空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
その後、戻ってきた教団員に杖のことを聞いたのだが、劇のためにと かき集めた小道具の中にまざっていたものをリックに手渡しただけで、どこにあったものかなど詳しいことは分からないという。
今はジェイドの譜術封印で止んでいるが、リックが持ってきた荷物に入っていた触媒と呼び合うように鳴り響いた甲高い音は、この杖が惑星譜術の触媒であることを意味していた。
とはいえ無断で持っていくわけにはいかないので、皆と話し合った末、トリトハイムさんに頼んでみようという事になった。
「これは皆さん、この度は本当にありがとうございました。子供たちのあれほど明るい顔を見たのは久しぶりでしたよ」
礼拝堂で俺達を迎えてくれたトリトハイムさんは、まずそう言って深々と礼をしてくれた。俺も「喜んでもらえて良かったです」と正直な気持ちを口にして笑う。
「ところで、この杖のことなんですけど」
事情を説明して杖を見せると、彼はまじまじとそれを観察し、やがて何やら思い至ったように目を見開いた。
「これはイオン様の遺品です」
「イオン、の?」
「正確には前導師エベノスの遺品だったのですが……そうですか、これも惑星譜術の触媒でしたか」
そんなものがどうして小道具の中にまざっていたのかは分からないが、この杖をしばらくの間 貸してほしいと頼むと、ほんの一瞬の沈黙の後、トリトハイムさんはゆっくりと頷いて、これもイオン様のお導きでしょうと口元に笑みを乗せた。
「……ありがとうございます!」
本当は、劇の準備に忙しい中で、慌てた誰かがたまたま持ち込んでしまっただけなのかもしれない。
でも。
(――イオンの)
そうだったらいいなと、思った。
とりあえず一度アルビオールに戻ろうということで、皆でダアトの石畳を歩きながら隣にいるリックをちらりと伺う。
教会を出る前、ふと俺達に断って場を離れたかと思うと、その先にいた誰かと親しげな様子で言葉を交わしていた。
こちらから相手の表情は見えなかったが、リックがめずらしく年上みたいな顔をして笑っている姿が印象的だった。
いや俺からみれば見た目的にも中身的にも年上には違いないんだけど。
普段は同じくらいか、ともすると年下のように思えるときがあるほど子供っぽくコロコロと表情を変えるので、どうもそんな気がしなかった。
だけどこの間二人でネビリムさんの話をした時といい、死神博士みたいな服着た地獄大使を演じてた時といい、本当にいつのまにか、見たこともない顔をすることが多くなった気がする。
(…………)
ああでも、もしかしたら。
“オレが”今まで気づかなかっただけで、リックはずっと“そう”だったのかもしれない。
「なあ、リック」
「うん?」
「……さっき、教会で話してた人、誰だったんだ?」
ささやかな躊躇の末に零れ落ちた言葉は、頭の中にあった形とまるで違うものに化けてしまっていた。
その事実をなんとも言えない気持ちで受け止めつつ、これもまた気になっていた事には違いないからいいんだ、と自分に妙な言い訳をしながら返事を待つ。
するとリックがほんの一瞬、ためらうようにぴたりと表情を止めた。
心と言葉の間にうっかり薄い膜を挟んでしまったみたいな、ひどく半端な感情の空白がまるでついさっきの自分を見るようで、思わず目を丸くした。
でも先ほどの自分同様、リックもすぐにいつもの表情を取り戻すと、「ああさっきのは」と口元に笑みを乗せて話を繋ぐ。
「教会で暮らしてるレプリカのひとだよ」
「そっか」
「うん」
「………………」
「………………」
「あのさ、ルーク」
「なぁ、リック」
発した音が二人きれいに重なって、思わず顔を見合わせる。
お互いの出方を待つような、ぎこちない沈黙が広がった。
しかしこのまま三秒もすれば、リックが「オレのは別に大したことじゃないから」等と言ってこちらに話を譲ろうとするだろう事が目に見えていたので、ここは先手をうっておこうと口を開く。
「……なんだよ、どうした?」
「えっ。あ、いや、オレの話は、その」
「あーもういいから! 先に言えって!」
予想通りすぎて腹が立ちそうな返事を遮って続きを促すと、リックは少しの間 迷うように視線を漂わせた後に、ゆっくりと俺の方を見た。
「ルーク。……あのさ、」
そのとき。うわっ、という短い悲鳴が耳に届く。
とっさに声のしたほうを向けば、転んでいる男の姿。
そして放物線を描きながらこちらに吹っ飛んでくる、手のひらサイズの物体。
「ちょっ、うわ!」
俺と同じように顔を向けた先でそれを確認したのだろうリックが、自分まで転んでしまいそうなくらい腕を伸ばし、ぎりぎりのところで何とかキャッチする。
隣から手の中を覗き込んで見れば、どうやらそれは硝子の小瓶のようだ。どこにも欠けた様子がないことに二人でほっと息をついた。
それから改めてコレが飛んできた方向に視線を戻せば、怪我の有無を問いかけているらしいナタリアに笑って返しながら立ち上がる男の姿。
と、何故かその足元で尻尾を振っている一匹の犬。……なんかああいう感じの、どっかで見たことあるな。
「リック」
「はい! ジェイドさん!」
ああ、これか。
そこに千切れんばかりに振られる尻尾の幻が見えた気がした。
ひとつ溜息をついて考える。
別に、あれが悪いというつもりはないんだ。
リックといえば一にジェイド、二にジェイド、三四にジェイド五にジェイド。もはや今となっては俺達にとっても日常と呼べるこの光景に、よくやるもんだと時折呆れることはあるけど、まぁあれでこそのリックだとも思う。
こうなると若干 癪に障ることはあっても、本気で腹がたつということはなかった。
(じゃあ俺は、何にむかついてんだろ)
自分が声をかけただけであいつが嬉しそうに振り返ることだって、嫌なわけじゃないんだ。
ただ。
――ただ、何か。
胸にある感情の形は見えているのに、それを表現できる言葉が浮かんでこないもどかしさに眉根を寄せた。
「その小瓶、少し見せて下さい」
「? はい」
ジェイドの言葉に、リックは先ほどキャッチした硝子の小瓶を手渡そうとしたが、なぜかジェイドは「いえ、そのままで」とそれを制し、軽く身をかがめて小瓶を横から覗き込んだ。
「これは……」
赤色の瞳が、眼鏡越しにすいと細まるのを見た。
そして小瓶の持ち主である男に、どこで手に入れたものかを問いかける。
「ああ、それか? この間ロニール雪山に登ってきたときに拾ったんだ」
その言葉にリックとふたりで改めてよく見てみれば、小瓶の中には、何か小さな氷の粒のようなものが光っていた。
ともすると宝石にも見えるそれのことを、ジェイドは“氷の種”と呼んだ。
自然の中でごく稀に発生する、音素が凝縮された塊なのだと補足してくれたティアも、こうして直に見るのは初めてだという。
「なになに、もしかしてすっごい高価なものとか?」
リックの隣からひょいと瓶を覗き込んだアニスが瞳を輝かせる。
「いえ、まったく。発芽するとやっかいですから」
それを聞いてあからさまにがっかりした顔を見せつつも、発芽とは何なのかと尋ねたアニスに、ティアが答えた。
「放っておくと、凝縮された音素が爆発するわ。それを発芽と呼んでいるの」
へえ、と純粋に感心の声をあげたのも束の間。
ジェイド以外の全員の視線が、吸い込まれるようにリックの手の中の小瓶へと集まった。
「もしかして、これって危ない物なのか?」
持ち主の男がぽつりと呟く。
すると何か途端に恐ろしく感じてきたのか、リックはこの間 元オバケ的なアレだった剣をナタリアに渡されたときのように、小瓶を心持ち体から離して持ちながら、そろりとジェイドを伺い見た。
「……これって、発芽したらどうなるんですか?」
「まぁ、この辺り一帯は氷漬けですね」
笑みもなく、からかう様子もなく、淡々と事実を告げるジェイドの声は、必要以上にというべきか、必要な程のというべきか、とにかく皆の危機感を煽るには十分すぎるほどの信憑性をもって、この場に染み渡った。
そこにとどめを刺すように“氷の種”がきらりと眩い光を放つ。
「ちょ、ちょっとこれって」
「もしかして、発芽……するのですか?」
アニスとナタリアが顔を見合わせる中、もはや声を出すことさえ怖いらしいリックが涙目ではくはくと空気をはんでいる。何だか今にも落としそうで見てるほうも怖い。あ、ちょ、お前震えんな。
「ルークぅうう……!」
「な、情けない声出すなよ!」
なんとかしてやりたいのは山々だが、ジェイドやティアが何も言わない以上、この場で俺にできることなんてのは高が知れているだろう。
この場で――。
「……なぁ! ザレッホ火山なら凍り付いても溶けるんじゃないか?」
ふと思い至った考えを口にする。
みんなは少しの間 思案げに沈黙したが、考えている暇はないと結論づけたのか、「間に合うかは微妙だが、とにかく行ってみよう」というガイの言葉に全員が頷く。
「じゃあ急いで戻って教会の譜陣から行く?」
焦った顔のアニスが今来た道を指さして腕をぶんぶんと振るが、ジェイドは首を横に振って、「アルビオールで行きましょう」と言った。
「な、なななん、なんでですか?」
恐怖のためか呂律の怪しいリックが問う。
「譜陣の音素と干渉しないよう、念のためです」
「かっ、干渉すると、どうなります?」
もはや半泣きのリックを一度まっすぐに見返したジェイドが、すっと眼鏡を押し上げて、身をひるがえす。
「さぁーて行きましょうか。ああリックそれは貴方が持っていて下さい。しっかりと。何があっても転ばないように」
「うわあんオレこんなのばっかりぃー!!!!」
*
あっという間に離れていくにぎやかな声を見送った男は、ぽりぽりと指先で頬をかいて自分の足元に目をやる。
「いそがしいやつらだったなぁ、ペコ」
かけられた言葉に、彼の相棒は小さくワンと鳴いて、その尻尾を振った。
>オレこんなのばっかりぃー!!
腰にはすでに呪われた剣一丁。