空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
相変わらず、尋常じゃないほど暑い場所だ。生き物みたいにうごめくマグマを視界の端に見やりながら額の汗をぬぐう。
あの、もはや“赤”の一言では表せないほど強烈な自然の色合いさえ、あいつの手にかかれば「ジェイドさんの目の色」で括られてしまうのだろうか。
そんなことを考えながら、同じく暑そうに自分を手で扇いでいるリックを見た。
(…………)
リック。
マルクトの兵士で、ジェイドの直属部下で、――レプリカ。
最初にエンゲーブで会ったときはまだマシだったが、それ以降はもう泣いてビビッてわめいて笑ってジェイドジェイドと、何かとやかましかった印象があまりに強くて……強すぎて、リックはそういう奴なんだと思っていた。
まぁかなりのところ本当にそういう奴なんだけど、そう思っていたからこそ、俺は“それ以外のところ”をずっと気にも留めなかったのかもしれない。
例えば、ジェイドの傍にいないときのリックは、少しだけ大人しい事とか。
というより「大人らしい」というのだろうか。
いや敵が出てくればいつものようにビビるし、かなり当者比っていうか、そもそも“ジェイドの傍にいないとき”という大前提が成立すること自体が少ないけど。
「……なぁ、リック」
「うん?」
名前を呼ぶと、それまで暑さにへこたれていた様子もどこへやら嬉しそうに表情を緩めてこちらを向いたリックに、いつもの気恥ずかしさと、最近感じる苛立ちがないまぜになって胸をよぎる。
それを散らすようにがしがしと頭をかきながら、前を見据えた。
「あの、さ」
「うん」
「だからその、なんつーか……」
「うんうん」
隣から突き刺さってくる輝く視線に冷や汗を浮かべつつ言葉を探す。
思わず呼びかけてしまったけど、伝えるべき音が頭の中でうまくまとまらない。
「っ…………」
言いたいことは、確かにあるはずなのに。
「――前から! こんなにカレー作ってたのか!?」
勢いよくリックに向き直りながら声を張る。
その目が呆気にとられたようにきょとんと丸くなった。
ああ、くそ、こんなのが言いたかったわけじゃないのに。
だがわけのわからない問いでも口にした手前 引っ込めるわけにいかず、黙って返事を待っていると、リックは記憶を探るように首をかしげた。
「いやぁ……ジェイドさんが好きなのは知ってたけど、軍の炊き出し以外ではほとんど作ったことなかったと思うよ」
まぁふるまう機会もなかったし、と苦笑する姿に、今度目を丸くしたのは俺のほうだった。
「機会が無かったって……お前、ずっと、ジェイドといたんだろ?」
「あ、うん、そうだな。直属部下になってからだったら、やろうと思えば出来ただろうけど、大佐そういうの自分でやっちゃうからなー」
リックがジェイド直属になったのはここ三年程の事だというのは、確か前に何かの拍子で聞いた気がするが、俺が今訊きたかったのはそういうことではなかった。
“ずっと面倒を見てもらっていた”
アラミス湧水洞でそんなふうに言っていたから、俺は当然のように、昔から今に至るまでリックはジェイドと一緒にいたんだろうと思っていたけど。
「こんなふうにカレー作ったり、一緒にご飯食べたりするのは、今回の……ルーク達との旅が始まってからだよ」
言いながらひどく幸せそうに目を細めて笑うリックを見て、俺は少し考える。
みんなの過去については なりゆきながらも大体知っているけれど、そういえば、こいつの昔の話はあんまり聞いたことがない気がした。
「あ。ルーク、あそこ」
突然ちょいと腕をひかれて顔を上げると、少し降りた先の地面にあの剣らしきものが落ちているのが見えた。
先に氷の種を放り込んでいたおかげでマグマに沈むこともなく、固まった大地の上に横たわる剣と、そこから二、三メートルほど離れた場所には鞘。
剣のほうに向かったリックの背を軽く眺めてから、俺は鞘のほうに向かう。
「よかった、壊れてない……いや、それはそれで怖い……」
背後から聞こえてきた物凄く複雑そうなリックの声に苦笑しつつ、こちらも身をかがめて鞘を拾い上げた。しかしあの高さから落としても無事か……。さすが例のアレだった剣だ。
鞘のほうも少し煤けているが壊れてはいなさそうだった。煤を手ではらいつつ、息をつく。
リックが、ジェイドに作られたあとも色々と面倒見てもらったらしい事、ピオニー陛下からは弟分とか甥っ子みたいに思われていて、よくからかわれているらしい事。
被験者はマルクトの兵士で、そのお母さんと妹さんを泣かせてしまったらしい、こと。
こうしてひとつずつあげていけば幾らかもっともらしいけど、らしいらしいとそんなのばっかりで、それは結局のところ何も知らないのと変わりないような気がした。
今までの様子を見るかぎり、聞けば答えてくれるのかもしれない。
でも、もしも触れてはいけないものだったら。
「…………」
ぎゅっと鞘を持つ手に力を込める。
消えない怖さはあるけれど、それでも俺は何も知らないままでいるより、知りたいと思った。
何も知らないままで後悔するのはもう嫌だ。
勢いよく立ち上がって、一歩を踏み出す。
「なぁ、リック!! 俺――っ!」
きぃいいん。
そのとき、耳鳴りのような甲高い音が場に響き渡った。
なんだこのデジャブはと思いつつ、足をそっと一歩だけ後ろに下げると、音が止む。
また一歩前に進めば、先ほどと同じ音が空気を揺らす。
真正面でぽかんとした顔をして立ち尽くしていたリックが、そこでようやく慌てて周囲を見まわし始めた。
「え、っと……ア、アレ、かな? アレがきっと触媒なんだよルーク!」
言われた方向に視線をやれば、少し先の岩場に何かが引っかかっているのが見える。
それを遠い目で眺めながら、俺は「どんな状況で見つかるか分からないのでなるべく触媒を持って歩く事にしよう」と決めた数十分前アルビオールでの自分を、頭の中で盛大に罵っていた。
そして合流後、熱風が渦巻くザレッホ火山にて。
「ほらほら! これが新しく見つけた触媒ですよ!」
「まさかこんなところにまであるなんて……」
「不思議な巡り合わせですわね」
「で、ルークは何をむくれてるワケ?」
「なんでもねーよっ!!」
新たに入手した触媒を囲んで和やかに話すティア達と、片隅で人を小馬鹿にするような笑みを浮かべて肩をすくめるジェイド、反対になぜか肩を落として苦笑しているガイの姿を横目に見ながら、俺はほんのりと涙目のまま、次こそはと拳を握る。
そんなこちらの様子とどこか別のところを見比べるように眺めたアニスは、ジェイドの動きをなぞるように小さく肩をすくめて、やがて呆れたように笑った。
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着実に目的をこなしているにも関わらず何故か舌打ちしたい気分でいっぱいのルーク。
“ずっと面倒を見てもらっていた”のと“ずっと一緒にいた”かどうかは同義ではないという。実質的な意味でジェイドの傍にいた時間は、直属になる前だと思いのほか長くないリック。