にはこれから、つらいことがたくさんあると思う。
諦めてしまいたくなる瞬間も、何度も何度もあるかもしれない。でも。
「君の帰る場所は、帰りたいって思える場所は……いつか、きっと、出来るよ」
幸せだって心から笑える日は、きっと来るから。
「出来る、から」
だからそれまで、どうかどうか、生き抜いて。
ぐっと唇を噛む。
もっと、はっきりしたことを言ってあげられたら良かったのに。いつかとか、きっと、なんて情けない言葉じゃなくて。
ふがいなさにどんどん目の奥が熱くなってくるのを感じて、膝の上に開いた絵本に突っ伏すようにして、顔を伏せた。
言ってあげたかった。
大丈夫だよって、心配ないよって、ちゃんと。
俺が。
( ――――
滲んだ視界のさらに向こう。
小さな、でも強烈な光が、ちかりと瞬いた気がした。
そのとき、ぽん、と頭頂部に乗った重みに目を丸くする。
「え」
少し顔の位置をずらして横を見上げれば、そこには変わらない真顔のまま俺を覗き込む彼の姿。
ぽん、ぽん、と一定のテンポで俺の頭に手を乗せるその動きは、撫でているというには だいぶぎこちないものだったが、どうやら俺は慰められているらしい、と感じるには十分だった。
今度は熱くなる頬をごまかすために膝の上に突っ伏して、我知らず緩む口元をそのままに小さく笑う。
「なんか、うん、ありがとう」
「…………?」
不思議そうにしている気配が伝わってきたが、俺はただもう一度だけありがとうと繰り返して顔を上げた。
目の前の彼を見つめて、僅かに目を細める。
それはきっと、簡単じゃない。
具体的な形も、実現する力も、まだ何も持っていない。
「へへ」
「…………」
芽生えたばかりの小さな小さな火種を胸に。
俺は不安も照れくささも綯い交ぜにしたままの、情けない顔で笑った。
生まれたてレプリカに慰められる先輩ヘタレプリカ。
>「帰れ…ない…」
このレプリカはダアトの教会に行くといる彼です。たぶんレムの塔後くらいになるとこれを言ってます。