空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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ルーク視点


Act76.4 - 俺とおまえの現在地(中)

 

 

「おつかれさまルーク! 大変だったけど無事に終わって良かったぁ! あ、オレちゃんと死神博士っぽい服着た魔界大使的な幹部 演れてた?」

 

 劇終了後、リックはいつもどおりコロコロとよく変わる表情を嬉しげにしたり不安げにしたりしながら、そう問いかけてきた。

 

 それに対して俺は「ああ、うん、なんつーか、別人みたいだったぜ!」と色んなことを省いて思い切りざっくりとさせた感想と共に親指を立てるしかなかったが、どうやら前向きに解釈してくれたらしいリックが照れる姿をどこかほっとした気分で眺めつつも、ほんのりと遠い目になる。

 

「ところでお前、なんでまだ杖持ってんだ?」

 

 衣装はとっくに着替えて、片付けの手伝いもそろそろ終わろうかという頃合いにも関わらず、リックの右手には死神博士っぽい服着た魔界大使的な幹部の小道具であった、禍々しい杖が握られていた。

 

「いや、片付けようとは思ったんだけど、どこにしまえばいいのか分かんなくて」

 

「これ渡してくれた人に聞けばいいんじゃねえの」

 

「今、片付いた分の荷物しまいに行ってるらしいよ」

 

 まだ忙しそうな他の教団員に預けるのは気が引けるし、安物や教団の配給品のようにはとても見えないこの杖を、そこらへんに放り出しておくのも忍びない。

 そんなわけで片付けの手伝い中も、ずっと持ったままで走り回っていたという。

 

 頭の中で、石がカチンとぶつかり合うような音を聞いた気がした。

 

「……言えよ、そういうことは」

 

 ほとんど音にはしないまま小さく呟く。

 

 アニスやティアに言えば、その教団員を探してくれたかもしれないし、他のみんなに相談すれば、何か案を考えてくれたかもしれない。

 

 言ってくれれば。

 俺だって、一緒に探した、のに。

 

「だからオレも今のうちに、預かってもらってるみんなの荷物、取りに行っちゃおうと思って――……ルーク?」

 

 どうしたのと顔を覗き込まれ、息をついて「何でもない」と頭をかいた。

 

「ていうか荷物なら俺が取ってくるからさ、リックはここに居ろよ。その人もうすぐ戻ってくるんだろ?」

 

「でもまぁ、取ってくるのもそんなに時間かからないと思うから」

 

 ちょっと行ってくるよ、と当然のように笑うリック。

 出会ったころから変わらないそんな態度、少し前まではむしろ安心するものであった変化のなさが、この頃はやけに癇に障る。

 

 む、と眉尻を吊り上げて、さっそく身をひるがえそうとする襟首をがしりと掴んだ。

 

「ぐえっ」

 

 潰されたチュンチュンみたいな詰まった声をあげて足を止めたリックが、軽い涙目で肩ごしにこちらを振り返る。

 

「ルーク?」

 

「……俺が行く」

 

「いや、だって、シェリダンでもルークとティアさんに買い物行ってもらったから、今度こそ」

 

「俺が行くっての」

 

「ダ、ダーメーでーすー!! せめて雑用でくらいお役に立たないとオレ本当に立つ瀬がないじゃないですかぁ!」

 

「あー! いいから任せとけよ! あと敬語使うな!」

 

 情けない顔でさらに何やら言い返しかけたリックが、ふとこちらの肩ごしに後方を見やって、目を輝かせた。その反応だけで振り返らずとも誰が来たのかが知れる。

 別にその立ち位置につきたいとは全く思わないが、あまりに分かりやすい態度の違いに、思わず「このどちくしょうが」とナタリアにでも聞かれたら眉を顰められそうな文句を思考の中に吐き捨てた。

 

「ジェイドさん!」

 

 予想通りの姿が自分の隣に並んで、いったいいつから聞いていたのか(それとも現状を見てあらましを察したのか)別にいいじゃないですか、といつもの笑みを浮かべた。

 

「本人が行きたいと言ってるんです。遠慮なくパシリ……もとい、取ってきて貰えばいいんですよ」

 

 何一つごまかせていないというかそもそもごまかす気もなさそうなジェイドの言葉に突っ込むことなく、それどころか「そうだよルーク!」と元気に同意するリック。

 

 今度こそ自分が行くんだ、と力いっぱい語る視線から、俺は苦い気持ちで顔をそらして、呟く。

 

「杖」

 

「え?」

 

 ぽつりと零した単語の意味を掴みかねたのか、視界の端で首をかしげる様子に、俺はがしがしと荒っぽく髪をかき回してから改めて相手へ向き直った。

 

「だから、杖。荷物とりに行くのに、わざわざかさばるもの持ってってどうすんだよ」

 

 差し出した手を見つめて大きく目を瞬かせたリックが、ほんの一瞬、なぜか、戸惑うように息を詰めた気がしたけど、それを確かな感覚として捉えるより先に、手渡された杖の感触に意識が移る。

 

「えっと……それじゃあ、預かって貰ってもいいかな」

 

 申し訳なさそうに笑って俺に杖を預けたリックは、今度こそ身をひるがえすと、すぐ戻ってくるから、と言い残して足早にこの場を離れていった。

 

 まだ何人かの教団員が片付けのために行きかっているざわめきを周囲に、俺は杖を受け取った手を下ろして息をついた。

 納得のいく結果ではなかったけれど、まあ、これを預かれただけ良いと思うことにするしかないだろう。

 

 ふと隣から、眼鏡を押し上げたらしい微かな金属音がした。

 横目にそちらを見やると、何もかも見透かしたような大人の顔でジェイドが笑う。

 

「時には、引くことも大切ですよ」

 

 いつもながら多くを語ろうとしない、独白にも聞こえる言葉だったが、何のことを言っているのかはすぐに分かった。

 なんでジェイドが俺の思惑を知っているのかと思わないでもなかったが、そのへんはもう今更なので考えないことにする。ジェイドだからだ。そうに違いない。

 

 ジェイドの言うことは分かる。

 リックの立場だって、もちろん知ってる。だけど。

 

「……こっちまで引いたら、いつまで経っても何も変わらないだろ」

 

 呟いたそれは思った以上に拗ねた響きを帯びていて、ジェイドはほんの少しだけ目を丸くしたかと思うと、呆れたように肩をすくめた。

 

 ばかにしているのかと思いきや、いやはや、と吐息交じりに零された音が、予想外に柔らかな響きを帯びていたので、俺はぶつけかけた悪態を喉の手前で引きとめ、代わりに別の言葉を押し出した。

 

「そういえば触媒は結局見つからなかったっつーか、探せなかったな」

 

「まぁ、たまにはボランティアで終わる一日というのもいいじゃないですか」

 

「ジェイドがそういうこと言うと なんっか胡散臭いよな……」

 

 おやおや心外ですねぇ、なんて白々しく嘆いてみせるジェイドを半眼で見やりつつ、確かに子供達には喜んでもらえたんだしいいか、とアビスマンに向けられた たくさんの声援を思い出して口元を緩める。

 

 

「すみません! おまたせしましたー!」

 

 そうこうするうちに、リックが戻ってきた。

 

 両手いっぱいに荷物を抱えて一人で足早に帰ってくる姿を見ながら、あいつ本当に誰にも頼まなかったんだなと、いつもどおりの光景なのに何だか顔をしかめたくなる。

 

 引きたくないことは、もちろんあるけれど。

 だからって困らせたいわけじゃない。

 

 目立たない程度にひとつ深呼吸をして、口の端をあげた。

 リックに向かって、杖を持った手を大きく振る。

 

「おっせーよリック!」

 

「ごめんルーク! 今行く――、」

 

 その瞬間。

 

 きぃん、という甲高い金属音のようなものが空間に響いた。

 

「…………」

 

 反射的に足を止めたらしいリックがそろりとその場から一歩あとずさると、音も一緒に止まる。

 短い逡巡の末に、次は俺がリックのほうへ一歩踏み出してみた。すると、また耳鳴りにも似た高音が空気を揺らす。

 

「………………」

 

 居心地の悪い沈黙の中、二人で顔を見合わせた。

 やがてその視線はゆっくりと、俺の手の中にある、死神博士っぽい服着た魔界大使的な幹部の小道具であった杖へと集まった。

 

 「ああやっぱりそうでしたか」なんてさらりと言ってのけているジェイドの声を意識の隅に引っかけながら、途端に禍々しさを増した気がする杖を持つ手を、ほんのちょっと体から離す。

 

 ……いや、ていうか、知ってたなら言えよ!

 

 

 




▼『魔杖ケイオスハート』を手に入れた!

音素の雰囲気で九割七分そうかなーと思ってはいたものの、ソードダンサーの例もあるし、そうでなくともどうせ劇が終わるまでは確認取れないしーということで言わなかった大佐。
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