空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act78 - 言いたくて言えなくて(前)

 

 

 なりゆきで立ち寄ることになったザレッホ火山で、本来の目的であった五つ目の触媒をまさかの発見。

 それはもちろん嬉しいが、俺にはもう「やったぁ残りあとひとつですよ順調ですね!」なんて前向きな事を言えるだけのエネルギーは残されていなかった。

 

 氷の種という名の時限爆弾を手にしたままダアトからザレッホ火山まで移動した、あの血が凍るような時間を思い出す。しかも霊の……もとい、例の剣を落としてみんなに迷惑かけてしまうし。

 

 拾いに行った先で触媒を見つけられたことがせめてもの救いだったが、すみません大佐、俺もう簡単に順調とか言いません、と心の中でうなだれる。

 

「リック、どうかした?」

 

「はっ、いいえ!」

 

 そこで不思議そうにこちらを覗き込む青色の瞳に気が付いて、俺は沈みかけていた思考を引っ張り戻し、目の前のティアさんに意識を移した。

 

 いけないいけない。せっかく時間を割いてもらったんだから、ちゃんと集中しないと。

 ぐっと拳を握って気を引き締める。

 

 勢いで仰いだ頭上には、魔界にあるときには見る事の出来なかった空があった。

 創世歴時代の建物ならではの神秘的な雰囲気は、瘴気に包まれていたときから変わらないけど、光の下で見るこの街は何だか前よりも活き活きとして見えた。

 

 数歩離れたところでこちらに向き直ったティアさんが、すっと背筋を伸ばす。

 

「それじゃあ、始めましょうか」

 

 現在地はユリアシティ。

 

 俺達はこの街で、つかの間の休息をとっていた。

 

 

 ダアトでひたすらに劇の練習をして本番をやって、ほとんど休まないまま氷の種を処理すべくザレッホ火山に向かい、あげくの果ての登山……というか下山というか。

 何にせよそんな調子で灼熱の空気の中を練り歩いた俺達は、さすがに疲労感を覚えていた。

 

とにかくどこかで少し休もう、という話になり、じゃあついでにテオドーロさんへ直接の報告も兼ねようとユリアシティに針路をとったのだった。

 

 挨拶に向かうと、テオドーロさんはまず瘴気中和の件についてルークをねぎらってくれた。

 それからガイが簡単に事情を説明して惑星譜術の触媒についてを訊ねたけど、どこにあるかなんて話はテオドーロさんも聞いたことがないらしい。

 

 ダアトと繋がりが深いユリアシティならってちょっと期待してたけど、やっぱり話はそう上手く転がらないようだ。

 だけどテオドーロさんは、力になれない代わりに休むなら自宅を好きに使っていいと言ってくれた。

 

 その申し出をありがたく受けることにして、ひとしきり報告が終わった後、俺達はテオドーロさんの家……ひいてはティアさんの家に集まり、そこから各々の時間を過ごすべく解散という流れになった。

 

 とはいえ色んな意味で危ないものが入っている荷物を置いて家をもぬけの殻にするわけにはいかないので、誰かしらは残らなきゃいけない。

 いつもならここで、必需品の買い出し以外は特にやることもない俺が自主的に残っていたところだけど。

 

「でも、本当にこの譜術でいいの?」

 

「はい!」

 

 そう。

 俺は今、新たな譜術を習得すべく、ティアさんとユリアシティの入り口にあたる広間にいた。

 

 真剣な顔でティアさんを見つめ返し、きりっと眉を上げる。

 

「これでいいんです、陛下の捕獲用ですから!」

 

「そ、そう」

 

 新たなる力、その名はピコハン。

 兵士として日々訓練をこなしているはずの俺ですら追いつけない謎の機動力を誇る皇帝陛下の足止めにはうってつけだ。

 

 そりゃあもっと大きな譜術を覚えられたらとは思うけど、グランドダッシャーの成功率だってまだ三割を下回ってるというのに、これ以上扱いきれない上級譜術のレパートリーばかり増やしてはジェイドさんに怒られてしまう。いや、それより先にまずグランドダッシャーを物にしろと怒られそうだが。

 

(…………)

 

 一度目を伏せて、深く息を吐く。

 

 俺は、冗談にも譜術士なんて言えるレベルじゃない。

 基礎だってほとんど独学だから、本職の人から見れば色々と失笑モノだろう。上を見れば途方もなくて眩暈がしそうになる。

 

(それでも)

 

 昔の自分と比べれば、最低限のことは出来るようになったと思う。

 

(……それなら)

 

 前にできなかったことが、今ほんの少しでも出来ているなら。

 

「よろしく、お願いします!」

 

「ええ」

 

 今できないことが、またもう少し出来るようになっている。

 そんな未来があるかもしれない、なんて。

 

 

 ――生意気なことを考えていたりもしたわけですが。

 

 

「っ……!」

 

 女の子のように両手で顔を覆って崩れ落ちた俺の肩に、ティアさんが気づかわしげな様子でそっと手を置く。

 

「これはこれで、足止めは可能なんじゃないかしら……」

 

 特訓開始から約一時間。

 俺のピコハンは、なんというか、ピコハンの形にさえならずにいた。

 

 オタオタ型に始まり、ブウサギ型、キルマフルーツ型、途中でうっかりジェイドさんの事を考えたときなんて眼鏡の形だった。

 

「確かに最初はお腹抱えて笑われるだろうから止まると思いますけど……」

 

 譜術としての効果があるならまぁそれでもいいと思えただろうが、ピコハン(予定)は地面に落ちる間もなく空中で霧散して消えてしまう。

 そうなると陛下が慣れたら終わりというか、一瞬だけ振ってくる眼鏡の幻なんて後は宴会芸にでも使えればいいところだ。

 

「リック、少し休憩しましょうか?」

 

「い、いえ! ジェイドさんとの訓練を思えば、これくらいへっちゃらです!」

 

 目じりに浮かんだ涙を振り切るように立ち上がって胸を張る。

 

 それは、あの思い出すたび軽く身震いが走るスパルタレッスンの日々と比べれば大抵の試練は乗り切れるだろう、という意味だけじゃない。まぁそれもあるけど。

 

 心配そうなティアさんに、小さく口の端を緩めて見せた。

 

「ジェイドさん厳しいけど……あの、ほんと厳しいけど、“諦めろ”って言わないんですよ」

 

 例えばそれが本人の努力ではどうにもならないような事だったら、あのひとは残酷なほど真っ直ぐにその事実を伝えるんだろうけど。

 

「オレあのときもたくさん失敗したし、詠唱だって何回も噛んでよく呆れさせたのに、もう無理だとか、やめようとか、そういうことは言われなかったんです」

 

 俺はそこで、ティアさんの青い目を覗き込むようにして笑う。

 

 赤と青。

 まるで正反対なのに、根っこのどこかが似通った色をした、厳しくて優しい瞳。

 

「ティアさんと、同じように」

 

 俺が諦めないかぎり、諦めないでいてくれる。

 そのことが、訓練がきついとか自分がふがいないとか、そんな思い以上に嬉しくて、たまらなくて。

 

「だからきっとピコハンも覚えてみせます!」

 

 俺が貰ったたくさんの嬉しさに少しでも報いるためにも、こんなところで音を上げているわけにはいかないだろう。

 そう思って力いっぱい言い切ってから、はっと我に返って眉尻を下げた。

 

「いや、あの、でも、ティアさんも疲れてるのに、こんなに時間取らせちゃって……すみません」

 

 ピコハンを教えて欲しいとお願いしたらティアさんは快く引き受けてくれたけど、だからってあんまり長時間 付き合わせてしまっては申し訳ない。

 

「えっと、い、急がばオタオタは迂回しろってやつですよね! やっぱり今日のところはこのくらいにしましょう! うん!」

 

 慌てる俺を見上げたティアさんが、ふと思考に沈むようにその青を揺らがせた気がした。

 今、彼女の瞳に映っているのは俺だけど、心はもっと遠くを、此処にはない何かを見ているようだった。

 

「――もし、」

 

 少しだけ、ジェイドさんがあのひとのことを考えているときにも似た様子に思わず眉根を寄せかけた時、わずかに俯いたティアさんの口から言葉が零れる。

 

「もしも大佐が、敵に、なってしまったとしたら……貴方だったら、どうしていた?」

 

 ぽつり、ぽつりと。

 

 器に入りきらなかった水が落ちるみたいに、内にある思いを漠然とした形のまま吐き出すようなそれは、けれども確かに空気を揺らして俺の耳に届いた。

 

 ほんの僅かな静寂のあと、ティアさんが細く息を吸う。

 

「ごめんなさい、変なことを言って」

 

 今のは忘れていいと小さく首を横に振った彼女を前に、俺はとっさに返そうとした言葉を引き留める。

 

 きっと、俺の答えは問題じゃない。

 もしも大佐が敵になってしまったらどうするのか。その問いかけは、たぶんティアさんの自問自答に近かったから。

 

(もしも、大切なひとが敵になってしまったら、どうするのか)

 

 各国の準備が整ったら、プラネットストームを止めて、今度こそエルドラントに向かうんだろう。

 

 そうなれば、きっとどこかでぶつかる事になるはずだ。

 例え世界の敵だったとしても、ティアさんにとっては大好きだった、きっと今でも大好きな、たったひとりのお兄さん。

 

 どれだけ自問自答を繰り返したって割り切れるようなものじゃない。

 それでもティアさんは決めたんだろう。

 

 ヴァンを、自分たちの手でとめるって。

 

 ああ、こんなときルークだったら何か言ってあげられたのかな、なんて、少し前みたいなことを考えたりもするけど、今ここにいるのは俺だけだ。

 

 俺に出来ることは、あまりに少ない。

 

「――……ティアさん!」

 

 それでも。

 何の役にも立てない悔しさに俯きかけた顔を上げて、その青をまっすぐに見つめた。

 

「オレはっ、みんなのことが好きです! ティアさんのことも、大好きです!」

 

 まとまらない頭のままティアさんに詰め寄る勢いで精一杯 音にすれば、いつの間にやら目にたまっていた涙がぼろりと落ちる。

 

「だか、だから……!」

 

 俺にはヴァンを止められる力なんてない。

 ティアさんの心を軽くしてあげることだって出来ない。

 

 ただ、自分の気持ちを、ばかみたいに伝えることしか。

 

 そうして相変わらず本人を差し置いて泣き出した俺に、ティアさんはちょっとだけ目を丸くして、すぐそれを緩めた。

 

「リック、泣かないで」

 

「す、すみません、オレ、また、なにも、出来なくて」

 

 情けのない嗚咽にならないよう、とぎれとぎれに喋っていると、今度はしっかりとこちらを映した青の双眸が柔らかく細められる。

 

「何も出来ないなんてことはないわ。……いえ、そうね。何も出来ることがない時も、あるかもしれない」

 

 落ち着いた声でひとつひとつ丁寧に伝えられる言葉が、胸の中に染み渡るように響いていく。

 

「だけど、貴方は一緒に悩んであげることが出来る。一緒に泣いて……喜んであげられる」

 

 その暖かな音が、どうしようもなく嬉しかった。

 

「それはとても、すごいことだと思うわ」

 

 だけど俺は頷くことも首を横にふることも出来ないまま、ひたすらに溢れる涙を服の袖でぐいと拭う。

 するとティアさんは少しだけ困ったように微笑んで、それからそっと、俺の頭を撫でてくれた。

 

 

 





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